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ステンドグラスの狼  作者: こにくら坊や
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第1空挺団

鳴海とのミーティングを終えた妹尾は、まっすぐ部屋に帰ると知り合いの私立探偵、岡野に電話を入れ、すぐ来るように伝えた。今回のターゲットであるケン・オルブライトの捜索依頼である。

鳴海から聞いた情報、日本海沿いの北の町、天ヶ浜―おそらくターゲットの現在の潜伏地域―のことを伝え、唐島興行から預かった写真を渡して、できるだけ早急に居所を特定したかったのだ。

職種を問わず、フリーランスの者にとっては、人脈こそ仕事上の生命線とも言える非常に大切なものである。それは妹尾のような殺し屋稼業でも同じだ。

ヤクザの鉄砲玉ならともかく、高いクオリティーで依頼主の要望に応える殺しの専門家には、その任務を遂行するにあたって、他の分野に於ける自分と同等の専門家を必要とする場合が多い。

情報屋、車両や武器調達のプロ、偽造の職人等々、妹尾同様に裏街道を生きる連中に、自分が請け負った仕事の一部を依頼するのだ。当然、自分が最終的に手にする報酬額は減るが、そこをケチると思わぬ苦境を招くことがある。

又、逆に彼らを通じて妹尾の元に仕事が舞い込むこともある。フリーランサー同士が時に一つの仕事を分け合い、時にお互いに仕事を回し合う。そんな共生関係を築いているのである。

今回に関しては、すでに十分な情報を手にしている。武器も、個人で所有する小型の拳銃が一つあれば事足りる。必要なのはケン・オルブライトの居所を速やかに確定してくれる私立探偵、岡野の追跡調査能力だった。

 

雨は随分前に上がっていたが、大気はたっぷりと湿気を帯びている。

小さな倉庫を住居用に改造している妹尾の住処は殺風景だった。生活感のあるものといえば簡易キッチンにユニットバス、トイレ、小型の冷蔵庫、ロフト部に置かれた折り畳み式ベッド、後はほとんど見ないテレビ位で、未だに倉庫として使われていた当時の印象が色濃く残る。

そんな部屋の中で何より異彩を放っているのが、妹尾の仕事道具が保管されている大小二つの耐火金庫である。湿気対策が完璧に施されたこの中には、仕事で使う銃器や弾薬が保管されている。

妹尾は、その職歴から銃火器の取り扱いには精通していたが、今時、殺しに好き好んで銃器を使うプロはほとんどいない。注射一本、薬一滴、すれ違いざまに毒を噴霧するだけで一瞬にして相手を死に至らしめることさえ可能である。

ターゲットが要人となれば、事故に見せかけた暗殺を専門とする特殊なチームも存在し、国益を守るために政治の舞台裏で暗躍している。

そんな時代にあって、それでも妹尾のような昔ながらのガンマンは、必要とされることが少なくない。それは例えば、殺しにメッセージ性を持たせたい場合である。

ヤクザ間の抗争では、片道切符を承知で鉄砲玉になった組員が、敵対組織の組員や親分を殺害するケースが多い。だが一方で、殺しに見せしめ、或いは処刑的意味合いを持たせる場合には、素人による一か八かの特攻精神は通用しない。敵を戦慄せしめるメッセージを込めるには、鮮やかな手際が必要であり、そこで妹尾のような本職の出番となる。

今回に関しても、ターゲット殺害後に証拠としてその写真を撮影することが要求されている。つまり毒殺や交通事故ではなく、あくまで銃による殺害=処刑が必要なのだ。

それは圧力をかけて唐島興行を動かした花山一家からの、他の組に対する警告となる。うちのシマで、勝手なまねをするとどうなるかを知らしめるための、死のメッセージである。


妹尾は今回の仕事にドイツのオートマチック拳銃を使うことにした。お気に入りのヘッケラー&コッホ社製P7M8である。

この拳銃は小型で携帯性に優れていることもさることながら、スクイーズコッカーと呼ばれる独自の安全装置を備えており、妹尾はその機構を好んでいた。

通常のオートマチックとは異なり、P7シリーズの安全装置はグリップ前面にある。安全装置は常時オンの状態にあり、グリップを握り込むことで自動的に解除される。そのままシングルアクションの軽いトリガープルで初弾を発射することが可能となる。

暴発を防ぐ安全面からも、初弾の命中精度向上の点からも優れた機構だが、同時に他の銃にはないオリジナルな装置であるため、習熟にはかなりの訓練を必要とする。

妹尾はこの拳銃を、かつてフランスで同じ部隊に所属したドイツ人兵士ユーリ・クラウゼから薦められて使い始めた。妹尾がこれまで出会ったどの兵士よりも射撃の腕前が達者なユーリは、P7M8をはじめ自国ドイツが誇るH&K社製の銃器がいかに優れているかを、よく力説していたものだ。

