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世界を渡った冒険者は新規就農者を志す

「すいませ〜ん、達成報告に来ました」


「はい、達成報告ですね。討伐証明の『ゴブリンの耳』が3つと、『ヒルポ草』が5束。2件の依頼(クエスト)の達成を確認しました。達成報酬は大銅貨5枚になります。それにしてもソーマさんの採集には間違いがなくて素晴らしいですね!」


『ソーマ』と呼ばれたのは銀髪黒目の青年――つまり僕のことだ。冒険者としての仕事ぶりを褒められるのは嬉しい。素直に返事を返した。


「ありがとうございます! 採集は得意分野なので……」

「おっ、ソーマ! 相変わらず、ちまちまお花摘みか?」


 会話の途中に割り込んできたのは『ラブル』という冒険者だ。

 冒険者にはランクがありE<D<C<B<A<Sの順に上がっていく。

 僕とラブルは同じ15歳で同時期に冒険者になった為、多少の交流があったが、22歳になった今ではラブルはBランク、僕はDランクの為、ナチュラルに僕を見下すようになり、やたらと僕に絡んでくる。


「ラブルさん、その言い方はちょっと……」

「クリスちゃん、今日も可愛いな!ソーマへの言葉なら気にしなくていいぜ。俺はBランクでソーマはDランク。差はあるが同期だから仲良くしてやってんだ。ダチ同士のじゃれ合いだよ。なぁ?」


 受付の『クリス』さんはラブルを諌めてくれるが、ラブルは上手く躱す。こう言われてはクリスさんもこれ以上言えないだろうし、何よりこれ以上は僕も情けなくなる。

 いやまぁ、既にかなり情けないのだが……


 いつもなら「ははっ…… まぁ、そうなんです……」とか言ったりするところだが、今日の僕は一味違う。

 僕は、ラブルを無視して伝えた。


「それと、依頼の最中に()()()()()()()()()を見つけました。確認お願いします」


 二人共目をまるくして驚いている。

 そうだろうそうだろう、実は今日、ヒルポ草を探していたら、昨日までなかった洞窟型のダンジョンを見つけたのだ。

 新しいダンジョンは滅多に見つからないし、誰にも荒らされていない為、宝も期待できる。とても貴重なのだ。

 更に、発見報告をギルドにすれば特典が貰える。それが……


「すぐ職員に確認へ向かわせます! 確認が取れ次第ソーマさんには新ダンジョンへの独占挑戦権が1年与えられます。頑張ってくださいね!」


 そう、独占権が貰えるのだ。

 ダンジョンは攻略すればほぼ例外なく財宝が手に入る。だが、それを目的に発見者が秘匿し、一定の時間が経てば魔物の流出(スタンピード)が発生する。

 そうなれば、近隣の町は壊滅的被害を受けてしまう。

 それを防ぐための措置で、スタンピードが絶対に起きないと言われる期間である3年の内、1年だけ発見者に攻略の猶予を与え、発見者が攻略し財宝を得られれば良し。無理そうならば、ギルドの管理下に納め、冒険者に攻略を促す、という仕組みだそうだ。


「ソーマ! やったじゃねーか。この俺、ラブル様が独占権を買ってやる。金貨1枚でどうだ? お前には大金だろ?」


 そう、独占権は売ることもできる。攻略出来れば大金持ちは約束されるのだ。買い手ならいくらでもいる。

 もちろん、金貨1枚なんて端金ではなく、金貨50枚でも買い手がつくだろう。

 もちろん、どうあってもこいつに売るつもりはないが。


「遠慮しとくよ。 自分で挑んで無理そうならオークションにでもかけるつもりだしね」


 そう言ってラブルの提案を断るが、それが気に食わなかったのか顔を真っ赤にして文句を言ってきた。


「断るってのか!? 第一、まだ未発見か、なんて分からねぇだろう!? どうせ、既に発見済みのダンジョンに決まってる!」

「忘れたのか? 僕は"能者"だ。鑑定のね」


 僕には1つ能力がある。『鑑定』がそれだ。

 人間は、『福音』を聞くと何かしら能力を修得することが出来る。これを、"修能"と言い、何かしらを修能した者を"能者"と呼ぶ。何故得られるのか? 何が切っ掛けで得られるのか? は分かっていない。

 僕の実家は田舎の村の農家だ。しかし、15歳のときに家の手伝いで、ゴブリン避けの『カプ菜汁』を作物に撒いている時に頭の中に鐘の音が響いた。

 そう、『福音』を聞いたのだ。あの時は興奮して飛び跳ね回り、カプ菜汁を顔面に浴びてしまい、死ぬほど悶絶した。

 ちなみに、このカプ菜汁は名のごとくカプ菜の絞り汁である。カプ菜は猛烈に辛く、皮膚に当たると赤く腫れてヒリヒリ沁みる。

 この成分がゴブリンには有害で、場合によっては悶絶死するほど効くのだが人体に害はない。精々、当時片想いだった娘から「赤鬼(オーガ)みたい」と指をさして笑われ、ハートブレイクする程度で済む。


 まぁ、それはさておき『福音』を聞いた僕は、ハートブレイクも乗り越えて両親に「冒険者になって楽をさせてあげる!」と言い残し、一攫千金を夢見て冒険者になったのだ。

 福音は教会で鑑定してもらわねば正体が分からず、鑑定してくれた人は笑顔で「まぁ、お仲間ですね!」とか言って喜んでくれたが、それが戦闘の役に立たない『鑑定』と知って僕は絶望した。

 大見得を切って町に来た為、田舎に戻るという選択肢も取りづらく、やむなく冒険者として登録し、主に採取の仕事をすることで今まで糊口を凌いできた。

 しかし、今回は採取以外で初めて『鑑定』が役に立ったのだ!


 見慣れない洞窟を見つけ、妙に気になったあの時の僕は洞窟全体に『鑑定』を使った。

 直ぐに情報が頭に浮かんでくる。


>>名 称:未登録

>>区 分:ダンジョン

>>発見者:ソーマ

>>その他情報は非開示により不明


 頭に稲妻が走った。

 未登録ダンジョン!? 発見者が僕になってる!! 一攫千金!!!


