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異世界恋愛短編

悪役令嬢は第二王子の初恋に翻弄される【コミカライズ】

作者: 水野沙彰

久々の短編です。

どうぞ、よろしくお願いします!!

悪役令嬢とは、少女小説等の世界において、ヒロインの邪魔をする存在である。大抵は人気のある男性の婚約者や恋人として登場し、その権力や美しさからヒロインの壁として立ちはだかる。最終的には、断罪イベントにより平民落ちか処刑、または紆余曲折の末の死亡など、何らかの罪を暴かれ裁かれることになる。





この知識を私に教えてくれたのは、私が敬愛する先輩、リュシエンヌ様だった。今更思い出しても、仕方がないことだけれど。だって今この夜会の会場で行われているのは、まさに私という悪役令嬢に対する断罪イベントだ。



「バゼーヌ家の令嬢である貴女が、このようなことをしでかすなど……これは由々しき事態だ!」


バゼーヌ家とは、私の父が当主を務める侯爵家だ。建国以来王家の忠臣として仕え続けるバゼーヌ家は、王家から強い信頼を受け続けたまま、今日に至っている。私は生まれた時から、王家か、有力貴族の誰かに嫁ぐことが決められていた。だからその当時、私の婚約者を決めるパーティーで、候補の中から一番魅力的だと思った殿方と婚約した。あれは私がまだ七歳の頃だ。


「このようなこと……と仰いますが、私は悪いことなど何もしておりませんわ。ご自身の不実を誤魔化したいのでしょうか?愚かですわね」


私は背筋を伸ばして言い捨てる。可愛くないのは知っていたが、これまで培った気位の高さが泣くことを私に許さない。──ああ、確かに私は、少し前までこんな馬鹿を愛していたのだ。




「愚か……だと……?この私、フィリップに対しその言葉、侮辱と取るぞ!」


フィリップ様はこの国の国王の甥であり、公爵家の嫡男だ。背が高く、顔も整っている。だが、魅力的だったはずの空色の透き通る瞳も、今の私には虚しいだけだった。





ここは、王国の貴族の子女が通う学校、リベルタス学院だ。十三歳から十六歳までの子女は、王都にある建国より続くこの学院で、学問に励み人脈を築くのだ。

バゼーヌ侯爵家令嬢である私、シャルロットもまた、お父様の望みでこの学園に通っている。今日は、第四学年への進級を祝う夜会の筈だった。紺色のシルクの生地に銀糸で刺繍を施した、お気に入りのドレスで出席した私は、入場してすぐにそれを選んだことを後悔した。綺麗に巻いた亜麻色の髪も、何の意味もない。華やかなはずの会場は、すっかり私の処刑場へと様変わりしているのだから。





「侮辱ですって?それは、貴方から私への侮辱という意味でございますか?私は事実しか言っておりませんので、それを侮辱と仰られるのは心外ですわ」


せめてもの抵抗にと、私はフィリップ様に嫌味で返す。いや、どちらかと言えば、その背後に隠れている可愛らしい子爵家のご令嬢に対してか。


「そういうところが可愛げがないのだ。いい加減にしろ!お前ら、この女を捕えろ!」


冗談のような掛け声で、フィリップ様の取り巻きが私の許可なく両腕を拘束してくる。せっかくのドレスが皺になり、私は唇を噛んだ。


「……力でしか女性を屈せないなんて、公爵家の嫡男も落ちたものね。こんな騒ぎを起こさなくても、私は婚約破棄くらいしてあげたわ」


そもそも、女同士の争いに男を引き込むことがルール違反なのだ。私は冷たく見えると言われることの多い切れ長の目と紫紺の瞳で、じっとフィリップ様の後ろからニヤニヤと私を見ている子爵令嬢──イザベルを睨み付けた。


「婚約破棄くらい──だと?だったら、イザベルへの様々な嫌がらせは何だったと言うのか。彼女はドレスに葡萄酒をかけられて泣いていた。階段から落ちて怪我をしたこともあった。シャルロットがやったことだろう。嫉妬に駆られたか、女狐が!」


フィリップ様はまるで騎士のようにイザベルを守っている。イザベルはすぐに瞳を潤ませてフィリップ様を見上げた。





──馬鹿馬鹿しい。



全てが馬鹿馬鹿しかった。私だって、イザベルに叩かれたこともあったし、新しいドレスも切り刻まれた。突き飛ばされて骨折をしたこともある。それらを、フィリップ様も、他の生徒達も知らないのだ。

