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平凡な転校

乾いた音が体育館の中にずっと響いていた。周りからの、歓声や応援の音は大きくて、隣の友達が話しかけてきても何を言っているのかが分からなかったこともあり、うなづくことしかできなかった。

けれども、羽の音だけは耳の奥底で残っている。

汗が頬にびっしょりとついていて、口の中はしょっぱくて。

そして歯がゆくてーーー。

似たような情景を体験したことがある。

ああ………。またあの夢か

と薄れゆく記憶の中で何度目か分からない感想を抱いていた。




気がつくと、扉がドンドン、と軋むようなの形になりながら、上下していた。


「お兄ちゃんッッッ! 朝ごはんもう、出来てるよ。早く起きて!」


と、どうやら半分キレている妹の声が響いていた。

どうやら、僕を起こしに来たらしい。

時間が経つまでしばらくボーっとしていたら、流石の妹も呆れて食卓へ帰っていった。

その後、すぐに朝食をした後、まだ少し冷たい制服に袖を通す。

井田康太は高校二年生になって二カ月になる。

家から学校までは約1時間くらいかかり、一般的な高校生と比べてみても平均くらいではないだろうかと思う。

近い高校はいくつもあれど、自分はチャリと電車の両方を使って登校するスタイルを選んでいる。

入学したばかりの頃は、億劫だったが朝は気分転換になって丁度良い目覚めの体操の代わりになっているため、結果的にはよかったと思っている。

そして、今日も雲ひとつない晴天を見ながら登校している。

少し寝不足気味の体には直射日光にはきつい。

だから、自然と逃げるように学校へ急ぐことになった。

最寄駅から10分くらいの場所に、通っている美濃ヶ丘高校がある。

美濃ヶ丘高校の近くには、海がすぐ近くにあり、そこの高台に築80年の校舎がポツンと建っている。

といっても、海水浴場はここから電車に揺られる必要がある。

夏になると生徒たちの中には、は毎日のように海に行っている強者もいる。

かくいう僕も、海で泳ぐのも、海を見るのも好きなためこの高校をえらんだようなものだった。


最寄駅から学校までの道のりは、道が一本しかないため、ぞろぞろと生徒が長蛇の列をつくっている。

そうなると、電車の時間が合うと嫌でも知り合いの顔を見かけることは必然的になる。

だから、きっと今日も誰かしらと登校することになるのだろう。


ーーーーと思っているのは束の間で、うしろから肩をトントン叩かれた。


振り返ってみると、いかにもスポーツマンといった風貌の男子が立っていた。

髪の毛は坊主で身長も長身である。

顔を見てみても、控えめにいってヤンキーにしか見えない。


「おはよーーさん! 今日も朝から元気か?」

と朝でも、元気よく話しかけてきた奴は長く付き合っている友人だった。


「宇野……。お前は元気だな。出来ればその顔を朝には、見たくなかったよ」

「…………顔のことはいいだろ。しかも、初対面のやつには絶対に怖がられるし、この顔と俺の溢れ出る優しさが逆にギャップになってモテるかもしれないーーーーと最近は思い始めている」

