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惑いの怪物は砂漠の夢を見る  作者: さや@異種カプ推進党


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エピローグ




「お父様っ、やっと見つけた!」

「………………マイラスか」


 ここは、ナバ大陸のとある草原地帯。

 長男ヴァーネに与えられた屋敷でのんびりと隠居生活を送っていた老ヴェリーネであったが、ある日、ふと、彼は自らの住まいから忽然と姿を消した。

 そんな父の行方を追って、彼の娘であり、兄二人よりも比較的自由の利く立場にある末子マイラスが、国中を文字通り飛び回って捜索していたのだ。

 やっとのことで発見したヴェリーネは、特に何があるわけでもない、ひたすら毒々しい紫色の雑草が生えるばかりの大地に、ただボンヤリと座り込んでいた。



 マイラスは与り知らぬ事実だが、ここはかつて、地下深くにグ王の隠し神殿が建造されていた、実母アイダラス妃の祖国へと繋がるホールの在った場所である。

 魔物被害により国力の弱りきったナギティアルーダの最後の切り札として、ヴェリーネは道を断つまでの間に、片手で足るほんの数度、乞われるままに力を振るった。

 当初、ホールの解除はアイダラスの死後と予定されていたが、ゼフォンスが王と成り、比較的情勢の安定した頃合いに姉弟二人で議論が交わされ、結果、もはや星王の助力は不要と、早々にホールを封ずる流れとなったのである。

 神殿も、下手な勢力に利用されぬよう完全に破壊され、念を押し、しばらく周辺一帯を立ち入り禁止区域とすることで、都市として開発もされぬままに草原と化したのだ。


「もうっ、黙っていなくなっちゃって。

 みんな心配してるんだからね?」

「……そうか、すまない」

「こんな何にもないトコにどんな用事だったのか知らないけどさ、もういいでしょ?

 一緒に帰ろ?」


 腰を曲げ、腕を伸ばしてくる娘に対し、老ヴェリーネはまるで彼女の声が聞こえていないかのように、視線を草原に戻して沈黙する。


「っちょっと、お父様!」

「……悪いが、私のことは放っておいてくれ」


 苦労の末に探しあてた父にそっけない態度を取られ、思わずマイラスが声を荒げれば、彼はほんの一瞬だけ娘に目を向けて、ボソリと呟くようにそう告げた。

 常日頃、妻と子らにひたすら甘いばかりのヴェリーネの、らしくもない(かたく)なな様子を受けて、彼女は当惑に身を固まらせる。


 己以外の全ての他者を拒絶するような雰囲気を醸し出す老人に、マイラスは再び声をかけることも出来ず、つかず離れずの位置で自らも腰を下ろし、暫時、見守る姿勢に入った。



 そうした彼女には大変申し訳のないことではあるが、ヴェリーネは、この地を己の死場と定めていた。

 かつて偉大なる王として君臨した男は、自らの死期を悟り、愛する妻の魂との再会を求めて、僅かに残る力を振り絞り、ここまで足を運んだのである。


 魔物の国マッデュバでは、人の世と違い、墓を建てる習慣はない。

 亡骸は、生前親しくあった者たちの手により骨も残さず火葬されるか、もしくは、同じく当人を愛した者たちにより粛々と食葬される方法が主となっている。

 そうすることで、故人となった者の命のカケラが生者の肉体に宿り、永劫の時を共に在れるのだと考えられているからだ。

 ただし、あくまでそれは本人の極一部であり、魂そのものは、多くの宗教感に等しく、天に昇るものとされている。

 アイダラスは、遥か遠き星の異種族であり、もしも、彼女が生まれ育ったナギタへと還っていったのだとすれば、再び出会うためには、ヴェリーネもそこへ向かうしかない。


 妻を愛しすぎた男は、最も彼方に縁が深く、後を追える可能性のあるこのホール跡地で、彼女との思い出に浸りながら静かに逝こうと目論んでいた。


 実の子らにすら黙って出立したのは、引き留められることを懸念したからだ。

 命が尽きた後の肉体であれば、如何にされようと構わないが、往生はこの地でなければ意味がない。

 これは、世のため人のためと懸命であったヴェリーネの、最初で最後の譲れぬワガママなのである。



 末子マイラスが父の背を眺め始めてから約二時間。


 ふと、包むような温かさの風が草原を揺らした。

 その勢いに乗って、黄金に輝く砂粒が一斉に宙を舞う。

 マイラスは、長くマッデュバにあって見た経験のない幻想的な光景に、己が目を限界まで丸くした。

 美しいソレは、瘴気に濁るこの星には、けして存在するはずのない物だ。


 呆然と見惚れている内、彼女は酷く懐かしい気配を周囲に感じ取る。

 そして、その事実に困惑しつつも、当人の姿を求めて首を左右にさまよわせた。


「…………お母、様?」


 半信半疑に探してみたところで、もちろん、何十年と昔に亡くなった故人が見つかるはずもない。

 一つの予感がマイラスの脳を掠めたのは、その時だった。


「っお父様!」


 慌てて立ち上がり、彼女は自身の記憶よりも随分と小さく映る背に駆け寄っていく。

 距離はすぐに縮まり、腕を伸ばして、腐肉色の肩に手をかけようとした瞬間、マイラスの耳に有り得ぬ囁き声が届いて、彼女は思わず動きを止めていた。



 …………子供達を困らせて、仕方のない人。

 (わたくし)が貴方から離れるなど、そのようなこと出来るはずもありませんのに。


 次いで、クスクスという上品な笑いが静かに木霊して……気が付けば、まるで今体験した何もかもが夢や幻であったかのように、黄金も母親の気配も全てが(ことごと)く消え失せていた。

 やがて、戸惑いから醒めた娘は、改めて、父の肩に手を置き、呼びかける。


「お父様?」


 応えは、なかった。

 マイラスは、心のどこかで「ああ、やはり」と思う。


 父は安らかな眠りに就いていた。





 マッデュバの偉大なる王ヴェリーネは、世の果てに存在する砂漠の国より娶りし己が妃を想いながら、その長き人生の幕を穏やかに閉じたのである。






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