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背面の根 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふうむ……みんな、どうだろうか。校門は開けておいた方がいいか、閉めておいた方がいいか。他に意見はあるかな。

 いちがいに、どちらがいいとも言えない、というのが実際のところだろう。

 開けておいた方がいいという人は、閉じようとした校門に生徒がはさまれた事例をあげてくれた。同時に、災害時などでの避難の遅れなどの指摘もあってね。

 閉めておいた方がいいという人は、校外から入ってきた人に生徒が傷つけられた事例をあげてくれた。車の出入りのしやすさによる出入りの危険もあったか。


「こいつは絶対正しい」とは、なかなか言い切れないことが実感できたなら、うれしいことだ。

 どのような方法も、最終的にはマンパワーなくして効果を発揮しきれないだろうからね。ときには、機械では難しいアドリブな対応も求められる。


 ――先生はどちら派なのか?


 うん、昔は校門を閉ざす派だったんだけどね。ある時期を境に開放派へシフトした。

 先生の場合は、以前の体験に基づいているんだが、なにぶん不可解な話でね。まともに根拠としてあげると、白い目で見られかねない。

 うん? 聞いてみたい?

 ふむ、まだ終わるまで時間があるし、少し脱線ついでに話してみようか。



 先生たちの通う小学校は、先の例にも出てきたような遅刻に厳しめの学校でね。

 ホームルームはじまりの鐘が鳴ると、校門を閉め切ってしまうんだ。そして下校する時間帯まで開くことはない。

 クラスではすぐ出欠の確認がとられ、代返をしたとしても欠席がばれるのは時間の問題。

 おかげでクラスメートの中には、授業に間に合わないと分かると開き直って、その日を遊び惚ける子もいたよ。

 一方の先生は皆勤賞狙いだったから、いつもかなり早めに家を出発している。運動は好きだから昼休みにはグラウンドへ出るけど、四方八方が格子のついたスライド式の校門で閉ざされているもんでさ。

 まるで自分たちが檻に入れられた、実験動物みたいな心地になっちゃったよ。


 ――その不満から開放派になったのかって?


 ふふ、あわてない、あわてない。

 そのこと自体は、さほど気に食わないことじゃなかった。ただその環境でこそ現れる、「あいつ」の存在こそが、先生がこの環境をよしとしなくなったきっかけなんだ。



 その日の体育は陸上競技で、走り幅跳びと走り高跳びを並行で行っていた。

 運動が好きな先生ではあるが、記録そのものが格別いいものでもない。幅跳びは4メートル足らずがせいぜいだし、高跳びは1メートルであっぷあっぷだ。

 代返が通用するくらいの大人数クラス。幅跳びと高跳びに分けても、待機時間は長い。

 その間のイメトレをしつつ、ひょいと先生がよそ見をしたときだった。


 学校の敷地を囲む、フェンスの一方。その外を足音立てて駆けていく子供がいた。当時の先生たちと、ほぼ同じ背丈だ。

 フェンスそのものの高さは大人の数倍はあり、容易に乗り越えられない。そして下方のいくらかはフェンスの土台によって、しっかり隠されている。

 自然、外を行く子は頭だけを上下させながら、先生の目の前を駆け去っていく格好に。

 不審だったね。この時間帯、学校の授業があるはずなのにどうして外を出歩いているのか。校内で見かけない顔だったから他の学校の生徒かもしれないが、それなら校門が閉ざされていることもないだろう。

 ウチの学校の生徒のように、締め出されたがゆえの右往左往……などという空気ではなかった。

 その表情はにこやかで、どんどんと敷地の端へ向かっていき、校門の前まで来たところで。


 ぽん、とその子は跳んだ。

 閉め切った校門。1メートル50センチはあろうかという高さを、彼はそのひとっとびで越え、侵入してきたんだ。

 つい見とれてしまうほど、美しい背面跳びのフォーム。当時の先生たちには危険だと禁じられた跳び方で、子供はグラウンドへ背中から着地した。

 その瞬間、あの子の方を見やっていた先生とその他数名は、同時に目のそばへ手をやってしまう。


 まぶしかったんだ。

 カメラの焚かれたフラッシュのように、強く短い光はたちまち先生たちの目をくらませる。そのとき、わずかに瞳がとらえたのは、彼のついた背中よりグラウンドへ広がる、無数の根っこを思わせる形の軌跡だったんだ。

 耳が先生のとがめる声を拾う。続くのは遠ざかる足音で、あの校門へ向かっているのだと分かった。

 どうにか目を開けると、あの子がよじ登った校門から手を放し、外へ逃げ出しているところだったよ。門をはさんですぐ教員が立っているところを見ると、間一髪だったんだろう。