実際ユーリの言う通り、その安定した性能は軍、警察からの信頼を勝ち取り、八十年代後半から九十年代を通じて、特に特殊部隊が対テロ作戦に使用するサブマシンガンは、ほぼ例外なくH&KのMP5シリーズだった。


妹尾は、左右のダイヤルを回して小さい方の金庫を開けた。上段に置かれた紙箱と、下段に几帳面に並んだ三つの油紙の包みから一つを取り上げると、作業台と呼ぶに相応しい無骨な机の上にそっと置いて、椅子に腰を下ろした。

次にテレビの電源を入れたが、今はまだ消音にしておく。仕事に向けての準備開始である。

油紙の中身は、しっかり油の差された拳銃P7M8だ。仕事道具にメンテナンスを施し、常に完璧な状態を保つのはプロの基本である。こと兵士にとっては、その道具に自分の命を預けることになるため、軍隊でも銃器の分解、組み立て、保守は徹底して指導する。

前回、このP7M8を使用したのは一年以上前になるだろうか?

念のため、分解し必要な部分に油を差し、余分な油分を拭き取ると再度組み立てスライドを動かしてみた。金属製の拳銃ならではの、完璧な部品同士の遊びのない噛み合わせ。その感触に妹尾は、これが見事な工業製品であることを感じて満足を覚える。

次に妹尾は紙箱を開けた。中には使用する9ミリ弾が入っている。五十発入り箱の中に弾丸が三分の二ほど残っていた。

妹尾はそこから五発取り出してテーブルに並べると、一発を弾倉に込め薬室に装填した。

消音にしていたテレビのボリュームを目いっぱい上げると、夜のニュース番組が、ロシアの軍事衛星が近く日本海沖数キロに墜落する見込みであることを告げていた。

ニュースキャスターの声が大音量で響く中、壁に立てかけられた二枚重ねのマットレスに銃口を向け、グリップを握り込むと静かに引き金を引いた。

発射音はテレビの音にかき消されて周囲に漏れることはなかった。仮に漏れたところで、ほとんどいつも無人のこのロフト周辺で、その銃声を気に留める存在がいる可能性はほとんどない。

火薬の匂いが妹尾の鼻腔をかすめた。

今から二十年近くも前、妹尾が自衛官だった頃に初めて体験した射撃直後の火薬の匂い。それは、その後今に至るまで、妹尾の人生について回る亡霊のような存在だったが、妹尾自身がそれを求めてもいた。


二十年程前―。大学を中退した妹尾は、陸上自衛隊への入隊を希望し、隊員募集のポスターを頼りに出張所の扉を叩いた。

親に相談することもなく大学を退学した妹尾だが、自衛隊への入隊も、誰に相談することもなく自分だけで決定したことだった。

高校入学と同時に実家を出た時点で、経済面を除けばすでに自立していた妹尾だが、大学を中退し社会に出たことで、経済的に親を頼ることもなくなり、もともと疎遠だった両親と顔を合わせることはなくなった。

出張所で妹尾を出迎えてくれた栗岩一等陸尉は、穏やかで人好きのする年配の男性だった。屈強な自衛官の登場を予想し身構えていた妹尾は、肩透かしを喰らった気分で一瞬にして緊張が解けた。

以降、自衛隊入隊後も、妹尾は度々出張所に栗岩を訪ねては挨拶してゆくことがあった。

「君みたいな立派な若者こそ、日本の将来を託せる存在だな。妹尾君を自衛隊に入隊させたことが僕の誇りだよ」

当時、新隊員の確保に困窮していた自衛隊であるから、栗岩の立場としては、自ら入隊を希望してきた貴重な若者を逃してはならない、そんな思いからくるお世辞も含んだ言葉だったかも知れない。だが妹尾の言動から感じ取れる強い意志は、多くの若者を見てきた栗岩をして、紛れもなく本物であると言わしめるに十分だった。


入隊後、十週間に及ぶ前期教育課程でトップレベルの成績を上げた妹尾は、当初の目的通り新隊員を対象とした空挺枠に志願。その時、「君なら間違いなく立派な空挺隊員になれる、絶対に」と栗岩が太鼓判を押してくれたことは、妹尾にとって大きな自信となった。

適性検査の後、習志野駐屯地の第1空挺団に於ける九週間のハードな後期教育課程を経た妹尾は、続く空挺教育課程の五週間を無事にパスし、晴れて第1空挺団の主幹部隊である空挺普通科軍第一中隊の隊員となったのだった。


