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背中【せなか】

作者: ゑ

「こんなところに…」

目の前には、赤く怪しいテントがある。

【見世物】

とだけ燻んだ木の板に墨で書いてある。

だが、私以外誰もいない。

当たり前だ。こんな真夜中に神社に来るやつなんて、そうはいない。


赤く怪しいテントの隙間から、だらだらと不思議な魅力が手招きしている。

大いなる恐怖心が心を襲うも、どうにでもなれ、とテントに入った。


フワリ甘く紫な香りが頬を撫でる。

今まで気配もなかったはずの人間が、小さな舞台を真ん中に囲むようにテントをいっぱいにしている。

「ちょっと」

妖美とは言えない女声に背中を突かれた。

振り向くと蛇のような黒髪の女が立っている。

「あんたチケットは?」

チケット?

「あら。あんた見ない顔ね。招待されたのかい?」

いいえ…私は

私は…絵描きである。

自発的に神社に絵を描きに来たわけではない。

思い通りに絵が描けず、売れず、行き悩み、死のうにも死ねず突然外に飛び出しフラフラと歩いて、いつの間にやら神社の境内にポツネンと立っていた…。

そこでこのテントを見つけ入った次第


なんてことは言えず、口ごもっていると

「手ぶらで来たのかい?

…あんた、特技は?」と聞かれた。

口から 絵を描く事です とこぼれ出た。


なぜか一番前の席で、虫を食う少女を見ていた。

肌の白い十くらいの少女が、虫を舌の腹で遊ばせた後、ガブリと勢いよく噛み砕く。

歓声が上がる。

少女の尖った歯は簡単に肉を貫き、口の端から液体が流れて出ている。目はトロンとしており、一噛みする度に、瞳孔が開きキラキラ光っている。


なぜか私は胸のあたりが熱くなった。

少女の行為をしっかりと目に入れた。

ヨダレが出る。

頬を叩いた。


次に、半裸の男が不思議な踊りを舞った。

その男は関節が波のように動き、ユラユラと揺れ、まるで寒天のようだった。

私は、その男を喰らいたくなった。

頬を叩いた。


目が三つ、尾が割れた不気味な猫が突然現れた。

舞台上を自由に歩き、降りては客の膝の上や肩の上を自在に歩きまわった。

私の膝に乗った時、丸く縮こまったので撫でると、突然中指の関節にかぶりついた。


痛い。


だが気持ちいい…。

心がどろりと溶ける音がした。

噛んだ後を猫はべろりと舐めると、不気味な笑顔をこちらに向けた。

目が覚めた。

激痛とともに恐怖心が戻った。

サッと舞台上に登ると、招き猫のように私に手招きをした。

目に涙を浮かべ私は、首を横に振った。

しかし周りを見ると客は盛り上がっている。

「滅多にないぞ!」

「ヤツはツイてる!」

羨ましがるような声がテントを埋めた。

押されるように引かれるように舞台に上がった。

右手を抑え、目には涙がたまり、猫背でみっともなくしばらく立っていたが、目が恐ろしく思い腰を抜かしその場にへたり込んでしまった。

「ちょっと」

今度は妖美な声が背中をついた。

振り向くと蛇のような黒髪の女が立っている。

入り口でいた女だ…。

しかし、確かにさっきと同じ女だが…違う。

声、顔、うるりとした髪質


そして、美しく白い肌…


潤んだ目で女を見上げていると、女は私の目線を合わせ

「どうぞお好きにしてくださいませ」と一言放った。


私は…目を横にやると様々な色の顔料と筆が用意されていた。

背中。

そうだ背中だ。

痛がある手で筆を掴み、女を前に押し倒し、首元から着物を剥いだ。

白く美しい滑らかな肌が露出する。

観客席は静かだ。

だが確実に目はこちらを観ている。

背中を撫で、顔料のついた筆先を落とす。

ヒヤリと冷たいのか、背中が震える。

私は、気持ち悪いほど興奮していることに気がついた。

喰いたい。と言う気持ちが渦を巻いている。

その渦を筆先に込め進める。

たまらん…楽しすぎる。注目されている。

私は、

私は、今生きている…

奇妙な笑い声をあげつつ、更に筆を進める。

赤、緑、紫、青、筆を変えては色を落とし背中を描き上げていく。


夢を観ているのか、と疑った時にはすでに遅く女の背中いっぱいに欲を描いていた。


瞬間、罪悪感と自分への嫌悪感に襲われ、隣にあった水の貼った桶を背中に掛けた。

全ての色が混ざり、汚い液体が床を流れて行く。背中は白く綺麗なものになっていった。

それを見ると全身の力が抜け、その場に倒れこんだ。

すると観客席から、耳が痛くなるぐらいの歓声と拍手が湧き出た。

私は、それに包まれ意識を失った。




「あんた、生きてるか?」

太い声が頭を突く。

目を開けると、権禰宜の袴を履いた男が私の目を覗いていた。

ガバリと起き上がると、そこは神社の境内の隅だった。

すみません…と言おうとした時

右手に違和感を感じた。


クシャクシャのチケットと古ぼけた筆


夢ではなかったのか…

目を見開き、固まっていると男は

「あんた、あの被害者かい?」と言った。

被害…は受けてませんが…

とモゴモゴと答えると

「あーあ。やられちまったね。アレは、生き迷った人間を見世物にする妖怪供なんだ」

「あんたは、運が良かったね。生きて帰って来れた」

「もう二度とこの神社に顔を出してはいけないよ」

そう言うと、男は本殿に向かって歩いていった。


私は、入った時から見世物だったのか…?

恐怖と妖に溺れて、自分を失う様を見せていたのか…?このチケットは…自分のような人間を見て喜ぶ為のチケットか…?



いや…コレは。






今夜も神社に向かう。

昔はチケットを握りしめていたが、今は筆と顔料を入れた箱を抱きしめている。


ああ…今夜は誰を喰えるのか。


今日も明日も、

赤い怪しいテントの中から手招きをする。


「ちょっと」

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