2.
プールかと思ったくらい広い浴場は、豪華でとても気持ちがよかった。花びらとか浮いていた。四十二の中年男が入っていい風呂ではなかった。ごく当たり前のようにマッサージなどもされたし、身体も隅々まで洗ってもらえた。もちろん係の人間は男だけだった。そんなものだ。
とても満足して風呂から出たあとは、夕食だった。用意された広い客室に運んでもらえたのだが、品数の多い料理をすべて食べ終わるまで、妙齢の美女が給仕についてくれた。何だこのおもてなし。
「むしろここに住み込みで働けねぇかな」
酒も入って、耕治はやや調子に乗って呟いた。ベッドはキングサイズ、ふっかふかだし、シーツはすべすべで肌触りがいい。絶対シルクである。すでにもう長年暮らしてきた自分のアパートに帰りたくない心持ちだ。
今日は仕事も比較的楽だったし、一日の終わりにこんな役得があって、耕治は心から満足していた。
あとはこのまま寝るだけだ。朝食の前に使用人が起こしに来てくれるということだったから、心置きなくぐっすり眠れる。
蒲団の中に潜り込み、明かりを消して目を閉じた。つらつらと今日の出来事を考えるうち、書類を前に困った顔をしていたヴィラニカを思い出した。
――寝る間も惜しんで仕事をするのが当たり前になっていて……なかなかそう割り切れないんです。――
人一倍真面目で責任感が強くて、不器用な人間がよく陥る現象だ。前の会社の同僚にもそういうタイプがいた。結局身体を壊して休んでしまったのだが。
ヴィラニカもあの様子だと、息抜きや気晴らしに遊びに出ることなどほとんどないのだろう。そもそも、何か趣味などあるのだろうか。趣味も仕事とか言い出しそうだ。
「まあ、別にいいんだけどな……」
ヴィラニカは皇子、次期皇帝。彼にしかできないことがたくさんある。いろいろな意味で、唯一無二の存在。
耕治は寝返りを打った。自分がこんなにお人好しだとは思わなかった。
明日家に帰って適当な居酒屋を探しておこうと心に決めたときには、もう既に睡魔が完全に彼を包み込んでいた。




