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6 星王誕生秘話



 現在より、数百年ほど遡った、ある日のこと。

 二百年もの長きに渡り星を統治してきた強大なる王が、ついに老衰により崩御した。


 この星王は重度の効率主義者で、実に機械的に国を治めていたのだが、心というものを軽んじる余り、ある意味では暴君の様相を呈していた。

 生態系の維持のため人口を制限し、生産力の衰えた老人や、生まれながら心身に異常の見られる幼子など、王が国の役に立たぬと判断を下した者たちは、例外なく処分されていった。

 また、土壌豊かな土地は全て農場化され、その地に古くから暮らしていた民は立ち退きを強要されている。

 暴力をもってしてさえ従わぬ者は、政府の反乱分子として重罪人の烙印を押された。

 現在では違法となった隷属の首輪を嵌め、農奴として特に辛い肉体労働に従事させた後、使い物にならなくなれば、見せしめにと、大衆を集めて惨たらしく公開処刑。

 生活面でも、一定以上の贅沢を禁じ、それを犯す者は余程の大義がない限り、矯正施設とは名ばかりの牢獄へ、生涯幽閉の身となった。


 しかし、各刑罰の重さから犯罪は減少。

 餓死者や浮浪者もほぼ皆無で、その他諸々の数値も、ほとんどが良い方向へと変動していった。

 結果、大変な善政であったという無情な記録が残され、後世に広く伝わっている。



 だが、当代の星王が死に、長期間の抑圧から解放されると、途端、世界中から新たな王に成らんとする者が溢れ、そこかしこで血生臭い殺し合いが行われ始めた。

 また、王の選定に関係なく、ただただ鬱憤を晴らそうと、破壊行為を繰り返す者もあった。

 特に星王に侍り横暴の限りを尽くしていた国兵たちなどは、寄ってたかって民に嬲られ、無残に命を散らしていったという。

 世の犯罪件数は一気に上昇し、悪辣な無差別殺人者が跋扈した。


 二百年という抑圧生活が、国民の心を醜く変貌させたのだ。



 それから数百年の間、星王不在のまま命だけが失われ続けていた。

 正確には、王は不在なのではなく、ほんの数日ごとに入れ替わるため、政策も特に為されず、不在も同然、といった事情なのだが……とにかく、世界は荒廃していった。


 ヴェリーネが生を受けたのは、そんな時代の最中(さなか)である。


 その日の食事にも事欠くような荒れきった星の片隅で、当然のように未熟児として産まれた赤子。

 出生直後、すでに彼は死の淵を彷徨っていた。

 元より衰弱していた母親は、己が腹から()でた子を確認して、間もなく息を引き取っている。


 父親は、どうか妻が命をかけて産んだ赤ん坊だけでもと、必死の思いで魔女と称され畏怖される、怪しい老婆の住まう小屋を訪ねた。

 噂によれば、彼女は自身ら魔物の寿命を遥か超え生き続ける、不死の化け物なのだという。

 男は、それならば多く知識も蓄えていようと、僅かな望みを懸けて老人の元へと向かったのだ。


 自宅に勢いよく飛び込んできた無骨な男を、魔女は意外にもすんなりと受け入れた。

 そして、焦燥する彼から事情を聞き出した老婆は、とにかく赤子の状態を確かめようと、まろい腹に両手を触れさせる。


 途端、彼女は大仰に身を震わせ、咽び泣き始めた。

 その反応に驚いた父親が尋ねてみれば、老婆は流れる涙もそのままに、こう告げる。


「この子は、この星の王となるために産まれてきた。

 遥か過去から未来永劫において、最も賢く、最も強く、そして、この星全てを包み込むことの出来る雄大な優しさを持った、唯一無二の王となるだろう」


 魔女の口から放たれる予言めいた語りに、赤ん坊の父親は目を見開いて固まった。

 老婆は妙な確信があるようだったが、未来を見通す魔法も、魔学技術も、あくまでお伽噺の範疇であり、実在しないというのが世の一般常識だ。


「あぁ、私の残り短い命に懸けても、けして死なせはせぬ。

 朽ちぬ我が身を疎んだ日もあったが、全ては今、この時のためにあったのだろうからねぇ……」


 にわかには信じ難い話だったが、何にせよ我が子を救ってもらえるとあって、男は涙ながらに老女に感謝した。

 魔女当人は、この子が助かった時だけでいいと、素っ気なく言葉を跳ね除けていたが。



 数時間後、彼女に施された、肉体的かつ魔力的かつ呪術的な、文字通り命懸けの献身的治療の末、無垢なる赤ん坊はその窮地を脱するに至る。