 あそこで『鑑定』した僕! 過去イチで輝いてるぜ!


 そんなテンションでここに報告に来た次第なのだ。


「ダンジョンに『鑑定』を使ってるからね。間違いなく未発見だよ」


 僕がラブルにそう言うのと同時にギルドのカウンター内にある通信魔導具が音を鳴らす。


「はいっ! ……分かりました。……はい、それではマニュアル通りにお願いします。では」


 クリスさんが通信魔道具で何か話した後、満面の笑みを咲かせた。


「確認が取れました! 規定に基づき、本日より1年の間、ソーマさんに独占攻略権が与えられます! これが証明となるタリスマンです。これがないと入り口の結界を潜れません。他の方が使えないように設定されているので、ダンジョンが荒らされる心配はありませんが、無くさないように気をつけてくださいね。」


「ありがとうございます! 一応、準備を整えて明日、様子を見に行ってみます。無理そうならオークションにかけますんで、よろしくお願いします。」


「分かりました。ソーマさんなら大丈夫とは思いますが、無理はなさらぬよう。お気をつけて!」


「ありがとうございます! しばらく顔を出せないかもしれませんが、クリスさんもお元気で!」


 そう言ってギルドを後にする。後ろから今にも襲いかからんとする視線を投げつけるラブルには気づかない――わけもなかった。


 僕は宿に戻ると、すぐに引き払う手続きをした。報告する前に荷物もまとめてある。クリスさんには明日からと伝えたが、今からすぐに向かう予定だ。

 

 例え、ラブルが僕からタリスマンを奪ってもダンジョンに入ることは出来ない。だからといって、それが襲ってこない根拠にはならないのだ。


 単純に嫉妬で襲ってくるかもしれないし、最悪、ギルド職員に袖の下を渡して奪ったタリスマンの所有権を変更するぐらいの事はしかねない。

 ギルド主催のオークションで権利が移譲できるのならば、権利を移す方法があるということで、ギルド職員はその方法を知っているということだ。

 もちろん、襲ってくる可能性は限りなく低い。だが、ゼロではないのだ。

 

 ならば、備える価値はある。


 そうやって冒険者生活を生き抜いて来たのだから。


 迅速に行動したこともあり、日暮れ前にはダンジョンの付近まで来ることができた。


 最低限の食料と水、それに使い慣れた数打ちのショートソードなどの装備やカンテラや回復薬などの道具一式。全部揃っている。

 更に、今回は奮発して魔導具も仕入れてきた。

 その名も『発煙丸』

 中に水なり草なりを入れて魔力を込めれば、中身が霧状に撒き散らかされ目くらましとなり、その上煙を立ち昇らせ、ギルドに助けを求める狼煙をあげてくれるのだ。

 万が一、出口で待ち伏せされてダンジョンから出られなくなった時に使うために用意したものだ。

 すぐ使えるように腰のポーチに入れておこう。出来れば、使いたくないが。……使い捨ての癖に、お高いし。


 ダンジョンの入り口が見えてきた。後、100メル(1メル=約1メートル)程度のところで不意に後ろから声が聞こえた。


「おい、急げ! 早くしねぇと中に入られっちまう!! あの野郎、『明日から〜』とか抜かしてたくせに、もう定宿を引き払ってやがった!! ダンジョンに向かったに違いねぇ! 騙しやがってクソッタレが!! おらモタモタすんな!!」


「うるせぇ! 怒鳴るな! 大体、お前が汚れも知らねぇ生娘みたいにあいつの言葉を真に受けて余裕ぶっ込んでるからだろうが!」


「お二人共、静かにしてください。そんなくだらない争いよりも集中を! いいですか? 確認しておきますが、いきなり殺しては駄目ですよ? 口と右手は残して下さい。移譲に必要ですから。後はどうでも良いです。死なない程度に好きにして下さい」


 この声……ラブルと、いつもラブルとつるんでる冒険者、もう一人は……誰だ?聞き覚えがない。

 こっそり覗いてみると、げっ!? ギルドの勤務態度が悪いって評判のちょび髭の受付だ。

 最悪のパターンだな。

 どうする? 僕のほうがダンジョンに近いが、ラブルは身体強化の能者だ。強化率は然程でもないと聞いたが、微妙な距離だ。

 とはいえ、入口を固められれば為す術はない。

 やるしかないか。身を屈め、拳を握り、覚悟を決めると……一気に加速する!


「っ!? いたぞ!」


 ラブルが走り始めたのが視界の隅に見える。

 いける、これなら僕のほうが先につく!

 そう思った瞬間、もう一人の冒険者の手から火球が飛び出した。


(っ!? あいつ、魔術士か!)


 背後から迫るラブルを追い越し、火球が迫る。

 火球がラブルを追い越したのを確認した僕は、火球に向けて拳を開いた。その手からは少量の石礫が放たれる。先程、身を屈めた際に拾っておいたのだ。

 火球は放たれた石の1つに当たり、爆風を撒き散らす。

 それは、計算通りラブルの行く手を遮る向かい風となり、僕をダンジョンに誘う追い風にもなった。……威力は計算よりも高かったが。


(くそっ! ふざけんな! 殺さないんじゃないのかよ!? あんなんマトモに喰らったら死ぬわ!!)


