5章 笑わない王女 5
ロンバルド王都の目抜き通りは、どちらを見ても豪華かつ重厚な建物ばかりで、道行く人もぱりっとした服に身を包み、磨き上げられた紋章入りの馬車が幾台も行きかっている。
ドゥンガラは、とある高級服飾店の前で仁王立ちになっていた。
納得がいかん。
どう考えても納得がいかん。
ドゥンガラの大きな体からは陽炎のように憤りにも似た何かが立ちのぼっており、通り過ぎる人たちは男も女も彼をちらちら見上げている。
「なんでだよ……」
思わず声に出してしまった。
ドレスの購入を断られたのはこれで四軒目。
一軒めで丁重に断られ、二軒目でも慇懃に断られ、三軒目でも四軒目でも判で押したように同じ文言で断られて、ドゥンガラは気がついた。
これは、裏から手をまわされているのだと。
なにがなんでも自分たちがドレスを手に入れられないよう、ある程度以上の店舗には王宮から通告が出されているに違いない。
あの王子に先手を打たれたな、とドゥンガラは思う。
おそらく黒髪の侍女が手紙を持ってやってきたころには、すべての布石は打たれていたのだろう。
注文することはもちろん、店頭に飾ってあるドレスを指さしてほしいと言っても、あいにくこちらは取り置き品なのですと断られてしまう。
深々と頭を下げられてしまうと、怒ることもできない。
人通りの多い歩道の片隅で、ドゥンガラは立ち尽くした。
(どうしたもんなんだ、これは……)
ドゥンガラは試しに街中をうろうろと歩きまわし、やや下町風の店にも入ってみた。
さすがにその店では快くドレスを売ってくれそうだったが、まさか町娘が祭りの日に着るようなドレスをヘイゼルに着せるわけにもいかないのは彼にもわかる。そもそも布地からして質が違うのだ。
裏通りに面したひとけのない道を、ドゥンガラは黙々と歩く。
自分たちがはめられたのはよくわかった。
だからと言って、このまま手ぶらでは帰れない。
(姫さんだっていろいろ我慢したりしてるんじゃねえか……俺がここでなんとかしないでどうする)
ドゥンガラは試しにさっきの店で布地屋を教えてもらい、その店で尋ねてみた。
店主は上等の生地は初見の人には売れないとはじめ断っていたが、彼が財布から金貨を数枚出すと喜んで売ると言い、奥から他の生地も持ってきた。
(なるほど、布地は買える……だが縫う人間がいない)
ありがとうなと礼を言って店から出ると、ドゥンガラは細い道をそぞろ歩きながら考えた。
布を買うと仮定する。自分が馬を飛ばして、砦まで何日かかるか考えてみる。
(どんなに急いでも5日はかかるが、俺ひとりなら、4日で行ける。ウースラならドレスの一枚くらい、急げば2日で仕上げるだろう。夜会に間に合うかどうかはぎりぎりのところだ。──だが問題はそこじゃねえ)
もし自分が城を離れたら、カルマ王子は嬉々としてヘイゼルに手を出してくるだろう。
そしておそらく、夜会まで10日という時間の猶予は、それを見越して設定されたものだ。
余裕を与えないことで、こちらの判断を間違わせる。それが相手の目的なのだ。
(今はとにかく、姫さんの傍を離れないほうがいい……)
おそらく今回のことは、幾重にも重ねられた罠なのだった。
なんの手を打たなくても負ける。
ヘイゼルがカルマ王子に頭を下げても負ける。
自分がこの場所を離れても、やはり負ける。
(うーん……)
考えながら歩いていたせいか、かなり街の外れまで来てしまっていた。
「あらーお兄さん、背が高い!」
親しげに声をかけられて、ドゥンガラははっとした。
気がつけば中心街からはだいぶ離れて、道行く人の顔立ちも肌の色も様々になっている。
「ガタイもいいねえ、こんな息子あたしも欲しかったわあ、あはは!」
「お姐さん、ちょっと質問よろしいか」
言うだけ言って満足げに立ち去ろうとするおかみさんを呼び止めると、ドゥンガラはこのあたりが外国人居住区になっていること、このあたりの人間は街中で買い物をせず、生活のほとんどをこの辺で済ませることなどをいろいろと聞き出した。
「この国の人間は、あたしらみたいなのが表通りで買い物しようとすると嫌がるのよ!」
「そうだったのか」
「お兄さんが嫌な思いしたら気の毒だから教えとくから! ほんとむかつくけどそうなんだわ!」
「とても助かります」
「この先まっすぐ行くとさ、安くておいしい屋台街なんかもあるからね。食事ならそこでとるといいよ」
ドゥンガラが礼を言うと、おかみさんは腹から笑って手を横に振った。
「なに言ってんの、外国人同士困ったらお互いさま! それじゃあね!」
言われるままに歩いていくと、確かに嗅ぎなれたスパイスの香りが漂ってくる。
なんか腹が減ってきたなあ。王宮の料理もうまいけど、なんか上品すぎて食ったか食ってないかわからんのだよなあとドゥンガラが考えていると、何やら見覚えのある顔が目の前を通り過ぎた。
「あれは、ファラハニ部族の……」
目の前をほてほてと無防備に歩いていたのは、バルグドだった。
狩りも下手だし、言うことは要領を得ないしで、さして仲が良いとも言えない相手だったが、思いがけない場所で見知った顔に会えた嬉しさで思わず声をかけてしまう。
「バルグドだろう、お前」
「うん? ……う、んっ?」
「そうだよな、この前アデラにナマズもって求愛しにきた」
バルグドの、覚えやすい扁平な顔を見た瞬間、ドゥンガラの頭の中で稲妻のように点と点とがつながった。
これからなにをしたらよいか、手に取るようにわかる。
「うん……そのう……ええと」
「ああそうだよな、悪い悪い。やなこと聞いちまった。男同士だ、もう言わねえよ」
知らず知らず、ドゥンガラは笑顔になっていた。
女性を励ましたり慰めたりはどうしたらいいかわからないが、男同士ならだいたいわかる。砂漠の男ならなおさらだ。
ようやく自分の手に負える事態がやってきたぜ、という気分だった。
「なにやってんだ、こんなところで」
「う……その……」
「俺、腹減ってるんだよ。よかったらうまいめしでも行かねえか、一緒に」
「あ、いや」
「いやなのかよ」
「いやっそうじゃ……なくて」
バルグドはいつものように要領を得ない。
辛抱強く話を聞くと、食事は持参してきているのだという。
よくよく聞くと食事というのは、干した肉とナツメヤシだった。集落を出る時に母親から持たされるから、いつもそれを食べて、この辺の店には入ったこともないのだという。
「一度もか?」
「い、う……うん」
お前はそれでいいのかとドゥンガラはあきれた。
部族の用事があってこんなとこまで来てるんだろうに、ちょっとくらい知らない店でうまいもののひとつも食おうとか、思わんのか。
「手持ちの……金がなくなると……なにに使ったのって、聞かれるんだ」
「母親にか?」
「母親も、父親も」
「よーしわかったここは俺がおごろう!」
ドゥンガラは日焼けした腕をバルグドの首に素早く回した。
ここでこいつを逃してなるかという本心は見せないように、回した腕にそれとなく力を込める。
「用事はもう終わったのか? じゃああとは帰るだけだな? よしよし、ちなみにお前は何日で集落まで走れるんだ? うちの砦までならどうだ?」
「う……えぇと」
「まぁそんな話も食いながらにしようぜ! 男のめしは肉だ肉!」