女同士の争いだからと、全て胸の内に隠し、旅行と言って骨折をしたことは誰にも言わず、ドレスも気に入らないから捨てたと嘘を吐いて……その間にイザベルは、やり返した私がしたことで、フィリップ様に泣き付いていたのか。


こんなちっぽけな陰謀に負けたことが悔しかった。そして、それに騙されて正義の騎士を気取っているフィリップ様に冷めたのも一瞬だった。あの時の争いも、今は意味を感じない。それでもイザベルは「怖い……」と呟いてフィリップ様に縋って泣いているし、私の腕を拘束する男達も力を緩めようとはしない。私が全てを諦めて抵抗する力を抜こうとした、その時だった。





「──では、私が貰おうかな?」


カツン、カツンと靴音が優雅に響く。突然登場した第三者に、その場の空気は硬直した。


「クロヴィス殿下……?」


クロヴィス殿下は、私と同い年ながらも王族らしい迫力でその場を制した。美しくもどこか妖艶な雰囲気のある彼は、私も、フィリップ様も意に介さない様子でゆっくりと歩いてくる。光の加減で赤みが混ざる不思議な銀色の髪は王族である証で、深い紫色の瞳は理知的な色を覗かせている。私はその名をぽつりと呟いただけで、今の自身の情け無い姿を思い出し、俯いて目を伏せた。


「……フィリップ。シャルロット嬢がいらないのなら、私にくれないか?」


「は?何を言っているんだ、クロヴィス。この暴力的な女の何処が良いんだか」


「暴力的……愛情深いの間違いだろう。そもそも貴殿が、彼女をちゃんと見ていないだけではないか?」


クロヴィス殿下は私のすぐ前まで歩いてくると、私を捉えていた男達を一瞥した。視線だけで怯え、いきなり手を離した男達にふらついた私を、片腕でしっかり受け止めてくれる。



──ええと、私は今、どのような状況なんでしょうか。



現実逃避をしそうになる頭を必死で回転させて、足に力を入れる。クロヴィス殿下の腕を軽く押して、一人で立てることをアピールした。そもそもの原因であるフィリップ様とイザベルに目を向けると、二人ともぽかんとした顔でこちらを見ている。



「それで?くれるのか、くれないのか。どちらだ」


ある意味一番空気を読んでいないクロヴィス殿下が、フィリップ様に問いかける。フィリップ様は、困惑していても潤んだ瞳を乾かさないという驚異の演技力を見せるイザベルを見おろし、気を決したような顔でクロヴィス殿下に頷いた。


「ああ、欲しいならくれてやる。だが、俺は責任を取らないぞ。……男一人の機嫌も取れない女だ、精々また捨てられるんだな」


フィリップ様はそう言い捨てると、イザベルを連れて人混みの中に溶け込んでいった。





「──大丈夫かい?シャルロット嬢」


少し前まで何らかの罪を着せられそうになっていた私は、クロヴィス殿下の声で一気に現実に引き戻された。私に向けられていた視線は、侮蔑のものから好奇のそれに変わっている。


「あの、クロヴィス殿下……?もう大丈夫ですわ、離してくださいませ」


いまだ腰を支えて離そうとしないクロヴィス殿下に、私は精一杯の虚勢で反発した。しかし殿下は、面白そうに笑っただけで、決して離れようとはしない。


「なんだ?この状況で、私にまで反抗したいのなら付き合うが。……ともかく、今は一曲だけでも踊ってから退散しよう」



流れ出した音楽に、自然な仕草でエスコートされた私は思わず足を動かした。踊り慣れたワルツのリズムに、自然と身体が引っ張られる。気付けばダンスホールの中心で、クロヴィス殿下のエスコートのままに私はダンスを満喫していた。


「楽しいか?」


「……そんなことありませんわ。私は先程婚約破棄をされたばかりですもの」


「そうか。──まあ、すぐ私と婚約するのだがな」


クロヴィス殿下は、私の感傷など意にも止めないようにダンスに興じている。私も、これまでに感じたことのない程の安心感に、婚約破棄をしたばかりなのに、思いも寄らず久しぶりに心から楽しい時間を過ごした。



一曲終わると、クロヴィス殿下は私の腕を引いて、早足でパーティー会場から退出した。私はほとんど駆け足になりながらも、殿下の後をついて行く。私はそのスピードに、必死で足を動かした。


