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6章 地図とまち針の夜 2

 ブルーデンス王女が王宮から隔離された。

 それを知らせてくれたのはドゥンガラだった。


「えっ……」

「らしい」


 どうやら極秘情報のようで、彼も声をおさえている。


「一時的なものではあるらしいが……いつ戻ってこられるかは未定だとよ」

「いつも思うんだけど、ガラって、そういうのどこから聞いてくるの」

「まあその……いろいろ」


 突っ込んで聞いてみたかったが、今はそんなことをしている場合ではないことは明らかだ。


「隔離って、なぜ」

「父王陛下のご機嫌を損ねたらしいと言われてるが」

「あなたのせいですよ」


 凛とした声がそこに割って入った。


 振り向くと、そこにはシリンが立っていた。

 彼女は青い顔をして、まっすぐヘイゼルを見つめている。


「あなたのせいです。あなたが、あの人に感情なんて教えるから」

「なにを言っているの、シリン」

「なにも考えず反抗なんてしないほうが、あの人にとってどれほど楽だったか。足の悪い王女があなたのように王宮から捨てられたらどうやって生きていくんですか? お友達ごっこは楽しかったですか? 無責任だとは思わないんですか」


 立て続けに責められてなにを言われているのかヘイゼルにはわからない。

 だが、ブルーデンスに大変なことが起きているのはよくわかる。


 何があったのか尋ねると、シリンは苦々しい顔で吐き捨てるように言った。


「ドレスを貸すと仰ったんです。無理だと申し上げたのに、どうしてもって」

「私に……」

「そうですよ。でもそんなこと許されるわけがありません。陛下が禁止されたのですから。ですが殿下は自分のドレスだから、約束したからと……」


 シリンは両手を体の前できつく握りしめている。


「殿下はそのあとすぐ、王宮から離れた場所に隔離されました。反抗した罰だといって。侍女をひとりもつけずにです。足の悪いあの人にとってこれがどんなにつらいことか、わかりますか?」

「彼女は今、どこにいるの」

「あなたには教えません」

「なぜ」

「だってあなたにはなにもできないから」


 失礼します、と言ってシリンは身をひるがえした。

 そして小走りに立ち去ろうとして、ふと足を止めた。


「……すみません。なにもできないのは私も同じです。陛下には逆らえない立場なので」

「シリン」

「八つ当たりをしただけです。ご無礼申し上げました、お許しください」


 ヘイゼルの顔を見ないままで早口に言って、今度こそシリンはいなくなった。

 それを追いかけようとするのをドゥンガラの大きな手が止める。


「俺が聞いてくる」

「ガラ……」


 ドゥンガラは、ヘイゼルの正面に立って噛んで含めるように言って聞かせる。


「ちょっとひとりにするけど大丈夫か? 俺が戻ってくるまで動くなよ。部屋に鍵をかけて、知らないやつが来ても入れちゃいかん。侍女でもだぞ」

「わかった……」


 扉をしめて内側から鍵をかけると、ヘイゼルはその場にへたりこんだ。


(ブルーデンスが……王宮隔離……)


 自室に軟禁ならわかる。自分も王宮では北の塔に閉じ込められていた。

 だが一国の王女をたったひとりで王宮外に閉じ込めるなど、罰としても過酷すぎる。


(私のせい……)


 どうしよう、どうしたらいい。


 ヘイゼルは先日のお茶会を思い出していた。

 笑顔こそなかったけれど、ブルーデンスは楽しそうにしていた。

 話し方も滑らかで、友人になれるかもと思ったのだった。


 でもあれが良くなかったのだろうか?

 自分は、間違ったことをしたのだろうか?


(アスラン……)


 今、彼にここにいてほしかった。

 あったことをすべて話して、相談したかった。

 ねぇどうしたらよかった? あなたならどうした?


