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無限転生者(リインカーネーター)3


 同日二十時五十分、新都庁三十二階大ホール。


 巨大な台車に乗せられ、バニーの格好をした小百合が、風華の待つホールの中心へと運搬されていく。

 小百合の両手足はピンクのリボンで拘束され、大の字で台車の上に横たわっていた。


「まあ素敵。やっぱりバニーの格好は、汚い中年男性ではなく可愛い女の子に限りますわね」


 風華がぱあっと明るい顔をして、嬉しそうに手を合わせる。


「くっ! この変態! 何なのよ、躍進機関はそういう趣味の集まりだったわけ!?」


 小百合は風華を睨みつけて、リボンを引きちぎろうともがく。


「うふふふ……。必死になる様子も素敵ですわぁ」

「変態! 変態ッ!!」

「うふふ、好きに言ってくださいな。この体勢での強がりなんて嗜虐心をそそらせるだけですわ」

「くっぅ、変態……!」


 風華は必死に罵る小百合を楽しそうに見下ろす。


「風華様、時間が押しています。この者に罪状の確認を……」

「ああ、そうでしたわね。もう問答無用で兎刑にするつもりで居ましたわ」


 耳元で囁く天狗に、風華はつまらなそうに右手をひらつかせた。


「では、小百合さん、質問ですわ。エレキテル、その技術の出所はどこなのですかしら? エレキテルは数ある有害文明の中でも特に取り締まられている技術ですの」

「出所なんて無いわ。私が護身用に勝手に作っただけよ」

「あら、そうですの」


 言いながら、風華は冷たい眼差しで小百合を凝視する。


「ほ、本当よ」


 風華の眼力に気圧されつつも小百合が答える。


「では貴方は独力でエレキテルを完成させたと言うのですわね?」

「そ、そうよ。何よ、文句あるの!?」

「それは不思議なお話ですわ。大天狗様曰く、そのエレキテルの技術はこの時代の水準を遥かに超えているらしいですの」

「言ったでしょ、私は無限転生者(リーンカーネイター)だって! 独力って言ってもかけてる時間が違うのよ!」

「では、エレキテルの研究を始めたのはいつで、そこまで辿り着いたのはいつですかしら?」


 風華は小百合を冷ややかな眼差しで凝視したまま更に問う。


「……お、覚えてなんていないわ。貴方だって十年前の出来事すらあやふやでしょう!?」

「信じられませんわね。貴方が人類史において常に在ったとしても、独りで人類の千年先は行けないでしょう? もし可能だとすれば、貴方の英知は大天狗様のように未知の領域。無限転生者ではなく時渡りの方がまだ納得できますわ」

