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魔将の実力

「やっぱりな、お前なら来ると思った」

「おや?この現状が、魔王であるオレ様の仕業だとは考えなかったのか?」


 面白そうに影久が問う。火蘭は軽く頷いた。


「まあ、勘だな。なんとなくお前じゃないと思ったんだ。オレの勘は当たるからな」

 その答えに、影久はなにやら納得したように頷いた。


「ふむ、勇者の能力の一つだな。天啓というスキルだ」

 そして火蘭の持つ剣をちらりと見る。


「聖剣デュランダルか。その剣を見るのは久しぶりだな」

「ん? もしかしてお前、勇者ロランと会った事あるのか?」


 聖剣デュランダルは勇者ロランの伝説に登場する剣だ。火蘭がそう考えるのは自然なことである。

「勇者ロラン? くくっ、違うな。オレ様が会ったのは、その前の持ち主だ」


 勇者ロランの前? どういうことか尋ねようとすると、影久は手で制した。

「質問は後だ。今はこいつ等の相手をしようじゃないか」


 周りを見回すと、二人は魔物達に包囲されていた。

「生徒はみんな魔物になってんのか?」


 その数の多さに思わず呟いた火蘭。しかし影久は首を横に振る。

「魔将にそこまでの魔力はない。魔物化していない生徒は教室で眠っていた」


 とりあえず他の生徒の無事に安堵する火蘭。気持ちを切り替えて、キッと前方を睨み付ける。

「間宮、援護を頼む!」


 一方的に言い捨てて走り出す火蘭。影久はどこか楽しげに「いいだろう」と呟いた。

 聖剣デュランダルが唸りを上げる。目にも止まらぬ早業で、火蘭は瞬く間数体の魔物を切り捨てた。デュランダルに切り裂かれた魔物は元の姿に戻り、地面に倒れる。


「……ふむ、魔力の譲渡はオレ様がやっておく。遠慮なくやってしまえ」


 倒れた生徒の様子を見て、一瞬で状況を把握した影久。生徒の身の安全さえ心配なければ、この場は火蘭だけでも大丈夫だと判断したようだ。


 こんな調子で、多数いた魔物はあっという間に片付いてしまったのだった。


「ほうほう、なかなかやるではないか日野よ。流石は勇者といったところか」

「へっ、よく言うぜ」


 息を切らしながら、火蘭は鼻を鳴らした。実際、火蘭がここまで戦えたのは影久の援護により、倒れた生徒の心配がなくなったことが大きい。


「さて、雑魚は片付いた。そろそろ出てきたらどうだ? そこの魔将よ」


 さりげない様子で影久はグラウンド横の花壇を流し見た。そこにはいつの間に居たのか、すらりとした長身の人物が花壇の花に水をやっていた。


「なんだアイツ! いつの間にあそこに?」

 火蘭は驚いたようにデュランダルを構えなおした。


「はじめまして、僕は佐々木。剣道部の副部長をやらせてもらっているんだ」

 佐々木は水をやったホースをそっと置き、蛇口を閉めた。そしてツカツカと影久たちの元へと歩き出す。


「お前がこの状況の元凶か? なんの目的だ、オレ様に教えろ」

「目的……かい?ふふ、決まってるじゃないか。君たちを殺すためだよ」


 天気の事でも話すかのように、何気ない様子で話す佐々木。しかし、その瞳は獲物を狙う肉食獣のようにギラギラと輝いていた。


「オレ様を殺す……か。できると思ってるのか?魔将ごときが」

 影久は犬歯をむき出しにして佐々木を威嚇する。


「……間宮影久。君は自分が魔王だとか戯言をほざいているが、観察してみた結果、君は僕と同じ力を持っていることがわかった。そして恐らく、僕よりも強大な力をね」


 だから、と佐々木はグラウンドの一角を指差した。そこには、怯えた表情のリーチが、一体の魔物に捕らわれていた。


