探偵たちの放課後
2014年12月――。
寒風吹きすさぶ新潟市にも雪が舞い散り、街のそこかしこを白く染める。
そんな冬の最中の政令指定都市の片隅にある石川小学校の放課後。
4年2組の教室には、いつもの四人組が集まっていた。
「こないだのクラブ活動は面白かったなぁ」
悪ガキの加原大樹が満面の笑みを湛えて呟く。
「何か探偵になった気分だったわね」
クラブのリーダーの佐藤麻里佳も満足そうにツインテールを揺らす。
「やっぱり流石は伊織川だったよな」
頭一つ高いイケメンの塩谷孝文がショートカットの女の子の方に目をやる。
「……何よ?」
向けられた視線に不機嫌そうにメンチを切り返す伊織川天音が塩谷に凄む。
「天音、何で怒ってるのよ?」
麻里佳が宥めるように微笑みかけると、天音は「怒ってない」と頬を膨らませる。
「怒ってんじゃねーか」
加原が茶化すと、天音はキッと鋭く睨み付けて、
「うるさいわよ虫が!」
吐き捨てるように言い放つ天音に、加原はギリギリと歯を鳴らしながら、
「虫じゃねーし!」
静寂の教室に加原の反論が悲しく響く。
「麻里佳、降り出す前に帰ろうよ」
天音が加原をガン無視して麻里佳に帰宅を促すと、麻里佳も「そうね」と同意した。
「オレたちも帰ろうぜ! 塩谷」
四人が帰り支度を始めると、教室の出入口に栗色の艶やかな髪を靡かせた少女が立っていた。
「天音ちゃん……ちょっといいかな?」
栗色の髪の少女は縁なしメガネの奥から困惑の眼差しを覗かせている。
「景ちゃん……どうしたの?」
天音が景に歩み寄ると、景は暖かそうなカシミヤのコートのポケットから、一枚の紙を取り出した。
「これ……意味解る?」
天音が景から紙を受け取って開いてみると、野次馬キッズたちも覗き込む。
紙には以下のように書かれていた。
『在処の詩は東にて』
死の傍にある場所の
広い床の四隅の一角
ヒヒの像の足元から
神の御前に歩み寄り
忌避に対し天を仰げ
天音が紙を読み終えて折り畳むと、景は探るように天音を見つめる。
「天音ちゃん……どうかな?」
景の問いかけに、天音は眉をひそめながら笑顔ともつかない表情を向けて、
「うー…ん……これだけじゃ何とも……」
申し訳なさそうに天音は続ける。
「四行詩のようだけど、タイトルの『在処』って所が引っ掛かるわね。まるで何かが隠してあるみたいな……」
「宝! 宝なのね!」
麻里佳の言葉に悪ガキアンテナが強烈に反応する。
「月影! 宝なんだな!? これは宝を在処を示す暗号なんだな!?」
鼻息の荒い加原が、景に迫る。
「……それは分からないよ……お祖父様の書斎の本に挟まってたの」
「月影家の財宝か……匂うな」
いつもクールな塩谷も、この時ばかりはガッツリ乗ってくる。
「景ちゃん! この事件は探偵クラブで引き受けるわ! 任せて!」
「麻里佳ちゃん……事件て……そんな大袈裟な」
俄然張り切る麻里佳に、景も圧倒されてタジタジになっている。
「何、はしゃいでんの? アンタたち」
暴走を始めた三人を見かねた天音が、冷やかな視線を送る。
「宝、宝ってマンガじゃあるまいし」
「でもさ、天音。景ちゃん家だよ? 私ら庶民の家とはスケールが違うよ」
「そうだな。月影財閥の屋敷ならある!」
「あ~るぅ~きっとあるぅ~♪」
「大樹! アンタは黙ってろ!」
四人の個性溢れるやり取りに若干引いた景が、コートのポケットに仕舞った紙を上から触りながら、
「とりあえず……ウチに来る?」
「「「あざーす!」」」
景からのお誘いに喰い気味に乗っかる三人を、天音が呆れ半分、怒り半分で窘める。
「ちょっとアンタたち! いい加減にしなよ! 私は行かないからね!」
天音が腕組みして背中を向けると、景が天音のコートの裾を握って潤んだ瞳で天音を見つめた。
「天音ちゃんは……来てくれないの?」
景の哀願するような瞳に天音が返事に当惑していると、景が掴んでいる裾の反対側を加原が掴み、甘えるような上目遣いで天音を見つめる。
「来てくれないの?」
加原の似ても似つかぬ景の真似に、静かな怒りが瞬時に沸点に達した天音の右フックが唸りを上げる。
「ゴキッ!」
教室の中へ吹っ飛ぶ加原を呆然と見送る景に、天音は照れ臭そうに視線を上に逸らしながら、
「……力になれるか分からないよ?」
「うんっ!」
はにかむ天音の横顔に、キラキラと輝く安堵の笑顔を向ける景だった。
* * * * *
景の送迎用の純白のリムジンに乗り、郊外に広がる田畑の中にある月影家の邸宅へと到着した探偵クラブの面々は、目の前に聳え立つ中世の古城を見上げて溜め息を吐く。
「……コレって人ん家なんだよな?」
「ノイシュヴァンシュタイン城……じゃないの?」 「さしずめ、月影はお城のお姫様ってところか」
「こんな田舎に似つかわしくないこと、この上ないわね……」