畏敬の念と共に「空の神兵」と呼ばれた大日本帝国軍の落下傘部隊を前身とする第1空挺団は、当時の陸上自衛隊における唯一の空挺部隊だった。

正規軍を相手にする防衛作戦だけでなく、日本領土に潜入し破壊工作活動を行うゲリラコマンドへの対応訓練も積んだ猛者の集団である。

九十年代には、山梨県上九一色村のオウム真理教施設に対する強制捜査の際に、教団の銃火器による抵抗に備えて近くに待機したのが彼らだった。

高い即応力と機動力を持って国防の最前線に立つ、陸上自衛隊が誇る精鋭集団。それが第1空挺団である。


空挺隊員として訓練に明け暮れる日々は、体育会系出身で、常に自己鍛錬の中に身を置いてきた妹尾にとっては、お馴染みの空気を感じさせるものだった。

だが、訓練の厳しさは、体力面で苦戦する心配は多分ないだろうという妹尾の自信を軽々と粉砕した。

筋骨隆々の坊主刈りの男たちの一団が、過酷を極める訓練に死に物狂いで励んでいた。妹尾はついてゆくのに必死だった。決して終わることがないかのように感じられるランニングや筋トレで、気絶寸前に追い込まれることもあった。実際に気絶する隊員もよく見かけた。

学生時代に柔道部であれほどやらされた腕立て伏せだが、ここではかつて経験したことのないほど多くの回数を課された。大胸筋と上腕三頭筋が悲鳴をあげて限界を迎えた体は、わなわな震えるばかりで全く持ち上がらない。

そんな妹尾に教官が「死んでも上げるんだよ!」と檄を飛ばす。それでも体は上がらない。根性で乗り越えられるレベルを超えた本当の限界なのだ。しかし教官の言葉は「上がらねぇなら死ねよ、辞めちまえ」と続き、甘えが入る隙は一切ない。

フィジカルエリートを自認していた妹尾は、ショックと悔しさで茫然自失となるほどだった。これが日本の自衛隊が誇るエリート部隊、第1空挺団か。

だが人間の能力というものは、無限の可能性を秘めている。絶対に無理だと思っていたことでも死に物狂いで喰らいついていると、やがてその厳しい環境に体が慣れてゆくのだ。

当初は、地獄以外の何ものでもなかった日々の肉体訓練は、ハードなことに変わりはないが、今では完全に日常の一部となっている。

腕立て伏せや腹筋などの筋トレでは、もう無理だという考えが一瞬でも脳裏をかすめると、次の瞬間、金縛りにでもあったみたいに体が動かなくなることを知った。

その経験から、困難の中にあっても、決して負の思考に取り込まれるベからずという教訓を学んだ。精神がいかに肉体に作用するかということを、妹尾は言葉ではなく体で理解した。

 

初めての降下訓練は未だに忘れられない出来事として、妹尾の記憶に刻まれている。

それまで駐屯地の敷地内にそびえ立つ降下訓練塔と呼ばれるタワーを使い、地上数十メートルの高さから落下傘降下を何度も繰り返してきた。

地上ではずば抜けた屈強さを誇る隊員が、高所で全く動けなくなるケースもあった。しかし妹尾自身は、高さに対する恐怖心はほとんど抱かなかったため、初となるC-1輸送機からの降下に対しても、それほど緊張せずに臨むことができた。

隊員同士が互いの装備に不備がないかを確認し合う最中も、妹尾は平常心を保っていた。空挺隊員の証たる落下傘降下。これを乗り越えれば、自分の自衛官としてのレベル、そして人間力のレベルも大きく飛躍する。

小銃や予備の落下傘も含め総重量八十キログラムに及ぶ装備を身に着け、よろよろと輸送機のタラップを上がる妹尾は、常に強さを道標してきた自分の人生における重大な局面を、今まさに迎えていると感じていた。

輸送機は轟音を響かせながら基地を飛び立った。エンジン音が耳を聾する狭い機内。その両側に並ぶ隊員たち。緊張の面持ちの初心者もいれば、飛ぶのが楽しみで仕方ない風な余裕を見せるベテランまで様々である。

そんな中、妹尾は妙な心のざわめきのせいで、集中力が途切れつつあるのを感じていた。よりによってこの重要なタイミングに一体どうしたことだ、あと数分もすればここから飛び降りなければならないのに。

焦れば焦るほど、妹尾の心は乱れていった。

いよいよ降下直前、妹尾は巨大な恐怖感に飲み込まれそうになり、パニックに陥った。地上350メートルの輸送機の中で真剣に、今日はやめて帰ります、と口走りそうな自分がいた。

心拍数が急上昇しているのを感じる。こんな恐怖感はかつて感じたことがなかった。唯一、大学の柔道部で先輩部員から絞め落とされそうになった時、圧倒的な力で押さえつけられ、一切身動きの取れない状況の中で感じた恐怖感がこれに近かった。

機内に張られたワイヤーに、パラシュートを引き出すフックをひっかけると、隊員たちは一列になって後部に向かって歩き出した。成すがままに歩くしかない妹尾だが、ほとんど膝に力が入らない。肛門はきつくすぼまり、陰嚢が縮み上がっている。逃げ出すことさえできない状況が、ますますパニックを増長する。

輸送機のタラップが開き、澄み渡った青空が見えた。

後戻りはできない。

タラップから隊員たちが次々に飛び出し、大空に落下傘の花を咲かせてゆく。

空中に向かって口を開けたタラップが着々と妹尾に迫る。

卒倒しそうになりながら自分の番を迎えた妹尾は、左側に立つ降下長から「行け」の合図を受けると、転げるように大空に身を躍らせた。何かを考える余裕などどこにもなかった。