 授業が終わった後、先生と目がくらんだ数名は、互いに見たものを確認した。やはり同じように光が根を張るような瞬間が見られたとのことだ。

 あの子に関しては、誰も知らず、分からないで一致していたんだよ。



 その翌日。

 先生のクラスのみならず、他のクラスや学年でも欠席が目立った。あのとき、目がくらんだ子以外の生徒もいくらか休んでいる。

 たいていの子に共通する点としては、下校時に例の子が高跳びで侵入してきた、あの校門を使う子たちばかりだったということ。

 おそらく、その足で踏んづけていったのだろう。あの子が背中をつけたあたり、そしてあの根の光が走った一帯を。

 放課後にクラスメートのお見舞いに行くも、玄関前で母親が対応。いまは会いたくないという言葉に、先生たちの心配は募るばかりだった。


 それから2日が経って、またもあの背面跳びの子が姿を見せる。

 学校の敷地を出入りできる門は4つ。最初に飛び越した門とは別の一方を、彼は同じように跳び入ってきたんだ。

 今度は昼休みの時間帯。先生方はグラウンドにいない。先の件で彼も警戒しているのだろう。先生がその場に居合わせたのも、まったくの偶然だ。

 フェンス前を横切る彼は、他と同じ図体をしたスライド式の校門に対し、やはり同じく背面跳びを敢行。見事に飛び越し、背中をついて、またも光を走らせる。

 今度は警戒していた先生は、さっと早めに手をかざしてまともに見ることは避けるも、彼の引き際も素早い。

 戸を掴む、身体を引き上げる、向こうへ跳びこす。これらの動作を終えるに、3秒とかからなかっただろう。

 大人たちが駆け付けてこなかったから、今回はおそらく見られていない。

 先生は帰るまでに、クラスのみんなへ注意を呼び掛けたけれど、あの根の光を見ていない人には変な顔されてさ。無視されて、帰られちゃった。

 そして、その子らはもれなく次の日から休む羽目になっちゃったのさ。



 このままだと俺たち、学校にいる間に閉じ込められるんじゃないか?

 最初に彼の高跳びエントリーを見ていたみんなで、そういぶかしんでいた。

 同じ門を出入りしても、大人たちは平然と毎日顔を出すあたり、子供にだけ影響を与えるのかもしれない。

 先生たちはより警戒を強め、手のすく時に残る2つの門を注意深く見守ったよ。

 一週間ほど時間は空いたが、いよいよ三度、彼は姿を見せたよ。

 昼休みに、残る2つの門の一方へ。そしてやはり見事な背面跳びと、根っこの光を残していく。

 先生たちは職員室にあの子のことを伝えるも、教員たちはどこか無関心というより、うわの空みたいな受け答え。彼のこと以外はいつも通り、はきはき対応してくれるさまは、まるでスイッチが切り替わったかのようだ。

 わざとか。それともあの子の軌跡に、本当は大人たちも「あてられていた」のか。


 学校を守れるのは自分たちしかいない。

 そう自負する先生たちは、いよいよ計画を実行に移す。

 すでに見るべきターゲットはひとつに絞られた。追い詰められた今こそ、かえって力を注ぎやすいというもの。

 先生たちは休み時間を、できる限り例の門のそばで遊びながら過ごした。

 すでに他の門を通った生徒たちは休んでいるが、まだぎりぎり学級閉鎖にはならないレベル。

 その分、普段からこちらの校門を使う生徒は多いわけで、同時に最後のとりでともいえた。


 10日間、20日間と、音沙汰のない時間が過ぎていく。

 これまでのスパンに比べれば明らかに長いが、三度も異変に立ち会った先生たちは気を抜かずにいた。

 こちらを油断させる手に違いない。仮にこれからあいつが現れないにしても、それはそれで最低限度の安全は守られる。

 だが先生たちが抜かれてあいつに四度目を許せば、もう誰も無事ではいられない。


 根負けしたのは、どうやらあいつのようだった。

 じつに53日目。かじかむような寒さに、晴れにもかかわらず先生たち以外で外にいようとする者がいない中。

 キックベースをしていた先生は、フェンス前を走るあの足音を聞き、蹴り飛ばしたボールのゆくえを誰も追わないまま、校門を見やった。

 あの子供だ。フェンス外で頭だけをかすかに揺らし、真っすぐ門へ駆け寄ってくる。

 先生たちは我先にと、スライド式の校門へ飛びつく。

 大人でも開け閉めに力がいる門だが、それゆえか固定する鍵などはついていなかった。

 総がかりで取っ手をつかんだ先生たちの力は、接近する奴より早く、門を開いていく。


 先生たちの考えた作戦は、あいつに背面跳びをさせないというもの。かといって、あいつに直接攻撃をするのは、どのような目に遭うか分からない。

 これまでのことで、普通の相手じゃないと感じられたからね。ならば確実なのは、標的をなくしてしまう方。

 あいつがたどり着いた時には、先生たちはもう完全に門を開け放っていたよ。あいつははたと足を止めて、お目当てのものを無くしたように左右をきょろきょろ見やると、ほどなくきびすを返してしまう。

 ほっと胸をなで下ろし、グラウンドを振り返る先生たちの目を、また光が直撃する。

 あいつが飛び越してきた三方の門。そこから伸びる根の光が同時に輝いたんだ。

 それからいずれの門を通っても誰も体調を崩すことなく、あいつがまた現れることもなくなったんだよ。

 ゆえに先生は門を開放するべきだと思うんだ。


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