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7章 わたしあなたの友達になれるかしら 2

「遅くなってごめんね」


 言いながらアスランはヘイゼルの肩に手をまわし、自分のほうに引き寄せた。


 決して強い力ではないものの、当然と言わんばかりのそのしぐさに、ヘイゼルの鼻先がつんと熱くなる。

 横にいて肩を抱いてくれている。これだけでもう安全だった。守られていると思えた。


「アスラン……」


 人前だというのに、しかも敵国の王が目の前にいるというのに、ヘイゼルは涙があふれてくるのを止められない。そんなヘイゼルにアスランは続ける。


「鉱山から出たら、なぜかファラハニのバルグドがいてさ。やたら血走った目で、どうしてもどうしてもこれに着替えろってきかないの」


 アスランが着ているのはヘイゼルと揃いの白銀とラベンダーの衣装だった。袖口と襟元からわずかに見えるラベンダーの裏地が日焼けした彼の肌によく映えている。


「いやちゃんと受け取るから、これ今から着てたら汚れるからって言ったんだけど。あいつってほんとに、よかれあしかれ融通がきかないよね。着たよ結局。鉱山からまっすぐ来たから、俺汚れてない? 大丈夫?」

「アスランっ……!」


 途中から、ヘイゼルはもう聞いていなかった。


 誰が見ていようが、ここがどこだろうが、どうでもいい。

 ヘイゼルはアスランの首筋に抱きついた。


「アスラン、アスランっ」

「うん」


 当たり前のように背中に両手をまわしてくれるのが嬉しい。汗の匂いと真新しい布地の匂いが混ざっているのですら嬉しい。


「ごめんなさいアスラン。私、けんかしてことごめんなさい!」


 ずっと、これが言いたかったのだった。

 会ったら一番先に言おうと思っていた。

 くすっとアスランが笑ったことが、体を通して伝わってくる。


「けんかってなんのこと。そんなのしてないよ」


 最初の瞬間からもう、彼が怒ってないことはわかっていた。だが、これをどうしても言いたくて仕方なかったのだった。


 泣きじゃくり、まわした腕に力を込めるヘイゼルの背中を、アスランはぽんぽんとなだめるように叩いてくれた。


「今回のは、単に、俺がさみしい思いをさせてただけでしょ」


 わかってくれてた。私がさみしいってわかってくれてた。

 それだけで十分にヘイゼルは満たされた気持ちになる。


 じわじわと温かい感情がこみあげてきて、気持ちが抑えきれなくて、アスランの首筋に顔をこすりつけた。新しい涙がまたこぼれる。結っている髪が多少崩れたかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。


