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6章 地図とまち針の夜 1

「はぁーーー???」


 砂漠の真ん中の砦である。

 アデラは遠慮のない声を出した。


 バルグドが自分に会いにきたと知らされて、なんじゃそりゃ、と思っているのがもろに顔に出ている。


「用事があるらしいわよ」

「あたしないもん!」


 まことに明確な返事であった。


「またナマズでも持ってきたのかなあ、やだなあ。とにかくあたしは会わないからね!」

「あら、そう。ならあたしが会ってきましょう」

「えっちょっ」


 速やかに立ち上がったのはウースラだった。


 ウースラはすたすたとバルグドに会って話を聞くと、来客用の入り口からアデラを手招きで呼んだ。

 砦にいたほかの面々も集まってきて、頭を寄せてウースラから事情を聞く。

 バルグドがドゥンガラから預かってきたドレスを見ると、誰もが息をのんだ。


「なにこれ、ひどい」

「本当にこんな嫌がらせってあるのね」

「あの子、泣いてないかしら」


 女たちは口々に言う。

 ウースラはというと女たちの中心でじっと沈黙していたが、その口元からギリッという不穏な音が漏れているのはどうやら気のせいではない。


「どうする、ウースラ」

「ガラからの手紙にはなんて書いてある? 夜会はいつだって?」

「えーと、あと6日後」

「じゃあ、3日で仕上げて3日で届けたら間に合うのね」


 ウースラの静かな声に、その場の空気が引き締まる。


「みんな手伝ってくれる?」

「なに言ってるのよもちろんよ!」

「布はこれね、刺繡はどうする?」

「──そこは、あたしが考えるわ」


 女たちが相談モードに入るなか、アデラは居心地が悪そうにバルグドの熱視線を受けていた。


 見られてる。めちゃくちゃ見られてる。

 なにか言うべきかなあ。でもいやだ。


「ほめてあげな」


 ウースラに低い声でささやかれて、えーい、とアデラは腹をくくった。


「えらいっ!」


 アデラは大股でバルグドに寄っていくと、大きな声で言いながらその肩をばんばん叩いて乱暴に褒めた。叩かれた衝撃でバルグドの頭が軽くぶれる。


「じゃ、じゃあその、こ、今度、よかったらデートでも……」

「それとこれは別っ!」


 バルグドがしょんぼりしているところに、砦の誰かが肩を抱いて何か言っている。改めて礼でもしているのだろうが、すでにウースラの視界には入っていなかった。


「型紙と全体像をまず決める……それから一気に作り始める……。久しぶり、こんな燃えるの」


 ウースラはなにやらぶつぶつ言っている。

 そのまわりで、女たちが早くも下準備に動いていた。


「ウースラ、決まったら指示ちょうだい」

「どうせ普通のドレスでお茶を濁す気はないんだよね」

「先に作業場所あけとくから」

「わかった」


 それからというもの、ウースラは丸1時間かけて、ドゥンガラの買ってきた布地と過去の型紙を並べて熟考していたが、ややして立ち上がった。


「よし」


 それからというもの、砦は急遽、昼夜お構いなしの臨戦態勢が発動された。

 女たちは作業場所にほぼ全員集まり、手分けして作業に取り掛かっている。


 縫い物ができない男たちはそれとなく手持無沙汰だ。

 そんな彼らに向かってウースラは手を動かしながら言った。


 男たちは体力温存してて。

 はっきり言うと、馬の世話してあとは寝てて。

 あと自分のことも自分でやって、あたしたちはかまってやれないから。


「ドレスができたら休みなしで走ってもらうことになるけど、今はやることないからね」

「あの、あたしは……」


 同じく縫い物が苦手なアデラがおそるおそる声をかける。

 できないわけではないのだが、なにせ飽きっぽいし、手が雑だから仕上がりが悪いのだ。


「雑用っ」

「はいっ」

「あと、食事係っ」

「はいいっ!」


 ぴょんと跳ねるようにしてアデラがいなくなると、あとに残ったのは手の確かな女たちだ。


「アデラが雑用なのはわかるけど、なんでサディークがこっち来てるの」

「あ、お邪魔でしたか。すみません」


 プラチナブロンドの線の細い若者は丁寧にひざをそろえて座っている。


「縫い物は得意ではないですが、下縫いくらいなら、なんとか」

「いいけどさ……」


 謙遜して言う割に、その手つきには危なげがない。

 やっぱこいつサディ子ちゃんだわ、と女たちが思っていると、ウースラがガーヤに声をかけた。


「ねえ、ガーヤ」

「なんですか」

「ガーヤは冷静よね。心配しないの?」

「そんなことありません」


 ガーヤはウースラと横並びに座って針を使っている。


「心配で胸がつぶれそうですとも」


 しれっと答えたガーヤだったが、内心はまったく違うことを考えている。


(大丈夫、大丈夫です、姫さま……)


 ロンバルド行きが決まった時から、なんとなく悪い予感はあった。

 具体的にどうというのではなかったが、ヘイゼルがつらい思いをするだろうなという確信に近いものがあったのだ。


(私は姫さまを、そんなときでも大丈夫なようにお育てしてきたんですとも……)


 どんな国でも、どんな場所でも、ヘイゼルのよさはわかる人にはわかってもらえる。そんな自信がガーヤにはある。


(だから大丈夫です、姫さま……)


「ガーヤ、ねえガーヤってば!」

「なんですか」

「大丈夫?」

「大丈夫ですとも」


 いやいや、とウースラがガーヤの手にそっと自分の手を重ねて止める。


「自分の服まで縫ってるわよ」

「あ」


 我に返ったガーヤが布地を持ち上げてみると、確かにその通りなのだった。

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