 心の中で毒づくソーマの体は、ダンジョンの中まで吹き飛ばされ、後頭部に強い衝撃を感じたところで、ソーマは意識を失った。


***


「っ痛!? ここは……」


 意識を取り戻した僕は、ここがダンジョンの中だと理解した。

 無事とは言い難いが何とかダンジョンに入れたことに安堵する。だが、ここは未知のダンジョン。弛みかかった気を張り詰め、警戒を厳にした。

 しばらく、周りを観察するが大丈夫そうだ。気配は感じられない。

 それにしても、意識がない間に襲われないで良かった。入って即終了! じゃ洒落にならない。ダンジョンに入るのが目的じゃなくて、攻略するのが目標だし。

 警戒は緩めず、ゆっくり進もう。

 カンテラを取り出し明かりを灯してから、恐る恐る進み出す。

 ダンジョンはどのような形であれ最奥に宝物庫があるのは共通だ……しかし、モンスターが出ないな。

 そこそこ進んだと思うが、今だにモンスターの気配はしない。

 正直、戦闘は得意じゃないし、会わないに越したことはないけど。


 かなり進んだはずだ。戦闘のロスタイムも無しに、もう2時間以上は進んでいる。今だモンスターの気配はしない。少し、気が緩んできた。


 もう宝物庫に着くんじゃなかろうか?結局、なんにも会わずに5時間は経過したと思う。道中、というか入口付近に大広間はあったが何にもなかったように思う。一つくらい宝箱があってもいいのに……


 歩き始めて6時間、前方から光が射し込む! 宝物庫についた? モンスターに会わずに? まぁ、いい。都合がいいのだから文句は言うまい! ウキウキしながら光のカーテンをくぐる。

 目の前には、目もくらむほどの財宝がっ! ……ない! その代わりに予想外の光景が視界に飛び込んできた。


「はっ!? えっ!? なに? なんで? どういうこと――ってか……ここどこ?」


 僕の前には、見覚えのない――田舎村があった。


「村――だよね? ダンジョンに? モンスターの村とか? なわけ無いか。ここ、完全に野外だし」


 そう、ここには空があり、太陽が輝いている。

 後ろを見れば今抜けて来たばかりのダンジョンがあるが、それ以外は見覚えのない村しかない。

 困った僕は辺りを見渡した。モンスターも宝物も見当たらない。本当になんだコレ?

 仕方ない、村まで行ってみよう。誰かに話しを聞ければいいんだけど……


 村が近くになると、そこかしこに畑がある。明らかに手入れされている。

 美味しそうな野菜だなぁ〜と眺めていたら声をかけられた。


「おい、うっとこの畑さ、なんかようがあるんけ?」


 ??? なんて言った? 

 顔を向けるとお爺さんが立っている。彼が声をかけてくれたらしい。


「あっ、すいません。僕、気づいたらここに居て。怪しいものじゃないです。冒険者なんですけど……」


「ボーケンシャ? よぉー分からんとってが、まぁ、ええ。お前さんはうったちの村に何用だべ?」


 今のはなんとなく分かった。恐らく、『うったち』は『私達』だろう。事情を説明しよう。


「いや、あそこのダンジョンを抜けた――」

「ギィィィギャーーーー!!!!!!!!」


 話し始めた瞬間に轟音が響く。驚いてお爺さんをみると、面倒くさそうな顔をしている。

 下を見れば地面に大きな影が映っている。恐る恐る、上を向く。

 ……!?!? ドラゴン!? 『空の皇帝』『破壊の化身』『終末の使者』全ての異名が物騒で、会えばそれすなわち『死』と言われるモンスターの頂点!

 やばい! お爺さんは状況を理解してないのか!?

 ここに居たら二人共殺される!! 僕は冒険者だ、何時でも死ぬ覚悟は決めている。

 だけど、何とか、一般人のお爺さんだけでも守らないと! でも、どうやって!?


 そんなことを考えて右往左往していると、お爺さんがしゃがみ込む。


「はぁ〜、まったく。今年はゲェチュウがよぉでよる。コラッ! うっとこの畑に悪さすっでねぇーど!!」


 そう言って、拳大のなにかを投げた。多分、石だと思う。拾ってるのが見えたし。

 何やってくれてんの!? と思う間もなく、『キィィィーーーー!!!』という甲高い音が響き、次いで『ボグゥ!!!』という鈍い音、最後に『パンッ!!!』と軽い音がする。

 一体何なんだ? 視線を上げると、ドラゴンは姿を消しており、変わりに、頭部を無くした、赤い噴水を垂れ流す、冒涜的で背徳的、としか言い表しようのない悪趣味なオブジェが現れていた。


 いや、難しい言葉で現実逃避したが、分かってる。認め難いだけだ。


 多分、あのオブジェ……ドラゴンなんだろう。分かってる。


 だって見たもん。

 頭吹っ飛ぶとこ見たもん。


 何? ドラゴンって石が弱点なの? 聞いたことないけど?


 頭がパニックを起こしている。疲れてるのか? 一旦、引き返そう。

 来たところから戻れるはずだ。そうだ、それがいい。名案だ。


 あのダンジョンにはモンスターも居なかったし危険はない。

 ゆっくり頭を整理しよう。おっと、もう目の前だ。中に入ろ――待って。


 何かめっちゃモンスター居る。目を擦って確認する。やっぱ、めっちゃ居る。


 『キラーマンティス』『レッドグリズリー』『シャドウウルフ』に『バーストボア』どれも危険度Aランクの化け物だ。


 はぁぁぁぁぁ!? なんで!? 帰れないじゃん!? ひしめいてるじゃん!? 


 生存本能に従い村に戻る。心臓がバクバク鳴ってる。駄目だ、落ち着け!

 ダンジョンではパニックを起こしたやつから脱落するんだ。楽しいことを考えろ。ダンジョンを見つけた時を思い出せ。


 そうだ! もう一度あの時の様に!! 輝け!!! 僕!!!!


 ……ふぅ、もう大丈夫。よく落ち着いた。さすが僕だ。きっと今の僕は、煌めいている。


 よし、先ずは情報収集だ。お爺さんに話を聞こう。

 新型のお爺さん型のモンスターの可能性も僅かに……いや、そこそこあるが、話は通じそうだ。


「にぃちゃん、大丈夫なんけぇ?さっきから向こう行っちゃあ戻ってみたり、怖がったかとおもゃ〜ニヤニヤしたり……怖えど?」


「……すいません。パニックになってしまって。あの、ここって何処ですかね?」


「ここは、うったちの村『ポルト』じゃぁ。おめぇ分からずに来たとが? こ〜んな爺婆しか居らん村に? 若ぇオナゴの村に迷い込めばいがっだのに、ついてねぇの!」


 ポルト? 聞いたことないな? どこの国だ?