 父親は、椅子に腰かけ肩で息をする老婆に何度も何度も頭を下げ、それから治療台に眠る我が子に満面の笑みを向けた。


「あぁ、良かった……本当に良かった」


 呟きながら、彼は再び両目に塩辛い水分を溜めていく。

 老女は、そんな男の様子を瞼を細めて見守りつつ、その背に静かに問いを投げかけた。


「もし、決まっておるなら、教えておくれ。

 その幼子の……未来の王の名を……」


 届いた声に、彼は自らの愛し子から片時も目を離さぬまま、言葉だけは丁寧に、こう返した。


「ヴェリーネ、と申します。

 我が最愛の妻が決めたのです。

 遥かなる心という意味の、古代ダステガの言葉だそうです」

「遥かなる心……ヴェリーネ。良い名だね」


 魔女は微笑み、小さく頷く。

 そこに込められた親の愛と、未来への希望と、奏でられる音の響き、全てが偉大なる王に相応しいものだと、彼女には自然とそう感じられた。


「ありがとうございます」


 赤ん坊の名は、亡き夫人が我が子に唯一残した情の証であり、かけがえのない財産だ。

 それを褒められて、嬉しくならぬ伴侶はいない。

 朗らかな笑みが、二人の顔に揃って浮かぶ。


 が、やがて、老婆の表情だけが薄く(かげ)った。

 そして、罪悪感の滲む控えめな声で、一つ男に語り掛ける。


「そなたには辛い話かもしれないが、どうか聞いて欲しい。

 この子、ヴェリーネは、とかく膨大な魔力を持って産まれたようで……特に幼い内は、その力に未熟な肉体が耐えられないかもしれない」

「え?」

「出来る限りの手は施すが、育つに任せて放置していては、いつ魔力が暴走するか分かったものではない。

 制御の仕方を、なるべく早急に身に付けさせたいのだ。

 苦しい決断を迫るようだが、そなたの子を私に預からせては貰えないだろうか」


 魔女の話にしばらく呆然としていた父親だが、やがて、彼は血の気の引いた白い顔で体を細かに震わせながら、喉の奥底から絞り出すように言った。


「私が身内と呼べる存在は、もうこの子だけだ。

 それに、無念であったろう妻の分まで、誠心誠意愛してやろうと、そう、思って……」

「……うむ」


 父としての迷いは、老婆にも痛いほど理解できる。

 だからこそ、彼女は説得を重ねるような真似はせず、黙って彼の決断を待っていた。


「正直、辛い。身の引き裂かれる思いだ。

 だが、だが、傍にいてやりたいと、そんな己のワガママが、もし、この子を死なせてしまったら……天の妻に何と申し開きをすれば良いか分からない。

 だから、これはこの子の父親として、どうしても耐えねばならぬ試練なのでしょう。

 あぁ、魔女殿、魔女殿。貴方の言う通りにしよう。

 どうか息子を……ヴェリーネを、よろしくお願いします、どうか……」


 拭っても拭っても追いつかぬ滂沱の涙で己の手のひらをしとどに濡らしながら、男は老女の正面に立ち、深く深く頭を下げた。


「おぉ、そうか。よくぞ心を決めてくれた。

 悪いようにはせんとも。約束しよう。

 それに、そう、会いたくなれば、いつでもここを訪ねて来れば良い」


 この魔女の提案に対して、父親は手足に力を込め首を横に振る。


「いえ、私があまり顔を出すと、里心がついてしまうかもしれない。

 それでは本末転倒だ。

 この子が一人前に魔力を制御できるようになるその時までは、私のことは伏せておいて下さい」


 まさか男がそこまでの決意を固めているとは思わず、驚愕に息を飲む老婆。


「しかし……それでは、そなたがあまりに……」

「私は、この子の父親ですから。

 そう……例え、傍にはいられずとも」


 眠る我が子を見つめながら、彼は精一杯の愛を込めて儚く笑った。

 そんな父の覚悟を前に、魔女はもう、何も言わなかった。





 それから三十年の年月が流れ、魔女の長い人生にも終末が訪れようとしていた。


 不安そうな面持ちで老婆を看病する少年ヴェリーネ。

 彼はすでに一人前以上に魔力を制御する術を身につけている。

 人間の年齢に換算すると、現在は約十二歳だ。

 ヴェリーネの悲壮な表情を見て取った老女は、咳き込みながらも彼を励まそうと皺だらけの唇を上下させる。


「そんな顔をするもんじゃあないよ。

 これは病気じゃない、寿命なのだからね。

 むしろ、長く生き過ぎたくらいさ。

 今の世で天寿を全うできる者がどれほど少ないか、お前も知っているだろう?

