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勇者現る2

「間宮影久ぁ! テメェ、どういうことだ!」

「おやおや、昨日ぶりだな日野。どうした?またデートの誘いか?」

「違う!」


 クラスの女子にいろいろと吹き込んだ次の日、当然うわさが流れる訳で、必然的に日野火藍は影久の教室に駆け込んだのである。


「間宮! オレがいつテメェとデートした!」

「昨日しただろ?」

「あれはデートじゃねえよ!」

「おや、そうだったか? すまんな、次からは気をつけよう」


 全く反省した様子の無い影久。というかこの状況を楽しんでいる。


「ふざけんな! 学校中でうわさになってんぞ! どうしてくれんだ!」


 ぶちギレる火藍。しかし、影久はさらりと返した。


「それはすまなかったな。そうだ、いっそのことオレ様の女になるか? そうすればうわさなど気にしなくていいだろう?」

「なっ……!」


 みるみる火藍の顔が赤く染まっていく。さらに、周囲の視線に気づき、火藍の羞恥心は限界を超えた。


「この……覚えてろ!」


 脱兎のごとく教室から飛び出していった火藍であった。


「くははははははははは」


 影久は、そんな火藍の様子を見て高らかに笑う。完全に悪役の笑い方だ。

「くく、本当にからかいがいのある女だ。うむ、良い。大変好ましいぞ。アイツなら、本当にオレ様の女にしてやってもいい」


 ご満悦な影久は、笑いを引きずりながら可愛い勇者を想うのであった。






 視界は白で埋め尽くされている。

 清潔さを感じさせる白。天井の色、淡いクリーム色の壁。手入れが行き届いたベッド。かすかに薬品の匂いがする、生活観の感じられない人工的な部屋。


 どこにでもあるような一般的な病室。そこで、宮本小次郎は一人呆けていた。

 影久の攻撃で気を失い、気がつくと病室のベッドで寝ていた。何がなんだかわからない。医者が言うには貧血で倒れたらしいが……。


 いつの間にか、宮本の中に住み着いていた怪物は姿を消していた。

 わからない。


 宮本は、脳内で何度もあの出来事を繰り返す。

 夢か現か幻か、あの不思議な出来事を。

 何度も

 何度も

 風が、病室の窓から静かに吹き込んできた。春とはいえ、まだ寒さの残る風に宮本は身震いをした。

 少し冷えるなと、ぼんやり考えていると病室のドアをノックする音。


「起きてるか宮本?入るぞ」

 そう言って入室してきたのは、すらりとした長身の男。


「ああ、佐々木か。よく来てくれたな、まあ掛けてくれ」

 宮本は笑みを浮かべて、ベッドの横にあるパイプ椅子を指し示した。


 佐々木と呼ばれた男はパイプ椅子を引き寄せて着席する。何気ない動作の一つ一つに隙が無かった。意識的にそうなのか無意識の内かわからないけれど。


「しかし宮本、部内で一番頑丈なお前が貧血とはな」

「はは、自分でも驚いてるよ」


 軽く笑ってみせるが、宮本の顔には生気が無い。

「まだ、体調が悪いのか?ひどい顔だ」


 心配そうに言う佐々木に、宮本は笑顔を浮かべた。

「いや、体調はだいぶよくなったよ・・・気分は悪いけどね」


 サッと吹き込んできた風に身を震わせる。


「寒いな。悪いが佐々木、窓を閉めてくれないか?」

「おお、承った」


 佐々木は、身軽に立ち上がると窓へ向かう。窓に手を触れ、そこで何か考え込むように静止した。

「どうした?」


 不審に思った宮本が問いかけるが、佐々木はそれを無視して窓の外を眺める。


「……なあ宮本」

「なんだ?」

「間宮影久は強かったか?」