「ポルトってどこの国になるんですかね? 何大陸か分かれば嬉しいなぁ〜なんて……」


「はぁ〜? 変事聞くのぉ〜、まぁ、ええが『ヴィラモ大陸』の『ジュゼッペ王国』の端じゃ〜」


 知らない。王国の名前どころか大陸の名前も知らない。

 どうしよう。やっぱ異世界的なアレか? 勇者の故郷の国みたいなやつか? 童話でしか知らんけど。


「ちなみに、あのドラゴンはどうやって倒したんです?」


「どらごん? さっきんゲェチュウのことけ? 石投げたに決まっとるべよ」 


 ゲェチュウってのは多分『害虫』のことだろう。

 ドラゴンが害虫扱いか……やっぱ、そうだ。ここはやばいところだ。

 あのダンジョンはここへの通路なんだ。

 帰ろう……いや、帰れないんだ!? どうしよう!? 詰んだ!


 再度パニクっていると、別の場所から声がかかる。


「おぅい、シゲ! さっきのゲェチュウ肥にすんべ? わりぃが、ちこ〜と分けてくるるけ? 『ネギッシュ』と交換でどげぇ――そん若ぇんはなんじゃ?」


 新しいお爺さんの登場にパニックが加速する。

 わぁ、あの野菜美味しそぉ〜、え〜い『鑑定』……現実逃避してる場合じゃ――


>>名称:ネギッシュ

>>産地:異世界『ポルト』

>>用途:食用

>>効能:食した際に『体』の基本値にプラス補正(永続)

>>備考:非常に美味


 なにこれ!? 超すごい!? シゲって呼ばれたお爺さん強いのこれの効果じゃない? 


「ネギッシュと交換なら好きんだけもってらっせ〜。こん若ぇシは……なんじゃろぉなぁ? ワシも会ったばっかじゃぁけ、分からん」


「ひょっとして、あれじゃねぇんが? あの〜、ほれぇ、村長が言うとった……そうじゃあ、新規就農! それになりてぇシじゃねぇが?」


「あぁ、なんか言うとったがね! おめぇ、新規就農者なんけぇ?」


 話を振られた。シンキシュウノウシャ? 鑑定能者だがそれは知らない。


 待てよ……シンキシュウノウ? 神気修能!? 神気修能者!! この人達、能者か!? 


 そういえば、いくつかの能力は任意に修能する術があり、その術を国は独占・秘匿している、という噂を耳にしたことがある。

 噂だと思っていたが、まさか本当に?


 それに此処が異世界なら任意の能力を修能する術があってもおかしいことじゃないのかも知れない。


 それにしても、神気修能者! なんて強そうな響きなんだ! それになれば、帰れるかも。

 いや、それどころか、かつて諦めた夢、最強の冒険者を目指せるかもしれない! 


 それにさっきの野菜のこともある。何とかここで鍛えてもらえないか? 正直にお願いしよう。


「いえ、さっきも言ったように気付いたらここに居ただけで、神気修能者ではないです。ですが! 神気修能者に僕はなりたい! そうじゃないと僕は帰ることすら出来ないんです!! お願いします!! 僕を弟子にしてください!!!」


「お、おお気合入っとるのぉ。まぁ、新規就農者になりてぇなら村長も喜ぶで、歓迎じゃぁ~。なるべくおめぇ~に分かりやすく話すが多少の訛りは許せぇのぉ~」


「ありがとうございます!! 必ず! 必ず修能して見せます!!」


「若ぇのぉ~、爺婆ばかりじゃが勘弁のぉ」


 こうして、僕はポルト村に腰を据えて修行をつけてもらえるようになった。


「師匠! 何からしましょうか!? ご指導お願いいたします!!」


「そ、そうじゃの~、まずは畑作りからじゃろうの。草を切って土を耕せぇ」


 畑? なんの関係が……いや、何か意味があるのだろう。僕は、我武者羅にやるだけだ!


「はい!!」


 愛用していたショートソードで草に切りかかる。あんまり切れない。


「なんじゃぁ? 妙ちくりんな鎌じゃの~? 儂のをやるからこっち使えぃ」


 なんとなく『鑑定』


>>名 称:神の鋼(オリハルコン)の鎌

>>希少性:S

>>性 能:切れ味極大 不壊


 さすが師匠!! 希少度S、神が作ったと言われる神具をあっさりとくれるとは!!


「そりゃ~、お隣のゲンちゃんが作った鎌じゃぁ~、大事にせいよぉ」


 ……さすが師匠! 


 それにしても鎌の切れ味凄いな! サクサク切れるぞ!! よし次!


「次は土じゃの、鍬は……無いわの。これを使えぃ」


 もちろん『鑑定』


>>名 称:世界樹(ユグドラシル)の鍬

>>希少性:S

>>性 能:破壊力極大 魔力増強 魔法操作にプラス補正


 やっぱ師匠!! ゲンさんお手製の神具だな? 最高だ!


「使い心地はどうじゃ? 儂お手製じゃぞ」


 えっ!? 師匠が作ったの!? やばいな師匠!


 この鍬もすごい! 地面が豆腐みたいだ! よし次!


 次はご飯だ、此処の野菜は最高に美味しいな! 『鑑定』


>>名称:ポルト産の野菜炒め

>>効果:全能力にプラス補正(永続)

>>詳細:ネギッシュ(体) キャベリロ(速) ダイコニラ(攻) カボチャル(魔) モーヤス(技)それぞれ、単品で対応の能力を上昇させるが併せて食す為、補正率がUPしている

 

 上手い!! しかも食べるだけで強くなる!! 最高だ!! お代わり!!!


