表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇者の遺産  作者: 小日向 冬馬
5/7

木の葉を隠すには


 小難しそうな書物に囲まれた重苦しい空気漂う室内で、天音は独り、至福の時を過ごしていた。

 こんな常人ならば息が詰まりそうな空間も、天音に取ってはパラダイスだ。


 「えぇ……っと。どれにしようかなぁ」


 まるで好きなものだらけの食卓で、何から食べるか迷っているような、嬉々とした顔をして本棚を見上げる天音。


 「何だろう……コレ」


 見慣れぬタイトルの本に惹かれ手に取った天音は、本をペラペラとめくってみる。


 『不安を努力に変えた者のみが、自信を手にすることが出来る』


 『人を貶めれば己の価値が下がる。人を憎めば己が醜くなる。人を恨めば己が地獄に墜ちる。人を愛すればこそ、真に己を愛せる人になる』


 誰かの名言集のようなものらしく、何処かで聞いたことがあるような格言が並んでいた。


 「……なるほど」


 その内容に一々共感する天音。

 本に記されている一言が強い衝撃を与える。


 「誰の本だろう……」


 天音は本の表紙に目を戻すと著者の名前を探す。


 『小日向 雛子』


 その名を見た瞬間、感動が一気に冷めてしまい、パタンと本を閉じて元の場所に返した。


 時間を無駄にした。


 そんな気分が身体の中に沸々と沸き上がる天音の視線の先に、綺麗に整頓された本棚の中で違和感を放つ一冊の本があった。

 その一冊だけが他の本よりも低く、背表紙にタイトルもないのがとても異様に感じた。


 「何だろう……」


 興味が抑えられず、手を伸ばして取り出す。

 何の装飾もない深い緑の表紙で、やはりタイトルはない。


 天音はゆっくりとページを捲った。


 『長い人生の中で、私が得た教訓は、迷った時は無闇に動かないことだ。

 勝機を見極め、逃さないために、頭だけを使い、時を待て。

 打開のヒントは必ず近くにある。

 答えは目の前にあるものなのだ』


 手書きの文字で記された筆跡は、景の祖父のもののようだ。


 「答えは目の前に……」


 小さく呟いた天音が何か気づいたらしく、片側の口角が上がる。


 「面白いこと考えたわね……景ちゃんのお祖父様」


 天音は本を元の位置に戻し、部屋を後にした。



 * * * * *



 「コッチだよ!」


 いかにも大事な物がありますと言わんばかりの鉄製の扉の前で、景が二人を手招きする。


 「ちょっと待っててね」


 二人を待たせて、景は扉の横のカメラに背伸びして顔を近付けると、ピピピッと電子音が鳴った。


 「顔認証?」

 「家の中に?」


 麻里佳と塩谷が呆気に取られた間抜けな顔を向けあっていると、景がドアノブ横の黒い板に右手を合わせる。


 プシュッ……。


 扉の中から空気が撃ち出されるような音がした後、扉が少しだけ手前に出てくる。


 「……ルパンでも来るのかしら」

 「月影財閥なら来るかも知れないな……」


 自分たちとの世界の違いに、もはや感覚が麻痺し始めた麻里佳と塩谷は、景が開けてくれた扉から中へと入る。


 「「うわぁ……」」


 庶民の子の二人の感嘆の声がシンクロする。


 鮮やかな黄色の床を囲むように、目に優しい緑色の壁があり、そこに飾られた絵画をはじめ、彫刻、陶磁器など美術品の数々が所狭しと並んでいる。

 その骨董の価値が分からない子供にも、それが美しいものだと分かる。


 「これはくるわ」

 「これはくるな」


 小さな美術館に来たような気分の二人が、ゆったりと観賞していると、


 「コッチだよ!」


 稀少な芸術品には目もくれず、景が激しく手招きする。


 庶民代表児童の二人が景の下へと着くと、目の前に小さなテーブルのような彫刻があった。


 「景ちゃん、何コレ?」


 表面は艶々と光沢があるものの、テーブルとしては形が歪で使い勝手が悪そうだ。


 「さるのこしかけだよ」


 そう紹介する景に、塩谷が異を唱える。


 「月影、さるのこしかけはキノコだろう? これは欅で出来てるじゃないか」

 「塩谷くん、よくコレが欅だって分かったね」


 景は不敵な笑みを浮かべて塩谷を見る。


 「そう。これはお祖父様が昔に採ったさるのこしかけのレプリカなんだよ」

 「レプリカ?」


 塩谷が不思議そうに欅の塊を見る。


 「さるのこしかけは木を腐らせて成長するから、本物は置いておけないから」

 「それにしてもわざわざレプリカ作らなくてもいいんじゃない?」


 麻里佳が尤もな意見を言うと、景は影のある笑顔を浮かべた。


 「珍しいサイズで嬉しかったみたいだよ。なかなか見つからないし」

 「お金持ちってお金の使い方が独特なのねぇ……」


 富豪と平民の感覚の違いを改めて感じる麻里佳に、塩谷が囁く。


 「佐藤、ここ怪しいぞ」


 塩谷の指差す方を見て首を傾げる麻里佳に、痺れを切らせて塩谷が言う。


 「よく見てみろ、この部屋の中を」


 塩谷に言われ、周囲を見渡す麻里佳と景。


 美しい絵画や彫刻に、ウサギのぬいぐるみ、雉の剥製、龍の彫刻、蛇の標本……ガラクタが混じるのを見て、麻里佳がハッとする。


 「……何かおかしい」

 「そうか! 分かった」

 景が手を叩いて叫ぶ。


 「干支だね? 塩谷くん、干支が混じってる」

 「気づいたか、月影」


 塩谷が景に微笑むと、麻里佳もそれに乗じる。


 「よく気づいたわね! 景ちゃん」


 飽く迄も自分も気づいてましたと装いながら、麻里佳が景の肩を叩く。


 「このヒヒがさるのこしかけだとして、死の傍にある場所と繋がるのは……」

 「死って言うのが死ぬの死じゃないんだとしたらどうだろう?」

 「しを言い換えると、四、詩、師、士……」

 「それだ!」


 塩谷が目を見開いて、景を指差す。


 「分かったぞ! 宝の在処が!」


 塩谷の言葉に、麻里佳と景が驚く。


 「何よ、突然……びっくりするじゃない」

 「塩谷くん、本当に分かったの?」


 訝しげな麻里佳とは対照的に、景は塩谷に憧憬の眼差しを送る。


 「でも、伊織川の意見も訊きたい。呼んで来よう」

 「面倒だけど、大樹も呼ぶか」

 「お祖母様にも教えてあげたいな」


 いよいよ大富豪が隠した財宝が近いと感じ、三人の興奮は抑えきれないほどに高まっていた。


 「じゃあ、ここに皆を集めよう! 話はそれからだな」


 三人は部屋を駆け出して行った。


 謎という霧に包まれた大いなる遺産をつまびらかにするために。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