真南風 ⑤
マハエが身籠ったのは、2人が夫婦になって3年ほどしてからだ。
アタラも、アタラの家族もとても喜んだ。
子供は冬に生まれ、男の子でトウンジと名付けられた。
マハエは子供を大切にしたが、2年ほどでまた身籠ったときには少しばかり顔の色を悪くした。
アタラがどうかしたのかと尋ねると、「こんなにすぐに次の子ができるとは思わなかったから」と言う。
人魚であるマハエは人であるアタラとの間にはなかなか子はできないだろうと考えていたというのだ。
子は授かりものである。
ありがたい、嬉しいことだがマハエの体は陸の上で次々と子を産み、育てるのには向いていない。
力が足りず、海へ戻りたいと恋しく思うのだと言った。
マハエが悲しみ、体が辛いのはアタラにも悲しいことだ。
一度海へ帰ってはどうかと話したが、マハエは首を振る。
無理をしなければ問題ない。だから大丈夫だと。
それならば、とアタラはマハエを信じた。
アタラとマハエの間に生まれた子供は非常に美しい子供であった。
男子ではあったが女の子と見紛うほどで、髪は黒々と、目は空の星のように輝いて、笑うと太陽のように誰をも惹きつけた。
マハエにそっくりだと、アタラは喜んだ。
またこの子供が話すのも歩き出すのも他より早く、気持ちの優しい様子を見せるため、集落では評判となった。
アタラの家族は身内に素晴らしい子供が生まれたと笑ったが、他のものはそうはいかない。
ずっと下に見てきた、馬鹿にしていた家に賢い、美しい子供が生まれたのだ。喜べようはずもない。
特に女たちは、あの器量でどうしてあのような子供が生まれるのかとマハエを冷たくにらみつける事もあった。
それが起きたのは三月、三日のことだ。
集落の女たちは普段構いつけないマハエをサニツの浜下りに誘った。
いつも夫婦で干瀬まで行ってしまうが、今年は一緒にどうかと。
アタラがそれを聞いて、ここのところマハエは体調が良くないので、と、断ってくれと兄嫁に伝えた。
だが集落の女たちが『浜下りに来ないとは何かあるのか』とあやしんでいるという。
三月サニツの浜下りは、穢れを祓うもの。
よそ者であるマハエは素性が知れない。
何か良くないものなのではないか、と疑っているのだと。
そんな事はない、とアタラは強く話したが、集落の多くの女たちが言っていることだ。
アタラの家族にもどうしようもない。
それを黙って聞いていたマハエは、今年のサニツは集落の女たちと一緒に浜へ行く、と言い出した。
何かされるのではないかとアタラは心配したが、兄嫁たちが「必ずそばにいるから」とアタラをなだめる。
マハエも大丈夫だからと笑ってこの話はそれきりになった。
その年のサニツは暖かくて天気も良く、気持ちの良い風が吹いて波も穏やかだった。
兄嫁たちはマハエのそばにつきっきりで、意地の悪い言葉からマハエを守った。
海の水はまだ冷たいが、足をつけられないほどではない。
兄嫁たちと笑って海水に足をつけるマハエを、女たちは不満げに見る。
人付き合いをしない相手だと思っていたのだ。
浜に呼んでも、嫌がって来ないだろうと。
そうすれば、『あの家の嫁は魔物がついている』と噂するつもりだった。
もし来たとして、揃っていじめてやればいい。
だが来るのも思っていない事なら、兄嫁たちに守られるのも思っていない事だった。
悔しいが、いじめて追い出すのはまた今度にしよう。
そう考える女たちの穢れは、サニツの波でも洗い流せないようであった。