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2.売買契約と誓い

 



「こちらの者たちは千程で」

「―――ボス!すみません、ご贔屓の方がいらっしゃいました!」

「申し訳ありません、一度ご挨拶して参ります。それまでごゆっくりどうぞ」

「あっわかりました」


 上から降りてきた店員が話を遮り男に声をかけると、メイリアに一度向き直ってから古く大きな扉を出ていった。


 ガチャリと大きく響いた音の後には、階段をのぼっていく二人の足音が遠くから微かに聞こえた。


「…………」


 嫌な予感がして、メイリアの背中に一筋の冷たい汗が流れる。


 すぐにドアノブへ手を伸ばし力を入れるも扉はびくとも動かない。そうして気が付いた。


(と、閉じ込められた……!?)


 足元が蝋燭だけで照らされた不気味な空間に一人閉じ込められた。


「ど、どうしよう……」


 そう思っていると、奥の方から足音が聞こえてくることに気がついた。


(誰か、いるの……?)


 メイリアは振り返りじっと暗闇に目を凝らす。

 何か長い棒のようなものを持った男が近づいて来ているのが見えた。


 男はお互いの顔がなんとなく分かる距離になると話しかけてきた。


「こんにちは、なにかお困りごとですか?」


 背が高いせいか暗くてはっきりとは見えないが、くるくるした短髪に少し垂れ目な緑色の瞳。


 メイリアは無意識に、アンロと似た緑色の瞳にホッとした。


「あ、えっと……」

「あぁ俺は清掃員です。ご心配は要りません」

「あ、清掃員……」


 言い淀んでいると彼は少ししゃがんで、メイリアと目線を合わせてくれた。


 手に持っているものも見えるように差し出された。長い棒は床を掃くための箒だった。


(……この人は悪い人じゃないよね)


 第一印象からして好青年な彼にメイリアは警戒心を解いて正直に説明することにした。


「あの、侍従を雇いたいと思ってここに来たのですが、店主は用があるって上に行ってしまって。それに扉に鍵もかけてあって……」

「それは大変でしたね……」


 青年はメイリアの姿を上から下までサッと見る。


 細々と整えられてはいるが統一感がなく貴族とは言えそうにない。立ち振る舞いからしてもお嬢様というよりただの少女だった。


 貴族の間で人気な奴隷の店として有名なこの店は王命の後、飼っていた奴隷一人ひとりと客が雇用契約を結ぶための所謂仲介事業としての役割を果たしている。


 奴隷という身分から開放されても暮らすところも仕事もなく、普通の生き方さえ知らない彼らにとって頼れるのはここしかない。


 そんな店に"ただの少女"が綺麗にしてある地上階からこんな地下まで案内されるとは。

 よほど言う事を聞く者が欲しいに違いない。


 彼女には檻の中で痩せ細り横たわる屍のような者たちの姿は、同じ人として見えているのだろうか。


「……それで、気にいった者はいましたか?」

「い、いえっ」


 ギクリとメイリアの肩が飛び上がる。


 ゆっくりと目を逸らす客の姿を見慣れていた青年にとって、メイリアが何を考えているかはまるわかりだった。


 長箒の先端で手を組んだ上に顎を乗せて、飄々と囁く。


「じゃあ準備がまだ途中の人がいるんですけど、七百でどうですか?」

「準備がまだってどう」

「―――安いですよ。俺もつけてその値段ですから」

「………………」


 言葉を遮りはにかむ彼に見とれて、メイリアは口を開くも何も出てこなかった。


「ね。買わない理由はないですよね?」

(清掃員が名乗りあげるなんてアリなの!?)


 メイリアが呆然としているといつの間にか店主の男は戻ってきて、始めにいた紺の部屋へ青年も含め三人で居た。


 そうして話はあれよこれよと進み、メイリアが気づいた時にはボサボサの髪に土汚れのついた服を着た人も横の椅子に座っていた。


 この人が例の準備途中だろうか、とメイリアが見つめていると真向かいから咳払いの声が聞こえた。


「……!」

「それでは、先に売買の処理を進めさせていただきます」


 店主の男がテーブルの上に置かれた紙につらつらと文字を書いていく。


 売買契約に基づきそのものの一切の責任を今後負わないこと、そのものの行動や思想は今後関係がないこと、再び投棄したい場合は当店に知らせること、など見慣れない契約書だった。


 店主の男は引き出しから一枚紙を取り出して何かを書いてからペンをメイリアに手渡し、文章が途切れた空間を指をさした。


「こちらにご署名を。 ほらお前も」


 言われるがままメイリアが名前を書くと、青年にもペンを渡し署名をさせた。


 そして、もう一人分の空間に店主が"レイ"と書いたのが見えた。


「レイ……?」

「その者の名前です。申し訳ありませんが代筆いたしました」


 あとから来た、ボサボサした髪が長すぎて顔もよく見えない人の名前がレイらしい。


「セルデン、レイをご購入いただきありがとうございます。では契約の方に進みます」


 男はまた引き出しから古びた紙とナイフを取り出し、紙束の上に重ねた。


「魔法を用いた"誓い"なので、ルールを作らねばなりません。メイリア男爵令嬢、裏切らない以外に何か付け加えますか?」

「いえ……結構です」

「セルデン、レイお前たちは裏切らないという"誓い"に従えるか?」

「はい」

「では指を貸しなさい」


 レイも頷いたのがわかった。

 男が二人の指先をナイフで切り、滴る血を古びた紙に垂らさせる。


 すぐにその血は紙にゆっくりと染み込んだ。

 血が文字となり文章となったことに、メイリアは思わず口を抑えた。


「以上で売買と契約について完了しました。お支払いはいかがなさいますか?」

「あっ!いま、あります」


 金貨がたんまりと入った袋をテーブルの上へ乗せると、交換として先程の誓いの契約書を渡された。


「ありがとうございます。馬車をご用意しておりますのでお帰りの際はそちらをご利用くださいませ」


 にんまりとした店主の男に店先まで見送られ、空を見上げると先程まであった太陽は沈み月が昇っていた。

 だいぶ時間が経っていたようだ。


「わあ……」


 初めて馬車に入ってみて、優雅な空間と柔らかな座席にメイリアはうっとりしてしまった。


 さらさらと座面を撫でる手が止まらない。


 続けて入ったセルデンとレイは静かに向かい側へ座り窓の外を見た。


(これが馬車……!)


 小窓から見える景色は普段よりも高く見渡たせ、暗い中にきらびやかな月明かりが差し込んでくる。


 セルデンはじっと、はしゃいでいるメイリアを見つめ小さく呟いた。


「……綺麗ですね」

「ええ、とっても!」


 そう言って満足気に微笑むメイリアは、あの薄暗い地下で見たときよりも美しく、月の光を浴びて眩しいほど輝いていた。




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