「待っててくれてありがとう、ヘイゼル」


 ううん。ヘイゼルは無言で首を横に振る。


「調べ物もしてくれて、すごく役に立ったよ」


 ううん、ううん。またしても首を横に振る。


 アスランはヘイゼルが落ち着くのを待ってくれて、ヘイゼルが自分から体を離すまで待ってくれた。

 そうして、もう一度間近で顔を見つめながら言った。


「ひとりにしてごめんね」

「私のほうこそ、ごめんなさい……」


 嫉妬したこと。アスランは話そうとしてくれたのに、自分の態度が明らかに悪かったこと。行ってらっしゃいも言えなかったこと。

 例をあげて謝ろうとしたヘイゼルを、アスランが目で止めた。


「前にも言ったよね? 俺にはなにも謝らなくていい」


 泣き顔のままきょとんとしたヘイゼルの目の下を指でぬぐって、アスランは続ける。


「ヘイゼルが、俺と一緒に砦に来てくれた。それだけで、他のことは全部いいんだ」

「アスラン……」

「あとのことは、もう全部俺がやる」


 またしても涙がボロボロこぼれてきて、ヘイゼルはアスランにしがみついた。アスランも抱き返してくれる。


「頑張ったね」


 人目を気にせず、気どりもしないその様子が、ご婦人方にはひそかに好評だったのだと、のちにブルーデンスが手紙で教えてくれた。


 しっかり抱き合うふたりに水を差したのは、冷たいロンバルド国王の声だった。


「王の眼前だということも忘れて、睦まじいことだ」

「忘れているわけではありませんよ」


 痛烈な皮肉にも、アスランはひるまない。


「話せるときに話しておかないと、この国では、思わぬことが起こり得ると知っているだけです」


 ゆっくりとアスランはヘイゼルから体を離して、ロンバルド国王に向かい合う。だが片手はヘイゼルの手を握ったままだ。


 ヘイゼルはまだ涙が止まっていないが、気持ちは前を向き始めていた。

 アスランの手を握り返して、ロンバルド国王に向き直る。


「レプティマグナ鉱山から、高品位の鉱脈が見つかりまして」

「それはモルフォか」

「違います。ですが貴国にとっては貴重な鉱物かと思いますね」


 アスランは空いている片手でポケットから手のひらサイズの鉱石を取り出した。

 灰色の母岩に黒光りする四面体が並んでいるものだった。


「重四面銅鉱です」


 国王の顔色が確かに変わるのを、ヘイゼルは見た。

 アスランがその名前を言うより早く、その石を見ただけで、おそらくそれがなにか彼はわかったのだった。


「確かか」

「調べてみては?」


 アスランは恭しいしぐさでその石を差し出す。

 王は思わずというように座っていた椅子から腰を上げかけたが、はっと気づいて近侍に手で合図をする。


(やっぱり、アスランはこれを探していたんだわ……)


 ヘイゼルが連日王立図書館に通って調べていたのは、この石についてなのだった。


 鉄よりも比重が重く固いこの石を、ロンバルド王国では古くから勲章の地金として用いていた。

 だがしばらく前から既存の鉱山ではこれが枯渇し、ロンバルドではこれを探しているのではないか、というのがアスランの仮説だった。


 ロンバルド国王は近侍経由でそれを手に取ると、目に近づけてよく眺めた。

その石は採掘現場から掘り出してきたものをそのまま運んできたはずなのに、まるで人の手で丹念に磨き上げられたように、メタルブラックの立方体が大小集まって並んでいる。


「あそこからは出るんじゃないかと思っていたんです。いやあ、当たりでしたね」


 アスランはどこまでが本音かわからないことをにこやかに言う。

 王は耳に入っていないようで、近くに大臣らしき人間を集めてなにやら声をひそめている。


「──ひとめ見りゃわかるだろう。あれが本物だって」


 アスランがヘイゼルにしか聞こえない声でつぶやく。


「ねえ」


 にっこりと笑う。

 ヘイゼルも無言でうなずく。


 この数週間で、重四面銅鉱についてはものすごく文献を読んだので、もうその特徴をそらで言えるほどだ。

 鉄黒色で金属光沢の四面体で産出し、ロンバルド王国においては最高位の勲章の地金として用いられている。


 伝統を重んじるロンバルド王国は、十年ほど前からひとつもこの勲章を授与していない。

 そして現国王の恐怖政治が強くなったのもこの頃からだ。


 アスランへの手紙にはそこまで書かなかったけれど、ヘイゼルの予想はこうだった。


 勲章が出せないことはこの国王にとって恥でしかなく、それゆえ、重四面銅鉱が掘れないことはひた隠しにしている。それについて不満や疑問が出ないよう、これまで以上に恐怖と憎しみで貴族社会を制御しようとしたのではないか──。


「金属鉱床の品位と鉱量のデータは、簡易ですがこちらに」


 アスランがひらひらと紙片を揺らす。

あと3話でこの物語も終了です。

ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!


おまけと言ってはなんですが、この物語の後日談を短編として書いてみました。

ボーナストラックみたいな感じですね。

長編完結と同時のタイミングで(8/23夜)そちらもアップいたしますので、よろしかったらそちらもぜひご覧くださいませ。

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