異界への尖兵、初日
久々に書いた
今回のイベントは時間加速を使わないらしい。
そのかわり現実世界で2週間もイベントは開催されるようだ。きっとランキング上位勢は廃人な人達でぎっしりになることだろうな。
「で、皆どうする?」
と俺はそう言う。イベントの詳細を調べてみたところイベント世界にはポータル、つまりいつもの噴水広場などから転移するらしい。ちなみに行き来は自由だ。
だとしても向こうで薬草やらを現地調達できるのならいいが、できない場合……色々とまずいことになる。俺らはNPC化する契約をしているからデスする度にゲーム内通貨でお布施を支払うことになるのだ。
お布施も回数券バージョンと月極的バージョンがあって俺らは死ぬことがあまりないから回数券バージョンを採用している。
で今金欠なので色々とまずい。即死トラップとかに何回か引っ掛かったら神殿から差し押さえが来てしまう。
「ちゃんと準備してから行きたいんだが……素材ほぼないなった。薬草畑のは使いたくないけどしょうがないか」
爆発で消し飛んだ区画を見てシンが息を吐く。ションボリしているというよりかはめんどくさそうな雰囲気だ。
うちのパーティーはヒーラーがいないからねぇ。今はシンがポーションを使ってエセヒーラーもどきをやっているんだがポーションが無ければただの人だからなぁ。
ついでにパーティーの軍資金もないなったし。
「ないなったて何語だよ。というかパーティーの金を誰か使い込んだっぽいし。俺、結構怒ってるんだけど誰?」
これは、結構重大な話。……かと思ったら皆そうでもない。そうなんだよなぁ、それが問題なんだけど。
まずシンは素材と調合の為のスペース、あと道具があれば良いから金には頓着してない。
タローも道具とか仕事をすること自体にやりがいを感じちゃってるし金が必要な場面がほとんどないから気にしてないみたいだ。
リンはいつもうるさいんだけど今回に限ってはあまり気にしてないみたいだ。多分ドラゴンを何匹か狩れば良い程度に思ってるんだろうな。
マイはスロットで有り金溶かしたって指摘されてるけど……マイがスロットで有り金溶かすことあるか?ギャンブルの鬼がそんなことないとはいえないんだけど。
マイは盗まないと思うんだよなぁ。
ちなみに今はそれどころではないらしく吹き飛んだ魔導書をかき集めている。
ハナは言わずもがな。金銭感覚がおかしいようだがそもそもあまり自分で買い物しないし使い込むようなものもないしなぁ。
サヤは……そもそもいない。猫を探しにどこかに行ってしまっている。
そして俺は当然やってない。……誰が使い込んだんだ?
裁判所セットの検察役が座る場所で悩むが答えは出ない。そもそも証拠ないし。
誰も口を開かない。
「それ、そんなに大事か?たかがゲーム内通貨なんだし。もういいだろ?」
タローは犯人探しの空気が好きではないようだ。俺も好きじゃないよ。しかも楽しいイベント前にさ。でもここではっきりさせないと後々レアアイテムを勝手に使われるかもしれないからな。
「おう、大事だぞ。皆のお金だからね。相談もせずに使うなんて裏切り行為はいけないと思う。」
「もういいでしょユウ。私がちゃんと稼いでくるから。倍くらいまで稼いでくるから」
リンはどうやらこの雰囲気が嫌いらしい、俺だって嫌いだよ。その気持ちは嬉しいんだけど今回のは重大だから……
リンの言葉にみんなはどうでもいいと言ったような表情を浮かべている。無関心というかめんどくそうだ。
「次こそは設定6の台でフィーバーモードに入るから。あの時目押しさえ出来れば激アツだったんだけど……」
……ん?次こそ?設定6のフィーバーモード?なにそれ?
