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休日の過ごし方

作者: 滝乃睦月

 カタン、と音がしてドアの郵便受けに放り込まれた物を手にとって見てみても、自分の人生には今のところ必用の無いお知らせばかり。最近郊外にできた結婚式場の案内、自己啓発セミナーの案内、狭い町内に三件もあるのにさらにもう一件できたらしい葬儀場の求人広告。たまにはもっと役に立つお知らせが来ないもんかと思うのだけど自分の役に立つお知らせって何だろうと考えてみてもすぐには浮かばないので今のところ特に何もない事を改めて思う。午前十一時過ぎ。主婦向けのワイドショーの料理コーナーで行列ができる名店の料理人がずぼらな主婦でもできるお豆腐を使った簡単な料理を作っていた。

 六畳の部屋は物が少なく良く言えば整理されている。悪く言えば殺風景な部屋。少しは女らしくしたら良いよと友人に言われゲームセンターに通い、よく知らないキャラクター人形を集めて飾ってみたものの、棚から床の上から人形で溢れてしまいファンシーというよりもホラー映画の中に出てくる猟奇殺人鬼の部屋のようになってしまい、わずかなバイト代もゴミ袋の中に消えた。結局、人形を取るという技術は覚えたものの女らしさというものからは離れてしまった。

 昼を過ぎて、夕飯の買い出しに近所の商店街へ向かうバス停のベンチに腰を降ろし、待ち行く人の群れをぼんやりと眺めている。携帯電話を片手に「後五分かからずに着きますからもう少しだけお待ちいただけないでしょうか?」と菓子パンをかじりながら話すスーツ姿のサラリーマンは電話を切ると「あーめんどくせー、マジめんどくせー」と何度も独り言を呟いていた。バス停脇に設置されている喫煙所の所で時間を持て余した若い主婦達が三人、自分の子や旦那の駄目な所を煙草の煙を吐き出しながら自慢げに話している。「へー」「そうなんだー」「うちのは……」一方通行の会話は川のようにつらつらと流れている。高校生ぐらいのカップルが買物袋を片手に持って、もう片方の手を繋いでやって来た。「お前もあんな風になんの?」と主婦達を見ながら言うとショートカットの女の子が「なるわけないじゃん、あんな風になったら終りっしょ。マジで」「だよなー」とクスクス笑う。

 しばらくして、商店街へ向かうバスがやってきた。皆、思い思いの向かう先へ散って行く。私はバスの窓から見える、なんの面白味もないくすんだ住宅街を抜けていく。家にいるときと変わらない、色褪せたデニムにパーカー、ノーメイクにマスクをつけ、髪は後ろで束ねただけのこんな格好で友人には会いたくないし、中途半端に見知った人とも会いたくない。当たり障りのないお世辞やら自慢話を聞くあの白々しい感じが面倒くさい。

 私はただ過ぎていく景色や人を眺めながら自分が止まっているようなふわふわした錯覚を覚える。ビデオテープを巻き戻し再生している感覚に時間が戻ればいいのに、なんて想像に浸る。一分一秒と未来がやって来ては過ぎていく。だからなんだって話だけど。そんな事を考えていたせいで降りるバス停を一つ過ぎてしまった。

 商店街から少し離れたバス停に降り、いつもと違う見慣れない景色に私はまたふわふわした気持ちになった。来た道を戻る途中、どこからか大豆を茹でる匂いがしてきて、その瞬間に小さい頃住んでいた町のお豆腐屋さんやその街並みが思い出された。特にそのお豆腐屋さんにはなんの思い出もなかったがたまには寄り道するのもいいかなと思い、その匂いがする方へ行ってみることにした。大きな通りから路地へ入ると昔ながらの木造の店構えのお豆腐屋さんがあった。車一台通れればいいような路地に、新聞屋、雑貨屋、自転車屋、魚屋、青果店、喫茶店と、様々なお店がぎゅうぎゅうに詰め込まれたような商店街があった。

 記憶と混ざりあって見知ったような錯覚を覚える。

 お豆腐屋さんの中に入り、ガラスケースの中のお豆腐や油揚げを眺めている時ふと料理番組を思い出し、夕飯は豆腐にしようと思った。店の奥の方に店番をしているらしい白髪の小さいおばあちゃんが大きな座布団の上にちょこんと座っていた。すみません、と声をかけても返事がないので「聞こえなかったのかな?」と思い、少し近づいて見るとおばあちゃんは目を閉じていて眠っているようだった。どうしようか一瞬迷って今度は「お豆腐ください」と声をかけるとおばあちゃんの瞼がゆっくりと開いた。「はい、はい、ちょっと待ってねー」と言いながら、のそのそと座布団から降りてサンダルに履き替えた。お豆腐と厚揚げを一つずつ買って代金を支払うと「朝子ちゃん今日は調子良さそうね。旦那さんは元気かい?」とおばあちゃんが言った。私の名前は朝子だけどここには初めて来たので人違いだと思いますよと伝えると「あんまり似てたから、てっきり朝子ちゃんだと思っちゃって……ごめんなさいね」と言ってまた座布団がある番台へゆっくり戻って行った。お豆腐屋さんを出てから少しその商店街をぶらぶら歩いて元来た道を戻り、帰りのバスに乗った。

 来た時と同じように窓際の席に座り傾いた太陽に照らされた景色を眺めながらもう一人の「朝子」を想像していた。優しい旦那様の帰りを待つ体の弱い主婦。体調が良い日は商店街へ買い物に行く「朝子」。しかしながら料理が致命的に下手なのでそのままでも食べられるお豆腐は「朝子」の味方。旦那様はそんな夕飯でも美味しいよ、君と一緒だからと笑う。休みの日には近所の公園のベンチで二人、チョコを食べたりお昼寝をしたり。甘い想像、妄想も窓にぼんやり映った自分の顔を見てため息がでた。いつものバス停に降り、いつもの道を通って家に帰る。部屋に入って電気をつけると、いつもの生活がそこにあった。

 台所に立ち、お豆腐と厚揚げの入った袋をまな板の上に置いた時、料理番組の内容を思い出せなかった私は結局お皿の上にのせただけのお豆腐と厚揚げをつまみに缶ビールを飲んだ。一人でもうまいじゃん、なんてつぶやきながら。


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