3.
そうしてさらに三ヶ月が経過した。給料を少しずつ貯金に回しつつも、生活に経済的なゆとりが出てくる。実際かなり払いのいい会社だ。
「どうだ? だいぶ仕事は慣れたか?」
そういうわけで、割としゃれたそれなりに高そうな店でヴァルディエルと飲むことにしたのだった。たまにはいい。
「ええ」
「そりゃ何よりだ。アザゼルもいい人材が入ったって喜んでる」
「ありがとうございます」
ヴァルディエルはあの会社を紹介してくれたが、会社の人間ではない。何より恩人だ。耕治でも多少は打ち解けた気持ちで話すことができる。
「でも、何か気にかかってるって顔だな?」
ヴァルディエルは、テーブルに置かれていたボトルを惜しげもなく傾けて、自ら作った水割りのグラスを耕治の前に置く。かなり高そうな酒だったが、耕治は遠慮なく礼を言って受け取った。
「気にかかるというか、腑に落ちないというか」
どうでもいいことなのだが。
「上司の皇子様への、周囲の態度が……。いや、日本の基準で考えるのがいけないのかもしれませんが」
「ヴィラニカか。ああ……なるほど」
ヴァルディエルも彼のことは知っているようだ。意味ありげな含み笑いを、酒で流し込んだ。
「頭は切れるし、何年も実質一人であの国を支えてきた人物だ。それに見合うだけの能力もある。ただ自分の事に無頓着すぎるのと、無差別にお人好しすぎるのが欠点といえば欠点だ」
とても的を射た評価だった。
耕治は、グラスをテーブルに置く。からんと氷が鳴った。
「誰にでも親切にするから、自然に人が集まる。してもらった分を返そうと、そいつらはそれぞれに力を尽くす。そうすると、大きな力の流れが生まれる。それは悪いことじゃないんだがな」
この国の人間が何かといえば標榜したがる、団結力という奴だ。大勢の人間の力は、確かに大きな結果を生む。それは事実だ。
「そして好意を寄せてくれた人間が困っていたり元気がなかったりすれば、手を差し伸べたくなる。けっこうなことだ。それも別に悪くはない」
「ええ」
ヴィラニカの周囲は、そういう世界として構成されている。悪いことではない。むしろいいことのはずだ。
しかし耕治は、そう思えずにいる。
「関わりたくないなら、距離を置けばいい。所詮職場だ」
ヴァルディエルは、煙草に火を付けふっと煙を吐き出した。釣られて耕治も煙草をくわえる。ライターを捜し当てるより先に、ヴァルディエルが火を着けてくれた。
「……ええ」
「そういうもんだろ?」
喧噪の細波に揺れる薄暗い店内に、紫煙が二筋立ち上る。
「そういうものですね」
耕治のグラスの中で、氷がからんと揺れた。