だが、その直後パラシュートが開き、その衝撃が妹尾の体を貫くと、妹尾は我に返った。つい先ほどまで感じていたあの巨大な恐怖感は、今や跡形もない。それどころか、一種の爽快感に近い心地よささえ感じている。

一体、これはどうしたことだろう。

前方に目をやれば、富士山が雄大な姿で佇んでいる。俺はこんなに気持ちよくて楽しいことを恐れ、パニックになっていたのか。

そんな風に考えながらふと足元をみると、地面がすごいスピードで、みるみる迫ってくるのが分かった。

体は本能的に着地の衝撃に備えて最善の態勢を作った。訓練の賜物である。

降下を終えた隊員は素早くパラシュートを回収すると集合地点に向かった。彼らの顔はみな輝いていた。

妹尾も大きな達成感を味わっていたが、同時に意外にもパニックに陥った自分の脆さが心に引っかかっていた。

初の落下傘降下はこうして幕を閉じた。


この時、こうした空挺降下を五十回、百回と経験しているベテラン空挺隊員が、妹尾には雲の上の存在、というよりも化け物に思えた。自分もこれを繰り返せばやがて彼らのようになれるのだろうか?

その後の降下訓練時にも、程度の差こそあれ度々パニックに襲われた妹尾は、先輩隊員にそのことを相談してみた。

相談する相手にベテランのジャンプマスターを選んだのは失敗だった。初心者が抱く恐怖心などとうの昔に忘れているか、初めから恐怖心などとは一切無縁のようだった。

「何をやわなこと言ってんだよ、お前。そんなことに悩む暇があったら走ってこい」

そう言いながら、妹尾の背中を思い切り叩いて終わりだった。

次に妹尾は、比較的若くて降下回数もまだ多くない先輩をつかまえて悩みを打ち明けた。その先輩は言った。

「おれはジャンプは平気だったけど、目隠しされての模擬尋問の時に、お前と似たようなパニックを味わったよ」

それはレンジャー課程で行われるもののひとつで、敵に捕まり尋問を受けることを想定し、それに耐えて生き延びるための精神力を養う訓練だった。

「お前はまだレンジャー課程やってないから分からないだろうけどな、俺は閉所恐怖症がどんなもんかってのを、あれで知ったんだ」

「で、どうやって克服したんです?」

「簡単に言えば、呼吸だね」

その先輩は、妹尾にイメージトレーニングを伴う呼吸法を伝授してくれた。

心の中に芽生えた恐怖心。それを薄めるようなイメージで鼻から息を吸う。薄まった恐怖心を完全に体外に吐き出すように息を吐く。そんな循環イメージを明確に想像し、他のことは一切考えずに、ゆっくりと呼吸を繰り返す。そして呼吸に集中することで、徐々に平常心を取り戻す。

先輩からのアドバイスに従って真剣に呼吸法に取り組むことで、やがて妹尾は落下傘降下に対する恐怖心を克服した。気がつけば降下の最中に景色をのんびり眺めて楽しむ余裕さえ出ていた。降下回数を重ねるにつれて着々と自信をつけていった。

今の自分は、新人隊員には化け物に見えるのだろうか?かつての自分が感じたように。

パニック症状とその克服という経験は、妹尾に重要なことを教えた。

自分自身の中に潜む敵こそが、最も厄介で手強い存在となる。そして自身を敵に回した時には、どんなに強い人間であっても意外に脆い。だがそれを克服できる強さを持つのもまた人間である。


日本国防の最前線に立ち、精鋭を自認する第1空挺団の隊員にとって、後方支援要員でもなければ、レンジャー課程を修了することは避けて通れない道である。

その胸に、レンジャー有資格者の証である月桂冠に囲まれたダイヤモンドの徽章を付けた男たちは、陸海空全ての自衛隊員たちから、尊敬と畏怖の眼差しで見られる存在だ。それはつまり、レンジャー徽章を手に入れることがいかに困難であるかを意味している。

ここ日本で、最も過酷な環境に飛び込みたかったらレンジャー課程に挑戦すればよい。毎年五月下旬から三ヵ月間に渡って、レンジャー素養検査をパスしたレンジャー学生と呼ばれる候補生が、体力、精神力の限界を試される。

その過酷さゆえに過去には訓練中に死者も出ており、レンジャー学生は訓練開始前に家族宛ての遺書を書かされる。それ程の覚悟が必要とされるのだ。

レンジャー課程の前半「基礎訓練」は徹底した体力勝負となる。

腕立て伏せ、懸垂、かがみ跳躍、ロープ技術にランニング。そのランニングも只走るわけではない。戦闘服に重たい軍用ブーツを着用し、大きな背嚢を背負い、4キロ近い重さの小銃を胸の前に構えて二十キロの荒れ地を走破しなければならないのだ。

