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3.悪夢のランチ

 



 暖かな日差しを浴びながら小綺麗な料理店の前に付くと、店先にいた男に案内されるがまま奥にある特別席へとメイリアは座った。


 昼時の賑やかさが気になりあたりを見回す。


 一つの料理を分け合い楽しそうに会話を弾ませる若い男女に、何かの集まりなのか酒を嗜む老人達。

 沢山の人が席に付きこの時間を楽しんでいる。


 緊張のせいか視界の端がほやけてみえた。


 気を紛らわそうと水を飲む。

 もう一杯飲むか迷いグラスに視線を落とすと、くすんだ赤い服の袖が目立っていた。


 なぜこの服を着ているのだろうか、と疑問がわく。


(たしか、この服はアンロの本屋に置いていったはず……代わりに緑の可愛いらしいドレスを貰ったもの)


 どこからか咳き込む音が聞こえ目をやると、老人の一人が酒を口に含んだままだったらしく着ていたシャツの胸元が赤紫に染まっている。

 隣に座る友人らしき者達が親しそうに背中を叩いていた。


 次は子供がテーブルを叩く音が聞こえてくるだろうとなぜか直感する。


 何も考えずにここまで来たが見覚えのある光景に違和感を覚える。


 心臓が飛び跳ねるように音を立て始めて、メイリアはやっと気が付いた。


(……これは夢だわ! この先は知ってる!だから目覚めないと)


 指の先から血の気が引いていく。


(起きて……お願いだから、はやく……)


 頭ではわかっていても目は覚めない。

 体の自由も効かなくなり自分ではない誰かの体に入っているようなおかしな感覚になっていった。


 メイリアはただ一連の出来事が起きるのをただ待つほかなかった。


 顎髭を長く生やした白髪交じりの中年の男が入口の方からやってきてメイリアを見下ろす。

 言葉は優しくも声色は嘲笑をはらんでいた。


「ダロト男爵の娘、メイリアで良かったかな?」


 白髪混じりの男はふてぶてしく椅子に深くもたれ掛かる。


 近くにいた侍従から煙草を受け取るとそれに躊躇もなく火をつけた。

 正面を向いたまま男がはいた煙はメイリアの顔まで届いた。


「コホ、ゲホッ……は、はいメイリア・ダロトと申しま―――」


 慣れない煙草の煙に思わず咳き込んでいると、口を覆った左腕を突然勢いよく引っ張られテーブルの側面に腹部が当たった。


 ぎりぎりと締め付けられる腕と腹部の痛みにメイリアの表情が歪む。


「いっ痛……!」

「不細工な上に愛嬌もないとは情けない!躾が必要なようだな!」


 テーブルの上に押し付けられた左腕の上に、男が先程まで咥えていた煙草の火がゆっくりと近付いてくる。


「嫌っ……!いや、いやっいやあぁぁ!」


 振り払おうともびくともしない。


 咄嗟に固定された腕を庇うように右手をかざすと、ジュッとなにかが燃えるような音とともに横から冷たい水が飛んできた。


 その冷たさに飛び上がると、メイリアは馬車の中にいた。


 向かいには目を瞑っている茶髪の男と、土が付いてボサボサの長髪の者が座っている。


「っハァ……はぁ、はぁ…………」


 メイリアは呆然とする頭の中で今は現実かどうかを考える。


(……これは、夢?それとも……)


