塩谷の推理
コレクションルームを出た三人は、まず天音を呼びに向かった。
また長い大階段を駆け上がり、細長い廊下を走り、書斎へ向かう途中、部屋の前にいる天音を見つけた。
「天音ちゃん! 塩谷くんが分かったって」
駆け寄りながら報告する景に、天音は「そう」と素っ気なく答える。
「あとは景ちゃんのお祖母ちゃんと大樹だね」
「二人なら多分、リビングだと思うよ」
もう直に明かされる謎の答えに、テンションが上がってる麻里佳に同調している景が、来た道を指差す。
「リビングとかあるんだ……」
「そりゃあるでしょリビングくらい……。こんだけデカイんだから」
景の口から出た馴染みのあるワードに、もはや感覚が麻痺している麻里佳が独り言を呟くと、天音が冷静にツッコミを入れる。
「加原と月影のお祖母さんも呼ぼう」
自信溢れる塩谷が急かすように景に言うと、景はコクンと頷いた。
「そうだね。早くお祖母様にも教えてあげたいし」
四人の子らは足早にリビングへと向かった。
大階段を挟んで一階のコレクションルームの反対側にある廊下を進むと、愉しげな笑い声に近づいているのが分かる。
重厚で細部に渡る装飾が立派な扉を開けると、四人に加原と景の祖母の視線が向けられる。
「おぅ! お宝は見つかったか?」
呑気に笑顔で問いかける加原に、般若の形相で歩み寄る麻里佳が悲鳴にも似た大きな声を上げる。
「あーっ! 大樹がケーキ食べてるー!」
抜け駆けに憤慨する麻里佳の怒号に焦った加原が、引き攣った笑顔で食べ残しのケーキを差し出す。
「食うか?」
食い散らかったケーキが乗った皿を見て、ワナワナと震える麻里佳に気づいた塩谷が呟く。
「来るぞ」
塩谷の呟きが合図だったかのように、麻里佳の両拳が素早く加原の顔を挟み込みながらツイストし、ミリミリと圧し潰す。
「あぎゃぎゃぎゃ」
「アンタの食べ残しなんて要らないわよ! これでも喰らえ! クソ虫が!」
清楚の見た目とは裏腹な麻里佳のアクションに、景も景の祖母も戦慄するが、塩谷と天音は全く意に介さず見守っている。
「大丈夫よ。たくさんあるから皆で頂きましょう」
景の祖母のフォローに我に返った麻里佳がパッと手を離すと、加原は崩れるように膝を付くが、持っていたケーキはしっかりと死守していた。
「お祖母様! お祖父様の手紙の意味が分かったって!」
景が祖母の下へ駆け寄って、祖母の手を引く。
「じゃあ、天音さんが解いてくれたのね」
景の祖母の顔が綻ぶと、景は首を二、三度横に振って笑う。
「違うの。塩谷くんが謎を解いたんだよ! 探偵クラブはスゴいね!」
景にベタ褒めされ、顔を赤らめる塩谷を見て、何故か一緒に照れる麻里佳。
「一緒に確認してもらえますか?」
塩谷が紳士的な口調でお願いすると、景の祖母は喜んで立ち上がった。
「じゃあ、確認に参りましょうか! あの人が何を隠して逝ったのかを」
一同はリビングからコレクションルームへと場所を移した。
* * * * *
コレクションルームに集まった面々に緊張を隠しきれない塩谷が、麻里佳から預かった景の祖父の手紙を開いて見せた。
「……まず、死の傍にある場所から説明します」
推理小説の探偵のようなですます調で話を始める塩谷に、プッと噴き出す加原の足を麻里佳が思い切り踏みつける。
「死とは子、ネズミのことだと思います。そう言えば、ここには十二支を表す物があるんです」
「……確かにそうね」
景の祖母が辺りを見回しながら頷く。
「そう仮定していくと、広い部屋の四隅の一角、ヒヒの像の足元から、神の御前に歩み寄り、忌避に対し天を仰げ……に当てはまる場所を探します」
塩谷が周りを見渡しながら歩き回るのを、黙って見ている天音。
「まず、火鼠の皮衣……さるのこしかけ……」
塩谷が神を表す物を探すが、なかなか見つかず焦りの色が見え始める。
「塩谷……もういいよ」
見かねた天音が塩谷に言うと、塩谷はハッとしてから落胆する。
「景ちゃん、お祖父様は景ちゃんに言ってなかったかな?」
塩谷には触れず、天音の目線は景に移る。
「えっ……」
突然の質問にあたふたする景に天音が言う。
「何か格言みたいなことよ。景ちゃんは聞いてるはずだよ」
天音に言われてピンときた景が手を叩く。
「あぁ! 頭を使えみたいなことをよく言ってた」
景の言葉を聞いて、天音はニコッと笑った。
「そう……やっぱり」
天音が塩谷の手から手紙を取り、景に渡した。
「もう分かったでしょ? お祖父様の宝物の在処」
全てを見透かした天音の顔を、きょとんと見つめる景の横に立つ祖母が、手紙を見つめて涙を溢した。
「お祖母様は分かったみたいよ? 景ちゃんもお祖父様の言葉を思い出して」
天音に言われた景は改めて手紙を見つめて、何度も読み返した。