その男、魔王2
生命はその命を維持するため一部の例外もなくある種のエネルギーをその身に秘めている。それはこの世界の人間が魂と呼んでいるもの。かつて影久が魔王として君臨していた世界ではそのエネルギーは「魔力」と呼ばれた。魔力を利用して魔法を放つ。強い魔力……つまり強靭な魂を有していればこの世界の人間にも魔法が使えるという訳だ。
「わかったかリーチ?」
「ああ、お前の厨二病が末期だということがよくわかった」
放課後。下校準備をしていたリーチを呼び止めて長々と魔法について語っている影久であった。
「大切な事だ。真面目に聞け」
ギロリとリーチを睨み付ける影久。
「宮本がリーチに殴りかかった時にオレ様が拳を受け止めただろ?」
「ああ、そのおかげで助かったよ」
「その時に宮本の体から濃密な魔力の気配を感じたのだ」
「宮本先輩がその強靭な魂とやらを持っているってのか?」
リーチとしてはそんな危ない奴は身近にいてほしくない。
「かもしれんな。もともと素質がある者が、急な魔力の覚醒で正気を失うのはよくある話だ」
「おいおい。正気を失うって……」
「魔力が暴走するかもな」
「んな漫画みたいな展開になるかよ。まあいい、親友のよしみだ。最後まで会話に付き合ってやる。で? 魔力が暴走したらどうなるんだ?」
「そうだな。大抵はサイコキネシス的な現象が起こって、周りの物をぶち壊して終わりなんだが……」
一旦話を切り。背筋が凍るような笑顔で影久は続けた。
「稀に、強い魂を持つ者は魔物になるのだよ」
◇
時代錯誤なリーゼント頭で街を闊歩しながら、藤堂は怒っていた。小学校・中学校を通して自分に喧嘩で勝てるやつは居なかった。そう、アイツに会うまでは。
「間宮影久ぁ」
無意識の内に奴の名を呟く。高校で初めて奴と出会った。成績優秀、スポーツ万能でおまけにイケメンフェイス。偏差値の低い黒凪高校に入ったのは嫌味か? と言いたくなるような完璧人間。藤堂は一目見た瞬間から間宮影久の事が気に入らなかった。だから生意気だと因縁をつけて間宮を校舎裏に呼び出したのだ。
藤堂はその時初めて敗北を知ることになる。確かに間宮のことをただの優等生だと舐めていた。それは認めよう。しかしそれを差し引いても間宮の強さは半端ではなかった。あっという間に藤堂の取り巻きである二人組みが殴り飛ばされ、何がなんだかわからないうちに藤堂は地に伏していた。
初めて味わう圧倒的な敗北に、藤堂は言葉が出なかった。
「何だ。強いと聞いていたが期待はずれだったな」
藤堂は忘れない。地に伏した自分を観察する虫けらを眺めるような侮蔑の瞳を。そして誓った。コイツは絶対に許さねえ。
ドン!
不意に後頭部に強い衝撃を受けた。体がぐらりと傾いていく。意識が薄れる。ツッパリ根性で必死に踏みとどまり藤堂は襲撃者の方向へ振り返った。
「うそ……だろ?」
目の前の現実が受けれられない。これは夢か、それとも……。
そして藤堂は意識を失った。後には不気味な笑い声だけが響き渡る。
「最近この辺りに暴漢が出るらしい。十分注意してくれ」
中肉中背。丸眼鏡で七三分けの中年教師。あまりにもスタンダードな教師過ぎて逆に現実にはあまり居ないんじゃないかと思う。そんな担任教師のありがたい言葉で帰りのホームルームは締めくくられた。
「帰りにスタバ寄ろうぜ影久」
いつものようにリーチが声をかけて来た。特に断る理由もなかった影久は二つ返事で了承する。
「しかし暴漢か。なにが楽しいんだろうねえ?」
間延びした声でリーチが呟く。暴漢に気をつけろと言われてもいまひとつ現実味がない。同じ学校の生徒が襲われてはいるものの、やはりそれは自分に関係がないと思ってしまうのが一般的な感覚だ。
「ふふ、リーチよ。俺様の考えが正しければ面白いことになるぞ」
なんだまたお得意の厨二病か? と言おうとした次の瞬間、リーチは自分たちが何者かに囲まれている事に気づいた。
「ほら、うわさの暴漢共がお出でなさった」
そして影久はまるで玩具を与えられた子供のようにうれしげに笑うのであった。
