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無限転生者(リインカーネーター)1


 第二章  無限転生者(リインカーネーター)


 新大正の夜は明るい。


 かつて月人(エトランジェ)がもたらした新型常温蒸気動力は、石炭を用いた古い蒸気機関を瞬く間に駆逐し、それまで研究されていたエネルギー全てを意味の無い物へと変えた。

 パズルを組み立てている最中に完成品を手渡された。そう皮肉げにいった研究者も居た。

 だがそれでも、新型蒸気機関は煤と黒煙に奪われた青空を人々へ還し、失われるはずだった種と自然を守った。その恩恵は間違いなく、人々もその事実を理解していた。


 それから百年。新型蒸気機関は人々にとって当然の物となり、社会の隅々にまで組み込まれていた。


 故に灯り溢れる新大正の夜は明るい。

 故に百年前よりも澄み渡った星空は明るい。


 その街と夜空の両方を一望する高層ビル──新都庁。オフィス街の中心に鎮座する、ランドマークともなっている高層ビル。

 その上層、周囲の街並みを見下ろすように全面ガラス張りされた大広間で、スーツ姿の天狗面達が踊り狂っていた。


「いあ、いあ、天狗! これ、天狗! いあ、いあ、天狗でよよいのよい!」


 緋毛氈の敷き詰められた高級感溢れる空間に灯りは無く、月明かりだけが部屋を仄かに照らしている。

 その中を大勢の天狗達が舞い踊る。その姿は宴会芸のようでも、できの悪い盆踊り大会のようでもあった。


「さあ、もっと踊るのですわ! 今宵は大天狗様が降臨なさる日ですわよ!」

「承知! 風華様!!」


 舞い踊る天狗面の中心で、一人素顔を晒した少女が発破をかける。

 整った顔立ちに豪奢なブロンドの髪、エメラルドの瞳。その豊かな胸を見せ付けるように、スーツではなく露出度の高い忍び装束のようなものを着込んだ少女。

 風華と呼ばれたその少女は明らかに他の天狗達とは一線を画した存在だった。


「大天狗様がいらっしゃるのはそろそろだと思いますけれど……」


 言って、風華は部屋を見回す。

 月明かりに照らされていたはずの大広間は、月が隠れたわけではないのに先程よりも暗くなっている。


 そして更に数分、大広間は無明の闇に支配される。


 上下も左右も分からなくなったその場所へ、徐々に近づく何かの気配。

 程なくして無明の闇に一本の赤い線が伸びる。それは紛れも無く天狗の鼻だった。


「天狗じゃ! 大天狗様じゃ!」


 無明の闇の中、誰かが歓喜に満ちた声で叫ぶ。 


「おお! 大天狗様! 大天狗様!」


 それを皮切りに巻き起こる「大天狗様」コール。踊り狂う天狗達のボルテージは最高潮に達していた。

 伸び続ける天狗の鼻は大広間の空間を超越し、因果地平の彼方まで伸び、その付け根に真紅の天狗面が顕現した。


「さて皆の者。大儀じゃったのう」

「「「「ははぁ!」」」」


 真紅の天狗面から響いた声に、全ての天狗が踊りを止めて平伏し、その頭を見えない床へと擦り付ける。


「では、早速お主達の活動報告を聞くとしようかのう」


 大天狗が脳に直接響くような声でゆっくりと語る。


「では、はじめに風華。有害文明研究者に兎刑を与えましたわ」

「うむ」

「次に天狗ハの六六号。蒸気機関の効率化に邁進中です!」

「うむ」

「て……天狗イの七七号。時渡り(クロノス)の少女を追い……見事敗北いたしました」

「なんじゃと?」

「ははあっ!」


 静かに問い返す大天狗に対し、イの七七号はただただ頭を垂れる。日本に古来より伝わる最強の謝罪戦略"ひたすら土下座"だった。


「ほう、なるほどのう……」

「ははぁっ!! なにとぞ、なにとぞお許しを!!」


 愉快そうに大天狗の面が揺れる度、イの七七号がより深く頭を垂れていく。


「よい、それは仕方ないことじゃ。時渡りの少女、儂が思う通りの者ならば一筋縄ではいかぬのは当然のこと」

「ははぁ、なんと寛大な御心!」