「っ……私は嘘なんて言っていないわ。それで信じられないって言うのなら好きにすればいいわ!?」


 値踏みするように小百合を見下ろす風華を、小百合は思い切り睨みつける。


「ええ、元よりそのつもりですわ。うふふ、好きにさせて貰いますからね」

「っう……!」


 邪悪な笑みを浮かべる風華に、小百合は嫌悪の表情を浮かべて押し黙る。


「では、小百合さん、これから何が起こるか分かりますかしら?」


 風華はうっとりとした表情で小百合に問いかける。理性を感じた先ほどまでとの問いかけと違う、欲望と嗜虐に満ちた口調だった。


「知らないわよ! 知りたいとも思わないもの!」

「エレキテルの出所が分からない以上、小百合さんを野放しにはできませんわ。ですから兎刑に処しますの」


 風華はしゃがみこみ、小百合の開いた胸元を舐めるように撫で上げる。


「……ッ! 止めて、変態! 何が兎刑よ! そんな刑罰知らないわ!」

「なら思い出してくださいな。街頭ビジョンのニュース」

「え……?」


 片山さんは過度の興奮状態にあり、肛門に人参を挿していたことから、有害文明研究中の事故と見て──。


「へ……? うそ、うそ!? あ、頭おかしいんじゃないの? 私は嫌よ、嫌っ!?」


 これからその身に降りかかるであろう惨劇を理解し、一気に血の気が引く小百合。

 小百合は全身を激しく揺さぶって戒めを解こうとするが、頑強に結ばれたピンクのリボンは千切れるどころか緩むことすらなかった。


「うふふふふ、思い出してくれましたわね。可愛い可愛い小百合さんですもの、それはもう入念に、ねっとりと兎刑に処してあげますわね」


 ぺろりと風華が舌なめずりすると同時に、天狗の集団が小百合の周りを取り囲む。


「じょ、冗談でしょ……? 私は何度転生しても記憶を引き継ぐのよ? そんなことされたら永遠に苛まれちゃうじゃない……」

「まあ、それは素敵。まさに一生物の思い出ですわね。大丈夫、小百合さんは女の子ですから沢山人参が挿さりますわよ」


 風華はニタァと邪悪な笑みを浮かべ、両手に人参を持った。


「こ、これ以上するのなら舌を噛み切るわよ!」


 何とか兎刑を止めさせようと、目に涙をためて小百合が必死な顔で脅す。


「あら。痛みと快楽の交響曲を御所望ですの。構いませんわ。私は美少女相手に責めるなら、大概ウェルカムですから」

「──ひっ!?」


 脅しを意に介さぬどころか、うっとりとした表情をする風華に、小百合の表情に恐怖が満ちる。


「そう、それですの! その恐怖に満ちた表情が見たかったのですわ! さあ、天狗達! 合唱なさい!」

「ハッ! ロの五三号、音頭取ります! はい! 小百合ちゃんの! かっこいいとこ見てみたい!」

「そぉれ」

「いっき!」

「いっき!」

「いっき!」

「いっき!」

「いっき!」

「いっき!」


 パパンのパン。飲み会のようなコールが巻き起こり、一糸乱れぬ動きで天狗達が手拍子を繰り返す。

 天狗達は狂っていた。間違いなく。


「嫌!? なにこれ!? なにこれぇ……っ!?」


 圧倒的な熱量を持つ狂気に気圧され、意地と生の諦めで締め上げていた小百合の思考が綻ぶ。

 なぜ。なぜ。どうしてこの人々は皆で平然と狂えるのだろうか。


 小百合は今まで何度も転生してきたが、それでもこんな狂った場面に出くわしたことはなかった。

 そして、どうして小百合自身がその狂気を一身に受けなければならないのだろうか──


「ひっ!? いや、止めて……!」


 小百合はたまらずその身をよじらせる。

 だが、ピンクのリボンで拘束された手足は、小百合が逃げ出すことなど許さなかった。


「うふふ、流石にいいお顔をしてくれるようになりましたわね」


 風華は手にした人参を小百合の視界に入るように見せつけると、人参で小百合の内ももをなぞった。


「ひぃっ!? い、いや、いや、いやっ……!」

「その顔、最高にそそりますわぁ……」


 悦に入った風華の顔が小百合の恐怖を最高潮にまで引き上げる。


「も、もう……止めて? 本当に嫌よ、嫌なの……」

「ご安心なさい。だぁれも助けなんて来ませんわよ」


 そんなことは小百合にも分かっていた。

 それでも歯はかみ合わずガチガチと音を立て、渇いた口から自然と悲鳴が漏れる。

 泣き言は言わない。すがりもしない。ただ孤独に生きると決めたはずの心が叫びをあげ、自らの意思とは無関係に、自らが拒絶しているはずの誰かを捜し求めて突き動かす。


 誰か、誰か、誰か──


「誰か助けて!!」

「ハーッハッハッハッ! そこのけ、そこのけ、お馬が通るうぅぅっ!!」


 それは示し合わせたような間だった。


 エクスの高笑いと共にホールの扉が勢いよく叩き壊され、エクスの乗った白馬が疾走し、小百合の前に立つ風華吹き飛ばす。

 完全に不意を衝かれた風華は受身もとれず、ゴム鞠のように弾んだ後、床に倒れて動かなくなった。


「なんぞ! なんぞこれは!?」


 地上三十二階に突如現れた白馬。それに跨るエクス。

 未だ速度を緩めず、大広間を暴走する白馬の上で、エクスはエレキテル刀を振り回して天狗達を容赦なく切り伏せていく。

 狂気を弾き飛ばす狂気に満ちた光景。今度は正気に戻った天狗達が慄きざわめき出す。


「……え、エクス?」

「おや、奇遇だな。そこの貧相なボディのバニーは小百合じゃないか。野駆けをしていたら偶然こんな所に出てしまったようだ。仕方が無いな、何しろお馬さんは人参が大好物だからな。ハハッ!」


 小百合の前で停止した白馬の上で、エクスは小百合に向かって不敵な笑みを浮かべる。いかにもこの出会いが偶然であると言いたげな様子だ。


「の、がけ……?」


 小百合は一瞬のうちに目まぐるしく変化した状況についていけず、目をぱちぱちと白黒とさせる。


 そのやり取りを見ていた数人の天狗達がひそひそと話しだし、代表と決まったらしい天狗が小さく手を上げた。


「ま、待たれよ、そこの御仁。その筋書き、些か無理がなかろうか。ここは地上三十二階。とてもとても野駆けというのは……」

「いいや、野駆けできた。馬が人参に釣られて暴走しただけだ」


 足元に転がる人参に見向きもせず、白馬が雄たけびをあげて上半身を起こす。その上でエクスは断然と言い切った。

 その自信あふれる反応に、天狗達はそれ以上なにも言えなくなってしまった。


「さて、野駆けのついでだ。助けて欲しくば助けてやらんこともないが、どうする?」


 エクスは小百合の方を向いてニヤリと笑う。

 小百合は一瞬だけエクスを睨みつけたが、すぐにしおらしい表情となって──


「っう……たす……」


 と、言いかけた所でエクスがすかさず小百合の口を塞いだ。


「むぐっ!?」

「出会って間もないが、お前が強情で助けてなんて言わないのは分かる。野駆けのついでだ、今日は言われんでも助けてやる。ついでだからな、恩に着る必要も無いぞ」


 言って、エクスはそのまま小百合を抱き上げると小脇に抱えた。


「い、いかん! 呆けている場合でないぞ! 者共! 急いで出口を塞げい!!」


 白馬の行く手を遮るべく、扉の前にまだ動ける天狗達が次々と集結する。

 しかし、大広間の扉を突き破って廊下側から強烈な拳打が炸裂し、集結した天狗が次々とボウリングのピンのように弾け飛んだ。


「エクス。目的を達成したのなら早く帰りましょう。このビルにはまだまだ沢山の天狗さんが居るみたいです」


 天狗を吹き飛ばした張本人であるマキナは、誰も居なくなった扉の前を悠然と歩いていく。


「ああ、分かってる」


 マキナは進路を妨げぬよう、ゆっくりと扉の脇へと避ける。

 その横をすかざず白馬のご一行が駆け抜けていく。


「それではおやすみなさい」


 襲ってくる天狗がもう居ない事を確認すると、マキナは散乱した人参を一箇所に集め、緋毛氈の上で倒れる天狗達に一礼をして踵を返す。


 倒れ伏す天狗達の中、風華がその手をぴくりと動かした。


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