(会いたい、声が聞きたい……でも、いない)


 彼は彼で、違うものに挑んでいる。

 今はそれに集中させてあげることが、自分にできる最善のことだ。


(わかってる……)


 容易に落ち込みそうになる気持ちをヘイゼルはこらえる。

 泣いてはいけない。

 今、一番つらいのは自分ではなくブルーデンスなのだから。


 分厚い扉におでこを押し当てるようにしていると、遠くから足音が聞こえてきた。ドゥンガラだ。

 急いで鍵をあけると、しぶい顔をされた。


「簡単にあけるなって言ったろうがよ……」

「あなただって音でわかったもの。それで?」


 ドゥンガラはシリンをうまくなだめて、必要なことを聞き出してきてくれた。


 王女が隔離されているのはここから馬で1時間ほど走ったところにある、王家直属の領土でドラモントという土地であること。閉じ込められているのはその中のだいたいどのあたりかということ。近隣の街からは少し離れた王家の避暑地という扱いなので、護衛はおそらく領地の入り口にのみいることなどを。


「それ、どこだかわかる?」

「聞いてきたぜ。この辺だそうだ」


 地図を広げて彼は指で指示してくれる。

 王都からドラモントまではほぼ一本道で、途中の分岐さえ間違えなければ迷う心配はなさそうだった。


「ガラ、私ね……」

「ああ」


 そこまで言いかけて、ヘイゼルは自分の指先が震えているのに気がついた。

 やるべきことはわかっている。だが、手の震えが止まらない。


(そうか、怖いのね、私……)


 気持ちのままに動くことはできる。

 だが、今の自分は砦の女王として、アスランの伴侶としてここにいるのだ。砦を代表しているのも同然の立場で勝手なことをしたら、砦のみんなに迷惑がかかる。


(軽率なふるまいは争いの口実になる。争いになれば血も流れる……)


 それがわかっているから、怖いのだった。


(そして、この国の王が望んでいるのもそれなんだわ)


 かつて、母国の王宮を立ち去った時はこんなふうには思わなかった。不安もあったが、自分ひとりで背負えばよかった。

 だが今は違う。


(でも……)


 ヘイゼルはぎゅっと両手を握りしめる。


 ドゥンガラが自分を見ているのがわかる。

 あえてなにも口を挟まず、ヘイゼルがしたいようにさせてくれているのが。


「怖いことが、行動しない理由にはならないわ」


 思ったことをそのまま口に出して言ってみた。


「私はそう思う」

「そうか」

「それに、このまま黙って見ていることが正しいとは、どうしても思えない」

「そうか」


 ドゥンガラの声は落ち着いている。ヘイゼルの声が震えているのとは正反対に。


「私がこれからすることは」


 ゆっくり深呼吸をして、声の震えを止めようとしながらヘイゼルは続ける。


「愚かなことかもしれないけど」


 ブルーデンスを助けに行く。

 絶対ひとりにしておかない。この手で取り戻す。

 そう心に決めながらヘイゼルは言った。


「やるべきことだと思うから、怖くてもする」

「そうか」


 ドゥンガラは白い歯を見せてニッと笑った。


「それでこそ、砦の女王だ」

「ガラ……」

「と、アスランがここにいたら言うだろうぜ。さぁそうと決まればなにをするかね、女王さん」

「馬を二頭借りてきてちょうだい。あと動きやすい服も。男ものでいい」

「合点」


 ドゥンガラが再び部屋を出て行ってひとりになると、ヘイゼルは少し考えて、声を張った。


「ジャジャ!」

「えっ……はい!」


 声はバルコニーのほうからした。

 やっぱり近くにいた、と思いながらヘイゼルが待っていると、ジャジャは隠れていた場所から出てきて彼女の前に膝をついた。


 なぜわかったのだろう、と驚き顔のジャジャに向かってヘイゼルは言う。


「今私は、あなたに命令できる立場ではないけれど」

「なんなりと仰ってください。だって僕はあなたの──」

「お父様のそばを離れないように」

「えっ」


 予想外のことを言われたというように、ジャジャの声が震えを帯びる。


「この国の王は信用できないわ。いざという時、お父様を守れる人が必要なの」

「ヘイゼル様……」

「いいわね、ジャジャ。近衛騎士として、なにがあっても王を守るのよ」

「はい……」


 そうとしかジャジャは言えなかった。

 なぜならば、その時のヘイゼルはかつて見たどの時よりも王女らしかったから。

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