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黒魔女対名探偵

 いよいよ明らかになる「七条大橋の魔女」の正体とは……!?

 ゆかり達が事件に巻き込まれてから、二週間が経とうとしていた。最後に校長室で事情聴取をして以来、鴨川浮音からはなんの連絡もないままに時間だけが過ぎ、気付けば五月も中旬、学校の中は来たる中間試験に向けて、慌ただしい空気が漂い始めていた。

「ゆかりぃ、ここどうやって解くの」

「どれ、見せて――あ、そこ間違ってる」

 放課後、図書室の自習スペースを使って、ゆかりと摩子は数学の問題集にかじりついていた。ことに摩子は日ごろの勉強がおろそかな分、赤点を取ってはならぬと必死であった。

「――二人とも、お疲れ様です」

 聞きなれた声に顔をあげると、そこには副級長と佐伯の姿があった。二人とも、試験の方は余裕があるのか、手に世界文学全集を抱えている。

「できる人はいいよねえ、ゆったり本を読めてさあ……」

 摩子が鼻の下にシャープペンシルを挟みながら言うと、佐伯は首を横に振って、

「そんなことありませんよ。五段階の成績で、四になるかどうか怪しいところで……」

 佐伯は謙遜しているつもりだったのだろうが、余裕がなくなっている摩子にはただの自慢にしか聞こえなかった。

「それより二人とも、そろそろ出た方がいいですよ。もうじき退出時刻ですし……」

 副級長が壁の時計を指さしたので、つられてゆかりと摩子は盤面を見た。年代物の電気時計は、きっかり七時半を指している。

「あっ、いけない。そろそろ出ないと……」

 鞄の中に問題集やペンケースを仕舞うと、ゆかりと摩子は副級長たちのあとについて図書室を出た。西向きの窓から見える、黒とオレンジのツートンカラーが美しい夕焼けを横目に、四人は長い廊下を抜け、校門を過ぎた。

「――待ちな」

 自分たちを呼びかける声に足を止めると、ゆかりと摩子は徐に後ろを振り返った。そして、そこから一歩も動くことが出来なくなってしまった。

 目の前に立っていたのは、耳塚の近くで見かけた、杖を持った女であった。間近で顔をまじまじと見たのはこれが初めてだっただけに、摩子などは泣き出しそうな顔をしている。それだけ、女の目に宿っている眼力は鋭かった。

「い、いったい、何のつもりですか」

 警察を呼ぼうと、副級長は鞄からスマートフォンを取り出そうとした。だが、鞄に伸ばした手は、脇に立っていた佐伯によってしっかりと押さえられてしまった。

「ちょっと佐伯さん? どうして――」

 副級長の問いかけに、佐伯は答えなかった。

「智津恵、ご苦労だった。――案内、頼むぜ」

 女の言葉に、佐伯は黙って、副級長の腕を引っ張った。その後ろから女に挟まれる形で、ゆかりと摩子もそのまま、校内へ逆戻りすることとなった。

 大半の教員も出払い、すっかり静かになった廊下を、ゆかり達は非常灯の赤い光を頼りに歩いた。薄暗い廊下を、五人分の足音が不気味にこだましていた。

 ――いったい、どういうことなの。

 背後を歩く女と佐伯は、どのような関係なのか。そのことばかり考えながらも、ゆかりは何か突破口が開けないかと懸命に知恵を絞った。消えては浮かび、消えては浮かびのくりかえしで、頭の中に次々と脱出手段が沸いたが、女の握る杖を前には、どの手段も有効とは思えなかった。

 同志社大学のそばで襲い掛かられて以来、ゆかりはあの杖は仕込み杖か何かだろうと思っていた。そうでもなければ達者な、それも若い女が杖など持っているはずはない。ゆかりは小説やドラマで得た知識の中から、一つの結論を導いていた。

 いったいどこへ連れて行かれるのかはわからないが、おそらく、頃合いを見て一思いに斬りかかるのだろう――どこか諦めたような思いが、ゆかりの頭を支配していた。

「――ついたわ、ねえさん」

 佐伯の声に我に返ると、ゆかり達は見覚えのある扉の近くへ来ていた。

 ここ二週間の間、よく出入りしていた校長室であった。

「鷲尾さん、ノックしてちょうだい。――変なことしちゃ、ダメよ」

 佐伯が少し力のこもった言い様で促したので、ゆかりは渋々、従うことにした。

 手が震えているのを自覚しながら、ゆかりは戸をたたいた。中から村山校長が、どなたですか、と呼びかけた。

「一年B組の鷲尾です。今度の事件のことで、ご相談したいことがあってまいりました」

 ゆかりの言葉に村山校長は、またなにかありましたか、どうぞお入りなさい、と、いつもの調子で尋ねてきた。その言葉を受け取った女は、ゆかりの耳元で、

「このまま入るんだ。早く」

 震える右手で、ゆかりはドアノブを回した。ゆっくりとドアが開き、卓上スタンドの明かりのみを頼りに、書類に目を通している村山校長の姿が見えた。その途端、ゆかりは後ろから強い蹴りを受けて、校長室の床に敷かれた絨毯の上に倒れた。

「村山ッ、あたしの顔、覚えてるか!」

 突然現れた女の顔を、村山校長はしばらく呆然と眺めていたが、やがて、校長の顔が青ざめてゆくのが、遠目にもゆかり達にはわかった。

「津田……津田か!」

 震える村山校長の顔を見て、女はなおも続けた。

「そうさ! お前のせいで高校生活を棒に振っちまった、新聞部の津田真由美だ!」

 津田は金髪を振り乱しながら、手にしていた杖のにぎりを回し、銀色のものを引き抜こうとした。

 絶体絶命――誰もがそう思ったその時であった。いきなり部屋の明かりがつき、乾いた破裂音、右手を押さえて苦しむ津田の声、杖が絨毯の上に転げ落ちる音がほとんど同時に部屋に響いた。

「そこまでや! 大人しくしい、もう逃げ場はないでぇ」

「津田さん、もう、全部わかってるんです。抵抗するのは、やめてください」

 ソファの影からゆっくりと立ち上がったのは、鴨川浮音とその相方、佐原有作。そして、薄汚れたベージュのトレンチコートを着た、険しい顔立ちの男だった。

「村山ッ、やったなッ」

 右手を押さえながらうずくまる津田は、なおも村山校長に憎悪のまなざしを向けている。

「もうそこら辺にしときぃ、津田。こっちはこれがあるんや」

 手に持った高圧仕様のエアガンをちらつかせながら、鴨川浮音は津田のほうをじっと見つめている。

「――もういいか?」

 トレンチコートを着た男が尋ねると、鴨川浮音はひょうひょうとした態度で、

「どーぞ、あとは警部はんのお好きなように……」

 それを聞くと、牛村は津田の元へ近寄り、

「津田真由美。傷害未遂の現行犯で逮捕する。それから――」

 津田に手錠をかけ終えると、牛村警部は背広の内ポケットから封筒を取り出し、中身を校長の眼前に突き付けた。

「――村山和江女史、あなたに鷲尾ゆかり、竹井摩子両名の殺人未遂容疑で捜査令状が出ています。ご同行願えますか」

 警部の口から出た言葉に、ゆかり達は驚きを隠せなかった。その様子を見ていた鴨川浮音は、和服の袂にエアガンを仕舞うと、

「約束通り、『七条大橋の魔女』は捕まえたで」

 実に皮肉っぽい笑みを浮かべ、その場の光景を眺めていた。


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