「あの魔物は、僕が合図すればすぐにでも金田くんを殺すよ」

「……なにが望みだ?」

「理解が早くて助かる。なに、そこの日野火蘭を殺してくれたら金田くんは解放しようじゃないか。簡単だろ?」


 極悪非道な佐々木の言葉。しかし、影久の表情は落ち着いていた。


「一言いいかな? 佐々木とやら」

「なんだ? 言ってみろよ」


 影久は一呼吸おいて、右手の親指を立て、くいっとリーチの居る方向を示した。


「貴様はたかが数十メートルの距離で……」


 影久の姿が消える。

 次の瞬間には、いつの間にかリーチの傍まで接近していた影久が、リーチを捉えている魔物を殴り飛ばしていた。


「魔王を止められると思ったのか?」


 くいっとメガネをかけ直し、身悶えている魔物に魔力の塊をぶち込んだ。影久の魔力は、魔物の体内を巡る佐々木の魔力を打ち滅ぼして、魔物は本来の姿へと戻っていく。


「……どうやら君の力を読み誤っていたようだね」


 影久は、この佐々木の言葉を鼻で笑い、リーチを助け起こした。


「まあ、こんなこともあろうかと保険をかけておいたんだよ」

 その直後、影久に助け起こされたリーチがカッと目を見開き、己の右腕を深々と影久の腹に突き刺した。


「かはっ!」


 吐血した影久から、リーチは無表情で右腕を引き抜く。追撃を加えようとしたリーチに、影久は大量の魔力を放出して佐々木の魔力を焼き尽くす。


 ふらりと、力尽きたように倒れこむリーチ。影久は風穴の空いた自身の腹を苦々しい表情で見つめ、がくりと膝をついた。


「間宮ぁ!」


 とっさに駆け寄ろうとする火蘭。しかし佐々木はそれを許さない。


 人外のスピードで火蘭の正面に回り込む佐々木。火蘭はデュランダルを振りかざす。脳天をかち割らんと振り下ろされたデュランダルは、佐々木の右手に止められた。デュランダルを受け止めた佐々木のその右腕は、毒々しい紫色に染まっている。


「これが聖剣デュランダル……か。案外大したことないんだな」


 火蘭の背中に悪寒が走る。さっと俊敏な動きで佐々木から距離をとった。


「さて、僕の力を見せてあげよう」


 右手の紫が徐々に全身を侵食する。それと比例するように佐々木の魔力も高まっていった。

 全身が紫に染まった佐々木、その額から二本の角が生える。犬歯は鋭く尖り、その姿は鬼のようである。


 火蘭はデュランダルを強く握りしめた。すっと目を閉じ、集中力を極限まで高める。


 どくんっ!


 デュランダルが脈打つ。火蘭は目をカッと見開き、一気に地を蹴った。薄ら笑いを浮かべる佐々木に、万力を込めてデュランダルを突き出す。佐々木は避ける動作をしなかった。そのままデュランダルは佐々木の胸に近づいていき……その紫色の皮膚にはじかれた。


「弱い! 弱すぎるぞ日野火蘭! こんなものでは僕に傷一つ付けられはしない!」


 佐々木は紫色に染まった拳を振り上げる。火蘭はとっさに体制を立て直し、バックステップで距離を取ろうと試みる。


 佐々木がにやりと笑った。

 振り上げられた拳が一気に振り下ろされる。紫色の魔力が拳に絡みつき、その威力を高めていく。流石は魔将といったところか、強化された身体能力は火蘭の予想をはるかに超えるスピードで拳を振るうことを可能にした。


 回避は間に合わない。一瞬でそう判断した火蘭は、自身を守るようにデュランダルを目前で構える。紫色の拳とデュランダルの刃が接触、凄まじい衝撃がデュランダルを握る火蘭の両腕を駆け抜ける。そして火蘭は足の力を抜いた。力の流れに身を任せて、敢えて吹き飛ばされる事によって佐々木との距離を取る。


