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賢者は前途多難な人生を歩む  作者: 小鹿野 郁人
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06.乳兄弟と剣と暴露と

ど う し て こ う な っ た

『乳兄弟?』

「うん!クルトはね、僕とおんなじ年で、クルトのおかあさんが、僕の乳母なんだ」


 客間に向かう前に、トイレに寄ったとき、アランは俺にそう教えてくれた。

 クルト・デル=カーヴェル。カーヴェル伯爵家の次男で、アランと同じ5歳。曰く、一番仲のいい友達で、乳兄弟らしい。

 乳兄弟というのは、アランにお乳を与え育てた乳母の子供のことで、この世界での貴族女性の職業としてはかなりメジャーなものだと聞いた。

 バレニエル公爵家ともなると、カーヴェル伯爵家というなかなか高位の貴族が、乳母に選ばれるようだ。

 カーヴェル伯爵家はいわゆる武官の家で、長年王族を守る近衛を率いる武道に強い家系らしい。

 なるほど、王族を守ると言う強い信頼があったからこそ乳母に選ばれたのか。


「クルトは剣がすっごくうまくて、僕いつも負けちゃうんだ」

『ここはバレニエル家の別荘なんだよな?なのに遊びにきたのか?』

「おやすみのときにあそびに行くってクルトとやくそくしてたんだ!もういい?早くあそびにいきたい!」

『すまん。色々聞いて。もういいぞ』


 言った途端、アランはトイレを飛び出し客間に向かって元気よく走り出した。エマに窘められながらも、その足は止まらない。


(本当に仲のいい友達なんだな…)


 生前、前世で友達がいなかったわけじゃない。けど、度重なる不幸から距離をおいたせいで、話す奴はどんどん少なくなった気がする。

 あんな風に語れる友がいるというのは……正直羨ましい。


「クルト!」


 客間のドアを勢いよく開ける。

 そこにいたのは赤い髪の少年だった。


「!アラン様。ひさしぶりです」


 そう言って嬉しそうに笑ったクルト・デル=カーヴェルは、(五歳にしては)背の高い少年だった。目鼻立ちのはっきりした少し地黒な肌は、色白で貴族然としたアランに対し、無骨で粗野な印象を感じさせる。

 しかし身なりはきちんとしていた。高そうな白いシャツと茶色いベストは、フリルなどの無駄な装飾品のない清潔感のあるものだ。

 しかし背中に長い筒のようなものを背負っていた。なんだありゃ。

 近くには従者らしき男が二人立っており、執事のマクフィーがいつもの鬼の形相が嘘のようににっこりと微笑んで土産物を受け取っている。

 アランはすぐにクルトに近付いて話しかけた。


「久しぶり!げんきにしてた?」

「はい。おかげさまでとてもげんきです」

「よかったぁ」

「アラン様は、病気だったとききました。もうからだはだいじょうぶなのですか?」

「うん!もうなおったよ!」


 やっぱり友達と言えども、身分が違うと敬語なのか。公爵家と伯爵家。同じ上位貴族と言えど、やはりその差は大きいのだろう。


「爺や、エマ。二人であそぶから、さがっていいよ」

「はい。若様」

「かしこまりました。お茶はお持ちしますか?」

「ううん。いらない」

「では何かありましたら申しつけください」


 アランはマクフィーとエマを客間の外に下がらせ、クルトも従者二人に好きにしていいと言って外に出した。

 やはり大人の目があると遊びにくいのだろう。

 二人はしばらく客間に取り残されたままドアの方を見つめていた。先に口を開いたのはクルトだった。


「よぉ、アラン。げんきそうじゃねえか」

「クルトこそ!また大きくなったね!」


 !?