「リン、ドラゴンを狩ってくるんじゃないのか?」
「え?うん?そうだよ?」
何を当然のことを、と言った顔で見られても……
「設定6とかフィーバーモードは何?」
「それはっ……何でもない、こっちの話だから」
突然何かしらに気づき慌て始めたリン。
使い込んだのはリン……なのか?
「リン……リンなのか?」
理由によっては何かしらの余地はあるかもしないけどダメなものはやっぱりダメだと思う。
「えっと、だってチャンス来ててベル揃えてボーナスに入りそうだったし」
「うん」
リンは何を言ってるんだ?
「少し負けてたけど何度か演出も来てて当たりそうだったし当たれば取り返してお釣りもついてくるから……」
えっと……ギャンブルか?
多分今の俺の表情は困惑一色だろう。
「ギャンブル?」
「スロットね、でその後別の店なら設定が違うって聞いて巡って……また負けちゃって」
「うん」
まぁ、だろうね。
「マイに励まして貰ってそれから何件か一緒に打たせて貰って、気づいたら私のお金が無くなってて」
「うん」
そこで止めればよかったんじゃないか?
「そしたらマイが普通にお金くれて、その日のマイ普通に負けだったのに」
「うん?」
それからリンは涙ながらにスロットの魅力を語ってくれた。あまり泣いて欲しくないからもう辞めたいんだけど……ちゃんと反省してるよね?
「マイに5回もお金貰っちゃってこれ以上貰うのは申し訳なくて、でもそれで……えっと….えっと……」
心を鬼にしろ、佐藤裕太。やっぱり放置するのは今後の関係によくないぞ。スロ屋デートなんてダメだ、というか嫌だ。
「謝るべき人がいるでしょ、ね?」
誠心誠意謝ればみんなきっと許してくれるはずだ。
「えっと……みんなごめんなさい!」
リンの異常に気づかなかった俺も悪いよな……
「俺からも、本当に……ん?」
「……あれ?」
謝ろうとした先にはタロー以外いなかった。
「皆は?」
「それぞれ出かけていったでござるよ?」
え?マジ?
「その……私が使い込んだことは?」
「その鈍い男以外はみんな気づいておったでござるよ?」
衝撃の事実……ッ!
「そんなことはどうでもいいとして吹矢とか短弓とか作ってくれぬか?」
「えぇ……なんか釈然としない」
なんだろう、全力で空回ってた感じ。しかもそこを友達に見られた感じ。
「仮面!仮面が欲しいでござる。いつまでも野盗みたいにスカーフで顔隠すのはカッコ悪いでござるからな!」
「あいよ……はぁ……。デザイン聞くからこっち来い」
ため息しか出ん。
というか前はスカーフ自慢してたよな。
「そこで製作費のご相談なんですが」
タローはリンの方をチラチラと見ながら俺を見る。うん、なるほどね。溜息しか出ないです……
「タダでいいよ……仮面は素材もこっちで持つ」
「いやぁ、持つものは友だねぇ!」
タローの表情が明るくなる。
「で吹矢と短弓はこだわるよな?」
「勿論」
「じゃあ今のあり合わせじゃダメだよなぁ、吹矢と短弓の素材はそっち持ちで頼むわ」
「了解」
タローに必要な素材の目録を伝えた。
すると、タローが天井に向かいジャンプし張り付く。
そして張り付いた部分の天井がぐるっと回転しタローは天井の中に消えていった。
誰だそんな仕掛け勝手に作ったの……
「あ、仮面のデザイン聞くの忘れた。まぁいいか、戻ってきてからで」
さてとじゃあ取り敢えず仮面と吹矢と短弓を何個か作って大まかなデザインを用意しておくか、細かいところは後で詰めればいいし。
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ユウがその場を後にする。リンだけが取り残された。胸がムカムカして気持ち悪い。目頭が熱いしなんだか吐きそう。息がしづらい。
その気持ちから逃げるようにリンは自室に駆け込んだ。ログアウトするという発想は浮かばなかったらしい。
リンは枕に顔を当てた。枕から嗚咽が少しだけ漏れる。
ことのあらましは1日前。リンがマイに話しかけられたことから始まった。
そしてマイがリンに3万程を渡してくれて共にスロットを始めた。
マイは初心者にも分かりやすいよう丁寧に教えてくれた。教えているせいかマイも大負けしていたがとても楽しかったことをリンは覚えている。