 こんな感じで、気づけば半年の月日が流れていった……


***


「ん? 『害虫』か。最近多いな――ふんっ!!!」


 僕は全力で石を投げる。次の瞬間にはドラゴンは肥料に変わるための肉塊となる。

 毎日、修行――らしい修行はしてない……というか、与えられた畑を開墾し、そこでいくつかの作物を育て、ご飯を食べてただけなんだが、ここの料理を食べて基礎能力が爆発的に上がったのだ。

 これくらい楽勝だ。

 できることも増えた。例えば……『鑑定』

>>名  称:ソーマ

>>固有能力:鑑定 身体強化 魔術適性

>>身体能力:力 15(+100)

      体 20(+100)

     速 22(+100)

     技 16(+100)

      魔  0(+100)

 このように以前は名前と能力しか見えなかったが、身体能力まで見れるようになっていたのだ。

 理由は分からないが。

 ちなみに、カッコ内は野菜のプラス補正だろう。どうやら+100が限界値の様だ。いくら食べても、これ以上は伸びなかった。


 あれ、村の人が集まっている。師匠もいるようだ。どうしたんだろう?


「師匠! なんかあったんですか~?」

「あぁ、ソーマけぇ。いんや、また作物に悪さされとるんじゃぁ」


 なんてことだ……僕らの精魂を吸わせて作り上げた子供達を!! 許せん!!


「師匠……その害虫退治、僕ソーマにやらせてください!!」


 害虫退治を買って出た僕は、現在、畑のそばで監視を続けていた。


「来ませんね……」

「う~ん、嫌な予感がすんのぉ」


 しばらく待つと、畑に動きが見える。何か……居る!?

師匠と二人で慎重に忍び寄る。


「あれは……」

「最悪じゃ……あれは『小柄な殺戮者』じゃ! ソーマ逃げっど!!」

「えっ!?あれ、『ゴブリン』ですよ?最弱のモンスターの――」

「何馬鹿言うとるで! まじぃ! 気付いちゅうぞ!」


 ゴブリンらしき生き物はこちらを向く。

 やっぱり、どう見ても、ゴブリンだ。ドラゴンとは比べ物にならないほど弱くて、昔の僕でも倒せる程度のモンスターだ。

 なんで焦るんだ? と思った瞬間、ゴブリンが視界から消失した。


 あれ? 嫌な予感がしてその場から飛び退く。


「ズガァッ!!」


 自分が立っていた場所から爆音が響いた。

 見れば、地面は大きく抉れ、真ん中にゴブリンが棍棒を振り下ろした格好で佇んでいる。


「ギギッ! ニンゲン……コノタベモノヨコセ! モットツクレ! ヨコセェェ!!」


 喋った!? しかも速い! 多分()()()()

 力も僕より強そうだ。技術はどうだ!? 


 僕は鎌を構えて袈裟斬りに振るう。

 当たれば棍棒くらいたたっ斬るオリハルコン製だ、たんと味わえ!


「ギィィィン!」


 防がれた!? あの棍棒も神具か! くそっ、だったらこれならどうだ!

 右手を翳し、魔力を集める!


《ネバチ》!!


 凄まじい勢いで土塊が飛んでいく。

 《ネバチ》は僕が使えるようになったオリジナル魔術の一つだ。

 パッと見は、よく使われている《土弾(アースバレット)》に似ていて、《ネバチ》の方が二回りほど大きい、くらいしか違いはない。

 しかし、この魔術の一番の特徴は、『吸血根』と『吸魔根』が根を張っていることだ。

 相手に当たった瞬間、土塊から二つの根が喰らいつきその全てを吸い尽くす。


 結果から見れば、《ネバチ》は確実にゴブリンを捉えた。

 しかし、二つの根がゴブリンを()()()()()()出来なかった。


「嘘だろ!?」


 恐るべきことに、《ネバチ》から伸びた根がゴブリンに触れた瞬間、闇に呑まれて消え果てたのだ。


 恐らく、闇魔術。ゴブリンが魔術を使う何て聞いたこともない。


「くそっ! 何処まで規格外だよ!?」


 僕が驚愕している間に、ゴブリンは懐に入り込む。一撃二撃と棍棒の攻撃を何とか捌いたが三撃目に不意をつかれて蹴りをもらってしまう。


「げはぁっ!!」


 やばい! ある程度吹き飛んだところで木にぶつかり、へし折った事で何とか勢いを殺すことができ、そこまで遠くには飛ばされずに済んだが……正直、今ので死ななかったのが不思議な位の威力だった。

 昔の僕なら、ミンチどころか血煙になっていただろう。


 とはいえ、今の一撃で体はボロボロだ。

 どこぞの英雄譚の様に、ピンチになったからと言って、秘められた力が覚醒する! なんて奇跡が起こるほど現実は甘くない様だ。


 どうする? 勝ち目は薄い……


 必死に頭を回転させる。


 まだ、死にたくない。死ねない! 何か……何かないか!? 


 周りを見渡す。どうやら、僕が自分で切り拓いた畑まで吹き飛ばされたらしい。

 そこで()()()()が目に入る。


「待て待て。落ち着け……よく考えろ」


 頭を巡らす。

 今、自分の頭に浮かんだ作戦の成功率は?

 ……多分イケる。今の僕の装備は、戦闘を想定していた為ここに訪れたときと同じ冒険者装備だ。これなら――


「おい! ソーマ! 大丈夫けぇ!? 逃げるべや! 動け――」

「ニガ……ニガサナイ……クイモノ! モット!!」


 師匠が助けに来てくれたが、ゴブリンも追いついてきたようだ。

 もう、考えている暇は無い! 伸るか反るか! やってやる!!


「師匠!! ()()()()()()()()()()下さい!!」


 そう叫ぶと、先程目にしたものを手に取る。

 先程目にしたもの――僕が育てていた『カプ菜』だ。

 これは、人体には無害でもゴブリンには猛毒だ。

 とはいえ、食べてくださいと言って食べてくれるわけもない。口に投げ入れるなんて、それこそ奇跡が起きても無理だ。

 そこで、この作戦のもう一つの要を腰のポーチから取り出す。


 その名も『発煙丸』


 以前、ラブル達に襲われた際、最終手段としてポーチに入れておいてそのままだった魔導具。

 これに、カプ菜を突っ込み、魔力を込める!!


