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12.白い花々の髪飾り

 



 白光りする金色のツインテールが風に煽られると、結んでいた薄黄色の細いリボンも揺れた。


 光を沢山取り込んだ枯れた薔薇色の瞳はいつもより輝きを増している。


 白色の手袋を着けた両手を胸の前できゅと握りしめ、メイリアはあたりを見渡し感嘆の声を漏らした。


「―――わあぁ!」


 首都の街はどこもかしこも人で賑わっていた。


 街に広げられた出店からは華やかな花の香りや、美味しそうな匂いがしている。


 唾液をごくりと音を立て飲み込むも、きゅるきゅるとお腹が悲鳴をあげた。


「あっ、えっと、その!」

「ひとつずつ回りましょうか、メイリアお嬢様」


 セルデンに差し出された手を取り、一歩前に進む。


 メイリアは首都につく直前、魔法のアーティファクトであるブレスレットを外すことをセルデンに提案された。


 今までは身の安全のために兄妹の演技もしていたが、メイリア・ダロト男爵令嬢としてデビュタントへ参加する以上、貴族の目が厳しい首都では下手に偽らないことにした。


 今後のことを考えると、危険はあるもののそれが一番の最善策だった。


 花の蕾の形をしたデザートを食べ、小物や雑貨を見て、また良い匂いのする肉を食べ、一通り楽しんだところで中年の男に話しかけられた。


「そこのお嬢さん、少し待ってくれ!」

「私ですか?」

「そうそう。うーん、そうだなぁ……」


 メイリアは素直に立ち止まる。


 男がじろじろと品定めするように見下ろしていると、セルデンがメイリアの一歩前に出て視線を遮った。

 透き通った緑色は冷たく尖っている。


「……」


 メイリアの細い首に巻かれた、白いフリルがついた黄色のリボンのチョーカー。

 繊細なプリーツの白いドレスは、腹部の側面から黄色の生地が重ねられている。

 白い大きな襟が付いた丈の短い黄色のボレロは、袖が先端へ行くにつれ広がっていた。


 全体的に質素なデザインだが上品な印象を抱かせる。


 しかし焦げ茶色の髪の姿で選んだドレスは、メイリア本来の髪色と似た薄黄色と白だからか主張が薄い。


 頭から爪先まで見る限り今まで出会った候補者よりも眩しいが、これでは目立たず勝負にすらならないだろう。

 まあ損はないことに違いない、と男は踏んだ。


 整頓されたアクセサリーの数々の中から、白い花々のカチューシャを選び手渡し、男は皆に話した言葉を繰り返す。


「あぁ、じっと見て悪かった。お嬢さんならこれでハナヒメも狙えるかもよ!」

「ハナヒメ?」

「そう、花姫。ほら、そこに候補者の絵が描かれているだろう。それを見てみんなが投票するコンテストをやっているんだよ!」


 わざとらしい口調で説明する男の後ろをよく見ると、花の形のアクセサリーを身に着けた少女たちの絵が沢山飾られていた。


「見事、花姫に選ばれた子は王室が開催するデビュタントの一日目に花祭の祝福を行い、みんなに祝われるんだ」

「王室のデビュタントでみんなに……」


 王室開催のデビュタントは合計六日間ある。


 最初の三日が貴族だけが参加できる由緒正しき格式高いデビュタントで、残り三日は身分問わず参加できる大きなパーティーのようなものだ。


 そのため平民の少女たちが参加できるのは後ろの三日間だけだが、花姫に選ばれたものは特別だった。


 身分さえ超越し、貴族たちがいる中で国王へ向け花祭の祝福を行い皆に祝われる。


 それを別の言い方で表すならば名誉だ。


 メイリアが欲しがっている物のひとつであることに間違いなかった。


「私も参加したいです!」

「メイリアお嬢様……」

「じゃあその花のアクセサリーつけたまま、そこの画家に書いてもらいな!」

「はい!」


 すぐさま丸椅子に座り動かないよう待っていると、ベレー帽を被った画家が筆を動かし始めた。

 それを覗き込みながら中年の男はメイリアに訊ねる。


「君の名前は? 花姫に選ばれたら、名前とこの絵を街中に貼るよ!」

「メイリア・ダロトです」

「はいはい……メイリア・ダロトっと!」

「……」


 紙にメモをする無防備な男を、セルデンは何も言わず睨み続けていた。



 メイリアがふと壁に目をやると、古びた紙が貼られていることに気が付き足を止めた。


 "…………求める"という滲んだ文字の下に少女の絵が描かれている。


 花の形をしたアクセサリーを身に着けた少女の微笑んだ表情は花のように愛らしい。


(求める? 花姫に投票してほしいってことかしら?みんなこんな風にアピールしているのね)