(こいつは本格的にヤバイんじゃないか)
高笑いしている影久を無視してリーチは状況判断を試みる。いつの間にか入り込んでいた人気のない路地、自分たちを囲んでいるのは年齢がバラバラの六人の男。そいつらの顔を見回し、リーチはあることに気づいた。
「藤堂? なんでお前が!」
暴漢のひとりが、黒凪高校の学ランを着て時代錯誤のリーゼント頭をしたガタイの良い不良男。藤堂その人だったのだ。
藤堂は虚ろな目でフラフラと立っていた。よく見ると他の男たちも様子がおかしい。みんな青白い顔で虚ろな目をしている。
「なんだってんだよいったい」
この異常な光景に早くも涙目なリーチだが、影久は高笑いをやめて事も何気に答えた。
「なに、こいつらは魔力に当てられているだけだ」
先ほども記した通り。生物は例外なく魔力、この世界では魂などとよばれるエネルギー体を宿している。魂とは生命を維持するために必要不可欠なもの……つまり魂は生物の核なのだ。
「魂……魔力は生物の個体それぞれ、保有できる量に限界がある。その量は変わることはない。絶対なものだ。なんらかの理由で魔力が消費されたら休めばもともとの量まで回復する。だがそれ以上はない。わかるか?限界以上は増えないんだ」
影久がそんな説明をしている間に藤堂が動く。ふらふらと人間味のない動きで近寄ると、影久に殴りかかった。
「不良Aの分際でオレ様の話を中断させるとはいい度胸だ!そんなに死にたいのならたっぷりと地獄を見せてくれる!」
電光石火。影久は殴りかかった藤堂の腕をあっさりと掴むと、そのまま体を沈めて綺麗な一本背負いで藤堂を投げ飛ばした。
あまりの早業にリーチがポカンと口を開ける。
「ふはははは!死ねぃ!死ぬのだ!」
「いやいやいや。流石にもう止めてやれよ」
満面の笑みを浮かべて倒れた藤堂を蹴りまくる影久に若干引きながらリーチは影久を止めた。いくら藤堂とはいえ流石にやりすぎだ。
「ふむ、こいつだけに構っている場合では無かったな。この雑魚共を片付けてからゆっくりと続きを楽しもうか」
(あ、結局藤堂はボコるんだ……)
心の中で藤堂に合掌をするリーチであった。
「さて、魔力量の限界の話はしたな?」
「お……おう。ってかお前余裕だな」
リーチは呆れていた。なにせ向かい来る暴漢を適当にあしらいながら、影久は普段となんらかわりない口調でリーチに話しかけてくるのだ。
「魔力には限界量がある。では、もし外部から自身の限界量を超えた魔力をぶち込まれたら……生物はいったいどうなると思う?」
気がつくとその場に立っているのはリーチと影久の二人だけだった。地面には影久が叩きのめした暴漢どもが倒れている。
「その答えがこいつらだ」
地面に転がってる暴漢の上に腰掛ける影久。その顔にはニヤニヤと笑みが浮かんでいた。
「魔力を操作できるという事は、当たりっぽいぞ」
「当たり?」
「ああ、稀にみる強力な魔力の持ち主だ。もしかしたら既に覚醒しているかもしれん!」
興奮で語尾が荒くなっている影久にリーチは問いかけた。
「なんでテンション上がってんだよテメェは?」
こんな不吉なことでテンションを上げる影久が理解できない。
「何をいっているのだリーチ。お前も楽しむが良い。こんな刺激的な事は普通に生きていたらなかなか味わえないぞ」
影久は両手を大きく広げ、さわやかな、黙っていればモデルでも俳優でもやれそうなほどの笑顔で続けた。
「リーチ。所詮人の人生などつまらぬものだ。人間ごときの矮小な力では世の理に抗うことはできない。だから楽しめ! どんな状況でも楽しんだものが勝者だ」
晴れ晴れとした顔で良いことを言ったと一人で悦に入っている影久だが。
(うわぁ、コイツの厨二病は手の施しようがねえよ)
影久のありがたいお言葉はまったくリーチの心に響いていなかった。
崩壊する。自らの魂が強い力ですり潰されていく。いやだ、このまま消えて無くなるのはいやだ! 彼は足掻き続ける。僅かに残った理性で抵抗する。飲まれるものか。負けてなるものか!
