3.
耕治が机の上に置いた平らな青いアルミ缶を、ヴィラニカはじっと見ていた。
目の醒めるような青い地に、白い文字で商品名が書かれている。昔から定番の、冬場の強い味方スキンケアクリームだ。耕治の場合肌のお手入れではなく、髭剃りあとにつけることが多い。
「これは何ですか?」
「クリームです」
英語の教科書の例文みたいなやりとりになってしまった。
「手荒れとかにも使えます」
「手荒れ? ……ああ」
ヴィラニカは苦笑して、自分の手を撫でた。耕治の目にもがさがさして痛そうだ。
「あかぎれとかで血が出たら書類汚れますしね」
「そうですね。じゃあ、使わせていただきます」
本人もそこは気にしていたようだ。
極上の風呂と豪華なベッド、美味過ぎる朝食をふんだんに味わわせてもらった身として、せめてものお返しのつもりだった。高価なものなど周りに溢れているだろうからと、実用品を考えたときに思い浮かんだのが、青缶入りのスキンケアクリームだった。ワンコイン(税抜き)で買えるのに、成分が外国の高級化粧品と同じだとかいう噂で、近年女性に人気らしい。
それはともかく、実用品の方がいいだろうという耕治の考えは正解だったようだ。物珍しそうにそっと缶の蓋を開けるヴィラニカは、楽しそうだ。
「いい匂いがしますね」
「あんまりつけたらべたべたするから、少しずつにしたほうがいいです」
「わかりました」
頷いたものの、たかだかクリームをすくうだけの動作になかなか入れずにいるヴィラニカ。なぜかやり方がわからないらしい。指を恐る恐るクリームの表面に触れさせては微妙な顔をしていた。
耕治はついじれったくなり、その手をぐいとひったくった。
「耕治さん?」
「こうです」
指先に適量つけて、ヴィラニカの手の甲に置いたあと掌で馴染ませるように塗り込む。がっさがさだ。皇子様なのだから水仕事をするわけではないだろうに、どうしてこんなに荒れるのだろうか。
「どうですか?」
「わあ、治った!」
すべすべになった手を見て、ヴィラニカはとぼけた歓声を上げた。目もきらきらしている。
子供か、と耕治はつい口元を緩める。
「すごい! 魔法のようです!」
「あ、でもしばらくしたら戻りますから。こまめにつけてください」
「はい、ありがとうございます」
大事そうに缶に蓋をして、ヴィラニカは満面に笑みを浮かべた。
「こんな貴重なものを、わざわざ持ってきてくださって。とても嬉しいです」
「や、そこまでのものじゃ……」
ワンコイン(税抜き)だ。あまり大げさに喜ばれると気が引ける。
それでも、嬉しげに缶を引き出しにしまうヴィラニカを見ていると、買ってきてよかったと思うのだ。
きっと、こういう彼だから周りが何かと放っておけないのだろう。
受け取った行為に対する感謝も喜びも、少しも惜しまず表す彼だから。