「どれだけ強くても、ゴブリンなんだろう!? なら!!」


 その瞬間、辺り一面を赤い煙が覆った。


「グッ!? グゲェァァァァァァァァッッ!!!!!」


 凄まじい絶叫が響きわたる。


 暫くして、ゆっくりと目を開けると、ゴブリンは目と口を抑え転げ回っていた。

 

「ギャァァァ!! 目が!? 目が沁みるっ!!」


 ……師匠、間に合わなかったのか。急だったもんなぁ……


 まぁ、大事の前の小事だ。師匠も許してくれるだろう。

 気を取り直して、コブリンを見据える。

 目は真っ赤に腫れ上がり、滝のような涙が溢れている。

 息は荒く、小さく「コヒュー、コヒュー」と聞こえるがまさに虫の息という状態。

 手足は痙攣しており力が入らないようだ。


 僕は静かに鎌を構える。


「……ポルト流鎌術! 『摘芯』!!」


 ポルトで培った草刈りの技術と農業技術、それに僕の能力『鑑定』の合わせ技だ。


 集中してゴブリンの生長点(弱点)を『鑑定』

 通常の使い方と違う為か時間がかかるが、徐々にコブリンの左鎖骨部分と肩甲骨付近が光って見える。


 喰らえ!!!


 僕は一気に距離を詰め、思いっきり鎌を振るった。


 それは這いつくばったゴブリンの肩甲骨、生長点に吸い込まれ、その体を喰い破り、鎖骨から尖端を覗かせる。

 ゴブリンは一瞬だけビクンッ! と体を仰け反らせた後に――その場に崩れ落ちた……


「……師匠!! やりました! 倒しましたよ!!」

「目がっ!? 目がァァァ!!!!!!!!!」


 そうだった……僕は慌ててポーチの中の回復薬を取り出し、ありったけ師匠にぶち撒けた。


「アアァァァ――づめてぇ!? んだて、ちと、楽ぅなってきだで……えれぇ、目におうた……」


 ちょっと罪悪感を感じながら、僕は師匠に討伐報告をした。


「すんげぇな!? ありゃ、手のつけられん悪さ者だで、困っちょったでよ」


 師匠は憔悴しながらも褒めてくれた。

 ゴブリンは長い間ポルトの畑を荒らし回り、強すぎるために手を焼いていたらしい。

 ……恐らく、村の野菜を食べて基礎能力がメチャクチャに強化されていたのだろう。

 耐性を強化する野菜がなくてよかった……


「師匠、あいつはこの『カプ菜』の絞り汁で倒せるし、その汁を作物に撒いておけば荒らすこともしません。もちろん、作物にも全くの無害なので、育てて村中に配りましょう!」

「そりゃいいべ。さっそく村長に言うとくだ。それにしても、ソーマ強ぇのぉ! 命の恩人だで!」


 カプ菜が広まれば、あんな異常個体は生まれないだろう。

 ……それにしても師匠に強いと言ってもらえるとは。

 ふと、頭に過ぎる。


 それは、『今なら、あのダンジョンを抜けて戻れるのでは?』ということだ。


 僕は、未だ『神気修能』には至っていない。

 とはいえ、かなり強くなれたと思う。ドラゴンだって投石で倒せるし。


「……師匠、実は近々、一度帰郷しようかと思っています。今までは、強力なモンスターがうじゃうじゃいて帰れなかったけど、今なら行ける気がするんです!」

「ほぉか、寂しくなるが、オメェみてぇな若ぇシにゃあうっとこみてぇに爺婆の村は小せえわのぉ。もんすたーっちゅうのは儂にゃあ分からんが、要るもんがありゃあ用立てるでの、故郷は大切にせんとぞ」

「師匠! ありがとうございます!! それじゃあ、旅用の外套とこの鎌を大きくしたような、大鎌が貰えると助かるんですけど……それと、ポルトは僕の第二の故郷です!! 絶対!! 大切にしますから!」


 師匠はニコリと笑い村へ戻っていく。

 僕も師匠を追いかけ小走りでポルトへ向かった。


***


 それから数日が経ち、ついに村を出てダンジョンに挑む日が来た。


「ソーマ、元気での。これ、爺婆が総出で作った外套じゃ、ゲェチュウの革さ鞣して作っとる。丈夫じゃしあったけぇぞ。それと、大鎌じゃ。儂とゲンで作ったもんじゃ。これなら、一遍に沢山の草が刈れるで、大事にしてくりぃの」

「ありがとうございます! 師匠!! それに村の皆さん!! 一生の宝にします!! 半年という短い期間でしたが僕みたいな小僧に良くしてくれて本当に感謝しています! ポルトは僕の第二の故郷です! また必ず顔を出しますので! それまで、みんなお元気で!!」


 村の人が総出で見送りに来てくれた。ありがたい。僕は万感の想いを込めて頭を下げる。


「ソーマ! 気ぃつけての!! おめトコの畑はオラたちで見といてやるで心配すんな! 行って来い!!」

「ソーマちゃん、気ぃつけるんよ。これ、婆達の料理で悪いけど、道中のお弁当じゃて。孫が居なくなるようで寂しいがぁ。また、元気な顔見してくれね」

「ソーマ、頑張れの!!」


 みんな良い人ばかりだ。僕は、涙を堪えて、もう一度深く頭を下げてからダンジョンへと向かった。


「久しぶりだなぁ……」


 少し気持ちを落ち着かせ、ダンジョンを見る。

 相変わらず、モンスターがひしめいているが、昔のように恐怖は感じない。


「行くか!!」


 僕は、一息にダンジョンに突入し、ひしめくモンスターの真ん中で大鎌を振り回す。


「……ポルト流鎌術! 《間引き》!!」


 キラーマンティス、レッドグリズリー、シャドウウルフにバーストボア。その他にも数多の名だたる高ランクのモンスター達。


 その体が、上下に泣き別れる。


 ものの数秒とかからず周囲に生きている者は居なくなっていた。


「やっぱり……これなら行ける!」


 ダンジョンを進んでいく。

 来たときと違いモンスターはそこかしこから現れるが、今の僕にはさしたる問題にならない。大鎌を振るいながら蹴散らしていく。

 ふと、気づいたことがある。

 進めば進むほどモンスターが強くなっている気がする。

 ひょっとして、このダンジョンって『ポルト側が正しい入口』なんじゃないか?