「うん、良い判断だな。あのまま踏ん張っていたならば、そのなまくらは折れていただろう」


 聖剣をなまくらと呼び捨てるその自尊。ハッタリではない、あのままではデュランダルは破壊されていただろう。


「魔将……まさかこのレベルだとはな」

「なんならひれ伏して命乞いでもしてみるかい?僕も君のような人材を殺すのは惜しい。僕に服従するなら奴隷にしてあげるよ」


 明らかに舐めきった佐々木の表情、火蘭はその提案に凛として答えた。


「断る。腐ってもオレは勇者だ。弱かろうが脆かろうが、自分の信念だけは……自分の正義だけは曲げねえ」


 言葉と共に聖剣デュランダルの輝きが増していく。「勇者」の武器とは、「魂」そのもの。勇者自身が強くあろうとすればするほど、その力は解放されていく。


「よくぞ言った日野火蘭! オレ様はうれしいぞ」


 不意に声が響いた。佐々木が声の方向に振り向くと同時に、その顔面に魔力で強化されたハイキックが叩き込まれる。デュランダルの攻撃にビクともしなかった佐々木の巨体はあっけなく吹き飛ばされた。


「間宮! 無事だったのか」

「ふはははは! オレ様を誰だと思っているのだ日野、恐れ多くも史上最強の魔王だぞ。腹に穴を開けられたくらいで死にはせん」


 土煙が舞う中、吹き飛ばされた佐々木はゆっくりと立ち上がった。派手に吹き飛ばされはしたが、見たところダメージらしいダメージは無いようだ。


「まったく、つくづく君は気に食わない。腹に穴が開いたなら、おとなしく死んではくれないかな」

「ふは、それはできんな。存分に策を練るがいい、卑怯な手段も好きなだけ使うと良い。それでも我は死なぬ、魔王だからな」


 眼鏡越しに佐々木を見据える影久の瞳に怒りなど無かった。


 自信。

 相手が何をしようと自分が負ける筈ないという、絶対的な自身だけがその瞳には宿っている。


「ふざケるナ」


 佐々木の声にわずかなノイズ。自分の策など眼中にもないかのように平然としている影久にたいする怒り。その怒りが佐々木の理性を破壊する。今まで理性で押さえつけていた魔力が暴走、佐々木の体を人ならざる領域へと導いていく。


