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覇者の遺産  作者: 小日向 冬馬
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古城の冒険


 祖父の書斎から出た三人は、まず一行目の『死の傍にある場所』から連想する部屋へ向かった。


 長い大階段を下り、クルリと階段脇の廊下を進んだ先にある一際大きな観音開きのドアの前へ辿り着く。


 「ここは礼拝堂なの」


 景が重々しい扉をゆっくり開くと、広々とした空間の先に立つ聖母マリアの姿があった。

 高い天井には煌びやかなシャンデリアが幾つも下がり、四方の窓に施された絢爛なステンドグラスが、荘厳な雰囲気を一層引き立たせている。

 いくら子供とは言え、この神秘的な美しさは語るまでもなく、この光景を初めて見た麻里佳と塩谷の心に深く刻み込まれた。


 「二人とも、どうかしたの?」


 目の前に広がるファンタジックな世界に、言葉を失っている二人を不思議そうに見つめる景。

 この神々しく幻想的な空間でさえも毎日見ている景にとっては、日常の一風景でしかないのだ。


 「あ……うぅん。何でもないよ」


 景の声で我に返った麻里佳が、目をしばたかせる。


 気を取り直し、周囲を見渡した三人は、その部屋にある全ての物を注意深く観察した。


 「ここは怪しい! 『神の御前に歩み寄り』にも当てはまるぞ!」

 「でも、ヒヒの像は見当たらないよ」

 「ヒヒって猿のことだよね?」

 「ここには猿の像はないかなぁ……見たことないもん」


 三人はとりあえず、猿の像もしくは猿に関連するものがないか探してみることにした。

 広い礼拝堂内を手分けして探索する三人。

 列席者席、説教台、祭壇にパイプオルガンまで隅々まで探すが、それらしい物は見つけられなかった。


 「やっぱりここじゃないのかな?」

 「怪しすぎるくらい怪しいのにね」

 「じゃあ月影、猿に関係しそうな物がある部屋はないのか?」


 塩谷に訊かれ、顎に手を当てながら考える景。


 「景ちゃん、猿的な物なら何でもいいからね」


 麻里佳が急かすように景に話しかけると、何か思いついた景が瞳を瞬かせる。


 「確か、お祖父様のコレクションの中に猿の置物があったはず!」

 「きっとそれだよ! 景ちゃん、案内して!」


 やる気に燃える三人のトレジャーハンターたちは、次の場所へ駆け出した。



 * * * * *



 捜査から外された憐れな探偵、加原大樹は景の祖母に連れられて、二十畳ほどのリビングへと入った。


 アイスリンクのようにピカピカに磨かれた白い大理石の床。奥の大きな暖炉では、赤々と燃えた薪がパチパチと弾けている。


 「どうぞ、加原くん」


 加原は促されるままに、リビング中央の本革張りのふかふかソファーに座る。

 背中の暖炉の暖かさが、心地よい。


 「ばぁちゃん! アレ何だ?」


 加原が対面の壁に飾られた十字架を指差す。


 「アレは十字架よ。ウチはクリスチャンだから」

 「クリスちゃん? 誰だソレ?」


 加原のマヌケな返答に、景の祖母は思わず吹き出してしまう。


 「……加原くんは本当に面白い子ね」

 「そう? 確かによくクラスでもウケてるけど」


 照れている加原は全く気づいてないようだが、それは笑われているだけだ。


 「あれもクリスちゃんの仲間か?」


 加原が十字架の横の天使の像と聖騎士の像に興味を示す。


 「そうね。仲間みたいなものかしら」

 「ふーん……カッコいいなぁ」


 加原はどっかりとソファーに座り、大股を広げて欠伸をすると、メイドたちがワゴンを押してリビングへ入ってきた。

 甘い菓子の香りが加原の鼻をくすぐる。


 「あぁ~……いい匂い」


 加原が鼻の穴を全開にして深呼吸する姿を見て、景の祖母はまたも吹き出す。


 「たくさんあるから、たんと召し上がってね」


 目の前に差し出された焼きたてのホールのベイクドチーズケーキに目を真ん丸く見開く加原に、メイドの一人が訊ねる。


 「お客様、お飲み物はいかがされますか?」


 従順なメイドの振る舞いに興奮する加原がいい声で答える。


 「オレはペプシしか飲まねぇぜ?」

 「畏まりました。すぐにお持ち致します」


 そう言って一礼したメイドが下がるのに見蕩れ、姿が見えなくなると、景の祖母にご満悦の顔を向ける加原。


