学園事件記者・三宅薫あらわる
学校新聞というやつは我々が思っている以上に、情報に精通しているもののようで……。
ゆかり達が薄暗がりに女の姿を目撃した翌日、事態を重く見た村山校長の計らいで、鴨川浮音・佐原有作の二人を招いての事情聴取が校長室で行われることとなった。
「――なるほど、カッコたる証拠があるワケとちゃうけど、薄暗がりに座ってる、杖みたいなもんを握っとるオンナがおったから、悪霊退散! ……のあべこべに自分たちが逃げてきたというわけか」
ゆかり達の証言を総括すると、鴨川浮音は浅葱色をした羽織の袂をまくり、湯飲みに入った熱いお茶に手を付けた。
「それにしても、惜しかったなあ。顔だけでもわかれば、捜査はだいぶ楽になるんだけれど……」
背中に竜虎の刺繍が入った赤いジャージを着た佐原は、メモを取りながら悔しそうな表情を浮かべ、しきりに手帳をペンで小突いている。
「それより鴨川探偵、第一の事件の方の捜査、進展はありましたか」
村山校長の問いに応じて、鴨川浮音は袂から青い革表紙の手帳を出すと、
「ええ、そらもうたっぷりと……。まず第一に、件の『七条大橋の魔女』は、出町柳周辺までと、我々の追求を逃れてからタクシーを使ったらしい、ということから」
「それはまた、どうして?」
「そりゃあ簡単な話ですわな。あんなヘンな恰好で電車に乗れますか? 電車に乗ろうとしたら、ターゲットとなった二人以外の人間にも見られてしまう。となれば、ホシはゆかりはん達が電車に乗ったのを見計らい、タクシーで先回りをして、どこかの便所か暗がりで着替えてから二人に襲い掛かり、僕らの前からドロンしてから悠々と、服を脱ぎ棄てタクシーへ……、という具合に考えるとスジがさらりと通るんですわな、これが。まあ、あとは乗り遅れの心配がなくて、計画の進行次第で乗り降りする場所を自由に設定できるタクシーのほうがミスがないってのも大きな理由ですわな」
「なるほど。確かに、筋が通っていますね。それで、どうですか。よく、ドラマなんかではタクシーの運転手たちに聞き込みをしていたりしますが……」
だが、それに対する鴨川浮音の返事は芳しいものではなかった。
「ところがどっこい、そこから先がややこしい。なんせ市内だけでも個人から大手まで、いろんなタクシーがひしめきあっとりますからなあ。いちおう、タクシードライバーのたまり場になってるようなサ店やメシ屋に声をかけて、情報提供を求めとるんですが……。それでだめなら、会社に直々に出向いてドライブレコーダーのデータ拝借、といったところでしょうな」
申し訳のたたないといった表情をうかべながら、自分たちのほうを一べつした鴨川浮音を見て、ゆかり達はあと一歩で犯人が捕まるかもしれないという期待と、博打のような危なっかしさをはらんだ手段に対する不安が入り混じった、複雑な感情が沸くのを胸の内に覚えた。
ひと通りの事情聴取が終わると、ゆかり達と鴨川・佐原のコンビは校長室を出て、強い日差しが射し込む廊下をゆったりとした足取りで進んだ。いつもなら生徒の声でやかましい午後のひと時も、土曜日となれば勝手が違う。時折、外から運動部の掛け声が聞こえてくる他には何も聞こえない、至極のどかな装いを保っていた。
「あんたらンとこの校長先生はええなあ、行くたびに美味しいお茶、ただでしこたま飲ませてくれるんやから……」
鴨川浮音が冗談めかして言うと、ゆかりと摩子、副級長は口をそろえて笑った。
「でもあれやなあ、ひとつケチをつけるとしたら、整髪料と育毛剤を塗りこみすぎやで、あん人は。あれが気になって、自分が今口の中に入れてるのが整髪料か茶菓子かようわからなくなる」
つけくわえた一言から、またしても少女たちの間に笑いの渦が巻き起こった。どうやら、村山校長から漂う匂いについては、生徒の間でも一定の評価が存在するようだった。
「まあまあ、いいじゃないか。わざわざ僕らなんかを珍重してくれるところを見ると、かなりの人格者っぽいしさ。そんな校長先生のいる学校に通えて、君たちは幸せもんだよ」
友人の容赦ない物言いを見かねた佐原が校長をフォローした、まさにその時であった。
「あーらら、おにいさん方ってば、単純なんだから……」
人を食ったような物言いに一同が振り向くと、肩で切りそろえたボブカットの頭に、切れ長の目をした少女が、腕を組んだままこちらを見ている。
「あっ、あなた新聞部の……」
少女の顔に見覚えのあったゆかりが、思い出したように声をあげる。
「ほほう、大した言いぐさやな。嬢ちゃん、どうして僕らが単純なンか、ワケを教えてくれんかなあ」
鴨川浮音は少女の眼前に近づくと、食い入るように相手の顔を覗き込んだ。
「それはねえ、校長があたしら新聞部にとっていっちばん憎たらしい存在だからよ」
「なるほどねえ……なんなら、ひとつ話を聞かせてもらいましょか。ことと次第によっちゃ、今度の事件、独占取材をしてもええで。……鴨川浮音、大学生。素人探偵や」
「……新聞部の副部長、二年生の三宅です。どうぞよろしく」
遠目に繰り広げられる変人同士のやりとりを、佐原とゆかり達は呆れたような目で眺めていた。
次回へ続く。