幹部レンジャー課程を修了している百戦錬磨の鬼教官から飛んでくる檄には、必ず「レンジャー」と答えなければならない。

時には教官による、不公平で理不尽極まりない仕打ちが待ち受けていることもある。だが、戦場は公平でもなければ、理屈の通用する場でもない。一般社会のルールが通用しない異常な世界なのである。

そんな異常世界における極限状況をも乗り超える不屈の闘志を備えているかどうか。真の兵士に不可欠な素質の有無を見極めるために課す試練である。

並外れた体力を自負する自衛官のみが挑戦していながらも、脱落するレンジャー学生が続出する、まさに地獄という他ない訓練なのだ。

続くレンジャー課程の後半では山地に入り、より実戦的な内容で行われる「行動訓練」へと移る。

射撃、爆破、斥候、徒手格闘、そしてナイフを使用した隠密処理、つまり音の出ない武器を使用した暗殺の訓練まで含まれている。

ヘリコプターや舟艇による潜入及び脱出、森林戦、山岳戦、夜戦。捕虜の尋問に耐えるための訓練等々、いずれも高度な技術と折れない精神力、並外れた体力が必要とされる。

サバイバル訓練では食料を持たずに山地に放り出され、生きたヘビや自生している山菜を食料としながら、数日間を生き延びなければならない。

妹尾はこの訓練で、極度の疲労と空腹、喉の渇き、強烈な睡魔からくる幻覚を体験した。

それは、ナイトビジョン(暗視ゴーグル)を使用しなければほとんど何も見えない、真っ暗闇の夜の山中で監視任務に就いている時だった。

ナイトビジョンが作り出す緑色の視界の中に、ふと気がつけば、あるはずのない町明かりが見えたのだ。

思わずナイトビジョンを外した妹尾は、茫然と前方を眺め続けた。町明かりはなおも美しく瞬き、妹尾を誘っているかのようだった。

そんな光景を前に妹尾は、自分はなぜこんな馬鹿げたことをやっているのだろう。さっさと辞めてあの町に行こう。そこで美味しい食事にありつくのだ、と考え始めた。

同じ姿勢を長時間続けていたため、体はガチガチに強張っており、あらゆる関節が痛い。苦悶のうめき声を上げながら、妹尾はゆっくりと立ち上がって歩き出した。数メートル先は切り立った崖になっていることを完全に忘れているようだ。

レンジャー学生たちは、即座に妹尾の異常を察知して慌てた。

仲間の一人、工藤が背後から飛び掛かると、妹尾を地面に倒して無理やり制止させた。工藤は、平手で妹尾の頬を思い切り張って正気を取り戻させた。

もしこの時、工藤がいなければ、自分は確実に訓練を脱落していただろう。それどころか崖から転落して死んでいたかもしれない。妹尾は今でもそう思っている。


当初二十八名いたレンジャー学生で、最終想定任務まで残ったのは、妹尾を含む十二名だった。地獄の試練を耐え抜いた男たちが、いよいよレンジャー課程の締めくくりとして、敵地に掛かる橋の爆破任務に挑んだ。

不眠不休の二日間に渡る行軍を経て、敵地に想定されたエリアに潜入した彼らは、体力的にも精神的にも限界を超えた状態にありながらも、首尾よく任務を完了した。

だが、脱出後も敵兵に扮した教官らによる潜伏攻撃を受ける可能性があるため、最終目的地となる駐屯地までの百キロを超える道程は一切気が抜けなかった。

三ヵ月のレンジャー課程で隊員は一人の例外もなく、げっそりとやつれ果て別人のような人相になっていた。見た目はまるで屍のようだが、一歩踏み出すごとに全身を襲う激痛が、否が応にも生きていることを思い出させる。

そんな死のロードのさ中、工藤が地べたに四つん這いになって動かなくなった。仲間が叱咤するが立ち上がれない。

それを見た妹尾は、工藤の装備の一部をひったくると自分で担いだ。さらに無理やり立たせた工藤の体を、背嚢越しに後ろから押して歩いた。

死ぬ思いで三ヵ月間を耐え抜いて、ついにゴール目前まで辿り着いた仲間を、もう一人たりと脱落させたくない。

同時に妹尾の中には、サバイバル訓練で工藤に助けられた借りをここでしっかり返さなければ、レンジャー徽章を手に入れた後も自分自身に納得ができないかもしれない。そんな思いもあっての行動だった。

遂に遥か前方に駐屯地が見えてきた。蜃気楼のように揺れて見えるのは極度の疲労からくる視覚障害ゆえか。

これがもし幻だというのなら、自分はここで全てを終わりにしよう。そう心に決めて妹尾はなおも歩き続けた。

ガッツを取り戻した工藤がその横を歩いている。

そして駐屯地に辿り着いた。

幻ではなかったことにほっとする余裕もなかった。

このレンジャー課程の三ヵ月間、妹尾たちレンジャー学生をシゴキ抜いた教官の一人が、駐屯地の正門の前で待っていた。ねぎらいの言葉の代わりに「装備点検をして、しばらくこの場で待機」と命令が下された。

