03.入れ替わってる!?(前)
シリアス成分が抜けてきました
体を自由に交換できるようになったとはいえ、俺の生活は変わらなかった。アランの身体のことを考えると、俺が自分勝手に立場を変えるのは憚られるっていうか、嫌だったのだ。
『魂が馴染めば話せますよ〜』なんて言っていたが、それがいつのことになるかわからないし。
とりあえず、アランが眠った時とかに行動を開始しよう。
翌日の真夜中0時ごろ、アランの意識が完全に眠ったことを確認して、俺は入れ替わった。
入れ替わる、というとなんだかおかしい表現だけど、とにかく自発的に体を動かせるようにした。
天蓋付きのベッドから降りて、とりあえず、アランの部屋にある本棚を漁る。
(…子供の本だから、あんまり難しくはないはずだ)
手に取ったのは基礎的な文字や単語の綴りの書かれた、子供用の本だった。
俺は元々日本人だし、転生チートみたいにこの国の言葉もわからない。
未だに知らない単語、聞き取れない言葉が数多くあるし、アランをサポートするというならばこの国の言語を完璧に習得するべきだろう。
先程エマに消されたランプに再度火をつけ、学習机の引き出しから紙とインクを取り出す。
暗い中目を凝らしながら、俺はその夜久しぶりの勉学に勤しんだ。
この国の言葉は、漢字のような一文字で色んな意味を持つものではなく、英語のようにアルファベットのようなものを組み合わせ言葉を作っている。
生前の英語の成績は悪くなかった。話すのはともかく読み書きくらいは頑張ればできるはず。
アランが起きるのは七時くらいなので、五時くらいには俺はベッドに引き上げ、一眠りした。やっぱり五時間も机に向かうのは疲れた。
ランプは消したし、紙とインクは元の場所に戻しておいた。
証拠は隠滅したから、怪しまれることはないだろう。
「エマー!おはよう」
「おはようございます、若様。それではお着替えを致しましょう」
朝、エマに起こされたアランはにこにこ笑いながら寝間着を脱がされ、シンプルなシャツとズボンを履いた。
シンプルといっても貴族のものだから、シャツは絹製でかなり肌触りが良さそうだ。
元庶民としては、目を向かざるをえない。なぜ普段着がこんなに高いんだ…俺なんか某ユ○クロとかの服が普段着だったというのに…。
「本日は朝食を召し上がっていただき、それからは自由時間です。昼食の後、勉強してから、お昼寝。そのあとに、お客様がいらっしゃいますよ」
「お客様?」
「はい。楽しみにしていてくださいね」
袖口のボタンを留めながら、エマは楽しそうに言う。
「あら?」
「どうしたの、エマ?」
「若様、右手にインクがついてらっしゃいますよ」
「インク?」
あ、やべ。
ついたインクを落とし忘れたのだ。大変まずい。
「え?なんで?」
「少々お待ちください、落としますので」
大して怪しみもせず、エマは濡れた布巾でインクを落としてくれた。
危ないところだった。インクは使い慣れてないし、鉛筆とかないんだろうか。
服をきちんと着てからすぐ、エマに連れられて俺たちは食堂に向かった。
「かあさま、おはようございます!」
「おはよう、アラン。今日も元気ね」
母親に礼儀正しく挨拶し、アランは食卓に着く。上座の席…アランの父親の席は相変わらず空席だが、アランは気にしてはいないようだった。
それにしても、食堂は貴族なだけあって非常に豪奢だ。
シャンデリアがぶら下がり、真っ白なテーブルクロスにはシミひとつない。細やかな額縁が彩るバルニエル家初代の肖像画、純銀でできたカトラリー。
まあ、銀っていうのは貴族の毒対策に欠かせないものだから仕方ないのかもしれないけど、純金製のシャンデリアとかいるのかな。
無駄に豪華っていうか、ゴタゴタしすぎじゃね?いや、これは日本人の侘び寂びっていうか、そういうのを重んじる文化だからかもしれないけど、もし俺が当主だったら、少なくともこんな派手にはしない。
「若様、失礼致します」
「うん」
食事が運ばれてきてすぐ、後ろに控えていた爺やが、一口朝食のスープを啜った。
…また毒味だ。
アランは生まれた頃からこういう環境だから違和感を感じていないのかもしれないが、長男で、嫡男であるアランは常に暗殺の危険があるのだろう。
あの神様野郎の言っていたのは、そういう手合いからの暗殺なのかもしれない。
「いただきます!」
「召し上がれ」
母親の使用人も毒味を終え、食事を摂り始める。
流石に貴族の女性であるため、食事中の所作は美しかった。
アランもそこのところは弁えているが、銀製のカトラリーは重たいのか、少し重そうに食事していた。
