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難破船 ー 中 ー

 ハルサの家は集落から離れた岩場の多い浜の前にある。


 集落は海辺の近くに三十軒に満たない家が集まって互いに協力し合っていた。

 中にはお人好しもいれば賢い者も、性質(せいしつ)のよくない者もいる。

 ほとんどが漁を中心に生業としていたが、家のそばや集落から離れた場所に自分たちが食べるくらいの畑を持っていた。


 海をすぐ目の前にしたその辺りでは畑を持つのも一苦労で、塩害を防ぐためにハルサの畑は仏桑華の垣根で囲われている。


 黄揚羽や黒揚羽、少ないがときに紋白蝶が舞う仏桑華の垣根に守られた畑は、兄が結婚した去年、ハルサが独り立ちしてもらったものだ。

 稼ぐには程遠いが、食うには困らない程度の野菜は取れる。


 必要なら自分で畑を広げるといい、と言って畑のそばに小さな家を建ててくれた。

 その小さな家で、ハルサはカユカラと暮らし始めた。


 祖父と祖母、父と母、兄や妹たちと大勢で生活していたハルサに、仕方がないとはいえ1人で暮らす生活はこたえた。そこへ現れたカユカラは、ハルサの心を救ったと言える。


 しばらくは、穏やかな日々が続いた。


 一緒に暮らすようになっても、ハルサはカユカラに食べ物と一緒に花を贈ることを忘れなかった。


 カユカラは今、今朝ハルサが摘んだばかりの風鈴仏桑華の上にいた。

 家の奥の日の当たらない隅でとぐろを巻いている。

 真珠色の美しい肌が鈍く輝くように見えて、ハルサは喜びに目を細めた。


「畑に行ってくる。もし俺の兄や姉妹たちや、誰かが来たら隠れてくれ」


 カユカラは首を上げてハルサを見上げただけだったが、了解してくれたと理解してハルサは家を出た。


 実際カユカラは賢かったし、ハルサは家の戸を全て閉めて出かけたから、誰かが突然やってきて家の中に入ってきても問題はなかった。


 ハルサはもともと真面目な性質(たち)であったので、畑は少しづつ広がり、その年の大風にも収穫が減ることはなく、そのうちそれなりに余裕を持って暮らせるようになった。


 風が吹く夏が終わって冬になり、冬が過ぎて柔らかくて暖かい風が吹き始めると、三月三日(サニツ)の頃の大潮が近づいてくる。そんな頃。






 ある日、ハルサが家で食事の支度をしていると、父と兄がやってきた。

 一緒に、父と同年の集落の男と若い女が連れ立っている。


 少し離れて、物珍しげに妹たちや集落の人間が何人もいてこちらを伺っていた。


 女はハルサより少しばかり年上のようだったが、美人で愛想が良かった。

 初めて会ったハルサにもにこにこと笑いかけてくる。


 2人は伯父と姪の間柄で、女は同じ島ではあるが行き来のあまりない南の集落に住んでいるという。


 女は近隣にちょうど良い年頃の相手がおらず、畑仕事をして暮らしているハルサの話を聞いてやってきたとのこと。


 ハルサは今年でもう16だ。

 そろそろ嫁をもらってもいい。


 どうしようか、ハルサは悩んだ。


 愛想の悪いハルサにも笑いかけてくれる美人の嫁というのは、良い条件だ。


 だが、この女がカユカラを見たらどう思うだろう、それが気になった。

 カユカラを受け入れてくれるのなら悪くはない。


『うちにはもう1人、大事な家族がいるんだ』


 そう言いかけて、ハルサは父と兄、2人の客人が青ざめているのに気がついた。

 奥の部屋から、カユカラが鎌首をもたげてしゅうしゅうと威嚇しながら近づいてくる。


 ひどく怒っているようだということはわかったが、ハルサにはなぜカユカラがそんなに怒っているのかわからなかった。


 カユカラは女に素早く這い寄ると怒りの声を上げる。


 女は恐怖にかられて家の外へ走り出た。

 家の前の道には集落の人間が集まっている。女はそれを避けるように浜のほうへ出た。

 そのときちょうど大きな波が押し寄せた。


 たった一度、ハルサの家の前を洗うようにしてやってきて、そして引いていった。


 女は足元を波で洗われ、一際大きな悲鳴を上げた。


 赤い血が女の足を伝った。


 女は妊娠していた。


 三日(サニツ)の波に(はら)の子は流れた。






 女には住んでいる集落に恋人がいた。

 だがその恋人は漁の最中サメに襲われ、死んでしまった。


 女は胎に宿った子を堕ろすことはできず、かといって父親のない子を産む覚悟も持てず、大人しくてどうにでも言いくるめられそうな相手を探してハルサに目をつけた。

 しかも畑まで持っていて、文句も言わず黙って働くとなれば、お腹の子の父親にするには上等だ。


 女は焦り、お腹が大きくなる前に、と急いでやってきたのだ。

 女は顔は美しいが気が強く、身勝手な性質(たち)だった。


 子が流れたことを女と女の伯父は逆恨み、その原因となったカユカラを憎んだ。


 神の使いの白蛇。


 豊かな畑を持つハルサ。


 彼らは白蛇は神の使いであるのだから、大島にある王府へ届け奉るのが筋であろうと声を上げた。

 白蛇は王のものとなって初めて、全ての島々にその恵みが行き渡るのだと。

 ハルサは白蛇を隠して強欲な真似をしている。

 ハルサから白蛇を取り上げるべきだ、と。


 そして大島の商人に手紙を送り、王に貢ぎ物として贈る手筈を整えた。


 誰もが女の伯父は筋の通らないことを言っていると思った。

 恥をかかされたから復讐がしたいだけだとわかっていた。


 けれど、女の伯父の一族は集落でも力を持っていたし、ハルサの畑だけが守られて、ハルサだけがいい思いをするのは面白くなかった。


 ハルサの父と兄たちはハルサの味方をしてくれたが、結局は声の大きいものたちが勝った。


 ハルサはカユカラを手放すことになった。









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