「終の時、儂の元に時渡りの少女が居ればそれでよい。儂も近々その地に降りよう。皆々の者、励むのじゃぞ」

「「「人類の未来のために! 全ての終わりを防ぐために!」」」


 全ての天狗面が平伏し、声を揃える。


「瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ……」


 天狗が平伏する中、大天狗は一句詠んで闇の中へと消えていく。


 大天狗の長い鼻が全て消えると、部屋には再び月明かりが差し込み、元の薄暗さが戻った。


「大天狗様がこの地に降りられる……。その時までになんとしても時渡りの少女を捕獲しないといけませんわね」


 風華は物憂げな表情で星空を見上げると、振り返って大広間の天狗達に号令をかける。


「さあ、定例活動の続きですわよ。続けるのですわ!」

「はっ! 有害文明研究者の裁きをお願いします!」


 天狗が一斉に立ち上がり、整然と円を描くように整列していく。


 次いで、巨大な台車に乗せられ、両手足を縛られた白髪の男性が風華の前に引き出された。

 普通の格好をしていれば理知的な老紳士だろうその男は、残念なことに女性物のバニースーツを着用していた。


「くそっ! お前達、私にこんな格好をさせてどうするつもりだ!?」

「お名前は……片山啓吾さん。再三の警告にも関わらず、有害文明の研究に勤しんだ頭の残念な方ですのね」


 叫ぶ男に一瞥もくれず、風華が手にした資料を読み上げる。


「有害文明だと! 無知な輩が勝手に有害扱いしおって! 私の研究が実れば、より安価な動力源を手に入れることができるのだぞ!」

「まあ、流石は頭の残念な方。想像力にも乏しいのですわね。そのプアな頭脳には同情いたしますわ」


 力強く言う男の言葉に、無知を嘲笑うかのように風華が口元を歪める。


「もしも貴方の研究が実って、そのエネルギーが人類に広く広まったとしましょう。その代償としてまずは大気汚染が深刻化しますわね」

「ぐっ……。だが多少大気が汚れた所でそれ以上の恩恵が……」

「ありませんわ。理論上の最大変換効率から考えて地球上の埋蔵量は大よそ百年分。加えて、大規模に埋蔵されている地域は一部地域に限られる。うふふ、そうなれば利益を求めた者達同士の衝突は必至。正に貴方は死を呼ぶものですわねぇ」


 資料を読み上げながら愉快そうに笑う風華。

 それに対して男の顔色は蒼白としていた。


「ど、どうしてそんなことまで知っているんだ!? 私でさえそこまで詳しく知らないと言うのに……」

「貴方の浅薄な知恵が出した答えなど、全知全能たる大天狗様が知らないはずがないでしょう。人類にとって有害であると考えて、その動力源はあえて選ばなかっただけですわ」

「馬鹿な……」


 男は暴れる手足を止め、天を仰ぐように天井を見つめている。


「うふふ、お分かりいただけましたかしら? 大人しく自らの無知蒙昧を認め、大天狗様に忠誠を誓いなさい。そうすればこのまま帰して差し上げますわ」

「断る! そ、そんなことはデタラメだ! 私の半生をかけた研究が既知の失敗作であるわけがない!!」


 自己を肯定するように強く言い切る男の言葉に、風華の顔が強張る。

 それと同時に男の周囲を天狗が取り囲んだ。


「まあ、なんて見苦しい……。言うまでもなく有罪確定ですわね。兎刑の準備を」

「はっ!」


 嫌悪感を顕にした眼差しで男を見下ろす風華。

 そこに天狗がすかさず太い人参を手渡した。


「そ、それを使ってどうするつもりだ!? 私は脅しには屈さんぞ!」

「どうするも何も、人参は食べるものでしょう? だから、私が……たっぷり食べさせてあげますわよォ!!」


 風華は嗜虐的な笑みを浮かべ、人参を振りかぶった──





『次のニュースです。先日より行方の分からなくなっていた片山啓吾さんが、花魁町で保護されました。片山さんは過度の興奮状態にあり、肛門に人参を挿していたことから、研究中の事故と見て──』


