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九龍館  作者: 那田野狐
2/2

看破

夕方に降り始めた雨は夜半を過ぎたいま大雨になっていた。しかも雷鳴が時々その存在を誇示している。

 男はいまの状況に閉口していた。近道だからといって峠越えに旧道を使ったのだが、山を越えた辺りでバイクの両輪がパンクしたのだ。

 妙な事に、直しても直してもパンクは発生し、リペアキットが底を尽いたときには男の気力も底を尽いてしまった。

「くそ!なんで250のバイクがこんなに重いんだよ…え?」

 男が十三度目の悪態をついたとき、男の視界に人工的な光が飛び込んできた。

「人家?」

 不意に雷光が天を駆け、男の前に古びた洋館を浮かび上がらせる。

「ラッキー!これで最悪雨がしのげる」

 男は尽きかけていた気力を奮い起こし、洋館までバイクを押していく。

「すいませ~ん。誰かいませんか!」

 男は扉についた獅子のドアノッカーを鳴らしながら叫ぶ。

「どちらさまですか?」

 まもなく扉が内側に開き、中から古い洋館に相応しい、大正ロマンを彷彿とさせるメイド服の女性が出てくる。

 恐ろしく透けた白い肌。端整な顔立ち。漆黒の黒髪。高級な黒い髪のフランス人形を連想させた。

「すいません。この雨にバイクもパンクして難儀しているものです。雨が止むまででかまいません。軒先を貸しては頂けないでしょうか?」

 男はペコリと頭を下げる。

「バイクを軒先に入れたら、少々ここでお待ち下さい。主に聞いてまいりますので…」

 メイドは静かに部屋の奥へと消える。

 男はバイクを軒先に移動させるべく外にでる。

「山奥にこんな屋敷を構える人物っていったい…」

 男はバイクを軒先に入れると、再び洋館の中に入る。

「どうぞ」

 先程のメイドが、男にタオルを渡す。

「サンキュー」

 男は手渡されたタオルで濡れた顔を拭う。

「主がお会いしたいと申しております。こちらへどうぞ…」

 メイドはホールの奥へと男を案内する。

「お連れしました」

 メイドは扉の前に立つと軽くノックする。

「どうぞ」

 メイドの声に呼応するように扉の向こうで声がする。メイドは静かに扉を開けた。

「失礼します」

 男は小さく頭を下げて部屋の中に入る。

 部屋の中で男を迎えたのは、頬の痩せこけた、身なりのきちんとした青年だった。

「雷雨の中、九龍館へようこそ。わたくし、百二十一代当主九龍幻と申します」

 九龍幻と名乗る館の主は男に右手を差し出す。

「あ、俺、」

 握手をしながら男は自己紹介をしようとしたが、館の主はそれを左手で制した。

「だいぶ体がお冷えのようだ。風邪をひかれる前に、風呂に入ったほうがいい。自己紹介は、食事の席でお伺いしましょう」

 館の主は机の上にある銀色の鈴をチリチリと鳴らす。

「お呼びでしょうか?」

「お客人を浴場に案内してくれ」

「…かしこまりました。どうぞ」

 メイドは表情を変えることなく男の前に立つ。

「では後ほど…」

 館の主は、薄い微笑を浮かべた。

「広いな~」

 男は、案内された浴場の広さ、豪華さに感心していた。

「20分前に比べたら天国と地獄の差だよな…これであのメイドさんに背中を流してもらえれば最高なんだがな~」

 げへげへと卑下た笑い声をあげならが、男は風呂桶に湯を汲んで勢いよく被る。結構熱いが、我慢できないほどではない。

「ふ、うあ~」

 男はゆっくりと湯船に身を沈めると同時に唸る。頭の芯が痺れるような快感が雨で冷えていた全身を駆け巡る。

 つくづく自分が日本人であることを痛感する。

「旅ゆけぇばぁ~てか?」

 男は頭に乗っけていたタオルに手をのばす。

 ボチャン

 何かこう、大きくて重いものが湯船に落ちる音がする。

「なんだ?」

 男はつぶっていた目を開けて音のしたほうを見る。

「は、え?」

 男は自分の目を疑う。そこには、真中の三本の指先でつながった右手のひらきが湯船に漂っていた。

「なんか、見覚えが…」

 そこで男はハッと気が付いた。あの右手のひらきには、数年前事故で負った自分の右手と同じ所に傷があることを…

「おい!」

 男は恐る恐る自分の右手を見た。

「う、うわぁ~な、なんだ!」

 男は、一片の肉塊もついていない自分の右手の骨を見て悲鳴をあげた。

「いったいなんだ?」

 慌てて男は右手のひらきに左手をのばす。しかし左手は水に溶ける角砂糖のようにドロドロと溶けはじめていた。

「なんじゃこりゃあ?」

 男は骨だけとなった両手を見る。そのとき骨を通して自分の下半身が同様に溶け出していることに気が付いた。

 皮膚と筋肉の支えを失って、広い湯船に、男の大腸や小腸が水藻のように揺らめき、肝臓、膵臓、胃袋、脾臓といった臓器が蠢く。

「うげぇ」

 男は湯気に含まれる強烈な臭気に吐き気をもよおす。

 湯船に漂うピクピクと動く心臓が、肉体溶解が胸にまで及んでいることを告げていた。

「はっ」

 ふと男は、これだけの事が起こっているのに苦痛がまったく無いことに気が付いた。

 これは夢?ふと、そういう考えが男の脳裏を掠める。

 そう割り切ると人間は現金なもので、男は、事の成り行きを楽しむことにした。

 ボチャン…

 眼球が湯船にダイブする。

「気が付かねば…哀れな…」

 男の耳に館の主の声が聞こえてくる。

「なんだって?」

 男が叫んだ途端、男に猛烈な痛みが襲いかかった。


「なあ…捜索届けは三日前なんだろ?」

 警察の制服に身を包んだ中年男性は、目の前にあるものに向って両手を合わせる。

「ええ…それどころか、三日前に目撃されているらしいですよ…」

 隣にいた青年は手に持っていた線香をそっと地面に置く。

「一体何があったんだろうな…」

 二人の前には横倒しになったバイクがあり、そのバイクには真新しい白骨がきちんとした姿勢でまたがっていた。

またいずれ・・・

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