 つまり、僕はゴールからダンジョンに侵入したのでは?

 ダンジョンでは最初の踏破の時、帰り道からモンスターが消える。

 僕が、ゴールから入った為に踏破と見なされモンスターが消えていたのでは?

 まぁ、考えても答えは出ないが、それなら入口付近に宝物があるはずだ。そういえば、大広間も入口付近にあったな。よく見てみよう。

 そんなことを考えながら歩くこと数時間、気付けば、ダンジョンに来たときの大広間入口まで来ていた。


「確か、この広間だったな。え〜と……」


 周囲を注意深く見渡す。

 来たときは気付かなかったが、部屋の隅に薄汚れた布袋を見つけた。


「う〜んと、これは……っ!?」


 手が肩まで入った!? 『鑑定』するまでもない! これ、収納魔導具だ!!

 容量は分からないけど超希少な魔導具で、現存するのは国が保有するものと、国に発言力を持つ王都の豪商が一つの計二つしか確認されてないと聞いている。


 テンションがあがって小躍りしていると、部屋の隅で何か大きいものが動いた。


「ブルルゥゥ……」


 ……ヘヴィタウロス、ドラゴンと並ぶ厄災で『洞窟の暴君』『死の影』『冥府の番人』と呼ばれるモンスターだ。

 四肢を失っても逃げ切れれば幸運と言われるほどのモンスターだが、今の僕に言わせれば所詮ドラゴンと同格のモンスター。


 つまり――『害虫』だ。


 僕は大鎌を振り上げ、襲いかかった。


***


「……おいっ、()()何時まで続けるんだ?」

「うるせぇ! お前がダンジョンの中にぶっ飛ばしたんだろうが!! とにかく、モンスターに喰われてくれるなりしてりゃあいいが、生きてたり、火傷なりの外傷が残ったまま死んでちゃ不味い。 結界を解けりゃあいいんだが……」

「まだ無理ですよ! 結界は緩んできましたが、無理矢理解除するにも後一月はかかります! それに、ここから離れている隙に、あの小僧が脱出したりしたら私達全員が身の破滅かもしれないんですよ! 待つしかないでしょう!」

「いや、それにしたって、もう半年は経つぜ……もう、死んでるだろ」


 ダンジョンから抜けかけている僕の耳に懐かしい声が届いた。聞きたくは無かったが……

 これ、ラブルと愉快な仲間達の声だよな?

 あいつら、あれからずっっと此処で待ってんの?

 馬鹿なの? 死ぬの? その情熱で仕事をすれば充分金持ちになれるだろ? 

 まぁ、気にしても仕方がない。特に気負わずダンジョンから足を踏み出した。


「おいっ!? あれ!?」

「ソーマの野郎!? 生きてやがったか!? それにしても随分待たせてくれやがって!!」

「全く!! まぁ、これで汚い山暮らしともオサラバ出来ます! 前言ったよう右手と口だけは残しておいてくださいよ! 奪ったら殺して構いませんから!」


 ……馬鹿すぎる。僕が昔のままだとしても、ビビってダンジョンに戻ったら手が出せないだろう。

 脅してどうする。まぁいい、とっとと片付けよう。

 三馬鹿が動き出す前に、一気に距離を詰める。先ずは、真っ先に逃げそうな悪徳ギルド職員だ。首を掴んで地面に叩きつける。


「フギャァ!!」

「何だと!?」

「喰らえ!!」


 気絶したな、一人終わり。

 ラブルの連れの魔術師が火球を放ってくるが身を翻してドラゴンの外套を当てると火球は破裂することもなく掻き消えた。


「そんなっ!?」


 ビックリしている間に顔面パンチ。二人目。

 最後に残ったラブルが奇声を上げる。


「何だ!? 何しやがった!? ソーーマーーーー!!」


 身体強化をして駆けてくるが隙だらけだ、一気に近づき腹に拳を打ち込み宙に浮かばせる。

 自由落下でいい位置に来たところで踵落としを決めて地面に叩きつけた。


「グギャァァ!!」


 三人目。これで終わりだな。

 手早く縄で縛ると、適当な木を伐採し、簡易的なソリを造ってそれに括り付けた。


「さて、久々にギルドに顔を出そう」


 僕はゆっくりと町に向かって歩き始めた


「すいませ~ん、達成報告に来ました」

「はい!達成報告です――ソーマさん!?」


 ギルドの受付で声を上げると、クリスさんが笑顔で振り向き、僕の顔を見て、口を抑えて驚いている。


「お久し振りです、クリスさん! お元気でしたか?」

「お久し振りです! ソーマさんこそ、半年も顔を出さないので心配しましたよ! ご無事で何よりです! でも良かった、あの後、ラブルさんと、もう一人素行の悪い『モーヤ』さん、ウチの職員の『チョビー』さんが姿を見せなくなって……」