しかし現実は無情だ。彼のちっぽけな魂は、呆気なく力に飲み込まれた。
カッと見開いた目から一筋の涙が零れ落ちる。留めなく溢れてくるそれは頬を伝い、ぽたぽたと地面にしみをつけた。その涙は黒くにごっている。
「ぐおおおおおおおおおお!」
喉から迸る獣の咆哮。そして彼の体は変化を始める。ベキベキと音を立てて骨が折れ曲がった。肉が裂ける。内臓がグチャグチャにかき回された。その激痛に白目を剥き地を転げる。しかし彼の外見には全く変化が無い。これ等の変化は彼の内部で行われている。
数分後。地を転げていた彼は急にその動きを止めた。ゆっくりと立ち上がり、自らの体を見下ろす。そして、ふと思いついたかのように足元の小石を拾い上げ・・・それを粉々に握り潰した。
「くふっ、くくくくく」
口から小さく笑い声が漏れる。彼は空を見上げ、人間のそれとはかけ離れた表情で狂ったように笑い続ける。
一匹の怪物がそこには立っていた。
◇
「間宮君、ちょっとお話があるんだけどいいかな?」
暴漢を撃退した次の日。つまらない授業もすべて消化し、さあ帰ろうとカバンを引っさげて立ち上がった影久。その時に声をかけられたのだ。
「ん?貴様は確か……藤代だったか。オレ様に何か用か?」
。影久のクラスメートである彼女は、明るい茶色に染めた髪が印象的なかわいらしい女の子だ。藤代は影久を上目遣いで見つめ、もじもじと人差し指に髪の毛を絡ませる。
「うん。でも、ここじゃ話しづらいから・・・体育館の裏に来てくれない?」
女の子にこんな頼み方をされて断れる男がいるのだろうか。答えは否。いやしない。この頼みを断るなんて男に非ず。全日本男児が夢見る究極のシチュエーションと言っても過言では無いだろう。
「何故わざわざ体育館裏まで移動せねばならんのだ? 今ここで話せばよいだろうに、面倒くさい」
空気の読めない。いや、全く空気を読む気が無い史上最強のキング・オブ・厨二こと影久には関係が無いようだ。
そんな影久にリーチが声をかける。
「おいおい影久。そんな無粋な事言ったらダメだ。女の子には優しくしてやれ。俺は先に帰ってるから行ってこいよ」
女の子には優しく! という信念を持っているリーチの言葉により、しぶしぶと重い腰を上げる影久であった。
教室から出て行く影久を確認し、リーチはやれやれとため息をつく。
「ふう、全く影久に惚れるとは……藤代さんも可愛そうだな」
たぶん藤代は見た目で惚れたのだろうが、今まで見てきた影久の残念具合を思い出し、再び藤代に同情するリーチであった。
「……間宮くんはモテるんですね」
「うわっ!ビックリした。どうしたの坂本さん」
気配無く近距離からかけられた声に驚いたリーチだが、その相手が美少女の坂本だとわかると柔らかく笑いかける。
リーチは美少女が相手だと態度がガラリと変わるのである。
「あ、いえ。特に用は無いんですけど。このクラスになって既に数回間宮君が告白されているのを見たので……モテモテですね間宮くん」
「まあ顔はいいからなぁ。あの性格のせいで告白はされても誰かと付き合った事無いらしいぜ。でも告白はよくされてるなぁ、小さい頃から」
そう言って自らの過去を思い出すように目を細めるリーチ。心なしかその姿は哀愁が漂っているように見えた。
「そうだよなー、アイツは昔からモテたんだよ。幼稚園の頃も、俺が好きだったようこちゃんに告白されてたし。小学校ではショタコン教師が色目使ってたし……中学では、クラスのマドンナ的存在だった女子にラブレター貰ってたなー。ちくしょう、なんでアイツばっかり! 重度の厨二病患者で、空気も全く読まないんだぞ。顔か? 所詮この世は顔だというのか世界のくそったれ!」
