5章 笑わない王女 6
バルグドを半ば引きずるようにして、ドゥンガラは目についた屋台の一角にどんと座り込む。
一番いい匂いのする店で骨付き肉のでかいところをいくつか注文する。肉が嫌いな男はいない。そこのおやじに教えてもらって、別の店でパンも頼んだ。
「あの、おれ、そんなには食えない……」
「食えなきゃ俺が食うよ!!!」
屋台なので、注文すれば出来上がるのも早い。
店も暇な時間帯だったとみえて、ドゥンガラたちが座ったテーブルまで湯気の立つのを運んできてくれた。
骨付き肉はスパイスをきかせた汁に漬け込み、それをさっと揚げてから煮こんである。とろっとした汁をまとってつやつや輝いている肉を両手で持ってかぶりつくと、肉はするっと骨から外れた。
思わずドゥンガラの口から感動の声が出る。
「うめえええっ、そうっ、俺はこういうのが食いたかったんだよ!」
あー最高、まじで最高、と思いながら大きなパンをちぎる。
パンは焼きたてで、皿からはみ出しそうにでかかったが、手でちぎると中は空洞なので、それを煮込みの汁に浸して食べる。これがまた小麦の味がしっかりとして焼き目も込みでおいしい。
「お前も食え、うまいぞ」
「う……う、うん」
バルグドは最初おずおずと手を迷わせていたけれど、一口食べるとやはり目を輝かせた。
「うまいよな」
「う、うん」
「よかったな、来て」
「うん……」
砂漠の男同士、仲良くなるなら、まずめしだ。酒でも一緒に飲めばなおいい。それでもだめなら一緒に馬でもひとっ走りさせれば、相手のことはもっとわかる。
(でもこいつ、それほど馬早いわけでもないんだよな……)
ものも言わずに肉とパンを交互に食べているバルグドのつむじを見ながら、ドゥンガラは考えた。
(まあいいか、馬は走らせれば走るもんだ)
「なぁちょっと聞いていいかー」
「う、うん」
「お前、ここからうちの砦まで何日あったらいける?」
「ど、どうだろう」
手に持っていた肉とパンを皿において、汁のついた指を一本一本なめてからバルグドは答える。
あーこいつ、壊滅的に家族以外の誰かと一緒にめし食ったことないやつだなーと思いながら、ドゥンガラは続けた。
「よし聞き方を変えよう。アデラがお前を待ってるとしたら、お前なら何日で砦まで行く」
「えっ、急ぐよ……」
「うんうん。何日で?」
みっか。バルグドが小さな声で言ったので、思わずドゥンガラは聞き返した。
「え、なんて?」
「み、三日だよ」
「なんで」
自分ですら急いでも4日はかかるのに、腑に落ちない。
そんな気持ちを押さえて根掘り葉掘り聞いてみると、バルグドが言うのは噓ではないことが分かった。
馬には水をやるけれど、急ぐ時、自分は休憩をほぼしないのだという。
「だ、だから……こうして、急ぐ用があると使いに出されるんだ……」
「そうかそうなのか、お前も頑張ってるなあ」
心にもないわけではないが本心でもない。
そんな感じでドゥンガラはぬるりと相槌を打つ。
要するにこの男は、休憩するときに火を起こしたり、湯を沸かして料理をしたりをしないのだ。持たされた干し肉とナツメヤシで腹を満たしてまたすぐ動き出すから、そのぶん早く着く。
普通はそんなこと、できてもやらないもんだがとドゥンガラは内心で思う。
(馬も疲弊するし自分も疲弊する。……だがまあ、いいか)
思うに、この男は、馬鹿正直なのだ。
言われたことを愚直にこなす。
頑張れと言われたら本当に頑張ってしまう。
だからこいつはいつも目の下がどんよりして、受け答えもぼんやりしてるのかもなと思いながら、ドゥンガラは彼の話を聞いてやった。時にやさしく、時に辛抱強く。
「なんで店に入れないんだよ」
「し、知らない人と、あまり、話せないから」
「じゃあアデラとはどうやって仲良くなったんだ」
仲良くなんかなってないっ。