「……なんかあった?」

「ううん!なんでもないわ」


 少し先を歩いていたレイに呼びかけられ、駆け足で着いて行った。


 前へ進むに連れ、どこからか愉快な音楽が聞こえてくる。


 飲み物を買いに離れたセルデンとの待ち合わせ場所に指定された大きな噴水。

 その周りを仮面をつけながら楽しそうに踊る老若男女の姿が見える。


 今まで読んできた絵本のような世界がそこにはあった。


「これが首都なの……!」


 近くにある出店には様々な仮面が売られていた。

 興奮したメイリアは簡単に支払いを済ませ、黒色の仮面を着けたレイを白色の仮面越しに見つめる。


 可笑しくて真剣に見ていられない。


「あはは!レイ、みんなみたいに踊ってみませんか!」

「僕はいい。あんただけでも行ってこいよ」

「ふふ、じゃあ待っていてくださいね!」


 メイリアは人混みの中に混じって、目の前の人と同じように踊ってみる。


 決まった振り付けはないようで、音楽に合わせてみんなバラバラに楽しんでいた。


 クルクルと回り、老人の手を繋ぎ一歩進み、子供の手を繋ぎ三歩進み、女性の手を繋ぎまた回る。


 そんなことを数回繰り返していると、人気の少ない道の先で苦しそうにうずくまっている子供の姿が遠目に見えた。


「うん? ……あ、待って」


 様子を見ていると、子供はやがて壁に手をつきながらふらふらと路地の奥へと進んでいく。

 心配になり踊っている人混みをかき分け、子供の後を追いかけた。


「むぐっ!」


 メイリアが路地の奥へ入った途端、手で口を覆われ体を後ろへと引っ張られた。


 小さな青い鳥の群れが空高く羽ばたく音があたりに響いた。


(……!)


 叫び声も挙げられず体が硬直した。

 冷や汗が流れ、バクバクと心臓の音だけが聞こえてくる。


 花が咲き誇った華やかな首都の世界は一変し、どろどろとした黒い記憶へと塗り替わっていく。

 心なしか地面もチカチカと点滅して見えた。


「―――静かに。呼吸をして」

「………………ッハ、ハァ、はぁ」


 口を覆われていた手を緩められ、メイリアは初めて呼吸を止めていたらしいことに気が付いた。


(い、息、してなかった……あっ)


 恐怖を感じていたのだと自覚した途端、がくん、と足に力が入らなくなった。


 腹部にまわされた腕に支えられなんとか立っているものの、メイリアには意識を保つのが精一杯だった。


「捕まえられたみたいだな」

「!」


 路地の奥にある暗闇からリズムを刻む足音を立てて、こちらへやってくる人影が見えてくる。


 その顔を見たメイリアの喉がヒュと音を立てた。


 *


「レイ!メイリアお嬢様は見つかったか!」

「どこにもいねぇ。さっきまでそこで踊ってたんだ!嘘じゃない!」


 レイが必死に声を荒げる。


 メイリアはダンスを踊りに噴水を囲む人混みの中へ入った。

 離れたところから見ていたレイは、クルクルと回っているのも確認していた。


 沢山の人に埋もれてメイリアの姿が見えなくなった。

 その一瞬に跡形もなく消えたのだ。


 セルデンが合流したときは、顔を青くしたレイは汗だくだった。この人混みの中探し回ったのだろう。

 少なくとも嘘をついているようには見えなかった。


「大丈夫だ、信じてるよ」


 レイの肩を手で軽くはたく。


 焦っているだけではいけない。冷静にならなくては。


「これだけ見つからないなら、どこか違う場所にいる可能性もあると思うんだ。確実に探していこうか」


 例えば人に疲れて静かな場所に足を運んだかもしれない。


 レイを連れ人気の少ない路地の方へ進む。

 何度も壁に貼り直されて古びてくしゃくしゃになった紙に血の気が引いた。


「―――!」


 "首都で相次ぐ行方不明者情報求む"。

 首都手前の街で泊まった時、読んでいた新聞の見出しの一つを思い出した。


 "行方不明者、情報求む"の文字の下には、花の形をしたアクセサリーを身に着けた少女の絵が描かれている。


 特に男に手渡されメイリアが着けていたあの白い花々の髪飾りにそっくりだった。





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