「アラン、午前中はなにをするのですか?」
「午前中?うーん…」
「もしよかったら、また外にお散歩へ行きましょう。この前は湖まで行けませんでしたし」
「はい!行きたいです!」
「では爺や、馬車を表に回しておいてくださいね」
「かしこまりました、奥様」
午前中は遊ぶらしい。活発な少年であるアランは、いつも外で遊ぶことを望んでいた。病に倒れてから、あまり走り回ったりすることができなかったためか、母親は積極的に外に連れ出してくれる。
母親が付いているなら大丈夫だろう、と俺はアランの中で一眠りすることにした。
************
エマside
エマはこの屋敷の、アラン付きのメイドだった。アランが生まれてすぐこの任についたので、もう五年の付き合いになる。
お散歩へ行くというアランを見送り、エマはチーフメイドとしてほかのメイドに細かい指示を出し、自身はアランの部屋へ向かった。
アランと奥様の部屋の掃除は、基本的に信用できるものしか行ってはいけないことになっている。
バレニエル公爵家の別荘であるここは、別荘直属で勤める使用人と、本邸からついてきた使用人で分かれている。
基本的に、本邸から来た使用人が主人の部屋の掃除を行うことになっていた。
エマの主人であるアランの部屋はまだ狭いので一人で出来るが、広い奥様の部屋は長年勤めている侍女が三名入り掃除している。
「さて…」
窓の鍵や、枕の下、バルコニーの手すりなど、異常がないことを確認する。
ここは別荘であるが故に、使用人は皆神経質になっている。
暗殺者などが来ないか、食べ物は安全か。執事のマクフィーさんが何度怒鳴ったかわからない。ここは堅牢とはとはいえ、本邸よりも守りは弱いのだ。
それに…
(旦那様もいらっしゃらないしね…)
ベッドメイクをしながら考える。
旦那様は休暇をほとんど取らず仕事ばかり。帰ってくるのも遅い。
アランが床に伏していたときも、いらっしゃらなかった。
「若様、旦那様のこと覚えているのかしら?」
前回会ったのは確か…そう、半年も前。子供の記憶はすぐに薄れる。今度もう一度絵を見せて、この方がお父上ですよ、と教えて差し上げた方がいいのかしら?
「……?」
そのときふと、目に留まったのはゴミ箱だった。昨日はなかったものがあると気になってしまう。ゴミ箱の中に、大量に紙が突っ込んであるのが気になった。
中身を見てみると、インクに拙い文字がいくつも書かれていた。
書いてあるものに統一性はない。りんご、おれんじ、むし、くうふく、こっか、あそぶ…同じ言葉が繰り返し書かれている。それも何枚も。
(若様、もしかして隠れて文字の練習を?なんと…)
お勉強は嫌いだと思っていたが、影でこんな努力をされていたのか。これは奥様にお伝えしなくては。
拙い字に思わず苦笑する。でも紙は貴重だから、こんど石版とチョークを渡しましょう。
(それにしても…)
エマは掃除する手は止めずとも、顔がにんまりと微笑むのをやめることができなかった。
(ああ、若様!最近、背も伸びてきてますます可愛らしくなってきて…髪の毛も瞳も、今まで見た誰よりも私好みです!いえいえダメですよエマ。若様は我が主人。そのような目で見ては…でも本当にお可愛らしい!一度スカートを履いてくださらないかしら…そうだわ!体が弱い男の子には女装をさせるといいってどこかの文献で読んだような…これは奥様に直訴するしかないわね!楽しみになってきたわ!…そうだ今度…)
今はまだ存在しない言葉であるが、エマはまさに、典型的な『ショタコン』であった。
**************
主人公side
次に俺が目を覚ましたのは、アランが外遊びから帰ってくる途中だった。
アランは遊び疲れて眠ってしまったらしく、馬車でこくりこくりと船を漕いでいた。
しかしそこで俺が目を覚ましてしまったせいだろう、いつのまにか体の主導権は俺に移った。
「あらアラン、起きたのですか?」
「あ、え、あ、はい母さま」
母親の声に慌てて声を返す。やばい、失敗した。
アランの母親はにっこりと微笑んだ。
「もうすぐつくから、起こそうと思っていたのだけど、自分で起きて偉いわね」
「は、ははは…ありがとうございます。母さま」
子供のように振る舞うって、難しい。俺はにこっと微笑んだつもりだけど、ちゃんと笑えているだろうか。
怪しまれてはいないようだけど…。
「つきましたよ。降りましょう」
「はい」
母の手を借り、馬車から降りると、また執事のマクフィーが泥だらけのアランを叱った。
またお風呂の時間のようだ。
……アランはまだ起きないのだろうか?