 佐々木の口から出てきた間宮の名前に驚愕する。佐々木の口調は、まるで全てを知っているかのようだ。


「佐々木……お前、なんで?」

 口内がカラカラに乾いて言葉が上手く出てこない。


「なんで? くく、冷たいな宮本。君に力を与えたのは僕じゃないか」

 力……体の中に巣食う怪物。


「お前……が?」

「そう、僕だ」

 佐々木は窓を閉めて振り向く。その瞳は冷え切っていた。


「全く……君には失望したよ宮本。剣道しかできないのかい? もうちょっと上手くやってくれると思ったんだがな」


 ゆっくりと宮本に手を伸ばす佐々木。


「や、止め……」

 宮本は後ずさりしてベッドから転げ落ちた。


「無様だな宮本。まあ、安心しろ。剣道部の方は、副部長である僕が指揮してやるからさ」


 だから安心して寝てるといい。

 佐々木は、無様に転げる宮本の頭を鷲掴みにした。

「ギィャアアァアァァアアアァあァ亜ぁア!」


 体から青白いスパークが発生し、宮本は絶叫する。

 そして、何かが佐々木の手に吸われていく。

 それは、魂と呼ばれるエネルギー

 あるいは魔力

 生物の核となるもの


「ご馳走さま。まあこれは、力を貸した利子だと思ってくれ。友人のよしみだ、命までは取らないよ」

 宮本が倒れた。時折体が痙攣し、白目を剥き出し、口からは泡を吹いている。


「さて、間宮影久……それに日野火藍か。どうしてくれよう」

 佐々木は無表情に、無感情に。ただただ機械的に思考を開始する。敵を排除するための方法を……。






「ねえねえ、火藍ちゃんが一組の間宮くんと付き合ってるって本当?」


 友人からの無邪気な問いかけに、火藍はため息をついた。本当に面倒くさいし、恥ずかしいったらありゃしない。あの根も葉もない噂のせいで、何度この質問をされたのやら。火藍のストレスは限界だった。


「だから違うって! なんでオレがあんな奴と付き合わなくちゃいけないんだよ!」

「またまたぁん。照れなくていいよ火藍ちゃん。間宮くんと喫茶店に居たのを見たって人もいるんだよ?」

「それは事実だけど。……いや、それはだな」

「いやん! 慌てて言い訳する火藍ちゃん可愛い!」

「こら! 抱きつくなサクラ! 廊下だぞ」


 日野火藍の友人であるサクラ。彼女には可愛いものには見境無く抱きつくという欠点がある。必死で言い訳する火藍の姿が彼女のツボだったのだろう。人目をはばからずに思いっきり抱きついてきた。


「むふふふ~ん。やっぱり火藍ちゃんは可愛いなぁ。私の目に狂いは無かった! オレっ娘萌えだね!」

 火藍をもふもふと抱きしめたサクラはご満悦の様子だ。


「はあ、全く。サクラに可愛いって言われると嫌味にしか聞こえないんだが」

 ん? と、火藍の言葉がよくわかっていない様子のサクラ。そう、可愛いもの好きの彼女だが、彼女自身がかなり可愛いのだ。


 少しウェーブした栗色の髪の毛。くりくりした目をいっぱい見開き、唇はぷっくりと可愛らしい。しかし、本人には自覚が無いらしい。


「何言ってるのかわかんないけど、まあ、満足したし今回はこのくらいで勘弁したげる!」

 サクラはそう言って、名残惜しげに火藍を離した。


「勘弁って……うん、いいや。じゃあサクラ、帰ろうか」

「そだね。帰りにどっか寄ってかない火藍ちゃん?」

「別にいいけど。どこ行く?」

「火藍ちゃんが間宮くんとデートした喫茶店」


 バカン!

 火藍の右拳が唸りを上げた。


「……っ! 痛いよ火藍ちゃん」

「サクラが悪い!」


 どうやら怒ってしまったらしく、サクラを置いて早歩きをする火藍。しかしサクラは、

(あぅううう! 火藍ちゃんのこういう子供っぽいとこ可愛いぃ!)