「この僕ヨリ強いものナド存在してはいけなイ。僕ガ最強ナンダ!」


 佐々木の全身の筋肉が隆起する。強く、より堅く。佐々木の肉体は変化する。より強さを求めたその肉体は人間の形を捨て、より戦闘的な獣のような姿へと進化した。


「グルグァアァア!」

 地を震わす咆哮。四足になった佐々木が影久に襲い掛かる。


「なんという事だ。魔将足りうる魂をもった男が……哀れなものだな。そんな野蛮な戦い方しか出来ないとは」


 影久は向かい来る佐々木に対して、軽く右手を向けた。右手の先に自身の魔力を集中させる。


「見せてやろう! 記憶を無くした哀れな魔将よ。括目せよ! これが我が故郷で幾人もの戦士たちが試行錯誤の末に生み出していった究極の戦闘技術……魔法だ」


 闇色の魔力が影久の右手に絡みつく。そのおぞましい存在感に、火蘭は後ずさりをした。闇色は幾重にも重なり、その威力を増していく。


「災害の魔弾!」


 放たれた闇色の弾が佐々木を打ち抜く。バレーボールほどの大きさもあるそれは、強靭な紫色の皮膚を突き破り、佐々木の胸に穴を開けた。


「かはっ」


 佐々木の口から鮮血が吐き出され、どさりと地に伏した。

 ドクドクと体から流れ出る血液に、佐々木はかつてないほど死の気配を濃厚に感じていた。自身の変身を解き、持てる力の全てを失った部分の再生に充てる。


 そんな佐々木を冷たい瞳で見下ろしながら、影久は再び右手に魔力を集めた。

「おい間宮、てめえ何してやがる」


 ふるえる声で問いかける火蘭に、影久は何気ない様子で返答した。

「大したことじゃない。ただコイツの息の根を止めるだけだ」


 影久は這いつくばる佐々木に右手を向け……、駆けてきた火蘭に殴り飛ばされた。


「何をするのだ日野よ。痛いではないか」

「何をする、じゃねえよ! 殺すだと、てめえは自分が何を言ってるのかわかってんのか」

「お前こそ何か勘違いをしていないか日野。オレ様は正義の味方ではない。史上最強の魔王である。オレ様のモノは命に代えても守ってやるが、敵に対しては一切の容赦はしない」


 死、あるのみだ。


「そうか間宮、それがお前の正義なのか。納得はできねえ、できねえが別に間違ってるとは思わねえよ。ただな」


 火蘭はデュランダルを固く握りしめた。神々しく輝くオーラが火蘭の全身からあふれ出す。


「オレの正義とお前の正義は相容れない! 故にオレの目の前では誰一人死なせねえ!」


 その言葉を聞いて、影久はスッと目を細めた。


「ほう、つまりは日野、お前はオレ様を止めるというのか?」

「そうだ」

「オレ様と今のお前では、実力に天と地ほどの差があると理解しているのか」

「そんな事は関係ない。自分の正義を貫くからこその勇者だ」

「よかろう」


 影久の全身から闇色の魔力が迸る。その圧倒的な迫力に、火蘭は無意識のうちに一歩後ずさった。

 火蘭は考える。確かにこの実力差では自分は勝てない。結局自分は負けてしまい、佐々木も殺されるのかもしれない。だがそれがどうした? 自分の正義のために死ねない勇者など、そもそも生きている意味などないのだから。


 咆哮。


 火蘭は自分の気持ちを奮い立たせ、デュランダルを握りしめる。火蘭の咆哮に呼応するかのようにデュランダルから多量の魔力があふれ出す。


「行くぞ間宮! これがオレの全力だ!」


 勢いよく踏み込んだ右足にグッと力を込めて、火蘭はデュランダルを水平に振りぬいた。必殺の間合いから切り込んだその斬撃は、影久の全身から立ち上る高密度の魔力によって阻まれた。


「ぬるい」


 重く、腹の底から響くような声。影久は無造作に左手を払った。そこから放たれる巨大な魔力の塊、火蘭は反応することもできずに吹き飛ばされる。


 強い。

 向き合ってみて初めてわかる。影久のその圧倒的な強さ。


「なぜ立ち上がる、勇者よ。お前が立ち上がったところで何も変わらないというのに」

「さあな、細かい事は考えないんだよ。アホだからな」


 ああ、影久にはわかっていた。例え何千回と吹き飛ばしたところで、日野火蘭は立ち向かってくるだろう。勇者とはそういう生き物だ。自分の命が尽きるその瞬間まで戦い続ける。


 その命を摘むことに何の意味がある?


 影久は前の世界で、数えきれない程の勇者を殺してきた。その結果どうなった?何か世界は変わったのか?


 答えは否。何も変わりはしない。敵対する勢力をつぶしても、また新たに敵対勢力が生まれてくる。


 自分は、やり方を間違っていたのだろうか?


 目の前の日野火蘭に、歴代の勇者たちの姿が重なる。別に影久は、彼らを憎んでいた訳ではない。ただ、彼らの信念と影久の信念が別の物であった。それだけだ。


「なあ、勇者よ」

 目の前に広がる勇者たちの影に問いかける。


「オレ様は、どうやって世界を征服したらよかったのだ?」


 その問いに、火蘭はふっと表情を崩した。


「簡単な事だ。世界中のみんなと友だちになりゃあ良い。それができたら世界はお前の物だ」


 考えたことも無かった。友だち……それは可能なのだろうか。


「日野よ、オレ様はお前と友だちになれるのかな?」

「何言ってやがる。オレ達はとっくに友だちだ」


 校庭に、優しい風が吹き込んだ。

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