太郎の家族旅行
太郎が日帰りして次の日……
太郎達はまた例の飛行場にいた。
今回は耐Gスーツも渡されることなく至って平和なものである。
今度こそ家族旅行だ。
太郎の母と太郎の父、そして太郎の3人はキャリーバッグを引っ張りながら平たい独特の形をした飛行機に乗り込んでいく。
もちろんステルス機である。
「あれ?金は溜まったんじゃねーの?依頼受けなくていいんじゃねーの?」
席に座った太郎はグダグダと愚痴を言いながら依頼書に目を通していく。それに対して太郎の父が片手に麻酔銃を持ちながら答える。
「今回は救出任務だ。対象に跳弾とか不味いし非殺傷が推奨だが……」
太郎の父は麻酔銃を腰の位置にあるバッグに収納する。予備のマガジンをキャリーバッグの中に入れたままである。
「そもそも使う?」
「使わないよなぁ。ま、一応保険よ」
「私はそういうの怖いし遠くから殺っちゃうね」
太郎の母がキャリーバッグの中に入っていたスナイパーライフルを組み立てながら話す。
「いや、非殺傷だし。死体が見つかったら俺らが面倒なんですが」
「大丈夫。その時は発見者もきちんと処理するから」
「母さん、それは解決になってないよ……」
「エージェントエリーと呼びなさい」
「オーケーエリー」
ステルス機が加速して空へ向かう。
無事離陸し機体が安定する。
スナイパーライフルを組み立てるのは少し早すぎたようで太郎母はまた分解してパーツを身体中に仕込んでいく。
「さて、改めてターゲットについてだ」
「その前に質問だ。誰からの依頼だ?」
太郎の父の話を太郎が遮る。
太郎の表情は至って真剣なものだ。
「強いて言うなら俺だ。正確には諜報部潜入調査課の長である俺の依頼だな。まぁ、個人的な理由も多少はあるが」
キャリーバッグの中に入れていた小説を読み始めた太郎の父はそう答えた。
太郎はそんな父を訝しみ心の中に燻る疑問を解決しようとうと問いかける。
「俺を連れて行ってよかったのか?」と。
太郎の父は眉ひとつ動かさず小説のページをめくる。そしてしばしの無言の後ページをめくる。
「私情を仕事に持ち込むほどの素人に育てたつもりはないが?」
「俺もそんな風に育った覚えはないね、あと本格的に小説にのめり込まないでくれ」
「やだね」
太郎の父は小説のページをパラパラとめくり本を閉じた。
「じゃあさっきの続きだ。今回の任務の内容は現地に草として潜入している櫛田 源、櫛田 和葉夫妻の救出だ。場所はとある収監場、その最高セキュリティ区画におそらくいる。
また、その際に我々の素性が割れてはいけない。救出のついでにテロ行為に見せかける為の適当な破壊行為と収監されている凶悪犯を始末する。
そうだな……前に破壊した宗教国家と対立している宗派のやつだけやるか。これで陽動としては十分だ」
「あれ?非殺傷って」
「屑がいなくなったところで誰も困りはしない」
「でも非殺傷って聞いてたし俺持ってきてねーよ?」
太郎の装備品はサプレッサー内蔵の麻酔銃とスタンロッド、ナイフが2本、EMPグレネードとチャフグレネードにコンカッショングレネードが一つずつだ。
「……奪えばよくね?というかいつものことだろう」
「現地調達が基本って本当頭いかれてると思うんだよなぁ」
「ところで回収ポイントはどこかしら?」
太郎と太郎の父がしみじみとしているところに太郎母の質問が割り込む。
太郎の父は地図の三ヶ所を指差す。
「最高にうまく行ったらAポイントでいいんだが、おそらく太郎かお前がなんかやらかしてBポイントになる。追っ手が来るようなら纏めて闇に屠ってからCポイントだな」
「了解、Cポイント近くの高所から狙撃するわ」
「信用ねぇなぁ……いや、エリーは自分がやらかすの前提か」
「ひどい!まぁ、忍ぶ気はさらさらないけどね」
全員が席から立ち上がり軽くノビをする。キャリーバッグは既に機体に固定されておりハッチが開いても飛び散るようなことはないだろう。
「あ……」
「どうした?」
太郎が何かを思い出したように止まる。
「財布忘れた」
「確かに……これじゃ土産が買えねぇな!」
太郎の父はそう言ってカラカラ笑う。
「舞ちゃんたちにお土産?多分両親を連れ帰れば十分じゃない?」
飛行機の後部ハッチが開く。
風が吹き荒れ仕舞い忘れられていた小説のページがバラバラと高速で捲られていく。
「十分じゃねぇな……多分会わせれないし。
それに連れて帰ったところで子供に嘘ついてまで離れなきゃいけない親の気持ちは子供達には理解できないだろうよ」
「そういえば蒸発した〜みたいな感じで伝えてたね……」
「……じゃあ会わせることは」
「「できない」わね」
「おいおい、持って帰る土産がねぇぞ……」
太郎はため息をこぼしながら後部ハッチから飛び出す。二人もそれに続いて飛び立った。
ステルス機は急旋回し高速で領空から脱出する。
後日、ニュースでは『宗教戦争勃発か?』という見出しとともに収監場への襲撃についてのニュースが飛び交った。
犯人たちを取り捕まえようとしたものの追跡したものたちは全員撒かれてしまい犯人を見失ってしまった。
なお櫛田夫婦は『娘たちを危険な事に巻き込むわけにはいかない』という理由から娘たちの元には戻らず、長年の諜報活動の結果を報告したのちしばらく諜報部で寝泊まりすることになっている。
「あーめんどくさかった……」
「なんでいらないところの奴を撃っちゃうかなぁ?」
「ご、ごめんなさい……」
「ま、敵からコンカッショングレネードだけ奪いまくってた甲斐があったな」
「20個同時に爆発させれば目も耳もイカるに決まってんだろ」
「EMPグレネードを敵の要所施設全てに投げ入れた奴のお陰で脱出も楽だったし」
「だってレーダー残したまま脱出とか怖すぎだろ」
「まぁ、要するにだな、お前もっと反省しろ」
「ね?母さん?」
「ごめんなさい……」
この後1週間、彼女の食事はクソまずいレーションと生サラダだけであった。