 急に荒い言葉で話し出したな、クルト。

 見た目を裏切らない荒さ加減にびっくりする。


「クルトがけいごでしゃべるのってきもちわるいね!」

「お前なぁ、わかってんだろ。おとなの前でタメきくとおこられんだよ。オレが」

「えー、僕がおこらないでっていうからさ」

「ムリにきまってんだろ」


 大人がいないところではこうして友達らしく振る舞うらしい。多分、クルトが使っているのは街言葉なんだろう。

 滅多に街に出られないアランには、縁のない言葉だ。


「まあいいや。何してあそぶ?」

「剣がいい!」

「じゃあ、外いきたいけど、外だとおとながついてくんだよなぁ」

「こっそり外でる?」

「……バレたらヤバいだろ」

「あ、バルコニーならいいでしょ?こっちこっち」


 アランは客間の鍵を内側から閉め、広いバルコニーに出た。


「おお、ひろい」

「ここならあそべるでしょ?落ちたらあぶないけど」

「だいじょうぶだって。手すり高いし。ほれ」


 クルトは持っていた長い筒の中から取り出した二本の木製の剣を、片方だけアランに放り投げた。アランは慌ててキャッチする。


「やみあがりってんなら、手加減してあげてもいいぜ?」

「手加減なんかいらないし!」

「じゃあやろう!本気でな!」

「うん!おお!」


 剣を構え、二人はなんの合図もなくぶつかり出した。

 ………うん。

 お互い剣が好きだからこんなに意気投合してるのか。インドア派の俺には関係のない話ですね。

 しかし、アランが言ったとおりクルトは本当に剣が得意らしい。子供だからお互いチャンバラみたいな動きだけど、型はしっかりしているし、なにより体重の乗った力強い剣だ。


「うわ!」


 しばらく打ち合っていて、剣を弾かれそうになったアランが慌てて距離をとる。


「前よりよわくなってんじゃねーのか?アラン」

「そ、そんなことない!」


 強がった声を出し、また突撃したアランは、随分あっさりと剣を弾き飛ばされてしまった。


「くっそー、やっぱりクルトはつよいね…」


 悔しがり間髪入れず剣を拾いに行くアランに、クルトは心配そうに言った。


「なぁ、アラン。お前ほんとに病気なおったのか?」

「なおったよ?」

「だってお前、前より目がわるくなってないか?」

「えっ」

「みぎからの剣、ぜんぜん受けれてないじゃんか」

「それは……」


 アランは少し迷ってうつむく。話すべきか迷っているのだろう。

 アランは数ヶ月前の病気で右目の視力と左耳の聴覚を失っている。それは剣をやる上で大きな死角となってしまう。

 クルトは打ち合いながら右目が悪いことに気がついたらしい。勘のいい子だ。


「剣やるんなら、なおってからのほうがいいんじゃねえか」

「……そう、なんだけど」


 本来なら、アランの右目は完全に失明している筈だった。しかし今、神様の取り計らいで俺が右目の視力と左耳の聴覚を使わせてもらっている。

 …俺とアランは一心同体だ。

 それに、ここで下手に外部に視力と聴力の喪失という弱点を伝えるのは得策じゃない。


『アラン』

「…っ!」

『もう一回やってみろ。右側は俺が見てやる。俺たちは二人で一人だから、サポートする』

「……レイ…」

『わかったな?お前は見えてるところに集中してやれ。見えないところが不利にならないようにするから』

「……!」


 アランは小さく頷き、再び剣を構えた。

 ……実のところをいうと、俺は多分悔しかったのだ。アランがあっさり負けてしまったことが。

 二人の試合を見ていて、いつのまにか手に汗握り、アランを応援している自分に気がついた。アランに勝ってほしいという、自分勝手な思いが、この時の俺を動かしていた。


「大丈夫!僕つよいから!もういっぽん!」

「…ったく。わかったよ。やるか!」


 言うが早いか、クルトは大きく剣を振りかぶってきた。

 アランはそれを少し身を屈めて剣で受ける。剣と剣がぶつかる、軽い音がした。

 しばらく拮抗していたが、二人はぱっと距離をとり、今度はアランのほうが素早く近付いた。


「ハァッ!!」


 アランは右手で薙ぐように剣を振る。クルトは受けず、後ろに下がってそれを避けた。アランは今度は一歩出て突きを繰り出した。

 素早い動きに感心する。なるほど、アランもそれなりに剣の腕は鍛えてあるらしい。


「オラァッ!」