 へぇ〜、モーヤとチョビーっていうんだ、あの二人。


「クリスさん、そいつらなら、ほら後ろ」

「え?」


 ソリに括り付けた三人を突きだす。


「っ!? 行方不明になった三人じゃないですか!? でも、なんで括られて?」

「ダンジョンに入るときに襲ってきたんです。その時は何とか逃げ切れたんですけど、出口でずっと待っていたようで…… 再度襲ってきたので、取り押さえてきました」


 僕の話を聞いて、ギルド内がざわつき始めた。


 それはそうだろう。ラブル達はともかく、ギルド職員のチョビーが悪事に加担していたのだ。

 冒険者とギルドの信頼関係を揺るがす大事件になる。

 そんなことを考えていると、周囲のざわつきを聞いて三馬鹿が目を覚ましたようだ。


「むっ、ここは?……っ!?」


 最初に声を上げたのはチョビーだ。周囲を伺い状況を理解したのか声を失っている。

 そんなチョビーにクリスさんは、努めて冷静に声をかけた。


「チョビーさん、詳しくはマスターと町の衛兵立ち会いのもと、ギルドの取調室で聞かせてもらいます……話して頂けますね?」

「いや、待て! 違う! 違うぞ!! 私の話を聞け!」

「……ふぅ、分かりました、聞きましょう。それで……何が違うとおっしゃるので?」


 クリスさんは怒りを浮かべた顔で問いかけた。チョビーはまだ悪足掻きをするらしい。


「それは……その、そうだ! その小僧が先に襲ってきたのだ! それで気を失ってだな……気づいたら、ここに括り付けられたんだ! 私達は被害者だ!!」


 そうきたか。まぁ、だろうと思っていたけど。

 クリスさんが口を開く。


「成程……」

「分かってくれたか!?」

「では、あなた達は半年前にソーマさんに襲われてソリに括り付けられ、今まで捕らえられていたと主張するのですね?」

「だからそうだと言っている!!」

「でも、あなた達、半年もの間ソリに括り付けられ、飲まず食わずでどうやって生き延びたんですか? ソーマさんが食事を食べさせていたとでも? 襲ったのに?」


 チョビーは明らかに狼狽える。まだ粘るようだ。


「あっ、いや……その、違う! 半年前に捕まったのではなく、ダンジョンから出てきた際に……」

「ふむ、ではあなた達は、何故、ダンジョンの前で半年という長い期間をかけて野営を? 確かに、あなた達は野営をしていたのでしょう。あなた達の行方が分からなくなった後にモーヤさんが一度戻ってきて、不自然な程大量に保存食を買い込んだところまでは足取りは追えてましたから。でも、何故? 入れもしないダンジョンの前で! 冒険者でもないあなたも一緒に!! 野営をする必要があったのですか?」

「くっ……うるさい!! とにかく、あの小僧が襲ってきたんだ!! 私は、ギルド職員だぞ!? 薄汚いDランクの冒険者と社会的信用が違う!! 私が正しいんだ!! 四の五の言わずにあの小僧を捕まえろ!!」


 おぉ、最後は理屈無視の力業に出たか! あの温厚なクリスさんが虫を見るような目をしている。


「はぁ……チョビーさん。何か勘違いされているようですね……あなた、とっくの昔に懲戒解雇処分にされていますよ? 半年も無断欠勤で職場に椅子なんかあるわけ無いでしょう? 今のあなたは、社会的信用なんかかけらもありません! 冒険者を襲った疑いのある容疑者というだけです!!」


 クリスさんが一喝する。

 自分が懲戒処分と知ったからか、クリスさんの一喝のおかげなのか、チョビーはガックリと項垂れ俯いてしまった。

 他の二人はチョビーより頭も口も劣っている。

 どうしようもないだろう。


 詰みだ。


「ソーマさん……申し訳ありませんでした!!」


 クリスさんが頭を下げる。


「やめてください! クリスさんが謝ることないです。それに、僕が苦しい時、褒めて励ましてくれていたのはクリスさんです。感謝はしていても謝られる謂れはありません!」

「ソーマさん……」


 ちょっといい雰囲気のところで衛兵が入ってきて、簡単に聴取をとって三人をしょっぴいて行った。


 空気読めよ。


 僕は、クリスさんと高ランク冒険者専用の報告室に通され、二人で話すことになった。


「そ、それじゃソーマさん、改めて、おかえりなさい。ダンジョンは如何でしたか?」

「ありがとうございます。無事に攻略出来ました。それでですね、あのダンジョンなんですが、かなり危険です。規制をかけてもらったほうがいいかと思います」

「というと?」


 僕はこの半年間のことと、ダンジョンのことを包み隠さず報告した。もちろん、証拠として最後に倒したヘヴィタウロスの一部も提出する。


「それは……凄まじいですね」

「はい、なんで今、此方からダンジョンに入ると、いきなりヘヴィタウロスとの戦闘から始まります。規制して管理した方が無駄な犠牲者も出ないで済むと思うんです」

「分かりました、すぐに対応します。それにしても、ソーマさん。ヘヴィタウロスを単独撃破するほど強くなられたんですね! おめでとうございます!」


 僕が悩んでいるとき、苦しんでいるとき、ずっとクリスさんが支えてくれていた……この人には感謝しかない、そんな恩人に褒められ、祝われる。


 目の前が滲んでよく見えなくなるほど嬉しかった。


「ありがとう……ございます!」


***


 その後、全国津々浦々で変わった冒険者が目撃される。

 ある時は石を投げて竜種を叩き落とす『流星神』として、

 またある時は、大鎌でモンスターの頭を落とす『死神』として、

 そしてまたある時は、堅い大地を鍬一本で切り拓く『開墾神』として、


 その名声は国に留まらず、世界に広まり数々の伝説を残していった。


 一つ、逸話が残っている。


 自分の村の危機を救ってもらった少年が、そのあまりに強い冒険者に訪ねたそうだ。


 『どうしてそんなに強いのですか? そんなに強くなって一体なにを目指しているのですか?』と。


 それに冒険者は笑顔を浮かべ答えたという。


 『僕が目指しているもの? 勿論あるよ! それはね……《シンキシュウノウシャ》って言うんだ! 僕は《シンキシュウノウシャ》になりたいんだ!!』




                      〜完〜

まずはお読みいただたこと、感謝申し上げます。


初投稿の為、至らないとこがあるかもしれませんが楽しんでお読み頂けたのならば幸いです。


今後も、書き上げたら載せていきたいと思っていますので、応援よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] お爺さんの訛りの強さが面白かった。 [気になる点] 空白などが上手くあけているので凄く読みやすい文章でした。 [一言] 凄い面白くて、お気に入りの小説です!
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