その男、魔王3
「なあ金田、人間ってなんだと思う?」
死屍累々。血だらけの不良たちが重なり合うように倒れている中、かつて宮本だった怪物はリーチに問いかけた。
「俺は人間だ。そう、今はどうか知らないが、かつては宮本小次郎という名の人間だったんだ。自分が怪物になるなんてかけらも考えなかった。なぜ俺は怪物になった? 今の俺には人間が遠く感じる」
意外というべきか、この姿になっても喋れるくらいの理性は残っているらしい。リーチは一人で喋り続ける怪物を、恐怖の瞳で見つめ続けた。
「ふう、まあ、考えても仕方ないか。金田、とりあえずお前を奴隷人形にしてやるよ」
そう言って、リーチの頭に手をのばす怪物。その手のひらには、まーくんの時と同じような青白いスパークが起こっている。恐怖を煽るようにゆっくりと手を伸ばし……突然現れた影久により、殴り飛ばされた。
「ふむ、ギリギリセーフといったところか」
「影久!」
影久が怪物を殴り飛ばした瞬間、リーチの拘束が解けた。慌てて影久の傍に駆け寄るリーチ。
「よく無事だったなリーチ、悪運の強い奴だ」
「ああ、リアルに死ぬかと思った。ってか影久、アレがお前の言ってた、魔力の暴走した結果なのか? あの怪物が」
そのとき、殴り飛ばされた怪物が立ち上がった。額には血管が浮きでて、むき出しの牙がギラリと凶暴に光る。明らかに怒った様子の怪物。大きく口を開け、獣の咆哮が喉から迸った。その馬鹿げた音量に大気がビリビリと震える。咆哮を終えた怪物は、白濁した瞳で影久を睨み付けた。
「まあ、そうだな。正式には魔物と呼ばれる状態だ。急速な魔力の覚醒で、稀に起こる現象なんだが……おかしいな」
影久は怪物……魔物をしげしげと眺めてなにか疑問を感じたようだ。
「うわあ! 影久、来るぞ!」
「……ふむ。まあ、コイツを片付けてから考えるか」
迫りくる魔物。影久はやれやれと眼鏡を掛けなおす。
「たかが魔物風情が、魔王であるオレ様に逆らうなど一億年早いわ!」
電光石火。
視認するのが難しいほどのスピードで繰り出された影久の右手。ピースサインのように突き立てた二本の指が、魔物の両目にめり込む。
「ぎゃあああああ!」
苦悶の声を上げて目を押さえる魔物に、影久は再度攻撃をしかける。助走をつけ、勢いに乗った右足で魔物の股間をしこたま蹴り上げた。
(うわぁ、えげつねえ)
適格に急所ばかり狙う影久を見て、思わず魔物に同情してしまうリーチであった。
「ふはははははぁ!まだまだ終わらんぞ!」
高らかに笑う影久。地面にうずくまる魔物に駆け寄り、顔面を蹴り上げる。のけぞった魔物の髪の毛を掴み引き寄せながら鼻っ柱に右ひざを叩き込む。そして反撃が来る前に素早く距離をとった。
「……なんか俺が思ってたのと違う」
魔物が相手の戦闘ならばと、もっと漫画的な戦いを想像していたリーチ。これではただの喧嘩である。
「なに、オレ様の魂は魔王でも、肉体は人間なのでな、一撃でも攻撃を受けるわけにはいかんし、馬鹿正直な攻撃ではあまり効果が無いのだよ」
魔物が、怒りをこめた目で影久を睨み付ける。
魔物が纏う雰囲気が変わったのを、影久は敏感に察知した。お遊びはここまでだ。久しぶりに感じる戦場の空気。肌を刺すような緊迫感がたまらない。自然と顔がにやけてくる。
(ああ、オレ様は帰ってきた)
大気を揺らす魔物の咆哮。膨れ上がった魔力が魔物の体を駆け巡る。ふと感じる違和感。この魔物は、沸き起こる自身の魔力におびえている?
魔物が地を蹴った。溢れた魔力が右腕に集中する。なんと動きの読みやすいことか。影久はほくそ笑んだ。
魔王としての魔力。その一割を開放する。たった一割、しかし影久から溢れた魔力は桁外れのものだった。
リーチは全身の毛が逆立つのを感じた。圧倒的、あまりにも圧倒的な存在感。巨大で、荒々しく、全てを威圧するような……。それは、今まで生きてきた十六年の生涯で、初めての体験だった。
「光栄に思えよ。たかが魔物ごときにオレ様が直接手を下すのだからな」
右手を目の高さに持ち上げる。開放した魔力を、持ち上げた右手に集中。影久の右手が、禍々しい漆黒のオーラに覆われる。
「消えろ!」
突き出した右手から大量の魔力が放出される。なんのひねりも無いシンプルな技。本来なら攻撃にすらならない。
しかし、影久の持つ尋常ならぬ魔力が、この技とも言えぬ技を最強の攻撃手段にした。
激流の川のごとく押し寄せてくる魔力の波に、魔物は飲み込まれた。しかし、いくら桁外れとはいえ、ただの魔力ではたいして物理的ダメージは望めない。ただ、漆黒の魔力は魔物の暴走した魔力を喰らい、砕き、侵食する。宮本小次郎という人間を魔物たらしめていた元凶のみを破壊する。
魔力の放出が終わった。そこには、魔物ではない・・・人間の、宮本がぐったりと倒れている。
「生きてる……よな?」
「安心しろ、気絶しているだけだ」
そう言って宮本先輩の傍まで歩み寄り、宮本の額に手を当てて、なにやら目をつぶる影久。しばらくした後、唐突に立ち上がった影久は、大声で笑い出した。
「お、おい影久。いきなりなんだよ?」
かなり引き気味に尋ねたリーチに、くっくっくと、笑いを引きずりながら答える影久。
「いやいや、オレ様としたことが、すっかり騙されていたようだ。宮本は黒幕ではない。調べてわかったが、元来この男に魔物化するほどの魔力は存在しないのだよ」
「どういうことだ?」
魔物化するほどの魔力は無いと言われても、現に宮本は魔物になったではないか。困惑するリーチに、影久は背筋が凍るような笑みを見せた。
「宮本も操られていたという事だ」
「つまり?」
「つまり、人を簡単に魔物化させる程の魔力を、何者かが宮本に注いだということだ。すばらしい!そんなことができるのは魔将クラスの魔物だけだ!」
我を忘れたように熱説する影久。
「生命は輪廻の中で繰り返し生まれ変わる。当時の記憶は無いだろうが、魔将の誰かがこの学園の生徒として生まれ変わったということか!」
影久はリーチの肩をがしっと掴む。
「さあ、探すぞリーチ!魔将を我が傘下に加えるのだ!」
◇
「ふふ、そう簡単に見つからないよ」
そいつは全てを見ていた。校舎の屋上から影久を見つめ、うっすらと笑みを浮かべる。