 「いやぁ~気分いいねぇ! ばぁちゃん! ちょいちょい遊びに来ていい?」


 有頂天の加原が面白いのか、景の祖母はクスクスと笑いながら、


 「えぇ、いつでもいらっしゃい。大歓迎よ」

 「やった~ぃ! 週5で来よう!」


 ストッパーがいないのをいいことに調子に乗る加原に、嫌な顔一つ見せない景の祖母の懐の大きさには頭が下がる。


 「さぁさ、どんどん召し上がってちょうだい」


 勧められるままにホールケーキに食らいつく加原を見て、楽しそうに笑う景の祖母が話題を切り出す。


 「加原くん、探偵クラブは楽しい?」


 急な話題もゴキゲンな加原は気分よく対応する。


 「いやぁ…暇だよ。することないもん」

 「じゃあ何で探偵クラブに?」


 景の祖母が意外な答えに興味を惹かれたらしく、食い付く。


 「……サッカークラブに入りたかったんだけどさ。一日で辞めさせられた」

 「何でまた?」

 「窓ガラスを五枚割ったんだ。オレのスーパーシュートで」


 加原の答えで爆笑する景の祖母に、拗ねて顔を横に向ける。


 「ごめんなさいね。そう言えば、景は何のクラブに入ってるの?」

 「読書クラブだよ」

 「そう……景の読書好きは祖父に似たのね」

 「あんな字ばっかの見て何が面白いんだか」


 そう呟いてホールケーキに噛りつく。


 「探偵クラブの皆はどうして入ったの?」


 更なる追撃にケーキを口いっぱいに頬張ったまま、加原が答える。


 「よくは知らねぇけど、麻里佳は探偵クラブを作ったからだし、塩谷はオレの親友だからかな」

 「天音ちゃんは?」


 景の祖母の興味は止まらないらしく、ガンガン攻めてくる。


 「さぁ……入るクラブがなかったかららしいけど」

 「読書クラブに入ればよかったのに……」

 「アイツ、学校の図書館の本を全部読んじまったらしいんだよね。だからじゃねぇかな」

 「まぁ……」


 天音の超人ぶりに呆然とする景の祖母を前に、饒舌になる加原。


 「アイツは変態だよ、ヘンタイ」


 恐らく変人と言いたいらしいが、加原のボキャブラリーでは仕方がない。


 「天音ちゃんはどんな子なの?」

 「頭が異常に良いのは認めるけど、性格はサイアクだね。オレ、アイツはロボットだと思ってるもん」

 「あらあら……」


 それからも加原と景の祖母は仲良く歓談し、楽しく過ごしていた。


 「ばぁちゃん、ずっと気になってたんだけど、この部屋の角にいる動物の銅像は何だ?」


 中央を見据えるように立つシープ、バイソン、ライオン、ゴートの像がとても精巧で生きているようだ。


 「あぁ……アレはね。私たちの家族の星座なのよ」

 「何か守り神みたいで、カッコいいな! あの牛の角とか刺さったら痛そうだし」


 山羊でも羊でも、角なら刺さったら痛いに決まっている。

 そんな子供じみた感想にも、景の祖母は優しく大人な対応をする。


 「本当ねぇ。あんなに尖ってるものね」

 「でも、やっぱり一番はライオンだな! 強ぇし」


 加原は背後のライオンを指差すと、景の祖母も賛同する。


 「百獣の王だものね。家で一番強いのは、景だわ」

 「月影は乙女座だと思ってた」

 「あらそう? 景が聞いたら喜ぶわ」


 和やかに二人が笑い合う間、探偵クラブは真面目に仕事に取り組んでいる。

 麻里佳にはこの場はとても見せられない。


 「ばぁちゃん。オレなんかと喋ってて楽しいか?」

 「えぇ、とっても」


 飾らない笑顔の景の祖母が、微笑みを絶やさぬまま続ける。


 「私も夫も孤児だったのよ。同じ孤児院で過ごした幼馴染みなの」

 「へぇ……そうだったのか。意外だな」


 加原が柄にもなく気を使っている。


 「だから、夫と結婚して子供が生まれて、景も生まれて……家族が増えていくのが嬉しかったのよ」


 そこまで言った時、景の祖母の声が震え、グッと息を飲むのが分かった。


 「ばぁちゃん! オレが友達になってやるから泣くなよ! オレが笑わせてやるからさ!」


 無邪気な笑顔を見せる加原の優しさに、景の祖母もつられて笑った。


 「ありがとう加原くん」


 加原と景の祖母の友情が深まり、二人のブリリアントなティータイムはまだ続くのだった。




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