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4章 嵐のバラ園 5【R15注意】

(──ひどいです、こんなこと。ひどい)


 黒髪の侍女はそう訴えたつもりだったが、くぐもったうめき声にしかならなかった。

 口枷をはめられているせいだ。

 凝った編み込みの髪を、カルマ王子がわしづかんで仰向かせる。


「わかってるよな。手を止めたら、捨てる」

「うう──うう」


 侍女は涙を浮かべてうなずくしかできない。

 まずは一枚。

 スカートの一番下に履いているペチコートを彼女は脱いで冷たい大理石の床に落とした。


 今日は王に目通りを願うから、その時、お前もついて来い。

 カルマ王子に言われたのはついさっきのことだ。


 王陛下に直接会えるなんてめったにないと胸が踊ったのは、一瞬のこと。

 カルマは彼女に、自分が王と話している間、一枚ずつ服を脱ぐように告げた。

 彼女の表情が一気に凍りつく。

 それができるなら連れて行くし、できないなら今すぐ出て行け。そう言われて彼女は迷った。


 これはチャンスかもしれない。

 でも、服を脱ぐなんて。でも相手は王陛下。


「おいおい、迷ってるなら出て行けよ」


 挑発するようにそう言われて、彼女はとっさに考えてしまった。自分がもし、王陛下に夜伽を命じられたらどうするのかと。断るという選択肢はない。現にカルマ王子にだってそうしているのだし。


 ──わかりました。


 そう言った彼女に、カルマは口枷を嚙ませたのだ。

 そしてその格好のまま、王の私室に連れていった。


「ほう、今日はそういう趣向か」


 王がさして熱のこもらぬ視線を彼女に向ける。


「お前は毎度、面白いことをやってくるな」

「父上と話をするためには、興を惹く玩具を持参する必要がありますから」

「で、今日は何について聞きたい?」

「隣国の第五王女の件です」

「続けろ」


 男ふたりが話している前で、侍女は震える手で衣服を脱いでいく。

 ペチコートと飾り襟をとってしまうと、あとは脱ぐものも限られてくる。

 考えていると、後ろからは鋭い声が飛んできた。


「捨てるぞ」


 彼女が恥辱に涙ぐみながらドレスのひもをゆるめていく間、カルマ王子は淡々と話を続けていた。


「第五王女の父上を、なぜ招待されました? ふたりを会わせて顔改めのおつもりですか?」

「それもあるし、あのふたり、会わせたらどのような反応をするかと思ってな」

「なるほど。……で、どうご覧になりました」

「どうとも言えん」


 王の視線はたいして侍女を見ていない。こんなことは日常茶飯事だと言わんばかりの冷淡さだ。

 どうしよう、こんなところを誰かに見られたらどうしよう、と思いながら侍女はドレスを脱いでいく。よく図書室でされるみたいに、誰かが来たらスカートをもとに戻せばいいという状況ではない。


「そうですか」

「オーランガワードの現国王が愚かなことはすでに知っている。そして娘のほうは、王族としての教育不十分なことがまるわかりだ。まぁ、あの場で取り乱さなかっただけましというところか」