「あっ、あの、大丈夫ですか?なんて言ったらいいかわかりませんが、元気出してください。大丈夫です! 金田君も十分魅力的ですよ。落ち込まないで下さい。」
優しい坂本は、オロオロとリーチを慰める。
「え、魅力的? じゃあ坂本さん、俺と付き合ってくれる?」
「あっ、すいません。それはちょっと……」
「ちくしょう!」
世界の中心で哀を叫ぶリーチであった。
一通り落ち込んだ後、教室を出るリーチ。つい先日現れた暴漢どもは影久が病院送りにしたとはいえ、やはり念のために周囲を警戒する。うっかり人通りの無いところに入ってしまってはいけない。なにせ今は影久がいないのだ。もし襲われたとしても対処しようが無い。
「よお、一年。確か金田だっけ?」
突如、背後から声をかけられる。振り向いたその先に立っていたのは、
「……宮本先輩。なんか用ですか?」
百八十センチの長身を猛らせ、普段浮かべている嘘くさいぐらいにさわやかな笑みは、かけらも浮かんでいない。
宮本小次郎は真っ赤に充血した目をギラギラと光らせながら、思わず後ずさりしてしまうような迫力でリーチに近寄る。
「ちょっとツラ貸しな」
普段のリーチならこんな言葉には耳を貸さずに逃げているだろう。しかし、宮本から発される不気味なプレッシャーがリーチの体を締め付ける。気がつくと指一本動かない。
(ああ、これはまずい。何で動けないかはわからないけど、間違いなくまずい状況だ)
宮本は、リーチの襟をむんずとつかみ、引きずるようにして校舎裏へと移動した。
「ああん? なんだテメエ達?」
校舎裏には先客がいたようで、二・三人の柄の悪いお兄さん方が宮本に絡んできた。並みの生徒ならビビッて逃げ出すであろうシチュエーション。しかし宮本は、無造作に引きずっていたリーチを放り投げると不良達に向き直った。
「なあ、怪物って見たことあるか?」
「はあ?」
いきなりのぶっ飛んだ問いかけ。不良たちも呆気に取られているが、宮本は気にした様子も無い。淡々と語り続ける。
「……いるんだよ、怪物。オレの中によぉ、居るんだ。体の内側からよぉ、バリバリってオレを食らってるんだ。わかるか? オレは怖い。まだ死にたくない。わかるか? お前らにわかるか? 怪物に食われ続ける俺の恐怖がわかるのか?」
そう語る宮本の表情は明らかに異常だった。血の気が引いて真っ青になった肌、色濃く目元に浮き出たクマにげっそりとこけた頬。ギラギラと血走った目は焦点が合っていない。
「なんだコイツ。薬でもやってんのか?」
さすがの不良たちも、尋常でない様子の宮本に恐怖を覚えたのか、じりじりと後退する。
「逃げても無駄だ。お前たちは、ここで死んでいけ」
空気が凍った。始めは気のせいだと思った、でも違う、宮本の体が膨らんでいく。不良たちもその変化に気づいたようだ。慌てた様子で何か叫んでいるが、それはもう意味をなさない。絶望が、始まる。
膨張した筋肉により、着ていた制服がはじけとんだ。肌はカサカサにひび割れ、浅黒く変色していく。犬歯は長く鋭く尖り、爪は獣のように湾曲した鍵爪へと変化する。白濁した瞳で不良たちを睨みつけ、宮本だったその怪物は虚ろに嗤う。
「ひぃいいいぃいぃぃいぃいいい!」
目の前にある非現実的な恐怖に、不良たちは何とも情けない声を漏らして尻餅をついた。B級ホラー映画にでも出てきそうな安っぽい怪物とは違う。まぎれもなくリアル。本物の醜さがそこにはあった。
「俺が怖いか? 逃げ出したいか?」
宮本だった怪物は、ゆっくりと歩み寄り、しゃがんで不良の一人に目線を合わせた。白濁した瞳がじっと不良の顔を覗き込む。そのあまりの恐怖に、口から泡を吹いて気絶した不良。怪物は満足げに笑うと、気絶した不良の頭に手を当てた。怪物の黒ずんだ手から、バチバチと青白いスパークが起こる。
「ぎゃあぁああぁああああ!」
