3.
「採用!」
ヴァルディエルに連れられてやってきた『ヴィヅ企画』という会社のドアを開けたら、二秒でそう言われた。
「面接しねぇの?」
「だって事務系全般ができるのだから、何も問題ないではないか」
初めて耕治の前でサングラスを外したヴァルディエルと、耕治にいきなりサムズアップをかましてきたどえらい美人は、そんな会話をしていた。耕治そっちのけで。
大丈夫かこの会社。
「まあ、立ち話もなんだからお茶でもどうぞ」
アザゼルと名乗った美人は――女なのか男なのか、実のところ見た目でははっきりわからない――耕治をソファーセットに座らせて自ら日本茶を用意してきた。お茶請けに煎餅がついている。
「でもせっかく用意してもらったのだから、履歴書を見せていただきます」
「はい」
どうもアザゼルの中ではすでに採用が決定のようなのだが、耕治としては胡散臭い気がしてならない。やばい会社ではないのか。そもそも何をすればいいのだ。ヴァルディエルでは要領を得なかったので、未だに何の会社なのかすら耕治は知らない。
「うむ。立派な経歴なのだ。大丈夫だ、問題ない」
「ありがとうございます」
なぜかどや顔をしてきたアザゼルに、耕治は無難に頭を下げる。どういうわけか、とても残念そうな表情をされた。
「お前がよくても、彼が納得しなきゃ駄目だろ。まず向こうの案内してやれよ」
遠慮無くお茶を飲み煎餅をぼりぼりやっていたヴァルディエルが、口を挟んだ。海苔煎餅だ。朝食をあまり食べてこなかったのでお腹が空いてきた。
「それもそうだな。……杉村さん」
「はい」
アザゼルが、真っ直ぐ耕治を見る。緑色の美しい瞳。
「あなたに仕事をしていただきたいのは、実はここではありません。別の場所になります」
「はい」
「詳しい事は、そちらで説明させていただきます。もしも条件などが気に入らなければ、採用は取り消し。入社していただいてもしばらくは試用期間ということで、契約社員扱いになります。賃金などについてはその際改めてご説明させていただきます」
「何しろ場所が場所だからな。やっていけそうにないと思ったら、やめた方がいい。お互いのためだ」
ヴァルディエルの口調も、真剣なものに変わっていた。男性的な凛々しい美貌を彩る瞳は、黄金のよう。
しかし耕治の頭を占めていたのは、人間離れした美への感動ではなく、今朝確認した通帳の残高であった。
一言で言うと、とてもやばかった。
胡散臭い会社でも、この際もういいのではないか。どうせ一度は死んだ身だ。たとえ犯罪すれすれの仕事をすることになっても、のたれ死にするよりはましだろう。
「では、見学を始めましょうか」
アザゼルは立ち上がって、近くの事務机の引き出しから何かを取りだした。
鍵、だった。それも、今時お目にかからないアンティークなデザインの。先端の輪の中に不透明な緑色の石がついていた。
その鍵を、アザゼルは玄関ドアの鍵穴に差し込んだ。耕治がその行動に疑問を抱くよりも先に、扉は開かれて。
――耕治の日常は、完全に覆された。