最早、何が起こっているのか理解不能だったが、それもどうでもいい。レンジャー課程を修了することさえ問題ではなくなっていた。とにかく自分は生きて、今ここにいる。その事実だけで妹尾には充分だった。

教官から基地内に入るよう命令があり、門をくぐった時、妹尾たち十二名のレンジャー学生は、目の前に広がる意外な光景に思わず立ち止まった。

大勢の人々が両側に立ち並び、拍手を贈りながら彼らを迎えてくれたのだった。

花道を歩きながら帰還式場に向かうレンジャー学生はみな、肉体はくたくたでも心が精気を取り戻すのを感じた。

そして遂に栄光のレンジャー徽章を手に入れた。

家族がきている隊員も多かった。恋人から花束を受け取っている隊員もいた。妹尾は両親には、自分が自衛隊に入隊したことさえ告げていなかった。レンジャー課程開始前に遺書を出した時に初めて伝えたほどだったので、父も母も当然この場には来ていなかった。

だが、出迎えた群衆の中に栗岩一等陸尉がいた。その姿を見つけた瞬間、この極限状態の三ヵ月間、常に張りつめていた何かが切れた。

妹尾は栗岩の前に立つと敬礼をした。栗岩は満面の笑顔を見せながら妹尾の労をねぎらった。妹尾はがくがくと膝が笑い、腹の底から感情が込み上げてくるのを感じた。そして誰はばかることなく涙を流して泣いた。

周りの隊員たちも皆、それぞれの相手と言葉を交わし、抱擁しながら泣きまくっていた。訓練中は鬼にしか見えなかった教官たちも、そんな光景を見ながら泣いていた。


究極の試練であるレンジャー課程を、互いに叱咤激励しながら乗り越えた隊員同士の信頼感は、一般人には理解できないほどに深まる。それは死線を潜り抜けたもの同士のみが築くことを許される絆である。彼らは躊躇することなく、レンジャー仲間になら自分の命を預けられると断言するのだった。

これまで知ることのなかったそんな世界に足を踏み入れた妹尾は、目指すべき最高峰が近づいてきたのを感じた。俺はとうとうここまできた。そしてこの高みから、かつてない景色を見ている。

この訓練で培った強靭な肉体と精神は、レンジャー徽章のダイヤモンドのように強固で、けっして砕けることはないだろう。妹尾はそんな自己肯定感を満喫した。


晴れてレンジャー有資格者となった後も、厳しい訓練に明け暮れる習志野駐屯地での日常は、当たり前のように続いていく。

レンジャー課程の帰還式における主任教官の「今日からが本当のスタートである。胸のレンジャー徽章を輝かせるのも、曇らせるのも君たち次第。より鍛錬に励むよう期待する」という言葉を胸に、妹尾も毎日訓練に汗を流していた。

そんなある日、妹尾は栗岩から娘の徳子を紹介された。この春、大学を卒業し会社員になったばかりの徳子と妹尾は、初対面の時こそお互いに緊張しまくってぎこちない会話に終始したが、年齢が近いこともあって、その後デートを重ねるにつれて徐々に打ち解けていった。

あるデートの時―それは結果的に二人にとって最後のデートになったのだが―、居酒屋で酒を飲みながら妹尾は、いつでも真剣に話を聞いてくれる徳子に語った。

「富士の演習地は広いって言うけど、あれでも全然十分じゃないんだ。あと自衛隊は装備がダメだね。貧弱すぎる。米軍みたいに最新鋭の武器を使って広大な敷地で訓練できたら、自分たち空挺団は連中なんかよりずっと強くなれるんだけどね・・・」