それぞれの思惑を胸に、開いた入口へ一歩足を踏み入れる四人。
「どうぞ! 入って」
景が天音の手を取り、奥へと誘う。
中には数十名の使用人たちがズラリと整列して、子供たちを出迎える。
「ワァ~オ!……」
中の装飾もヨーロピアンテイストの荘厳なアンティークで揃えられており、麻里佳でなくとも感嘆の声を上げるであろう。
「お帰りなさい、景」
その奥で六十過ぎの上品な婦人が、笑顔で立っていた。
「景ちゃんが、お友達を連れて来るなんて珍しいわねぇ」
人懐っこい笑みで出迎える着物のご婦人に、景が嬉しそうに駆け寄る。
「お祖母様!」
景が祖母の手を握り、四人の前へと連れ出す。
「お祖母様、クラスメイトの天音ちゃんと麻里佳ちゃんと男子の二人よ」
「そうかいそうかい。いつも景がお世話になっております」
景の祖母が四人に深々と頭を下げると、加原が小声でボヤいた。
「オレたちゃゆかいな仲間たちかよ……」
「そんなもんだ……気にすんなよ」
塩谷が大人っぽく加原を宥める。
「皆は探偵クラブなんだよ!」
「これは小さな探偵さんたちだねぇ」
景の明るい表情に目を細める景の祖母が、天音に目を留める。
「あなたが天音ちゃん? いつも景から話は聞いてますよ」
「それはそれは……」
流石の天音も本物のハイソサエティを前に緊張し、言葉に詰まる。
「天音ちゃんはね! 本当の事件を解決してるんだよ!」
「そうなんですよ!」
景の言葉に便乗して、話に乗っかる麻里佳を天音が制止する。
「ちょっと麻里佳、余計なこと言わないでよ」
恐縮する天音に景の祖母が一歩近寄り、天音の肩に手を置いて、
「……一つ頼まれて頂けないかしら?」
「景ちゃんのお祖母ちゃん! 私たちはそのために来たんですよ」
景の祖母の言葉の意図を察してか、麻里佳が小さな胸を張って前に出る。
「じゃあ、あの手紙はもうご覧に?」
「はい、景さんに見せて頂きました」
天音と景の祖母が探偵と依頼人のようなシリアスな会話を始める。
「そう……何か分かったかしら?」
「文面から何かを何処かに隠してあることは想像できますが、今の段階では何とも言えません」
天音の返答に少し残念そうに目を落とす景の祖母だったが、麻里佳が元気よく声を張り上げる。
「私たちにお任せください! 必ず財宝は見つけてみせますから!」
張り切る麻里佳に、景の祖母は優しい顔を向けて、コロコロと笑う。
「それは頼もしいわね。それじゃあ、お願いするわね。小さな探偵さんたち」
「ばぁちゃん! オレたちに任しときなよ」
突如、間に割って入ってきた加原の足を、麻里佳が思いっ切り踏みつける。
「ちょっと大樹! 失礼じゃないの!」
「今のは加原が失礼だったな。レディに対して」
「あらあら、レディだなんて嬉しいわ」
あっけらかんと笑う景の祖母に、景も嬉しそうに微笑んでいる。
「さっさと見つけて帰るわよ。長居してたらアンタたち、何しでかすか分からないもの」
「ゆっくりしてってくれればいいのに……」
早めに帰ろうとする天音に景が残念そうに俯くが、天音は「流石にココじゃ落ち着けないよ……」の言葉を呑み込んだ。
「さぁて……まずは探検すっか!」
加原が腕を捲りながら瞳を輝かせているのを天音が制する。
「虫は下がってなさい! アンタは何の役にも立たないんだから」
「……だとよ。加原」
「ンフフ♪ 大樹、オリコウサンにしてなよ~」
「……加原くん、ゴメンね」
子供たちに畳み掛けられて、ぐうの音も出ない加原の横に、景の祖母が寄って行き、優しく肩に手を乗せる。
「美味しいケーキがあるのよ。一緒に食べましょうね」
「ケェ~キィ~? 食べる食べるぅ~♪」
加原が嬉々として景の祖母と共に、奥へと引っ込むのを見送った天音が、景に向き直って話しかける。
「……お邪魔虫もいなくなったことだし、景ちゃんが手紙を見つけた場所を見せてもらえる?」
「うん、こっちよ」
景は天音の推理が間近で見られるのが楽しみなのか、ワクワクしながら長い大階段を駆け上がって行く。
「私たちも行くわよ! 景ちゃんに続けー!」
妙にテンションの高い麻里佳が天音を追い抜いて、景の後に続く。
「……行くか、伊織川」
そんな麻里佳とは対照的な天音と塩谷も、やれやれと後を追いかけていく。
「なぁ……コレ、民間人の家なんだよな?」
「でしょうね。景ちゃんが住んでるんだもの」
長い廊下を歩きながら、壁に飾られた絵画や陶器の壺などに目を奪われつつ、天音と塩谷の二人が少し先を行く景を追う。
「この部屋だよ」
廊下の突き当たりにある重厚な造りのドアを開け、景が中に入る。
「天音! 早く早く!」
せっかちな麻里佳が、遅れている天音たちに手招きをして、景の後に部屋へと消えていった。
「塩谷、行こう」
天音は塩谷を促し、先の二人が入った部屋へと足早に向かった。