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勇者現る3

燃えている。


 赤く熱く激しく、炎は燃え盛る。

 何も出来ない。

 無力な俺は、ただ力が欲しい。

 誰よりも強く

 誰よりも大きく。

 

 リーチはゆっくりと目を開いた。視界に写ったボロボロの天井が、自分が今自宅のベッドに横たわっている事実を確認させる。


「いつの間にか、眠ってたみたいだな」

 リーチは上半身を起こし、ボーっと壁を眺めた。壁に掛けられている時計の針は七時を指していた。家に帰ってきたのが四時半、ベッドでゴロゴロしていたらいつの間にか眠ってしまったらしい。


「ふぁああ」

 欠伸を一つ。グッと伸びをして起き上がる。


「飯、作らねえとな」


 誰も居ない家に、リーチの声が小さく響く。自分一人だという事実に一瞬悲しげな表情を浮かべたリーチだったが、軽く首を振って気分を入れ替える。寝室のドアを開け、階段を下り、一階のキッチンへと向かう。


 全体的に黒ずんだ、だいぶ古い家ではあるが、リーチの意外な掃除好きな性格故に小奇麗に片付いたキッチンだ。とある事情によって一人暮らしの期間が長いリーチの家事スキルは高い。手馴れた動作で料理を始める。

 土日に纏めて買ってあった食材を検分し、牛肉を発見。今夜は牛丼を作る事にした。

 まな板にたまねぎを載せ、使い慣れた包丁で適当な大きさに切り分ける。料理は、良い。料理を作っている時はほんの少しだけ、嫌なことを忘れられるから。


「よっと! 完成!」


 完成した牛丼をどんぶりに盛り、食卓へ持っていく。「いただきます」と小さな声で挨拶したリーチは、食事を取りながらあることを考えていた。

 頭に浮かぶのは化け物に変わった宮本の姿、そして、


「……影久」


 リーチはわからなくなっていた。影久は親友だ。幼稚園の頃からの仲で、アイツの事は全てわかっているつもりだった。つもりだったのに。


 箸を持っている手が止まる。大きくため息をついて箸を置き、立ち上がる。古びた冷蔵庫の扉を乱暴に開け、冷やしておいた麦茶をコップに注ぎ一気に飲む。程よく冷えた麦茶は、荒れたリーチの気持ちを静めてくれた。


「魔王か。本当、どこの漫画だコレは」


 魔王やら魔物やら魔法やら、漫画の中でしか見たことの無いファンタジーチックな代物が、現実のこの世界にあるという。そんな人外な力を影久は当たり前のように使っていた。怖かった。コイツがその気になれば自分など一瞬で死んでしまうという事実。恐怖を感じないわけが無い。


そしてもう一つ、リーチは自分の胸を満たしている感情に気づいていた。

 嫉妬


 そう、例えばこの世界が一つの物語であるとしよう。先日の出来事で、この世界には魔法やらなんやらが存在する事がわかった。すると物語の中核には魔法が使える人物が置かれることが自然だ。影久は魔王と言っていたから、ヒーローではないにしても物語の重要な位置にいることは間違いない。対するリーチはどうだ? 何の力も無い。つい先日までは魔法の存在すら信じていなかった。完全に脇役の立ち位置だ。自分が居ても居なくても何も変わらない。


 目を閉じる。

 赤く熱く激しく、炎が燃えている。

 力が……力が欲しい。

 いつも自分を焼き焦がす、この炎に負けないように。

 

 突然、玄関のチャイムが鳴った。少し自分の世界にトリップしていたリーチは現実に引き戻される。

「はいはい、今開けますよっと」


 ドアを開けるリーチ。そこには一人の男が立っていた。

 見覚えの無い男だ。すらりとした長身に黒凪高校の学ランを纏い、隙の無い鋭い眼光がリーチを射抜く。


「ええと、どちらさんで?」

リーチの問いかけを男は無視する。そして何気ない動作で自然に玄関へ侵入してきた。リーチが思わず一歩下がると、男は後ろ手でドアの鍵を閉めた。


「ちょっと! 何やって」

 リーチの言葉は途中で遮られる。男がサッと右手を伸ばし、リーチの頭を鷲掴みにしたのだ。


「はじめまして金田利一くん。僕の名前は佐々木。覚えなくても良いよ、どうせすぐ何も考えられなくなるから」


 佐々木はリーチの頭を近くの壁に叩きつけた。じたばた抵抗していたリーチの動きが止まる。そのまま二度三度と頭を叩きつけ、リーチが完全に沈黙したことを確認すると、佐々木はにんまりと笑った。


 リーチの頭を掴んでいる佐々木の右手が、ほのかに青白く発光した。呼応するようにリーチの体も青白く発光する。そしてゆっくり、リーチの体から発される光が佐々木の右手へと移動を始めた。


「金田利一。安心しろ、殺しはしない。お前は対間宮用の切り札になってもらうからな。」


 吸魂。相手の魂を吸い取る行為。

 リーチの魂……魔力をギリギリまで吸い取り、その埋め合わせのように自分の魔力を流し込んでいく佐々木。こうする事でリーチは佐々木の支配下に置かれる。ただ許容量を超えた魔力をぶち込むより、ずっと効果的な方法だ。何せ人間の核ともいうべき魔力を取り除いているのだ。外部から送り込まれた魔力に抵抗する力も無く、より確実に人間を操る事ができる。


