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賢者は前途多難な人生を歩む  作者: 小鹿野 郁人
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04.入れ替わってる!?(後)

 

 俺は乗り越えた。

 具体的には昼食の時間で、俺とアランが入れ替わっていると母親にバレないように子供っぽく振る舞うというキツい苦行を乗り越えた。


 わぁ!美味しそう!

 かあさま、これなんというお料理ですか?

 おかわりください!


 わざと口の周りに料理をつけてみたり、無邪気に質問してみたり。

 およそ成人した男性が行うと即通報案件をやらかした。

 …………………………………………

 …………………………………死にたい。

 いや死なないけど。



「若様、イネス先生がお待ちですよ。お勉強の時間です」


 エマがお仕着せをしながら言った。

 短いズボンのベルトを締め、膝下の靴下と革靴を履く。


「次はイネス先生かぁ……」

「大丈夫ですよ。今日のお勉強は算数じゃありませんから」

「そうなの?」

「はい。今日は歴史のお勉強です」


 それは助かる。この国についてほとんど知らないから、今日の夜調べようとおもっていたのだ。

 思わぬ誤算というやつである。


「そういえばイネス先生って、どこ出身の人なの?」


 イネス先生の肌はここら辺では見ない、かなり白い色をしている。元の世界で言うなら、ロシア系に見えた。


「あの方は北の地方貴族のベロン男爵家の次男でございます。今はイネス先生の兄君がベロン男爵でございますから…。学問で生計を立てるのは、本当に大変だったと思います」

「へー、じゃあ本当に学問が好きな人なんだね!」


 まあ、貴族は長男が家督を継ぐから、次男以降は苦労するんだろう。そのまま働きもせずに腐っていくやつもいれば、なんとか家督を継ごうと長男を暗殺しようとするやつもいる。

 まあどこかの家に婿入りして成功する人もいるんだけどね。

 そう考えているうちに、応接室の前に着いた。


「では、頑張ってくださいませ」


 そう言ってエマは応接室の扉を開けてくれた。



 中に入ると、家庭教師のイネスはまた仰々しくお辞儀をした。


「御機嫌よう、若様。それでは早速始めましょう」

「はい」


 うん。この人子供に怖がられるのはこの愛想のなさのせいだろうな。


「本日は歴史についてです。若様。250ページを開いてください。まずは創世神話についてから始めましょう」


 やっぱりこの国にも宗教ってあるんだなあ。創世神話って宗教によって違うから、この本はそのこの国の宗教に則った創世神話なんだろう。


「この国の宗教の創世神話ですか?」

「……そうですね。この国の国教は基本的にセシリア教です。まず、神が何もない世界に寝そべり…」


 イネス先生の話が長いので省略すると、セシリア教での創世神話は、かなり不思議な話だった。




 ・神が世界に寝そべり、なにもない悲しさから涙を流し海ができた。

 ・次に神は自分と似た存在をいくつも生み出した。

 ・そして寝そべったまま神は死に絶え、それが大地となった。

 ・神が生み出したのがセシリア神である。

 ・セシリア神は子供として人間を生み出した。

 ・人間は皆セシリア神の子供である。




 ……うーん。

 神さまの存在は知ってるけど、これはどうなんだろう。本当なのだろうか?

 要するに今歩いてるこの土地が神の死体ってことになるわけか。

 逆に魔族を生み出したのは悪い神ということになっていた。なんでやねん。


「……イネス先生、魔族にも宗教はあるんですか?」

「魔族ですか…魔族の宗教観というのは人間とは違います。エルフは森に住む精霊を信仰していると言われていますし、ドワーフは掘り出した宝石を山の神に捧げます。一神教というよりは、住んでいる環境に伴う宗教観のようです」


 人間と生まれも育ちも違うなら、そりゃそうだと言わざるを得ない。


「この国にはどんな魔族がいるんですか?」

「ブードゥア王国には、元々魔族は少なくてですね…ああ、ですが南にエルフの国があるので、南の方ではエルフを見ることができます。あとはそうですね…昔は魔女がよくいたらしいですよ」

「魔女、ですか」

「人間はあまり魔族を好みませんから、あまり外では言わない方がよろしいかと」


 人間って言うのは自分と異なるものを嫌がる種族だから、仕方ない。

 差別し、人と違うものを劣ったものとして見下す。認めるという敬意もない。

 そういうところは、どの世界でも変わらないらしい。


「人間の中でもいろんな宗教があります。不思議なことに、どの宗教の創世神話も始まりは大体同じなんです。とある神が死に、大地ができた、と」

「それは…凄いですね」

「はい。では話を続けましょう」


 それからはブードゥア王国建国の歴史について、かつて起きた戦争についてなどを大雑把に聞いた。

 やはり魔族は少数民族が多いようで、魔族と人間との戦争っていうのは頻繁に起きているようだ。

 なにより人間至上主義が横行しているこの国では、魔族は迫害されることもあるらしい。


 しかし、元の世界のように人間内での人種差別は殆ど見受けられないのが気になった。使用人には、浅黒い肌をした人も、日本人のような肌の人も、透けるような白い肌の人もいる。扱いにも差異はない。不思議だ。