 両手を握り締めては開いてを繰り返し体が自由に動くことを確かめた。

 やっと目が覚め現実に戻ってきたらしい。


 しかし、ただの夢だったのではないと両手にはめた黒い手袋が証明していた。


 陰鬱な気分を濁すように馬車が大きく揺れてすぐに止まった。

 扉が静かに開き、御者が姿を現す。


「到着しました。どうぞお降り下さい」

「はい。ここまでありがとうございました」


 御者と挨拶を交わすメイリアに続き、馬車を降りるとセルデンは目の前の光景に言葉を失った。


 人が住んでいるようには思えない蔦と苔の生えた大きな門と屋敷。

 明かり一つなく、幽霊でも出そうなくらいとても不気味だ。


 今まで出会った中で、こんな廃屋のようなところに住んでいる裕福な貴族は一人もいなかった。


「足元気をつけてくださいね」


 メイリアが慣れたように暗闇の中を一人で進みわずかに見える大扉の中に消えると、すぐに蝋燭を持って戻ってきた。


 二人はメイリアに足元を照らしてもらいながら後をついていった。


 *


 二つの長ソファに毛布とクッションをそれぞれに置き、せっせと寝床として整える。


 そんなメイリアを見て、濡れた茶色の髪を拭きながらセルデンは心底呆れて呟いた。


「こんなの、聞いたこともないです」


 信用できるかすらわからない相手を、ましてや奴隷を同じ部屋で寝かせるなんて貴族のお嬢様がすることではない。


 彼女が眠ったあとに部屋を出て廊下を見張ろうにも、部屋にレイと二人きりにするのも、と悩む。


「他の部屋は埃まみれで掃除できてないんですから仕方がないですよ」

「それでも……」

「少しの間だけ我慢してください」


 ほかほかな湯気を立てながらタオルに首をかけてレイらしき人物が浴室の方から出てきた。

 二人は思わずその姿をじっと見つめる。


 ボサボサで汚れがとれる前は焦げ茶色だと思っていた髪は黒色で、真ん中で分けた前髪から覗く顔はあどけなさが残っていた。

 もう少し幼ければ少女だと勘違いしてしまっていたかもしれないくらいの美少年だ。


 彼の青色の瞳がゆらゆらと揺れていてつい見入ってしまう。


「あっそうだ。お腹も減りましたよね?少しだけですが用意したので食べてください」


 メイリアがテーブルの上のトレーに載せていたクローシュを取ると、お腹を刺激する美味しそうな香りが部屋中にふわっと漂った。


 香草をまぶして焼いた肉に焼き目のついたパン。

 こんな時間に用意できたのはそれくらいだったが、その匂いにつられ二人は大人しくソファへと座り号令を待つ。


「私はメイリア・ダロト。メイリアって呼んでください。 セルデン、レイ。改めてよろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」


 セルデンの言葉に続いてレイは頷く。

 そうしてメイリアにとって久しぶりの賑やかな食事が始まった。


 セルデンはパンを一口サイズにちぎりながら疑問を投げる。


「ここにはメイリアお嬢様お一人で住まわれているんですか?」

「いいえ、父と母と三人で住んでいるんです。二人は多分カジノに行ってますが明後日は絶対帰ってきますよ」


 貴族になってから付き合いで誘われ始めたカジノで、相当強い運を持っていたらしいメイリアの両親は一度も負けたことがない。


 他の貴族たちとの交流の意味も込めて予定がない時はそこに入り浸るようになり、併設してあるホテルに宿泊する日も少なくなかった。

 だから今日も二人して行っているのだろう。


「毎週金曜日は家族で夕食をとる日なんです。シェフも呼んでいるので楽しみにしておいてくださいね」

「本当ですか、とても楽しみです」


 にこやかなセルデンを見て、ふふと笑みが溢れる。


 明後日の夜は待ちにまった特別な日。

 有名店のシェフを屋敷へ呼び、どれだけ忙しくても家族で豪勢な夕食を取る約束をした金曜日がついに来る。


 両親に侍従を雇えたと彼らも紹介しなければならないと、二人を改めて見る。


 父親の服を貸したせいで、セルデンには少し丈が短くレイはぶかぶかで不格好な姿をしていた。


(そういえば彼らの服も買わないといけないし、キッチンとダイニングの掃除もしないと……)


 食事を終え、紅茶を三人分のティーカップへと注ぐ。


 香りを嗅ぐだけで心が落ち着き安心できる、メイリアの一番のお気に入りの銘柄だ。


 たとえ助けてもらうために二人を買ったのだとしても、どうか安心を感じて欲しかった。


 それこそ新聞に載っている騎士と王女のようにお互いを必要とする存在になりたい。

 その関係にいくにはまずは親しくなることだろう。


「良い香りですね、美味しいです」


 紅茶を一口飲みセルデンは微笑んだ。


 バタっと勢いよく倒れる音がした方を見ると、レイがソファに横たわり眠りについていた。


(もう寝た……!?)


 驚き思わずセルデンと目を見合わせる。


 赤子のようにすうすうと寝息をたてながら体を縮めている彼を起こさないよう、お互いにくすくすと微かな笑い声を両手で抑えた。


 セルデンの欠伸を合図に部屋の蝋燭の火をすべて吹き消しベッドに入った。


(……もう私には守ってくれる人がいる。だから、もう今日のようなことは起きない)


 すぐそこにソファに寝ている侍従たちがいる。


 彼らはメイリアにとっての騎士であり絶対に裏切らない存在だ。

 その絶対に安心してまた瞼を閉じることができる。


 メイリアは二人の寝息を聞きながら、今日はもう悪夢を見ないような気がして眠りについた。




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