 私は幸せ者さ」


 薄く笑う老婆を前に、少年は目に涙を溜めながら首を横に振った。

 事実を受け入れ切れぬ様子の彼に、魔女は軽くため息を吐いてから、真剣な眼差しで語り始める。


「ヴェリーネ。

 ずっとお前に黙っていたことがある。

 私は、お前の本当の肉親ではない。

 私は……」

「おばあさん、僕も黙っていてごめんなさい」

「ヴェリーネ?」


 と、そこで急にヴェリーネが彼女の話を遮ってきた。

 常日頃より礼儀正しく穏やかな少年が、らしくもなく人の言葉に重ねて嘴を挟む姿に、老婆は厚い瞼を瞬かせる。

 彼女の白く濁った眼球に晒されながら、当のヴェリーネは躊躇いがちに声を発した。


「……ずっと、知っていました。

 おばあさんが誰かも、そして……僕の父のことも」


 老女は驚愕した。


「そっ、そんなはずはないっ。

 それを知っているのは、私とお前の父親しかっ……!

 あッ、もしや、私の知らぬ間に彼と会っていたのか?」


 尋ねられ、少年は首を横に振って否定する。


「では、一体なぜ……」


 当然の疑問に、ヴェリーネは何度か迷うように口を開閉させた後、静かに答えた。


「……覚えているんです。

 僕が生まれてすぐ、死にそうだったこと。

 母が僕を産んだせいで、死んでしまったこと。

 父が僕を抱きかかえて、必死にここまで連れて来てくれたこと。

 そして、僕が助かった後に、おばあさんと父が交わした会話も。

 当時、僕は眠っていたけれど、声は聞こえていました。

 まぁ、あの頃はまだ言語というものを理解していなくて、内容が分かったのは、随分と後になってからだったけれど」


 魔女は言葉を失った。

 生まれて間もない赤ん坊が、これ程まで鮮明に全ての状況を覚えているなど、常識で考えて有り得ない。

 まして、本人が眠っている隙の出来事である。

 到底信じられない発言だが、老婆の記憶による限りヴェリーネの話は全て事実に沿っており、つまり、彼が適当な偽りでなく真のみを語っていることを証明していた。


「……さすが、と言おうか」


 しばらく固まった後、ようやくの再起動を果たした彼女は、呆れと感嘆の混じる息を吐く。

 魔女はかつて放った自らの予言の正しさを、ここに来て痛感していた。


「では、話は早い。

 ヴェリーネ、私の机の引き出しに青色の封筒が入っている。

 中の紙にお前の父親の居場所が書いてあるから、私が死んだらそこを訪ねなさい」

「そんな、おばあさん……っ」


 老婆は悲しむヴェリーネに構わず話を続けた。


「あと、これは私のワガママだけれど……良かったら聞いて欲しい。

 今の私には、血縁者が一人もいなくてね。

 だから、私が死んだら……ヴェリーネ、お前の力で私ごとこの家を灰にして欲しい。

 ああ、必要な物があれば持って行って構わないよ。

 少しだが蓄えもある、気にせず何でも使いなさい」

「そんなっ、そんなのいらないっ、だからっ!」

「ヴェリーネ、命の最後にお前という光に出会えて幸せだった。

 ありがとう」


 最後にそう告げると、魔女は、まるで愛しい我が子を見守る母のように優しく微笑んだ。

 ヴェリーネは彼女の手を握り、いつまでも止まらぬ涙を溢れるままに流れさせていた。


 そして、その日を境に老婆は見る間に弱っていき……一週間後、眠るように息を引き取った。

 少年は彼女の言葉通りに遺体と家とをすっかり片付けて、長らく離れ離れであった父親と三十年ぶりの再会を果たす。


「えっ、と、ただいま帰りました」

「っ…………え、あ、っあ、ヴェ、ヴェリー……ネ?」

「はい、僕です。お父さん」

「っヴェリーネ!!

 あぁ、よくぞ! よくぞここまで無事で!

 本当に立派に、そだ、育って……うぐぅ、良かった、良かったなぁぁ!」

「お、お父さん、ちょっと、く、苦しいです」





 それから更に四十年の月日が過ぎた頃、青年ヴェリーネは、魔女の予言通り星を統べる王となる。

 彼元来の優しき心が、哀れで無益な死人が増すばかりの今を嫌ったために、ついに重い腰を上げ、選定の儀に名乗りを上げたのだった。

 青年が決意を固めた直接的な要因は、彼の父親が出先で発端も知らぬ抗争に巻き込まれ、重傷を負い、治療も虚しく死亡したことにある。

 同じ悲しみを抱える誰かを一人でも多く減らそうと、ヴェリーネは圧倒的な力で他を退け、天上の地位を得た後、時をかけて平和と呼べる世を構築していった。



 愛する身内の死を二度経験し、天涯孤独の身となった青年は、その虚しさを胸に、世にある全ての命を平等に尊む博愛の、偉大なる王となったのだ。





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