4.
シディアを呼び、ヴィラニカを続き部屋の寝室へ運ばせてから耕治は帰宅した。そして翌日いつも通り出勤すると、彼の仕事部屋でヴィラニカが待っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。昨日は申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしました」
あのあと何時間眠ったのかはわからないが、睡眠の効果か今日のヴィラニカは幾分顔色がよかった。耕治は適当に返事をしてから荷物を机の脇に置き、仕事に取りかかる。
ヴィラニカに背を向けていた。顔が、見えなかった。
「休むのも仕事の一つです」
だから何となく、気軽に言葉が飛び出した。
「一番上の人間が何でもやればいいってものじゃない。人材が育たないし、何よりそいつに何かあったら全部瓦解します。非効率的且つ危険です。あと、迷惑ですね。下の奴らの暮らしがその瞬間立ちゆかなくなりますから」
どんな顔で聞いているのだろう。少なくとも、怒って部屋を出ていく気配はなかった。
「仕事をして、見返りに給料をもらって、それで暮らす。そういう生活がずっと続くことだけが、下の人間の願いですから。上に立つ奴は、何があっても全力でそれを守るのが責務。自分を犠牲にして挙げ句にぶっ倒れるなんて、言語道断ですね」
ここまでずけずけ言って大丈夫か、とももちろん思った。だが、言い始めたら止まらなかった。
そちらに気が向きすぎて、書類の分類を間違えるところだった。改めて確認してから、手を動かし始める。
紙の音しか聞こえない。ヴィラニカは、動く様子はない。
振り返ろうかと、一瞬考えた。けれど結局、手元に意識を集中する。
「……そうですね」
やがて聞こえてきたのは、それだけ。
「では」
密やかな足音、扉がぱたんと閉まる。
耕治はそこで、ようやく顔を後ろに向けた。
誰もいない。当たり前だが。
溜息をついて、耕治は作業を再開した。
これは自分の仕事。暮らしのためにやる仕事。金のために。生きるために。
それだけだ。
そんな、ものだ。