「はぁ、くだらない。何が研究中の事故よ。無理やりなこじつけすぎるわ。明らかに変態趣味なだけじゃない」


 小百合は歩く足を止めると、巨大な街頭ビジョンから流れるニュースを眺めて深々とため息をつく。

 空は夕焼けに染まり、街には灯りがともり始めている。

 足を止めた小百合の横を通り過ぎる人々は家路を急ぎ、小百合を気にも留めていない。


 小百合は少しだけ寂しげな表情で行き交う人々の顔を観察すると、再び大きくため息をついた。


「さてと、これからどうしようかしら……?」


 帰る場所がないわけではない。小百合は天涯孤独の身の上ではあるが、"今回"の両親が残した立派な邸宅も莫大な資産もある。

 だが、小百合は最初から決めているのだ。誰かを頼らず想わず独りで生きていくと──そう、小百合が"生まれてくるずっと前"から。


 故に小百合には帰るべき我が家などと言うものはない。

 そもそも、名義上の自宅などとうの昔に躍進機関の監視下になっていることだろう。


「昨日の二人、やっぱりお礼ぐらいは言っておいた方がよかったのかしら。私を助けてくれたのは事実だものね」


 だがそれでも心に宿ってしまった一抹の寂しさを吐き出すように、小百合は弱々しく呟いた後、


「……いいえ、私は独りで孤独に生きていくって決めているんだもの。助けられたからってそんな弱い考えをしてどうするのよ。私は他人のことなんて私は一切考えないわ。そう、他人なんて居ないも一緒!」


 そう言い直して、自らを奮い立たせた。


「まあ、健気。頼もしい限りですわ」


 不意に小百合の肩に押し当てられるやわらかい感触。それは女性の豊かな胸だった。


「──っ!?」


 驚いた小百合が振り返るよりも早く、小百合の後ろに立つ女は、艶かしい手つきで後ろから小百合の手首を掴んだ。

 ゴクリと小百合の喉が鳴り、蛇に巻きつかれたようにその身が硬直する。恐怖と言う名の直感は絶えず警鐘を鳴らし続けている。

 その女は小百合の直感を肯定するかのように、舌なめずりをして口を開く。


「うふふ、わたくしは風華と申しますの。小百合さん、貴方を私達の躍進機関にご招待しますわ。来てくれますでしょう?」


 言葉と共に、小百合の首筋にも何かが押し当てられる。それは冷ややかな刃だった。

 自然に、穏やかに、流れるように行われた脅し。夕暮れの街を歩く他人が小百合の窮地に気づくことはないだろう。


「…………」

「貴方も命が惜しいでしょう? 来て、くださいますわよね?」


 嬲るようにゆっくりとした口調で風華が肯定を促す。

 だが、その嬲るような脅し文句が、逆に恐怖に怯えた小百合の心を落ち着かせる切っ掛けとなった。


「ふぅん、そう、命……命ね。別に惜しくないわ。どうせ死なんて大したことがないもの」


 小百合は前を向いたまま事も無げに言い放つ。

 思いもよらない言葉に、今度は風華が顔を僅かに顰めた。


「この際だから言っておくわ。貴方達は私を時渡りだと思っているみたいだけれど、私はそんなに便利な人間じゃないわ。私は無限転生者リインカーネーター。死んでも同じ記憶同じ姿で別の人間となる、不便極まりない人間よ」


 首筋に刃を突きつけられたまま、小百合は僅かに振り返り、冷たい眼光で風華を一瞥する。

 年若い少女のものとは思えない冷めた眼差しは、小百合の言葉が嘘ではないと信じさせるには十分なものだった。


「だからどうぞご自由に。今の自分に未練もないし、死なんて何度体験したかすら覚えていないわ」


 小百合は疲れたように息を吐くと、冷たい眼差しのまま行き交う人々を眺める。

 そんな小百合の姿はこの窮地に動じていないようでも、既に諦めているようでもあった。


 小百合の様子に気圧されたのか、思索を巡らせているのか、風華は暫し無言だったが、やがて我に返ったように口元を歪めると、小百合の耳に生暖かい息を吹きかけた。


「ひっ!?」


 思わぬ返しに小百合が上ずった声をだして目を見開く。


「うふふ、強がってしまって可愛いですわ。でも大丈夫ですの。死を恐れなくても、もっと怖いことなんていくらでもありますもの。だから一緒に行きましょうね……?」

「──っ!」


 言い知れぬ悪寒に襲われた小百合は、怪我を承知で抜け出そうと試みる──が、いつの間にか小百合の周囲はスーツ姿の人間に囲まれ、逃げ出す隙間など微塵も残されていなかった。

 そして、そのまま小百合の意識は遠のいていくのだった。


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