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1.

 何でも若い世代の間では、現実で挫折して自殺したら異世界に転生して、何らかの特殊能力で好き勝ってをして第二の人生を謳歌するという傾向の小説やマンガ、アニメが人気だそうだ。

 人生舐めんな、と思うのは、耕治が年を取っているからだろうか。

 だが今耕治が考えなければならないのはそんなことではなく、目の前にある山のような書類の仕分けだ。集中しよう。

 ヴィヅ企画に入社して、早いもので一ヶ月が経過した。最初はいろいろあったが、紆余曲折を経て耕治は自分に起きた出来事を受け入れた。

 例えば、職場がいわゆる異世界であることなど。嘘ではない。嘘ではない。本当のことさ。

 『ヴィヅ』というのは、異世界の名前なのだそうだ。あの会社の事務所が元の世界との窓口であり、ヴィヅの管理者が常駐しているらしい。

 行き来するためには、緑の石が嵌まったアンティークな鍵が必要になる。鍵穴のあるドアに鍵を差し込んで開ければ、どこからでも通路が繋がる。アザゼルはだいたいそんなことを説明した。

 若者向け創作物の流行ジャンル的なことが自分の身に降りかかった。信じがたいが現実なのだったらその中で何とかやっていくしかない。まして生活がかかっているのだから。

「耕治さん」

 優しげな声に呼ばれ、耕治は作業の手を止めて振り向いた。

「こちらの書類も持っていっていいですか?」

 白金の髪に、翡翠色の目。気さくな笑み。

 女性十人に聞いたら十人全員すごい勢いでイケメンと表現するだろう、そんな青年が立っていた。名前は、ヴィラニカ。本当はもっと長かったのだが、長すぎて暗記できなかった。耕治は西洋人の名前に疎い。

 もっとも、ヴィラニカは西洋人ではないが。

「はい、仕分けは済んでいます」

「ありがとう。助かります」

 ヴィラニカは笑顔のまま、一抱えほどもある書類を持ち上げた。一七八センチの耕治より少し低いくらいの背丈で、耕治より華奢な青年の腕には重そうだ。それでもヴィラニカは何も言わず、会釈して部屋を出ていこうとする。

 一言で済むことなのに。『手伝え』と。


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