3万をスッたところでマイに別の店にしようと言われ別の店に向かった。流石にこれ以上マイから施しを受けるわけにはいかないと意地を張って自分のお金で勝負をし始めた。
それから10軒回るころにはリンの持ち金は無くなっていた。マイもあれから大きい勝ちはないようで少しだけ負けているらしい。
その後、リンがお金がないことを伝えるとマイは笑ってお金をくれた。貸してくれたわけではなく、もらった。マイは返す必要はないと言った。
同じことを5度も繰り返すとリンは申し訳なく思いやってはいけないと思いつつも気づけばパーティーのお金を持ち出していた。
勝てば取り返せると信じて。
さらに3軒回るとマイは用事があるらしく帰っていった。マイは『ある程度負けるようだったら他の店に行った方がいい』と言われ愚直にそれを守った。
勝てば取り返せる。何度か勝ってしまったリンは味を占めてしまった。これならお金を増やせると思ってしまった。
なにより勝った時、チャンスの時の高揚感にリンは惹かれてしまった。
それから少ししてリンはとんでもないことに気づいた。手持ちの金、つまりパーティの金が殆ど残っていなかった。
もともとそう多くなかったパーティの金だ。
皆がコツコツと貯めてきたことをリンは知っている。
リンは慌てて魔物をたくさん狩り家の中にとにかく押し込んだ。その押し込んだ場所がマッドサイエンティストの研究室だったことにリンは気づきはしなかった。
換金は明日でいいや、と思いログアウトする。
そして……今に至る。
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マイは満足していた。
賭博場ほぼ全てに出禁になってしまったのだがある機転を聞かせたことによって賭博場に入れるようになった。
その方法とはわざと負けること。それも驚くほどの大負けがいい。
ただ自分が大負けするのは不自然にとられてしまうのでリンを連れて行くことにした。
何万か握らせてスロットを打たせれば勝手にのめり込んでくれると思ったのだがなかなかそうはいかないらしい。リンは結構自制心が強く何十軒と回ることになってしまった。
そして最後の方にやっと堕ちてくれた。いきなりパーティの金に手を出すとは思わなかったけど、そもそも増築とか設備投資であまり残ってなかったから賭博場に入れば一発で取り返せる額だ。
だから特に気にはしてなかった。
今はリンがユウに説教を受けてしまっている。焚きつけたのが自分ということも有り気まずいし、なにより魔導書の修復をしないといけないのでマイはその場を立ち去った。
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ハナは何も気にしていなかった。自分の父親とその昔行ったカジノではもっと大きな額が動いていたしハナの父親も結構勝ったり負けたりして楽しんでいた。
そもそもパーティの金と言っても残っているのは端金。今までリンが地道に稼いでいたことを知っているので特になんとも思わない。
ただリンが少しかわいそうなので魔物を狩ってくることにした。
本音は一刀流で戦うことに慣れておきたかった。
リンの負けについてはそんなこともあるよね、程度にしか思っていないしゲーム内のお金にはそこまで本気にはなれないようだ。
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シンはポーションを作るために一目散に菜園に行っていた。
「あー元気に育ってるなぁ……収穫するかぁ」
シンは薬草を収穫する時どこか嫌そうな顔をしていた。ペット的な扱いだったのだろう。
畑一面、薬草ばかりなのだがとても嫌そうにしている。
ある程度収穫するとシンの手が止まり肥料を撒き始めた。
「みんな元気になるんだぞー」
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サヤはようやく戻ってくることができた、が拠点には誰もいなかったのでログアウトすることにした。
イベント初日。
パーティ『虹の翼』
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