アデラが聞いたら烈火のごとく怒りそうな質問だったが、バルグドはちょっとうれしそうに頬をゆるめた。
「アデラは、顔を合わせたら、ふ、普通に話してくれるから」
「普通にって?」
「ばっかじゃないのとか、あんた手際悪すぎるちょっと貸しなさいよとか」
「あー」
決めた。こいつに布地を持たせて砦まで走らせよう。
そう意志を固めて、ドゥンガラは再び肉とパンを交互にぱくつく男の頭頂部を眺めていた。
◇◇◇
「えっ」
場面変わって、王宮のとある回廊ではブルーデンスが顔色を変えていた。
「なんですって……そ、そ、それは、ど、どういうこと」
「ドレスの管理は本日よりしばらく、わたくしどもが致します、と申し上げました」
「ヘイゼル王女に、ド、ド、ドレスをお貸しする約束をしたわ」
「それにつきましても、わたくしどもが」
答えになっていない、とブルーデンスは思った。
いや、なっている。これはなにかを禁止されるときのあの感じだ。
ブルーデンスは食い下がった。
「わ、わ、わたくし約束したのよ」
「わたくしどもが、お伝えいたしますので」
「そんなこと……」
「王女殿下、陛下のお申しつけです。どうか……」
侍女が顔を伏せて神妙に語尾を濁す。
こうなるともう誰も自分の言うことは聞かないということを、ブルーデンスは身にしみてわかっていた。
「ごきげんよう、わが麗しの妹よ」
奇妙な上機嫌さで兄のカルマが通りかかり、つとブルーデンスに近づいてきた。
「おっと失礼、腹違いの妹ぎみ、だったな」
「お、お、お兄様……」
彼が近くに来るだけで、ブルーデンスの動機は激しくなる。
手先が冷たくなり、体は固まって、なにも話せなくなる。
どうやって息をしていたのか、急にわからなくもなる。
彼はそんなブルーデンスに親しげに顔を寄せると、ぽん、と彼女の肩に手を置いた。
「お前はいい子だから心配いらないだろうけど。今後は私的なお茶会も控えなさいよ」
(……いい子?)
最後のほうだけブルーデンスの耳元でささやくと、カルマは機嫌よく去っていった。
残されたブルーデンスは言われた言葉を反芻する。
いい子? わたくしが?
(今のわたくしが……?)
いい子などではなかった。
それは単に『都合のいい子』であるだけであり、『くみし易い』と言われているだけなのだった。
先日、ヘイゼルとお茶を飲みながら交わした会話を思い出す。
──変わってるって言われるでしょう。
──言われるわ!
──楽しいの?
──楽しいわ!
確かにあの時、自分はなめらかに話していた。
まるで普通の16歳の娘みたいに、自然に。
自分を抑えなくてもいい会話があんなに気持ちいいなんて、忘れていた。
彼女はこうも教えてくれた。
邪魔をするのは、相手が脅威であるからだと。
同じ立場の人がいたら、なんて声をかけるのかとも。
(悪くない……わたくしは、悪くない)
ヘイゼルが自分の口でそれを言うのではなくて、ブルーデンスに考えさせ、自分で答えを見つけさせてくれたことが嬉しかった。
自分で見つけた答えなら、何度でも思い出せる。
(悪くないわ……)
まるで自分を内側から守ってくれるおまじないのようだった。
あの時の感覚を思い出すと、胸の内側がほのかにあたたかくなる。
「王女殿下、なにか?」
あまりに彼女が立ち尽くしているので、侍女が声をかけてくる。
「お部屋にお戻りを……」
「い、い、いいえ」
殿下? と侍女が首をかしげる。
ブルーデンスは心臓がどきどきと落ち着かない。
「ヘイゼル王女に、ド、……ド、ドレスを」
「殿下……」
困ったように侍女が眉をひそめる。だがブルーデンスは続けて言った。
「ち、父上にもあ、あ……兄上にも、報告するならばなさい。王女たるわたくしが約束したのです。その約束を違えるなどとんでもない。ヘイゼル王女に、ドレスをお貸しするのです」




