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7章 わたしあなたの友達になれるかしら 1

 夜会当日の夜。

 ヘイゼルは優雅な足取りで大広間に姿を現した。


 ドレスの色は白銀とラベンダーで、シルエットは体に沿った異国風のものだ。


「こんばんは、ごきげんよう」


 あいさつしながらヘイゼルはご婦人たちの間をすり抜ける。


「まあ……」

「あんなドレスがあるのねえ」

「あれってどこで買えるの?」


 女たちはヘイゼルが通り過ぎるのを目で追いかけながら言い交わす。


 今宵、女たちが身にまとっているのはどれも最新流行のもので、コルセットでウエストを細く絞り、裾を大きく膨らませものだった。

 女性が数人集まっているところでは、ドレスの布地が重なり合って空間をみっしりと占領しており、床も見えないほどだ。


 それはそれで大輪の花が集まって咲いているようで美しかったが、そうした女性たちの中でほっそりしたヘイゼルの姿はひときわ目を引いた。


『白銀とラベンダーのドレスを送ります』


 夜会当日の朝になって届けられたドレスには、短い手紙がついていた。

 いかにも時間がないといった走り書きとは裏腹に、ドレスは息をのむほど見事な出来である。


 純白の布地に、帯状の銀刺繍が効果的に施されている。銀糸の質があまりにもよいため、光の加減によってはそこだけグレーに見えるほどだ。

 ドレスの下に仕込んであるのは涼しげなラベンダーカラーのチュールで、それはヘイゼルが歩くたびにドレスの隙間から色をのぞかせる。


 ドレスに合わせて新しく届けられた宝石も、贅を尽くしたものだった。

 濃淡のモルフォを連ねたネックレスは三連。首に一周、鎖骨で一周、残った部分は胸元を通り過ぎてみぞおちあたりまで垂れ下がっている。隙間には小粒のダイヤモンドが効果的に埋め込まれて、モルフォの輝きを引き立てている。


 ヘイゼルはゆっくり歩いていくと、中央右手の桟敷席を見上げた。

 そこには、黒髪を形よく結い上げたブルーデンスがいる。


 ヘイゼルは片手を肩のあたりまで上げてひらひらと振った。

 目が合ったブルーデンスが同じように返してくる。

 それを見て貴族たちがどよめいた。


 ──今の、ご覧になった?

 ──ええ、手をお振りになったわ。


 今日のブルーデンスは濃い紫色に黒で刺繍をしたドレスだ。ラベンダー色のレースで胸元と袖口を飾っているため、紫と黒でも重くなりすぎず、16歳らしい軽やかさがある。


 これまで見た中で一番彼女に似合っているとヘイゼルが思っていると、ブルーデンスが指を胸元ですっすと動かした。

 すぐにヘイゼルも同じように返す。

 お揃いねというハンドサインだ。


(ブルーデンスったら……)


 覚えてすぐ使ってくれたのが嬉しくて、ヘイゼルは自然と笑顔になる。


 昨日、ドラモントからの帰り道で、彼女があまりにも喜ぶからいくつか砦で使うサインを教えたのだ。

 砦の奥深くにある坑道では、むやみにしゃべると粉塵が気道に入ってしまうため、男たちは布で口元を覆い、ハンドサインで会話をする。


 人差し指と中指とでまず自分を指し、次いで相手のことも指すそのハンドサインは、「一緒に」とか「ペアで」とかいう意味合いで使うものだ。


『今日のわたくしたち、お揃いね』


 ブルーデンスはドレスを指してそう言っているのだ。


『ほんとね、よくお似合い』


 ヘイゼルは別のサインを作ってそう答える。

 それも即座に理解したらしく、ブルーデンスがけらけらと笑った。


「ふむ。あの笑わない王女が笑っているか」


 その時だ。

 ヘイゼルの横に並んで立った背の高い男がつぶやいた。


 はっとしてヘイゼルが横を向くと、そこにはイアン・ウィービング王が立っていた。


「あのにこりともしないことで有名な王女が笑うとはな。驚きだ」

「お父様……」


 それ以上、ブルーデンスのことをなにか言うつもりなら言い返そうと思ってヘイゼルが身構えていると、父は目線をヘイゼルに向けてきた。ヘイゼルと同じ色味の、濃いエメラルド色の瞳を。


「その服はどこで手に入れたのだ」

「えっ?」

「妨害されていたはずだ。ドレスが手に入らないように」


 とっさのことでヘイゼルは動揺してしまい、問われるままにありのままを話した。


 ドゥンガラが高価な布地を手に入れて、砦に届けてくれたこと。砦のみんなが急いでドレスを仕立ててくれて、それが今朝届いたことなどを。


「そうか……よく似合っている」

(えっ……)


 ヘイゼルがなにか言うよりも早く、父王は踵を返して行ってしまった。

 だからヘイゼルは気づくのが少し遅れた。


(今のってもしかして……)


 謝罪のつもりだったのかしら、と思う。

 よく考えなくてはそれとわからないほどあいまいな謝り方ではあったけれど、もしかしたら。


 ヘイゼルがそんなことを考えていると、音もなく近侍がやってきて、小声で告げた。


「王陛下にご挨拶をなさいますように」


(──来たっ、意地悪タイム!)