「では、評価するとしたらどちらを」

「評価はしない。どちらもだ」


 なるほどと相槌を打つカルマの声も冷静そのものだ。


「ただ、あのふたりを比べた時、現時点で王位を持っているという点で、父王に分がある」

「では、娘のほうで遊んでもよろしいですか?」

好きにしろ、と王は冷たい声で答えた。

「どのみちあの娘には王位継承権もあるまい。可能性が出てくるとしたら……あの娘が生む子供にだ」

「同じくそう思います」

「ところで、それ」


 それ、と言われたのが自分のことだと、侍女は少し遅れて気がついた。


「どこの下級貴族の娘だ?」

「貴族と呼ぶのもおこがましい。この娘は平民です」

「平民の娘が王族の侍女にはなれないはずだが」


 ああそれは、とカルマ王子が嘲笑するのが後ろで聞こえた。衣服をまとっていない体に言葉のひとつひとつが突き刺さる。


「ちょっと見た目のよい平民の娘を養子にとったのですよ。少しでも家のためになればと思ったのでしょう。そんなもの、ありふれすぎて使い捨ての玩具と変わりません」

「そうか」

「隣国では、娼婦出身の女が国王の愛妾になっているようですが、あわよくば真似ができたらと思っているのでしょうね」

「虫唾が走る話だ……下賤な生まれの女を王家の愛妾にするなど」

「同じくそう思いますよ。お時間をとっていただき、ありがとうございます、父上」


 カルマがそう言うと同時に、王はかけていた椅子から立ち上がって姿を消した。


「さあさあ、なにを泣いてんだよ。顔ぐしゃぐしゃだな」


 足が震えて、ここで起きたことのすべてが胸に刺さり、侍女は動けないでいる。そんな彼女をカルマは笑った。


「動けないのか? ただ脱いだだけだろう? なにかされたわけじゃないだろ?」

「うっ……」

「しょうがねえな」


 彼は言うと、自分のマントをかちりと外して彼女の体を包み込んだ。

 そしてそのまま横抱きに抱え上げると、悠々と自室に戻り、その扉に内側から鍵をかけた。


 口枷が外れると同時に彼女は声をあげて泣いた。我慢していた嗚咽がほとばしる。


「ひどい、ひどすぎます、あんなこと」

「あの程度でかよ」

「もういやです」


 頼りない裸体に、髪だけがきっちりと結われているのが余計に情けなさをあおる。


「あなたは鬼畜です。悪魔です」

「ああいうことができるから、俺は妾腹でもこの国の第一王位継承者なんだよ」


 力のある瞳で見下ろされた。整った端正な顔立ちなのに、そこには毒々しさが濃くにじんでいる。

 この人の侍女になることが決まり、喜びと希望に胸を躍らせていたのはもう思い出せないほど昔に思える。


 彼女がしくしくと泣いていると、カルマが顔を近づけてきて、耳元で言った。やけに楽しそうに。


「そんな俺を好きなお前も、同類だ」

「私は……私はただご命令に」

「なら断らなかったのはなぜだ? 一瞬で損得を考えたからだろう。この機会に父上に顔でも覚えてもらえたらと思ったんだろう。甘いっつうの」


 見透かされていた。迷ったのはほんの一瞬だったのに。

 そう思って、侍女の顔が真っ赤に染まる。


 彼は楽しそうに言葉で彼女を追いこんでいく。人よりも凝った形にいつも髪を結っているのはなぜか。下にペチコートを仕込んで、他の侍女より少しだけスカートを膨らませているのはなぜか。


「全部、俺たちの目に留まるためだろうが。目に留まりたいなら人ができないことをしろよ」

「──ひどい」

「あ? 嬉しいだろ、エデ」


 唐突に耳のそばで名前を呼ばれた。いつもより低い声に体が勝手に反応した。ぞくぞくと体に鳥肌が立っていくのがわかる。


「エデ」

「あっあの」

「これが欲しくて頑張ったんだろ? ご褒美の時間だよな?」

「私……っ、私っ」

「ほら、エデ」


 名前を呼ばれるたびに勝手に体が反応する。


 普段、王族に名前を呼ばれることなんてない。下手をすると、侍女同士でも名前を覚えたりなどしない。

 ここの王族付きの侍女の入れ替わりは激しく、また、侍女同士の序列も厳格に決まっているからだ。

 自分たちは成り上がり組だが、中には正真正銘貴族の子女である人もいる。そうした人たちは、エデなどには声もかけないのだ。


 今、目の前にいるのは次期国王になることが約束されている人だ。その人が、自分の名前を呼んでいる。認識してくれている。その事実にエデはくらくらするほどの高ぶりを感じた。


「俺のことが好きなんだろ、エデ」

「……お慕い申し上げております」

「そんなことを聞いてるんじゃない。好きだろって言ってるんだ」

「好き……好きです」

「お前がどうしたら喜ぶか、どうしたら傷つくか考えてくれる俺のことが好きだろ、エデ」

「はいっ」


 ひどい男であることは十分以上に承知している。

 だが今は、自分が確かに認識されている喜びにエデは涙を流していた。まだ指一本触れられていないのに早くも陶然となる。


「エデ、返事しろ」

「はいっ」

「溺れろ」

「──はいっ」


 カルマはそれからややしばらく、部屋の鍵をあけなかった。


 そしてアデが失神するまで追い込んでから、けだるげな様子で彼女の上から体を起こし、まるで義務でも果たしたかのような顔つきでつぶやいた。


「なんか風が強いな……」


 閉め切った窓が低い音を鳴らしている。

 今夜は嵐になりそうだと思い、カルマは形のよい眉をひそめた。


「疲れる……」


 誰も聞いていないのを幸い、本音が漏れた。


 思考停止に追い込むのが女を服従させるときの常道だが、従わせ続けるためにはアフターケアが欠かせない。飴とムチは洗脳の基本であり、そうしていないと見下した相手に突然足をすくわれることがあるからだ。


「ほんと、疲れる……」


 たとえば自分が、父王に対して淡々と機会をうかがっているように。

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