普段は聞き役に徹して、慰めを含んだ相槌を打ってくれる徳子だが、この時は珍しく違った。

「妹尾くん。私、よく自衛隊のこととか分からないんだけど・・・日本は憲法で軍隊を持てないのよね?」

「ああ、憲法九条で戦力の保持、武力行使は禁止されているね」

「でも妹尾くんは、毎日毎日必死にがんばって、戦争に勝つための練習をしてるんでしょ?」

「それは憲法十三条で、国が国民の安全を謳ってるから。万が一、敵国が日本に上陸してきた時には、自分らがみんなを守るんだよ」

「万が一の備えってことなのね」

「そうだね、だから自衛隊は軍隊ではないんだ。敵の武力から自らを守るための武力ってところかな」

「でも、何となく思うんだけど・・・いつ起こるとも分からない、起こらないかも知れないことに対する保険のために、そんなに広い演習地や強力な武器って必要なのかしら」

徳子には一切そんなつもりはなかったが、その言葉に批判めいた意見を感じ取った妹尾はすかさず言い返した。

「君、自衛官の娘とは思えないこと言うね」

妹尾のきつい口調に、徳子は慌てた。

「ごめんね、批判してるんじゃ・・・」

徳子の言葉尻に被せるように、妹尾は言い放った。

「いや、君は何も分かってないよ」

「・・・・・・」

「自分ら自衛隊がいなければどんなに悲惨なことになるかを考えたことがあるかい?」

黙ったままうつむく徳子を見て、妹尾はイラつきながら続けた。

「ソ連や中国が上陸して武力攻撃をしかけてきた時に、自分らが戦わなければね、日本なんて一日と持たずに征服されるのが現実なんだよ」

「そうだよね、ごめんなさい。私、何も分ってなかった」

その夜は、最後まで気まずい空気が流れたままだった。その後、二人の関係は自然に消滅し、二度と会うことはなかった。

妹尾は、なぜあの夜、徳子の言葉に対して、自分があれほどむきになってしまったのかを考えるようになった。徳子と別れたことよりも、それが気になって仕方なかった。

やがてその理由を理解した。ほとんど無意識のうちに自分自身が感じていたことを、あの夜、彼女はずばり突いてきたのだ。

自分は毎日、辛い訓練に汗を流してがんばっている。死ぬ思いをしてレンジャー徽章まで手に入れた。そこには、自らを厳しい環境に追い込み、それを乗り越えることによってのみ持ち得る自己肯定感がある。常にそれを追い求める人生だったことは間違いない。

だが一方で、第1空挺団で数年間を過ごしてきて、結局いま自分がやっていることは何に役立つのかという考えが、薄っすらとではあるが打ち消しようもない確信として芽生えいていたのだ。

自衛隊員であるかぎり、戦地に赴き実際の戦闘に加わることはあり得ない。にもかかわらず、戦闘プロフェッショナルとして技量を磨き続ける。

決して料理を作らないシェフが、包丁を研ぎ続けるバカらしさや、絶対に野球の試合に出られない選手が、必至で素振りの練習をする虚しさと、一体何が違うというのだろうか。

妹尾は、そんな思いを同僚の隊員に話してみた。

答えはこうだった。

「俺たちの存在が単なる保険だというのなら、俺は、それでいいと思ってる。保険があることによって政府や国民が安心できるのなら、それは立派な仕事じゃないかな。彼らに大きな安心感を与えるためにもますます頑張るのみさ」

疑問を挟み込む余地もない回答ではあるが、その時の妹尾には詭弁に聞えた。もちろんその考えに異を唱えるようなまねはせずに、なるほどと頷いてみせたが、妹尾は納得したわけではなかった。

次に妹尾は、栗岩のもとを訪ねて率直に悩みを打ち明けた。

栗岩は言った。

「まったく妹尾君らしいなぁ。そんな高度な悩みに僕は答えられないよ」

弱ったなぁ、とういう風に頭を掻きながら栗岩は続けた。

「誰が言ったんだったかなぁ、確か武道の先生の言葉だったと思うんだけどね。厳しい修行を積んで身に着けた技をね、生涯一度も使うことがなかったとしたら、まさに修業は成功だったということだ・・・そんなようなことを言ったらしいよ」

一見、禅問答のような言葉に釈然としない様子の妹尾を見た栗岩は、頭を掻きながら笑って付け加えた。

「ごめん、ちょっと違ったかな」

今の妹尾なら、この時の栗岩の言葉の意味が分かる気がする。本当の意味で「強くなる」ということは、単純に武術のスキルを磨くことではなく、むしろ衝突を避けるための知恵や技術を習得することである、きっと、そんな意味なのではないだろうか。

だが、自信が漲り、血気に逸る二十代の妹尾には、それを理解することはできなかった。いや、例え理解できても納得して大人しく従うことができなかった。


もし妹尾があと二十年遅く生まれていたら、迷うことなく陸自特殊戦群に挑戦していただろう。

陸上自衛隊初の特殊部隊である特殊戦群は、レンジャー有資格者を中心に選抜された精鋭自衛官三百名によって編成される防衛庁長官直轄の部隊である。

九十年代に入り、長らく続いた東西冷戦の構図が崩れる中で、超大国同士が正面からぶつかる戦争とは別種の、不正規戦、低強度戦の可能性が急増していった。

日本に於いては、それまで自衛隊の第一仮想敵国だったソ連が崩壊する一方で、北朝鮮の脅威が具体性を帯び、そうした新しい形の戦争に対応できる特殊部隊の必要性が叫ばれた。

そんな中、九十年代後半には第1空挺団から幹部要員数名が、イギリスの陸軍特殊空挺部隊(SAS)とアメリカの陸軍第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊(通称デルタフォース)に派遣された。

幹部要員は、近接戦闘や市街地戦、人質救出作戦、要人警護、格闘術などの戦闘技術を、世界最高峰の戦闘部隊から直々に学んで帰国した。

その経験を基礎に、二十一世紀初頭に研究小隊を発足。戦闘要員二百名、支援要員百名からなる対テロ、対工作員作戦のエキスパート集団、特殊戦群が正式に発足するのは2004年の春である。