 全く反省していないサクラである。


「あ、待ってよ~ 火藍ちゃん!」

 置いていかれまいと小走りで追いかけるサクラ。

 平和

 いつも通りの日常。

 でも日常というものは、いつも突然に崩れ落ちる。


「あの、アナタは日野火藍さんですか?」

「ん?そうだけど?」


 人通りの無い路地で、見覚えの無い女子に話しかけられた。制服から同じ学校と判断、またあの噂の件かと思いうんざりする火藍。


「アンタ誰?」

 火藍が問うが、女子は無視して近寄ってきた。


「シネ!」


 何の予兆も無かった。いきなり豹変した女子が、隠し持っていたナイフを振り上げる。非日常的な事態に、隣にいたサクラはフリーズしたが、そこは勇者。火藍は冷静に女子の下腹を蹴りつけた。

 痛みでうずくまる女子。その隙にサクラを引っ張って距離をとる。


「なんのマネだ? アンタとは初対面の筈だけど」

 しかし、うずくまった女子は火藍の話を聞いていない。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロス殺す殺すコロスコロスシネシネシネシネシネェ!」

 正気を失ったように叫ぶ。目は血走り、口からは涎がだらだらと垂れていた。


「おいおいおい、マジか?」

 火藍は悟った。これは、魔力に当てられている。


「しかもコイツは只者じゃねえな」

 普通は人間を操るにしても、魔力に当てられた人間は喋れない。ただただマリオネットのように指示に従うだけだ。

 でもこの女子は違う。


 魔力に当てられている。それは間違いない。しかし先ほど少しの間とはいえ、普通に喋っていたのだ。

「魔将クラス……かな?」


 そう判断した火藍は、隣で固まっているサクラをすばやく気絶させる。こうした方が動きやすい。

 フラフラと、ナイフを振り回しながら突っ込んでくる女子。火藍は深呼吸すると、一気に走り出した。

「すまんな」


 そう誤ってから、女子の背後に回りこんで、後頭部に手刀を打ち込む。意識を手放し、地面に倒れる直前に女子をそっと抱き上げた火藍。


「ふう、しかし何故だ? 普段から魔王だと公言してる間宮ならともかく、何故オレを狙う?オレが勇者である事は知られていない筈だが……」

 そこまで考えたところで、抱き上げた女子の体がビクンと痙攣した。そして、突然ジタバタと暴れ始める。


「どうした? 大丈夫か!」

 火藍の声は全く聞こえていない様子で、苦しげに呻いた。顔は青白く生気が無い。

「あぁあぁぁぁぁあああぁぁああぁぁあぁぁぁあ!」


 叫び声を上げ、火藍の腕から転げ落ちる。がりがりと爪で地面を引っかき、女子の体が変形し始める。

 血の気が失せた青白い肌はカサカサのひび割れる。眼球が落ち窪み、鼻が折れ曲がった。地面を引っかいていた爪は、獲物を仕留める肉食獣のそれに変わった。

 魔物に変身した女子は、虚ろな声で火藍を威嚇する。


「ちくしょう」

 魔物を見つめ、火藍が漏らした呟きは、あまりにも小さく、消えてしまいそうだった。

 悲哀に満ちた表情で魔物に向き合う火藍。


「待ってろ。今、オレが救ってやるからよ」


 勇者とは、正義の為に力を欲した魂。

 かつて勇者と呼ばれた人たち。

 彼らは力を求めた。自分の正義を貫く為に、圧倒的な力が必要だった。そんなとき、彼らの魂は覚醒する。


それは偶然だった。たまたま彼らは強靭な魂を持って生まれてきた。魔力の覚醒、暴走。普通ならばそのまま魔物になるプロセスに、力を欲する強烈な意志が割り込んだのだ。


 その意志によって魔力は上書きされ、結果、一つの変異が起る。


 魂の武器化


 より純粋な力を求めた結果、魔物という不安定な存在ではなく、武器というわかりやすい力へと変化したのだ。それが、勇者の誕生である。


 火藍はスッと右手を前に突き出し、何かを握る仕草をする。

 軽く目を閉じ、深呼吸をすると、凛と響く声で自身の魂を呼び寄せた。


「聖剣デュランダル!」

 火藍の右手に光の粒子が収束し、一振りの剣が現れた。デュランダル。その黄金の柄の中には、聖母マリアの衣片など、四つの聖遺物が入っている。この世界ではフランス王シャルルマーニュの十二臣将の一人、勇者ロランの愛剣として知られている。


