真南風 ③
それからひと月ほどして、アタラは再びヒカリ干瀬へとやってきた。
今日は、島に咲いていたたくさんの花を舟に乗せている。
島には常にたくさんの花が咲いている。
アタラの暮らす島は生きるには十分だが、あまり裕福なほうではない。
大島の役人たちのような着る物や食べる物、身を飾る物はなかなか手に入らない。
だが、花だけはいつもたくさんあった。
一年を通じて当たり前に身近にあるものなので、女たちは花で身を飾ったり、神々への捧げ物をするときには花を集めて捧げたりする。
このひと月の間に、アタラは集落の巫女に会いに行き、神や精霊に捧げるお礼は何がいいか訊ねた。
答えは、『お前が良いと思うものを見つけて手を加えろ』だった。
そのままでも良いが、花なら首飾りや丸く玉にしたり、石なら磨いて、いい匂いのする枝なら何かの形に削って整えろ、と。
アタラは言われるままに暇をみては山に入り、贈り物になりそうなものを探したり、巫女に呼ばれては花で飾りを作る手伝いをした。
三段花、赤花仏桑花、鉄砲百合、筏葛、印度素馨、月桃、伊集。
人魚は目につく限りの種類を摘んできたその様子に、呆れたようにアタラを見た。
「これは何」
「礼をしろと、言ったから……」
ぶつぶつと視線を逸らすアタラに、人魚は『なるほど』と理解した。
「じゃあここじゃなくてもう少し先へ行かないと」
「ここではダメなのか?」
「彼女は普段、あなた達が『百合花干瀬』と呼ぶ場所にいるわ」
「あそこは広い」
「近くまでいけば来てくれるわよ」
人魚はアタラの舟を先導するように前を行く。
アタラはその黒髪を追いかけて櫂をこいだ。
百合花干瀬に近づくと、アタラは礼を告げながら花を両手に持って海面に降らせる。
しばらくすると少し離れた場所で、エイが大きく跳ねた。
喜んでいる、と人魚が言った。
アタラはそれだけでなんだか誇らしい事をしたような気分になる。
顔が笑み崩れるのを抑えながら、アタラは人魚にも花を渡した。
髪に挿す特別大きな赤花と、印度素馨の花の首飾り。
他はまだうまく作れない。
アタラの今の精一杯であった。
だが人魚は、それを大事そうに受け取って恥じらうように微笑んだ。
「ありがとう」
その微笑みに、アタラはおろおろと何か言葉を返さねばと動揺して、そして小さく「俺も、ありがとう」とだけ呟いた。
それから1年、アタラと人魚の逢瀬は月に1度ほど、今も続いている。