あいにく、妹尾が第1空挺団にいた七十年代末頃は、少なくとも日本において特殊部隊の存在は理解されていなかった。そんな時代に日本の最精鋭第1空挺団にあっても満足できない妹尾がとった行動は、非番の日に語学学校に通いフランス語を習得することだった。

なぜなら、これから目指す先ではフランス語が必須となる。学生時代から英語は得意で、日常会話なら今も一切問題ないレベルにある妹尾だが、フランス語はさすがに手強かった。それでも心中に芽生えた新たな目標に向かって、全力で努力する一貫した姿勢により、妹尾のフランス語は長足の進歩を遂げた。

この時もまた、妹尾は誰に相談することもなく、大切な決定を自分の判断だけで下していた。これまでの人生で血肉としてきた自分の全てを実地で試してみたい。自分の技術は通用するのか。自分は本物なのか。それを確認するには実際の戦闘に参加する必要がある。そんな修羅場で自分自身を見極めたい。

当時、日本人がそれを望むならば目指す場所はただ一つ。フランス外人部隊だった。

妹尾は世界中から歴戦の兵が集うフランス外人部隊の中でも、真っ先に戦闘に投入される精鋭部隊、第2外人落下傘連隊への入隊を誓い、やがて自衛隊を辞めた。


テレビのスイッチを切ると、妹尾は机の上に並ぶ五発の弾丸を弾倉に込めた。

P7M8は装弾数八発だが、ターゲットが一人ならば基本的に一発で事足りる。二発あれば十分だ。仮に三発目を撃ったならば、仕事のどこかでミスを犯したに違いない。そして四発目を撃ったとしたら、それはかなりまずい状態にあることを意味し、もし五発目が必要ならば、ほぼ確実に任務に失敗しているはずである。

妹尾の部屋のインタフォンが鳴った。私立探偵の岡野が来たのだ。

中に招き入れられた岡野はすぐに、部屋内にかすかに残る火薬の匂いに気がついたが、それを気にするでもなく、いつもと変わらない軽い調子であいさつした。

「毎度」

「うん、ご苦労さん。いきなり呼び出してすまんね」

「いやいや、仕事回して頂けるだけでもね、ありがたいっすわ」

「早めに動きたくてさ」

「物騒な相手?」

「うん、ヤバいかも」

「うそぉ」

「だってね、ヤクザの用心棒で元海兵隊」

「えっと・・・帰りますわ」

ふざけて回れ右をしようとする岡野。軽口を叩く時ほどやる気があるのを妹尾は知っている。

ケン・オルブライトの写真を岡野に渡しながら、知り得た限りの情報を伝えた。

「天ヶ浜ねぇ・・・聞かない町っすけど。まぁ、外人がそんな場所にいるんだとしたら、すぐに見つけ出せますよ」

「どの位かかりそう?」

「早いほど報酬が上がると言うのであれば、明日にでも・・・というのは冗談だけど、遅くとも五日もあれば」

岡野はかなり自信がありそうに見えた。実際、優男風の見た目から想像するのは難しいが、岡野が非常に優秀な私立探偵であることは、これまでの実績からも十分に承知している。実力がものをいうフリーランスで、裏街道の危険な仕事を専門に引き受けてこられたのも、その能力の高さゆえである。

「んじゃ、それ以上かかったら一日ごとに報酬減らすよ」

冗談ともつかない口調で告げると、妹尾は岡野を急き立てるように言った。

「そうと決まったら、さぁ急げや急げ」

「はいはい、言われなくとも。んじゃ毎日二回は連絡入れますんで」

岡野は敬礼のポーズをとると、軽い足取りで部屋を後にした。

 

五日間か。妹尾は考えた。

ケン・オルブライトの居所をつかみ、現地に向かう前に会っておきたい人物がいる。自衛隊時代に世話になった栗岩だ。自衛隊を除隊する時にあいさつしたのを最後に栗岩とは十年以上会っていない。外人部隊除隊後、日本に帰国してからは、その気になれば会うこともできただろう。だが会ってはならない気がした。

妹尾の能力を誰よりも信じ、自衛隊に留まるよう説得しながらも、妹尾が強固な意志を曲げることは決してないことも理解していた栗岩は「君なら絶対に大丈夫だ。必ず生きて帰ってこい」と言って、妹尾を気持ちよく送り出してくれた。

そんな栗岩に、ヤクザに雇われて汚れ仕事を行う掃除屋に成り果てた自分が合う資格はない。人を殺すことを生業とする今の自分は、もうあの頃の、常に高みを目指して挑戦を続けた自分ではないのだ。そんな思いが妹尾に、栗岩との再会を思い留まらせたまま今に至っている。

だが、今回の仕事は特別な気がする。これを最後に、できれば足を洗いたいと願う自分に嫌でも気づかされる。その事実が、妹尾の頑なな気持ちを氷解させ、栗岩との再会へと自分を導いている気がするのだった。

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