頭に手を当てられた不良は、この世の終わりとばかりに絶叫する。
「まーくん! ちくしょう、テメエ! まーくんを離しやがれ!」
まーくんというらしい不良の絶叫で、他の二人が我にかえる。
まーくんを救うべく、近くにいたガタイの良い男が怪物に殴り掛かった。十分に威力のある一撃。たぶん、相手がそこら辺のチンピラだったら有効であっただろう。
しかし殴り掛かったその拳から、伝わって来たのは堅い感触。校舎のコンクリで固められた壁を殴ったかのような、そんな感触。じわりじわりと遅れてやってきた拳が砕けた痛みが、男を絶望に突き落とす。
突然。絶叫を続けていたまーくんがピタリと黙り込んだ。虚ろな目でふらふら立ち上がるまーくん。
「ま、まーくん? 大丈夫か?」
まーくんは仲間の声に応えない。ぎこちない動きで腕を振り上げ、仲間に襲い掛かった。
「くく、くくくくく」
怪物は嗤う。堪えられないというように、静かに、だんだんと大きく。
「くはっ、ははははははははぁ!」
絶望。狂気。この空間には救いは無い。
相変わらず指一本動かせないリーチは、この光景を見ながら、ただひたすらに一人の男を待ち続けた。
(ちくしょう、影久……)
◇
体育館裏。影久は今、クラスメートの藤代から告白を受けていた。
「あの、私一目見たときから間宮くんのこと……その、気になってて……好きです。私と付き合ってくれませんか?」
健気な藤代の告白。影久は顎に手を当ててそれを観察していた。影久の厨二病が知れてからはめっきり減ったものの、女子から告白されること自体はよくあることだ。しかし、影久は今までに誰とも付き合ったことはない。
女に興味がない訳ではない。むしろ大好きだ。前世、魔王だったころの影久は、両手では数えきれないほどの美女を毎日はべらせていたのだから。では、なぜ付き合わないのか。それには理由がある。
「ほう、オレ様の伴侶になりたいと、そういうわけだな?」
「は、伴侶?」
伴侶というぶっ飛んだ発言に真っ赤になる藤代。
「オレ様が笑えと言ったら笑い、泣けと言えば泣き、死ねと言ったら死ぬ。オレ様の言うことには絶対に服従し、常にオレ様を満足させ、つつましく、虐げられても文句を言わず、一生オレ様についていくと、そういうことなのだろ? よかろう、オレ様が付き合ってやろうではないか」
「……は?」
これぞ影久クオリティ! 常人とはズレたその感性。男女の付き合いに主従の関係を求めるその思考にはどんな女子もついていけない。
「そうなればさっそくデートとやらをしようか! さあ付いてこい藤代よ! オレ様と食事でもしようではないか! なあに、遠慮することはない。料金はオレ様が払ってやるさ。なにせお前は妻となる女だからな」
「すいません間宮くん」
「ん? どうした」
「さっきの告白はなかったことにしてください」
「おい! どこに行くのだ藤代よ」
猛ダッシュでその場から立ち去った藤代。影久はしばらく戸惑ったように、藤代が走り去った方向を見つめていたが、ため息をついて鞄を持ちなおす。
「解せぬ。なぜ女どもはいつも逃げるのだ」
そう呟いた影久の瞳には、心なしか涙が溜まっていた。真剣に藤代を妻にする妄想をしていたので、結構本気でダメージを受けていたのであった。
大きなため息を一つ。とぼとぼ帰宅を始める影久。ふと、濃い魔力の香りが影久の鼻孔をくすぐる。はっと顔を上げる影久。香りが漂ってきた方向を凝視する。
「きたか!」
先ほどのしょぼくれた表情は消えうせた。顔いっぱいに広がる獰猛な笑みは、獲物を前にした肉食獣を思わせる。
影久は走り出した。持っていた鞄はその辺に放り投げる。陸上部顔負けなその走りはさらに加速する。速く、より速く。その姿が霞むほどに、人間の限界を……超えた。
「待っていろ、久々の獲物よ!」