早く起きてくれ。頼むから。
子供でもない、成人男性の心を持った俺が、子供みたいに他人に体を洗われるって正直キツいんだよ。
そんな願いむなしく、アランが起きる気配はない。浴室には昨日と同じように侍女が待っていた。
「若様、失礼いたします」
体のあちこちを丁寧にスポンジで洗われる。まるで壊れ物みたいに。
体が熱くなるのがわかった。ヤバイ、恥ずかしい。
しばらく耐えていたがそのうち、耐えられなくなって言ってしまった。
「あ、あの」
「はい、なんでございましょう」
「自分で洗ってもいい?」
そう言うと、侍女はぽかんとした顔をした。
「な、何か失礼なことをいたしましたでしょうかっ!?」
「いやいやそうじゃなくて!あのー、見てたらやってみたくなったっていうか…」
「ですが…!」
「大丈夫、爺やに言いつけたりしない。練習みたいなものだよ」
「は、はぁ…」
スポンジを受け取り、自分で洗っていないところをごしごしと洗う。
うん。やっぱりこの方がいい。
そのまま頭もごしごし洗う。うわ、アランの髪めっちゃサラサラやん。いいなこれ。
「泡をお流しいたします」
「う、うんありがとう」
バスタブには自分で入れないので、抱っこしていれてもらった。
やっぱ風呂っていいですね。どうやって沸かしているのかは気になるけど。
「このお湯はどうやって沸かしてるの?火?」
「あぁ、これは、近くの湧き水をひいてきて、沸かしてからバスタブにいれております」
「いちいち沸かしてるの?それって大変じゃない?」
「そうですね…でも、ここはまだマシですよ。中まで水が通ってますから」
「あぁ、トイレも水洗式だったっけ…」
「はい。普通は井戸まで汲みに行かないといけないんですけど、ここはその必要もないので」
「なるほど」
電気はないけど、水道はあるのか。だけどそれは貴族の特権で、市民に広がるのはもっと先になりそうな気がする。
屋敷内のどこでも水道や蛇口があるわけじゃなく、トイレや風呂など限定的なところにしか水道管は通っていないようだ。
「そろそろ出ましょう、若様。あまり遅いと奥様が心配しますから」
「あ、はい」
浴室から出ると、またエマが出迎えてくれ、体を拭いてくれた。
チーフメイドって忙しそうだけど、ずっとアランの側にいていいのだろうか?
別にエマの能力を疑っているわけじゃないけど、忙しい合間を縫って来てくれているように見える。
「どうかいたしましたか?浮かない顔ですわ。若様」
「いやあの、エマはチーフメイドなんだよなぁっと思って」
「はい。先代のチーフメイドから任を引き継いでおります」
「やっぱり、チーフメイドって大変なの?謂わば、沢山部下がいるわけだよね?」
「………え?」
あ、やべ。
この聞き方はアラン的には不自然だったか。
子供らしくしなくては。
「エマはすごいなあっておもって…あはは…」
ぐっ、某迷探偵コ○ン君みたいな口調になってしまった。でもコナ○君っぽく振る舞えば子供っぽいと言えるのでは?
あいつも俺と似たような状況なわけだし。(だいぶ違うけど)
焦って出た俺の言葉に、エマは嬉しそうに微笑んで、優雅に一礼した。
「ありがとうございます、若様。(若様に褒められた!優しい!若様優しい!そしてやっぱりお可愛らしい!)」
「う、うん…」
なんか副音声みたいのが聞こえた気がしたけど、気のせいだよな?
読んでくださりありがとうございました。
シリアスに疲れてきてしまい、ショタコンが顔だしました!(^^)