素人探偵・鴨川浮音
大学生は案外忙しいようで暇な生き物と相場が決まっています。
翌日、登校するや否や職員室に呼び出された二人は、担任、生徒指導、教頭の三人から息つく間もないほどのお小言を聞かされる羽目になった。
それが終わり、方々の体で職員室を出ると、ゆかりと摩子は互いの顔を見て、大きなため息をついた。
「――だいぶ絞られた様子ですね」
聞き覚えのある低い声に二人が視線を向けると、そこには日ごろ生徒から「ごぼう」というあだ名で通っている、やせた体躯をした校長・村山の姿があった。思いがけぬところから現れた村山校長に二人が驚いていると、
「このまま授業に行っても、頭に入らないでしょう。校長室でお茶でも飲んでいきなさい」
断るだけの気力もなかった二人は、言われるがまま、トボトボとした足取りで校長の後ろについてゆき、日当たりが良い校長室へと入った。
「――や、ご機嫌うるわしゅう」
「おはようございます。聞いたよ、先生たちにしぼられてたんだって?」
聞き覚えのある声にゆかりが顔を上げると、応接用のソファに、昨晩の二人の青年が座を占めて、ゆったりと紅茶を飲んでいるではないか。
「あーっ、昨日の……」
摩子が驚いて着流し姿の青年を指さしたので、ゆかりは指を引っ込めるように注意すると、校長の方へ向き直り、どうしてここに彼らがいるのか、彼らがいったい何者であるのかという説明を求めた。
「――そちらの着流しを着てらっしゃるのが鴨川浮音さん、ジャージ姿の方が佐原有作さん。お二人とも大学生ですが、本物顔負けな名探偵だということを警察の方から伺ったので、今度の事件の調査を依頼することにしたのですよ」
村山校長がひと通りの説明を終えると、鴨川はまあ、せいぜい素人探偵程度のもんですがなあ……と前置いてから、
「警察もいろいろと忙しいようやから、代わりに僕らが犯人探しをして差し上げようとまあ、こんなところなんですわ。今のでわかった?」
鴨川が人を小馬鹿にしたような態度で話しかけて来たので、ゆかりは少しむっとした態度で、
「わかりました。では、くれぐれもよろしく……」
「おやおや、気ィだけは強いらしゅうおますなあ」
鴨川が話の矛先を自分に向けたので、摩子は少々面食らいながらも愛想笑いを浮かべ、事なきを得た。そのあとは至極和やかな雰囲気で、当たり障りのない話を鴨川たちと繰り広げた。途中、話が事件に及ぶと、それまで冗談を飛ばしていた鴨川が少しだけ身を乗り出し、確認をとりながらメモを書きつけていったのがゆかりには印象的であった。
昼休みになり、鴨川達が帰ったのを見届けてから、何食わぬ顔で教室へ入ろうとした二人を待っていたのは、学校の内外のゴシップにめざとい同級生たちによる質問の嵐であった。
「ゆかり、探偵さんに助けられたって本当!?」
「摩子ちゃん、詳しく教えてよ!」
どうやら、担任が受け持っている授業が自習になったのをいいことに、職員室や校長室の手前まで偵察に行った生徒がいたらしく、彼女らの追求はかなり詳細なものだった。
なんとか同級生たちをあしらい終え、昼食を摂ろうとした二人を次に待ち受けていたのは、噂好きのよそのクラスの面々による、相当尾ひれがついた状態での追及と、新聞部部員による取材の申し込みであった。正確さを欠く情報に踊らされている両者をあしらうのはさすがに骨が折れたと見えて、結局、二人は弁当の中身を半分近く残したまま午後の授業を迎えることになった。
「自分の蒔いた種だってわかっているだけ、やんなっちゃうわ」
弁当をしまいながらゆかりがぼやくと、
「時の人って、つらいんだねえ」
能天気さが売りの摩子も、今度ばかりはさすがに参った様子だった。
ところが、噂の旬は案外短かった。というのも、それから三日もしないうちに、十代の少女たちの間で絶大な人気を誇る若手俳優が、ドラマの撮影中の事故で長期入院するはめになり、そちらのほうへ関心が移ってしまったからであった。
「――案外、短い天下だったね」
昼休み、ひと気のない屋上で弁当を広げながら、摩子はゆかりに話しかけた。
「よかったじゃないの。移動教室のたびに後ろ指を指されて、いやだったんだから……」
「そりゃ、そうだけどさあ。やっぱり、ちょっとチヤホヤされて嬉しかったっていうか……」
「呆れた! そんなこと考えてたの」
ゆかりにドヤされ、摩子は思わず首をすくめたが、真っ赤な舌をぺろりと出すと、
「まあまあ、いいじゃないの。あとはホラ、鴨川さんたちからの報告を待ってさあ……」
摩子の口からあの「素人探偵」である二人の名前が出ると、ゆかりはちょっと間をおいてから、それもそうね、と同意した。
いったい、どれほどの技量の持ち主なのかわからないのだが、あの二人には妙な安心感がある――というのが、あの晩の出来事以来、ゆかりと摩子の中に存在する共通の認識であった。
次回に続く。