 クルトは剣で強引に突きを逸らすと、一気に距離を詰めてきた。

 ……巧い、と素直に思った。

 突きで手が伸びきっているところを、距離を詰めてくる。これでは咄嗟に剣で反撃できない。


『アラン、こっちから距離詰めて頭突きしろ』

「えっ?」


 戸惑いながらも、必死だったのだろう。アランは一歩距離を詰め、クルトに見るからに痛そうな頭突きを繰り出した。


「いったぁっ!」

「いたた…ごめんクルト」


 クルトとアランはお互い頭を抑えて後ずさりした。


『アラン、よくやった。…それじゃあ、相手から来るの待て』

「え?う、うん」


 俺が見たところ、クルトはかなりの負けず嫌いだ。負けたら、勝つまで何回も繰り返す。だから負けないし、降参は絶対にしない。

 それに、クルトは勝つために相手の弱点を狙うことは当然の戦略だと思っている。これから10年も経てば、とても強い騎士になるだろう。

 でも、こっちも同い年だ。それに俺もいる。まだ負けていない。


「アラン、めずらしいじゃねーか。こういうことすんの」

「そ、そうかな」

「……」


 態勢を立て直したクルトは、今度は明確に右側を狙って剣を放ってきた。

 しかし俺は、そうするだろうと、右の死角を狙うだろうと予想していた。


『アラン!右上だ!』

「うん!」


 クルトの右側を狙った袈裟斬りの剣は、アランの剣で弾かれた。

 それが意外だったのか、クルトが目を見開いたのが見えた。


「やったっ!」

『アラン!行け!』


 驚いてがら空きだった胴に、アランの素早い剣がまともに入り、クルトは「ぐえ」と言いながら尻餅をついた。


「やった!はじめてクルトに勝てた!」

『すごいな!アラン』

「うん!レイのおかげ……っあ!」


 アランは慌てて口を抑える。

 俺のことを言っちゃだめだと思い出したのだろう。


「……くそっ」


 尻餅をついたままのクルトの声が響いた。

 その顔は俯いて下を向いている。


「クルト、大丈夫?」

「くそ…ちくしょう…まけた…」

「クルト?」

「…なんで…」


 顔をあげたクルトの顔は、ぐしゃぐしゃの泣き顔だった。

 その顔に、アランは剣を放り出してクルトに駆け寄った。


「クルト?いたかった?ごめん、僕…」

「…ちがう!オレ…」

「クルト?」

「ちくしょう…」


 袖口で涙を拭き顔を隠すクルトは、先ほどまでの力強さはなかった。

 アランは慰めの言葉を言おうと思ったのだろう。一瞬口を開いたが、口を噤んでしまった。


「オレの方がつよいのに…つよかったのに!」

「うん」

「でも、なんで、なんで…アラン、オレより弱いくせに、そんな…」

「え?」

「…なんで、そんなにつよいんだ?」


 唐突に、クルトはつっかえながらも言った。

 アランは首をかしげる。そして少し笑いながら言った。


「僕は、強くないよ…いまさっきだって勝ったのは僕のちからじゃないし…」

「いや、お前はつよいよ…オレに何回負けてもわらってるし、オレがどんなヒキョウなことしてかっても、おこらないし…」

「ひきょう?」

「…右目が悪いのしってたのに、ねらった。きしどうに反することだ」


 驚いた。勝つために右目を狙ったことを、俺は全然卑怯だと思わなかったからだ。

 当の本人は、クルトは、騎士道に反することだと、そのことを気にしていたとは。


「僕、ぜんぜん気にしてなかったよ。それにその…僕の方がヒキョウっていうか」

「え?」

「な、なんでもないよ!」

「……よし」


 クルトは赤い目を擦って立ち上がった。そして手を差し出してくる。


「オレ、おんなじ年のヤツにまけたことなかった」

「うん。クルトすごくつよいもん」

「だから、次はぜってー勝つ」

「……うん!」


 アランは笑ってクルトの手を取った。アランは少し悩んだあと、


「クルト、あのさ」

「ん?なんだよ」

「僕もちょっとズルしてたんだ。ごめん」

「ズル?」


「……僕、僕さ…体の中にもう一人、レイっていう人がいるんだ」


 何気なく、咄嗟に聞くとお前は何を言っているんだ?と思ってしまうことを言った。

 …要するに、俺のことをあっさりバラした。

読んでくださりありがとうございました。

なんでこんな展開になったんでしょ?自分でもわかりませぬ

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