 黄金の柄から伸びる、ぞっとするほど美しい刃を見つめる。たぶん、自分は勇者ロランの生まれ変わりなのだろう。火藍は理解している。


 でも、それがどうした。

 勇者の生まれ変わりだから戦うのでは無い。人を守りたいから戦うのだ。 

 デュランダルの柄を両手で強く握り締める。瞬間、世界が加速した。神経が研ぎ澄まされる。足に力を込めて勢い良く地を蹴った。思考の速度についていけない肉体が緩慢に動作を始める。


 彼女を傷つけるつもりは無い。彼女の体内を駆け巡る邪な魔力だけをぶった切る!

 ドクンッ!

 手の中でデュランダルが脈打った。


「ぜぇええぇい!」


 気合一閃

 ダッシュの勢いを利用して水平に振りぬいたデュランダルの刃が、魔物の胴体を見事に捉える。

 切り裂かれたその傷口から、大量のどす黒い魔力が頻出する。


「魔力による攻撃は魔力を穿つ。安心しろ、すぐに終わる」

 火藍の言葉通り、しばらくすると魔力の噴出は終わった。すっかり元の姿に戻った女子が、地面にパタリと倒れる。 


 火藍は急いでデュランダルを消し、女子の元へ駆け寄った。真っ青になった女子の額に手をかざし、驚愕の表情を浮かべる。

「そんな馬鹿な!」


 火藍は確かに外からぶち込まれた邪な魔力だけを選んで攻撃した。暴れていた魔力が無くなれば正常な魔力だけが残る筈なのに……魔力が、殆ど残っていないのだ。


 魔力とは生命が生きる為に必要不可欠な物だ。戸惑っている時間は無い。火藍は躊躇うことなく自身の魔力を流し込んだ。


 魔力が流し込まれた事で、青白かった顔に赤みが差してくる。反対に、火藍は苦しげに顔を歪めた

 必要最低限の魔力を流し込み、火藍はドッと地面に腰を下ろす。疲れた様子で携帯を取り出し119。救急車を呼んで立ち上がる。


「ああ、だるい。魔力使い過ぎた」

 ふらふらと頼りなさげな足取りで歩き出す火藍。たぶん、救急隊員からの事情聴取が面倒くさかったのだろう。途中で倒れているサクラを抱き上げて立ち去った。


 生ぬるい風が吹いた。

 カツカツと、路地に足音が響き渡る。現れたのはすらりとした長身の男、佐々木だ。

 佐々木は倒れている女子に近づくと、自然な動作で女子の腹を踏みつけた。


「がはっ!」

 肺の空気が押し出され、苦悶の表情を浮かべる女子を、佐々木は冷たい目で見つめる。


「ふうん、立派なことだねぇ。流石は勇者さまだ」

 佐々木は踏みつけていた足をどけ、その場にしゃがんで女子の髪の毛を掴み、自分の目線の高さまで引っ張り上げた。


「わざわざ自分の魔力を注ぐなんてさ、本当に……」

 火藍に注がれた魔力が急速に奪われていく。女子は体を痙攣させて白目を剥いた。


「ムカツク」

 最後まで魔力を搾り取った佐々木は、乱暴に女子を放った。立ち上がり、顎に手を当てて何かを思案する。


「そうか。ふふ、いいことを思いついた」

 遠くからサイレンの音が聞こえる。もうすぐ救急車が来るのだろう。

 佐々木は軽い足取りで、来た道を戻っていった。顔には喜色を湛えている。


「さて、殲滅といこうかな」

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