「随分と好意的な解釈だな」


ーー 宇野正継。

彼は、高校に入って最初の友達だった。周りは1人も知り合いがいない教室の中で心細くしていたら、前の席だった彼が話しかけてきた。

それ以来、彼とはずっと仲良くしていただいている。

正直、最初は全然友達が出来なかったため、神様のような存在である。

日頃の感謝をして拝んでおこう。


「そういえば、知ってるか? 今日から俺らのクラスに転校生が来るんだってよ」

「……………?」

「聞こえてる?」

「唐突にだな、こんな時期にわざわざ転校してくるとは一体どんな事情なんだかなぁ」

「確かにそれはそうだね。本人にとっては酷な話だろうよ。2年になって、早二ヶ月…………、ある程度はクラス内グループが決まってくるからなぁ」


まぁ、知りもしない転校生なんかのことを考えていても仕方ない。

こっちは、自分のことで手一杯である。


「…………そういえばさぁ、井田はこれからどうすんの?」


突然、宇野は言いにくそうに話題を振ってきた。

ーーーこっちが本題だったのか。

と、内心でどこか宇野ならやっぱりな、という気持ちもあった。

でも、聞いて欲しくはなかった。だから、気づいていない振りをすることにした。


「どうする………とは、どういうこと?」


少しの間、沈黙ができる。


「……………………いや、なんでもない。井田がいいならそれでいいんだよ。俺が、口を出すことでもないからな」


自分でも、ずる賢いと思う。

こういう言い方をすれば、宇野はこれ以上聞いてこないと分かっていた。

しかし、いくら耕太を心配していようが、耕太自身も踏み込まれたくない領域があった。

それでも、宇野は僕を傷つけないようにやんわりと言葉を紡いでいた。


「ただし、最近あんまりにも元気というか、覇気? ていうのかな……、そういうものがないみたいだから、とりあえず元気出せってことだよっっ」


そう言うやいなや、いきなり背中に衝撃がはしる。どうやら、宇野におもっいっきり背中をたたかれたようだった。


「いってぇ。強いんだよお前は力が」

「悪いなぁ、加減ができなくてね」

「…………宇野」

「…………ん? どうした?」

「色々とありがとな」


宇野は、目を見開いていた。するとすぐにイタズラっぽい笑顔になる。


「ん? ありがとうってなんのこと? 俺なんかしたかな?」


ーーーこういうところが、彼のいけ好かないところだ。

その後の学校までの道のりは、いつもと変わらない登校になった。




宇野とは、二年になってクラスが替わったことにより別々のクラスになってしまったため、 下駄箱の前で別れることになった。

去り際に「毎日一緒に登校しないか」と持ちかけられたが、丁重にお断りしておいた。

毎日時間を、合わせるなんて考えただけでゾッとする。

耕太はマイペースが好きなのだ。

宇野が嫌いなわけではないが、自分一人でいる時間も大切にしていきたい。

そうこう考えているともう教室の前に着いてしまっていた。

一年の時より教室が近いのである。

毎回新鮮な気持ちを思い出すきっかけになっていた。

後ろの扉を開けると、中にいたクラスメイト達のレーザービームのような視線を一身で受け止める。

僕の姿を確認すると、彼らはすぐに目線を戻し普段の何気ない会話へともどっていった。

しかし、誰も僕に話しかけようとする人はいなかった。


好意、好き、という言葉の対局に位置する言葉は嫌悪や嫌いではない。無関心なのだ……と、誰かはそう言いました。

まさにそうだと思う。

特別嫌われているわけではないが、友達がいるわけでもない。

逆に、嫌われている奴のほうが存在を認識されている、ということでもある。

それはそれで嫌なものだと耕太は思うのだが…………。


新クラスになって、耕太に話しかけた人物も少なからずいた。

しかし、なぜだかみんな耕太のことをオタクだと思い込んでいた人物ばっかであった。

彼等は皆、地獄の中で咲いた一つの友情だと言わんばかりで、長年連れ添った友人のように馴れ馴れしくしく話しかけてきた。

結果的に、彼等は僕がオタク用語を分からない感じるとすぐに去っていた。

薄情な奴らである。

やっぱり、この黒ぶちメガネがオタクっぽいのだろうか、きっとそうなのだろう…………。

基本、耕太は対人関係において受け身の姿勢を貫いていた。

話しかけれられれば、会話は弾むが決して自分からは話題を投げない。

今まではどうかになっていたが、最近は世の中はそんなに甘くないのだと考え直した。

けれども、ここまで時間が経ってしまうと、逆に動きづらい……。

人間関係は割と初めの一歩が肝心だと理解はしているのだが、なかなかどうしてその一歩が踏み出せずにいた。


教室の中には見知った顔も何人かいるはいるのだが、彼らは意識して耕太の目線から逃げていた。

みんな総じて気まずそうな顔を揃って浮かべている。

しかし、それもまたしょうがないことなのだと耕太は割り切っていたーーー。

きっと、自分が向こう側でも同じことをしていただろうから。



HRになり教師が入ってくるといつもは教室も静まりかえる筈だったが、今日はなぜだか騒がしかった。

隣の奴が会話している内容を聞くに、どうやら転校生がこのクラスに来るらしい。

どこから出てきた噂なのかよく分からないが、かなり確証のある話のようだった。

耕太は、朝はまだ少し肌寒い外の様子を窓辺で見ながら、宇野との朝の会話は真実だったのか、と一人ながらに納得していた。


「えーーーと、みんな知っていると思いますが今日からこのクラスに転校生がきますので、みんな仲良くしてあげて下さい」

と、我らが担任の女教師が言うと教室がどよめき出した。

みんな、それぞれ女なのか男なのかと色めきだっていた。

数人のオタクたちが、

「この時期に転校とはイベント発生ですな」

「すぐさまフラグ回収する輩が多いに違いない」

と言っていたが正直何を言っているのよく分からなかった。

そうこうしているうちに、担任が転校生を教室に入ってくるように促した。すると、教師の後ろから一人の女の子がひょこひょことついてきた。



「東京から、来ました三本木千鶴です」

彼女はそう言って頭を下げた。

教室が再度どよめき立つ。見た感じ、身長はとても小さく豆粒のようであった。髪はスポーツをやっているのかショートで、健康そうな身体つきをしていた。顔もそこそこ整っていて元気いっぱいなスポーツ少女のような印象がある。


「皆さん、今日からどうかよろしくお願いします」

と、小動物のような彼女はニッコリと笑顔をつくっていた。


こうして、転校生の初日は物語のように奇抜でも特殊でもなく、それでいて特別すばらしい容姿をもっているわけでもなく、どこまでも平凡な始まりを迎えた。

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