「わかりました、すぐに行きます」


 これをできるだけ引き伸ばしたくて隅のほうにいたのだが、どうやら見つかってしまったらしい。

 名指しとあらば行かねばなるまい。


 ヘイゼルは内心で気合を入れると、背筋を伸ばしてロンバルド王のもとへと足を運んだ。


「ようこそ、我が夜会へ。……して、エスコートの相手が見えないようだが、どこに?」


 来た来た来たっ、とヘイゼルは思う。

 これを聞かれるだろうと思ったから、時間稼ぎをしていたのだ。

 ヘイゼルは内心を上手に隠して、静かに答える。


「少々席を外しておりまして」

「そうか。いつ戻るのか」

「もうじき」


(適当に挨拶だけして、離脱したい……けど、そう簡単に解放してくれるかどうかよね)


 ヘイゼルはロンバルド王の顔を見やる。

 王の表情は前と同じように硬く冷たかった。うまくやれるかしら、とヘイゼルは奥歯をぎゅっとかみしめた。

 王はヘイゼルをまじまじと見て言う。


「砂漠風のドレスだな」

「そうです、私はすでに砂漠の女ですから」


 平然とヘイゼルは答えた。

 実はこのドレス、ヘイゼルのとドゥンガラの、二着届けられたのだ。

 ドゥンガラはそれを見て露骨にいやな顔をしていた。


『なんで俺のまであるんだよ……』

『すごくよくできてると思うけど』

『いやどうすんだよこんなド派手な』

『どうって着るのよ。服だもの』

『やだよこっぱずかしい』

『ウースラの力作を恥ずかしいとは何事?』

『うっ……』


 いやがる彼を押したり引いたり説得したりして着せてみれば、ヘイゼルの予想を超えてしっくりとよく似あっていた。


 厚みのある胸板と広い肩幅が盛装によく映えて、どこぞの連隊長といっても差し支えのない風格だ。白地に銀のラインが効果的に施され、アクセントには紫の布地が使われているから、明らかにヘイゼルと対になるものだった。


『これを着て、エスコートしろということよね、多分……』

『できないって……』

『できるわよ。ガラってそういうの得意分野だもの』

『んなわけあるかよ』


 ドゥンガラは否定したけれど、ヘイゼルはもうなんとなく知っている。

 彼は城の女官たちに好かれていることを。

 働く女に好かれるということは、彼が女性を尊重しているからだ。

 そういう気遣いが日常的にできる男にエスコートができないはずがない。


『できる』

『できない』

『できるわよ』

『できねえよ』


 わあわあ言い争っているところに、シリンが髪を結いにきて、低レベルな口喧嘩は強制終了となった。


『ガラ、どこ行くのっ』


 そーっと部屋から出て行こうとする彼の背中に追い打ちをかける。


『逃げたらウースラに言いつけるから!』

『わかった、わかったから待て、必ず戻るから!』


 必ずという割に逃げ足が速かったのよね……とヘイゼルは先ほどのことを思い出す。


 あの服がそんなにいやだったのかしら。ものすごく似合っていたけれど。

 彼が言うからには戻るのだろうけど……とヘイゼルは時間ギリギリまで待ってみたが、結局彼は戻ってこなかった。


 なので仕方なく、ヘイゼルはひとりで夜会に出たのだ。


 女性ひとりでエスコートもなく夜会に出るなど、相当に破天荒なふるまいであることは理解していたが、出ないという選択肢と天秤にかけて、ひとりでも出るほうをヘイゼルは選んだ。


(ガラになにもないといいんだけど……)


 妨害されているにしても、彼に危害を加えられるような剛の者がそうそういるとも思えない。

となると、逆になにがあったのか心配ではある。


(あの盛装がいやすぎて逃げたわけじゃ……ないわよね。まさか)


「エスコート役はまだ来ないか」

「必ず来ますわ」

「ほう」

「砂漠の男は一度言ったことをたがえたりしません」


 自信をもって言い切ったものの、ドゥンガラになにかあって来られないことはもはや疑いようがない。

 ここは、自力で切り抜けるしかない。ぐっとヘイゼルが体に力を込めたとき。


「ここにいますよ」


 聞きなれた、待ちかねていた声がした。

 アスランだった。

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