「殿下……殿下っ!」


「もう少し先まで」


クロヴィス殿下は私の腕を引いたまま、ひたすらに学園の庭園を先に進んだ。そこにあるのは、王城の庭園にある『薔薇の庭園迷路』を模した学園の庭園迷路だ。





もう夕刻を過ぎているにも関わらず、その迷路の中は、ところどころ篝火で明るく照らされていた。騎士が火を付けて回っているのかと、複雑な気持ちになる。

庭園迷路の中、壁に囲まれた行き止まりで、クロヴィス殿下は足を止めた。


「この中なら、誰もやって来ないだろう。……安心して良い」


私はぶっきらぼうなその声に、身体の力を抜いた。そうしたい訳でもないのに、両膝を地面につく。


「申し訳……ございません。他に誰も居ないと思ったら、つい、力が抜けて……」


いまだ繋いだままの手が震えているのがわかる。あの会場で私は、気位の高さ故に、気を抜くこともできなかった。まして泣くことなどできるはずもない。



──だから、イザベルに負けたのよ。


彼女は男性を味方につける術を知っていた。それが彼らの自尊心を擽るのだと、分かった上で甘えていたのだ。



「シャルロット嬢、貴女のその強さを、私は尊敬する。──貴女はあの頃から、全く変わっていないのだな……」


クロヴィス殿下は、私にそう言って俯いた。私は殿下の言葉の意味が分からないままだ。分からないことは、聞くしかない。


「あの頃とは、どのような意味でございますか?」


「あの……貴女の婚約者を決めた時だ。他の候補者の男に押されて暴力を振るわれ、隅でただ花を見て泣いていた私に、貴女は優しく微笑みかけてくれたのだ。貴女はきっと、覚えていないだろう。私はあの頃は、背も低かったし、顔も女のようだったから」


私はクロヴィス殿下の言葉に、遥か昔、七歳だった時のことを思い出す。私が『これで良い』と不遜な態度で婚約者をフィリップ様に決めたパーティーの、親の目を逃れた一瞬。



──私は、妖精のように美しい泣いている女の子と出会い、彼女を励ましたのだ。


「え……と、あの時の、可愛らしい女の子ですか……?」


私はぽかんとして口を開いた。クロヴィス殿下は目を見開くと、私が見たこともない程の、花も綻ぶような笑顔で私に笑いかけた。


「そうだ。あの時、私は貴女に恋をしたんだ、シャルロット嬢。どうか、私と婚約して欲しい」


泣く暇すら与えないと言わんばかりの申し出に、私は困惑を隠せない。首を傾げると、殿下は片膝をついた。すぐに繋いでいた右手の形を変え、指先に口付けられる。指先から熱が伝わって、心臓が熱く鼓動を速めた。

女の子を励ましたつもりが男の子で、しかもクロヴィス殿下だったとは、思ってもいなかった。





「私……先程婚約破棄されたばかりですが……」


クロヴィス殿下は、にっと唇を歪めて笑った。


「有り難い話だな。私が本気で動く前に、向こうから婚約破棄をしてくれるとは」


クロヴィス殿下の言いように、私は何故か背筋に寒気を感じた。しかし否定する間もなく、クロヴィス殿下は膝をついたままの私を優しく抱き締める。


「──駄目か?私は貴女が側にいてくれれば、何があっても乗り越えられる自信がある。貴女の気高さは、美しい。そのままの貴女で、私の隣にいてくれないだろうか」


クロヴィス殿下は、私の手を離そうとしない。私は彼の妖艶な微笑みに惑わされたように、目を逸らすことができなかった。


「──私でよろしいのなら、是非」


私が精一杯の虚勢で胸を張って言えば、クロヴィス殿下は心から面白そうに笑った。


「そうか、ありがとう。これからよろしく頼むよ、シャルロット嬢」


口の端を上げて笑うクロヴィス殿下は、完全に悪人の笑い方をしていた。私はその表情を見て、失敗したかしら──と、唇を噛んだのだった。



お読み頂き、ありがとうございました(o^^o)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 見てくれてる人が権力を持ってくれていると、とても救われますね。 権力があるからこそ、人を見る目があるのかもしれませんが。 [気になる点] 胸糞が悪い連中がざまぁまではいかなくても騙されたま…
[一言] アンソロジーコミックを買って読みました。そしたら読んだ事のあるお話しで驚きました。絵になるとまた、新鮮ですね。その後のザマア展開など改めて読んで見たいです。
[一言] 骨折したのにざまぁはナシですか。 かなり悪質なヒロインだけど、泣き寝入り?
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