05.賢者様
展開が遅くてすいません。汗
アランと話せるようになってから、俺たちは色々な話をした。
元々いた世界のことは話せないからそこは伏せたけど、アランはしばらく俺のことを質問攻めにしていた。
なんで僕の体のなかにいるの?とか、好きな色は?食べ物は?とか。
好奇心旺盛で、素直なアランは誰にも俺のことを言わなかったし、事あるごとにレイと呼んで慕ってくれた。
俺のことを、新しい友達か何かと思っているらしい。
子供の順応性の高さにはいつも驚かされる。
『…なぁアラン、賢者って知ってるか?』
「けんじゃ?」
俺はふと気になってアランに尋ねた。
「聖書に出てくる賢者様のこと?」
『聖書に賢者が出てくるのか?』
今、俺たちは書庫の中にいた。
母親が近くの貴族のお茶会へ行くことへなったため、一人での自由時間ができたのだ。
アランと俺は話し合いの末、自由時間でやりたいことを交代で決めた。今は本が読みたいという俺の希望に、アランが書庫へ案内してくれたのである。
屋敷の中に書庫があるとは…。くそぅ、金持ちめ。
「えっと…あ、あったあった」
『これが聖書か』
「よめる?よもうか?」
『じゃあ頼む』
アランは本棚からとった聖書を開き、読み始めた。
「かみは、あれた、世をおさめるために、あたまのよいシュアンという男を、賢者とし、にんげんたちを、みちびくことを、めいじた」
『シュアン?』
「シュアン様はね、むかし、わるい王様がいたときにかしこい頭で王様をさとしたんだって、かあさまが言ってたよ。わるいことをすると、シュアン様がみはってるからすぐわかるって」
『へぇ…』
「うん。わるいことするとね、シュアン様がかみさまに伝えて、しんばつがくだるんだって」
ありがちな話ではある。
でも、神さま野郎がこの前言ってた賢者とは関係なさそうだな。
「えっとね、それから…」
「若様?なにを話しているのですか?」
書庫の扉の外でエマの声がした。
驚いた俺に対し、アランは慌てた様子もなく返事を返す。
「エマ?どうしたの?入っていいよ」
「お茶をお持ちいたしました。失礼いたします」
一人で話していたことを、怪しまれてはいないだろうか。頭の中で冷や汗が流れる。
エマは銀色のトレーに乗せたティーセットを書庫中央にあるテーブルに優雅な仕草でおいた。
「ねぇ、エマ。賢者様のはなし、しってる?」
「賢者様ですか?あぁ、もちろん知ってますよ」
「シュアン様って、どんな人だったの?」
「聖書に書いてあること以上のことは、私も知りませんので…イネス先生に聞いてみてはどうでしょうか」
「そっかぁ…」
イネス先生はローマ時代の哲学者並みにオールマイティに学んでいるらしい。この前なんか貴族によく盛られる毒についての勉強とかさせられたし。
歴史だけじゃなく、数学、医学、地質学、多種族についても知ってるとか、どんな超人だ。
そのとき、紅茶の準備をしながら、エマが思い出したように言った。
「そういえば、イネス先生は"賢者"の称号を得ていらっしゃるのですよ」
「けんじゃのしょうごう?」
「はい。今では賢者の称号というのは王から与えられる名誉あるものです。イネス先生は何年か前、北が不作だった際、飢餓を抑えるのに貢献したことから、王様から"賢者"の称号を頂いたらしいのです」
「イネス先生って、もしかして、すごいひと?」
「もしかしなくても、すごい方ですわ」
神が与えた賢者の称号を、今は王様が与えるらしい。あとで、そこら辺についても少し調べるか。
そう考えているうちに、エマは紅茶をティーカップに注ぎ、砂糖を二つ入れミルクをたっぷり垂らしたミルクティーを、アランの前に置く。
アランは甘党らしい。
「最近、随分とお勉強にもにも身が入ってらっしゃいますね」
「えっ?そうかなぁ」
「はい。奥様もお喜びですよ」
「ほんと!?」
アランは身を乗り出して目を輝かせた。
「イネス先生も、最近算数にやる気が出てきているとおっしゃっていました」
「いや、でも、算数はあんまりすきじゃないっていうか…」
「そうなのですか?宿題もよくできていました。私への質問も少なくなってきていますし…」
「それはレイがてつだって…あっ!」
アランが慌てて口を抑える。
『アラン、俺のこと言っちゃだめだ!』
「…そうだった…」
エマは怪訝そうに首を傾げた。
「若様、レイというのは?」
「え、えっと、えっと…」
まずいまずい。どう誤魔化そう。
俺は頭の中で必死に考える。アランは誤魔化そうと思ってさらにテンパるだろう。何か良い言い訳を考えないと。
そもそも、5歳児に秘密を必ず守れという方が無理な話だ。
だからここは、
『アラン、交代しよう』
「えっ」
素早く交換して対応する。
俺が外に出ようとすると、アランは慌てて体の内側に戻っていった。
顔を上げると、目の前にエマの顔があった。入れ替わったことに気づかれないよう、アランを真似て、少し恥ずかしそうに笑ってみせる。
「若様?」
「えっとね、言いにくいんだけど…」
「はい」
「レイはね、俺が考えたお話に出てくる人なんだ」
苦しい言い訳に、正直自分でも苦笑いだった。
「お話、ですか?」
「うん!レイはね、賢者様みたいに頭が良くて、勇者みたいに体も強いんだ。だからね、俺もそんな人になりたいなぁって、頑張ることにしたんだ!」
「まあ、それは素晴らしいですわ。レイという人は、若様の目標なのですね」
「う、うん!」
違う、自画自賛してるわけじゃない。自画自賛じゃない。誤魔化そうと咄嗟に出てきたのがこれだったのだ。……自分でも恥ずかしくて死にそう。
『レイ、すごい!エマをなっとくさせちゃった!』
頭の中ではしゃいだ様子のアランが言った。
「……」
『ごめんね、レイ。エマにひみつ言っちゃって。こんどから気をつけるね!』
「……キヲツケテ」
本を本棚に戻すフリをしながら、エマに背を向けた状態でまたアランと交代する。
丁度そのとき、後ろで書庫の扉をまた誰かがノックした。
「若様、今よろしいでしょうか?」
「うん。入って入って」
入ってきたのはメイドの一人だった。
「お客様がいらっしゃってます」
「どなたですか?客間にお通ししました?」
「はい、もちろんです。チーフメイド」
メイドがエマに淀みなく答える。…エマは現代でいうキャリアウーマンっぽいな。
「それで、だれがきたの?」
「カーヴェル伯爵家が次男、クルト・デル=カーヴェル様です」
読んでくださりありがとうございました。
次回は新キャラ登場ですね。