「くくく、さあて明日が楽しみだな」


 佐々木は姿を晦ませた。部屋には、ぐったりとしたリーチだけが残される。

 夜は更けていく。





 朝、登校した火蘭が感じたのは違和感だった。

 何かがおかしい。校門で立ち止まり、違和感の正体を考える。


「生徒が見えない……か」


 そう、登校時間であるにも関わらず、校庭には誰も見当たらない。休日でも警備員が見回っているはずの学校で、この状態は明らかに異常である。火蘭は警戒しながら学校に踏み入った。


 しんと静まり返る学校。不自然な静寂は、小さな物音の一つ一つを際立たせる。

 とりあえず、校舎の中に人がいないか確認しようと思い、管理棟の玄関へ向かう。黒凪高校の校舎は、校門の正面に職員室や事務室がある管理棟があり、そこから教室棟へ廊下が繋がっている。


 火蘭の額から、一筋の汗が垂れた。いつ敵の襲撃を受けてもいいように全方位を警戒している為、精神的な疲労が半端ではない。


 一階、二階を見終え、三階へ進む階段を上ろうとしてふと顔を上げる。階段の先に、大きな人型の影が見えた。


「大西先生?」


 目を凝らすと、確かにそれは体育教師の大西らしい。

「日野か、おはよう! いい朝だな!」


 ゆっくりと階段を下りてきた大西、趣味のボディビルで鍛えた肉体はいつも通りに暑苦しく、特に変わった様子は見られなかった。


「……おはようございます大西先生。他のみんなはどこにいるんですか?姿が見えないようですが」

 大西は、手を伸ばせば互いの体が触れる距離まで接近して、にっこりと満面の笑みを浮かべた。


「なあに、心配することはないさ。みんな教室にいる」

「教室に?」

「そうだ! だから日野、お前も早く向かいなさい。遅刻してしまうぞ」

「そうですか、では失礼します」


 そう言って、火蘭は大西に背を向けて歩き出す。そして、ひょいと身をかがめた。次の瞬間に、大西の拳が先ほどまで火蘭の頭があった場所を通過する。


「……ったく。わかりやすいぜ先生」

 くるりと体勢を入れ替え、バックダッシュで大西から距離をとる。


「うぐぐぐぅがあぁ! 日野ぉおおぉお!」

 目を血走らせ、口からは泡を吹いている大西。正気ではない、おそらくはあと数秒で魔物への変身が始まるだろう。

 火蘭は右手をそっと前へ突き出した。


「聖剣デュランダル!」


 光の粒子が火蘭の右手に収束する。

 現れたのは一振りの聖剣。黄金に輝く柄から伸びた美しい刃は、見るものを圧倒する。

 素早く距離を詰める。引き出した魔力により強化された脚力は、人間の限界を超えたスピードを出すことを可能にした。


 黄金の柄を握りしめた。ぐっと腕を引き、一気に突き出す。柄からすらりと伸びた美しい刃は、まだ変身していない大西の胸を貫いた。大西が驚愕して目を見開く。パクパクと口を動かし、やがて白目を剥いて気を失う。


「くっ、またかよ」


 火蘭は顔をしかめた。大西を狂わせた魔力だけを排除したが、肝心の大西自身の魔力が残っていない。いつぞやの女子生徒と同じだ。


 このままでは命に関わる。いまだ大西の胸に刺さっているデュランダルを媒介として、火蘭は自身の魔力を譲渡する。火蘭の額に大玉の汗が浮かぶ。


 確かに勇者の魔力は常人より多い。しかしその大半は自身の魔力、魂の武器化に使われているのだ。それを差っ引いた魔力などたかが知れている。しかし人の命がかかっているのだ。放っておくわけにはいかない。その行為が敵の思惑通りだと知りながらも、火蘭は人を救うのだ。自分の正義に従って。


 生命の維持に必要な最低限の魔力を譲渡し終えた火蘭は、大西の胸からデュランダルを引き抜いた。デュランダルに貫かれていた大西の胸には何の傷もついていない。そういうものなのだ。勇者の武器は魔力のみを破壊する。もちろん任意で物体を破壊することもできるが、基本的には魔力の塊なのだ。


 火蘭はデュランダルを構えると、つかつかと近くの窓まで歩み寄る。窓の外にはグラウンドが広がっていた。このまま敵の思惑通りに進むのは癪である。火蘭は窓をガラリと開ける。


「行くぜ、デュランダル!」


 デュランダルによる身体強化。火蘭は窓から飛び降りた。

 ぐんぐんと地面が迫ってくる。普通なら叫びそうな恐怖、しかし火蘭は高笑いしてグラウンドに着地した。強化された身体能力のおかげで、着地した衝撃はほとんど感じない。火蘭はすっと立ち上がり、大きく息を吸った。


「オレは此処だぁああ! 逃げも隠れもしねぇよ! 出てきやがれ!」


 大胆不敵。そこいらの男子より肝が据わっている。火蘭はすがすがしい表情でニカッと笑うと、デュランダルを地面に突き刺して腕組みをした。


「おうおうおう、これまた敵さんもずいぶん頑張ったね」


 現れたのは、すでに魔物へと変身した生徒達。その数は軽く五十を超えているだろう。


「オレだけだったら手に余る。さすがにオレも、この数を一人で相手できるなんて思っちゃいねーよ。」


 グラウンドに狂気の魔力を含んだ風が吹いた。魔物たちがざわつく。とんでもない魔力を纏ったその張本人は、涼しげな表情で教室棟からゆっくりと歩いて出てくる。


「なんだ、ここにいたのか日野よ。探したぞ」


 間宮影久。魔王の降臨である。



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