「では次に361ページを…」


 イネス先生に言われた通り、ページをめくったとき、急に嫌な予感がした。

 突然、泣き声のようなものが体から聞こえてきたのだ。


『きみ、だれ?なんで体がうごかないの?』

「……え?」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さっと血の気が引く。

 どうしよう。マジでどうしよう。


「あああああのっ!イネス先生!」

「なんでございましょう、若様」

「と、トイレ行ってもいいですか!?」

「ええ、では…」


 イネス先生の返事を殆ど待たず、俺は走って応接室を飛び出した。近くのトイレに駆け込み、バンっとドアと鍵を閉める。


『だれ?きみだれなの!?たすけて!かあさま!エマ!動けない!たすけて!』


 混乱して泣き叫ぶアランの声を聞きながら、俺は頭を抱えた。

 くそっ、ここから友好的な関係になるのは死ぬほど難しいぞ。アランは寝ている間に自分の体が乗っ取られているように感じているはずだ。

 大ピンチである。

 落ち着こう。とりあえず、深呼吸して、話しかけなくては。


「あー、アラン。聞こえるか?」

『僕の体を返してよ!きみはこわい魔族なんだろ!?』

「違うよ。俺はその…」

『たすけてよー!うわーっ!死にたくないよー!』

「……」


 これはもうどうしようもない。

 しばらく考えて、俺は自分の意識が体の内側に戻るように強く念じた。

 かちり、またスイッチが入れ替わったような気がする。


「うわーっ!……ってあれ?」


 体の主導権がアランに移り、俺はまた動けなくなった。

 アランは何度も瞬きしながら、手を握ったり開いたりしている。

 俺は念じるようにアランに話しかけた。


『アラン、聞こえるか?』

「うわあっ!」

『……お、驚かせちゃってごめんな。聞こえるか?』

「う、うん。きみはだれなの?」

『俺は…えーっと、お前の兄弟みたいなもんだ。安心しろ、魔族じゃない』

「兄弟?」

『そう。普段はお前の体の中にいるんだけど、お前が寝ちゃったから、代わりに体動かしてたんだ。ごめんな。乗っ取る気は無かったんだ』

「ほんと?うそじゃない?」

『ほんとほんと』

「じゃあ、ほんとに兄弟なの?」

『……うーん、まあそれでいいや。そうだな、兄弟だ』

「ええっ?いまてきとうに言ったでしょ?」

『……』

「否定しないってことは、そうなんだね…」

『……まあちょっと試してみろ。体の内側に戻ろうとすれば、俺と入れ替わるから』

「う、うん…」


 アランが体の内側に戻ってきて、俺が外に出る。それを何回か繰り返すと、アランも慣れたのか楽しそうにしていた。


「じゃあ、きみは別に俺のことをねらってるあんさつしゃとかじゃないんだね?」

『暗殺者…ではないな。だってアランが死んだら俺も死ぬし』

「あ、そっか」


 そのとき、トイレのドアがノックされた。


「若様、大丈夫ですか?」


 イネス先生の声だった。長いことトイレにこもっているから、心配したのだろう。


「あっ、はい先生!大丈夫!です!はい!」

「体調がお悪いのでしたら…」

「大丈夫です!すぐ戻ります!」

「そうですか…」


 アランが答えるのを聞いて、イネス先生はドアから離れて行った。


『今歴史の授業中だったんだ。今日は俺が授業受けるよ。怪しまれちゃうからね』

「え?みんなに話しちゃだめなの?」

『うん』

「どうして?」


 うーん、ここだな。

 五歳ならではの、まだ世界を知り始めたばかりの頃だと、こういう質問が来ると思った。

 そこで俺はこう切り出した。


『そうだな…俺がいることは、アランと俺だけの秘密ってことにしよう。皆、きっと入れ替わってることになんか気がつかない。時々入れ替わって遊ぶんだ。どう?』

「秘密の遊びってこと?」

『そう。俺は外の世界のこと全然知らないから、アランは俺に外のことを教えてほしい。俺はアランの苦手な算数とか、宿題とか手伝ってやる』

「算数手伝ってくれるの!?」

『おお。前にも手伝ってやったろ』

「あのときの、きみだったんだ!」

『うん。もし自分で算数やってないってバレたらきっと怒られちゃうぞ?だからこっそりやろう。こっそり』

「わかった!」


 こういう怒られちゃうとか、二人だけの秘密だとか、子供を騙すようなことを言っているのはわかっている。

 良心がチクリと痛む。だけど、きっと大人たちにバレたらマズいことになる。

 …今はこれが最善だ。


「…そうだ!ねぇきみ名前は?」

『名前?』

「うん。あるの?」

『名前かー、うーん…』

「ないの?」

『あるっちゃあるけど、多分発音しにくいから』

「えー、教えてよ」

『えっと…玲一ってんだけど』

「え?もっかい言って」

『レイイチ』

「れ、れーち?」

『れ、い、い、ち』

「変な名前ー」

『……』


 子供の純粋な言葉が胸に突き刺さり貫通した。レイイチ…変かなぁ。変なのかもなぁ。こっちの世界では。


「…レエーチ!合ってる?」

『レイイチだよ』

「レーチ!」

『……めんどくさいからレイでいいよ』

「レイ!」

『よろしくな、アラン』

「よろしく!」


 そんなわけで、その日から俺は『レイ』になった。

第一印象は最悪だったかもしれないが、今はそんなに悪くないだろう。




しかし、アランの関係が問題を引き起こすのが、そう遠くない未来であることを、俺はまだ知らなかった。




読んでくださりありがとうございます。

みかんが美味しい季節になってきましたね。箱買いするのが夢です。

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