とある王様の憂鬱
あるところに王様がいました。元々は小国の王様でしたが、軍事や政務の才に優れていたため周辺の小国を併呑していき、あれよあれよと言う間に押しも押されもせぬ大国を統べる国王になっていました。
そんな王様の憂鬱の種は自分が死んだ後の国の行く末でした。王様には王妃との間に生まれたひとり息子である王子がいましたが、どう贔屓目に見ても自分ほどには軍事の才も政務の才もありません。あるのは若さと口先のうまさだけです。王はたびたび王子に対して小言を言うのですが、毎回口先で言い負かされます。しかし王にとって口先がうまいだけでは到底、国を統べることなど出来ないと考えておりました。王は王子を廃嫡し、自らは若返ったうえで不老不死になれば永遠に国を統べられるのでは? と言う妄執に取り付かれてしまいました。
ある日、王様は唯一神の神殿にて祈りを捧げていました。もちろん、自分をなんとか若返らせてほしい、さらに不老不死にしてほしい、そのためなら神の欲するもの、なんでも差し出す、と言う願いを込めた祈りでした。
いきなり王様の脳髄に威厳に満ちた声が直接語りかけて来ました。
『我は唯一神なり。汝の願いを聞き遂げるには条件があるが、いかが致す?』
「ははっ、どのような条件でも受け入れます。もっと大きな神殿を造営せよと言うのならそのように致しますし、信者の数が足らぬと言うなら邪教の信者共を改宗させましょう」
『そのようなことではない。国王としての地位を捨てるか、もしくは全ての財産を喜捨するのじゃ。さすれば若返らせたうえ不老不死にしてしんぜよう』
しかし王様にとってはどちらの条件も受け入れ難いものでした。そもそも若返りたいのは国王として国を統べ続けるためです。国王の地位を捨てる、あるいは国の資産を喜捨したら国を統べ続けることは出来ないからです。
つまり唯一神は若返ってまで国を統べ続けようなどと考えるな、と諭したつもりだったのでしょう。しかし王様は諦め切れずこう提案しました。
「我が不肖の息子を生け贄として差し出します。それで我が願いをお聞き届け願えませんか?」と。
唯一神はしばし沈黙した後『よかろう。なれば汝と汝の息子のふたりだけでこの神殿に来るのじゃ』と王様に命じました。
王様は直ちに近衛騎士に王子を捕らえるよう命じました。王子は王位の簒奪を狙ったとの罪で捕らえられました。憮然とした面もちで王様の前に引き出された王子は「父上、濡れ衣です」と言いました。もちろん王様は王子の言い分など聞く耳はありません。「唯一神さまが汝の命を欲しておられるのでな、これより汝を神殿に連れていく」
「はっ! 我が命を欲しているのは父上でありましょう」言い返す王子でしたが、王様は近衛騎士に王子を縛りあげるよう命じました。
王様は縛りあげた王子を荷車に乗せその荷車を自ら引いて神殿に赴きました。
唯一神の使いである美女の姿をした天使が降臨し、ふたりを神殿内部に誘いました。神殿の扉が閉まり、中から眩い光が放たれました。やがて扉が開き、中から天使に誘われて王子が出てきました。いえ、きっとそれは若返った王様なのでしょう。そうでなければ話の辻褄が合いません。
若返った王様は以前にも増して国の統治に励み、国は繁栄し、民も安心して暮らせるようになっていきました。
ある日、王様が神殿で祈りを捧げていると唯一神の声が響きました。
『その後はどうじゃ?』
「はい、唯一神さま。祈りをお聞き届けいただきありがとうございました。生け贄はどうしていますか?」
『わしの元でこきつかっておる。なかなか使えるやつじゃが、せっかく若返らせてやったと言うに文句ばかり言い寄る』
「ははは、ま、自業自得ですよ。息子をハメようなどとするからそうなるのです」
なんと彼は若返った王様ではなく生け贄として捧げられたはずの王子そのひとでした。
『汝の祈りのほうが先であったからな』
「そうでしたね」王子が祈った内容は、もし父王が自分を害そうとした時は、父王を生け贄として差し出すので、自分を助けてほしいと言うものでした。唯一神は王子の願いを聞き届け、父王を天界へと召喚してしまい、そしてその場に残った王子が、若返った父王と名乗ることを許したのでした。
父王にとって国を委ねるに値しないと評していた王子、いえ現国王でしたが、確かに軍事の才はありませんでしたが、弁舌の才に優れていたため臣下に対するカリスマ性を発揮し、政務や軍務の大半を臣下に任せたところ、先代の王の御世とさして変わらない程度に国は維持できていたのでした。さらに他国との外交交渉の際にもその弁舌は発揮され、先代の王が外征に明け暮れていたのに対し、舌先三寸で他国の王を丸め込み、先代の時代以上に国は大きくなっていました。
『おお、そうじゃ。若返らせた汝の父じゃが、我が使いとして神殿に赴かせた。久しぶりに親子の対面をするがいい』そう唯一神が言うとすぐ神殿の扉が開きました。中から出てきたのは20代の美女、いえ10代後半の美少女にすら見える女性でした。
「ひょっとして父上なのですか? だいぶ様変わりしましたね」現国王が呼びかけると、美少女は恥ずかしそうに「ああ、その通りだ」と美しいソプラノボイスで答えました。
「どうやら心は男のままのようですね」
「うむ、その通りだ。ただこの姿で『わし』はそぐわぬから自分のことは『わたし』と呼ぶようにしたがな」
「して、こちらにはどういったご用件で?」
「案ずるな。今のわたしは唯一神さまの従属神である戦女神だ。唯一神さまの教えを拒絶する無知蒙昧の輩どもに唯一神の教えを布教するため、宣教師として下界に降臨したのじゃ」
「そうですか~。何の協力もできませんが、頑張っていただきたい」
「ま、今のわたしは不老不死のうえ、唯一神さまの強力な加護があるのでな。貴様に心配される筋合いはないわ」そう言い捨てて美少女はその場を後にしたのでした。
ひとり残された現国王はと言うと、父王がTS変身した戦女神になんと惚れてしまったようでした。その後、現国王は戦女神に猛烈にアタックを開始するのですが……それはまた別のお話しです。